じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
3-3
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「うわっ!だだ、だれだ!?」
「嫌ですねぇ、そんなに驚かれて。トイレでカイナデに尻でも噛まれましたか?ヒヒヒッ!」
はぁ?俺の肩をつかんでニタニタ笑っていたのは、見知らぬおっさんだった。ガリガリに痩せていて、頬は骨ばり、目は落ちくぼんでいる……なんか、うさんくさい外見だな。
「あんた、誰だ?知り合った記憶ないけど」
「けどアッシは、坊ちゃんのことを知っていますよ。先ほどまで騎士の方と一緒に、食堂にいたでしょう」
あん?こいつ、この宿の泊り客か?ああそういえば、食堂には俺たち以外にも、一人だけ客がいたっけ。
「あんた、さっき隅っこの席にいた人か」
「おや、気づかれましたか。そうです、アッシは行商人でしてね。今夜の宿をここに決めたところだったんですが、まさか自分以外客がいないとは思いませんでした。よっぽどひどい宿を選んでしまったのかと、不安に駆られていたところだったんですよ。いやぁ、仲間がいてよかった」
「はぁ……」
で、それがなんだっていうんだ?俺がいぶかしむような目を向けると、やせ男はヒヒヒッ、と気味の悪い笑みを浮かべた。
「いやね、アッシは行商を営んでるって言いましたが、その辺の商人とは一味違うものを取り扱ってるんですよ。近頃はまがい物のインチキ商品で金をだまし取る悪徳な業者もいると聞きますが、アッシはそんな輩が一番許せない!だからアッシの店で扱っているものは、嘘偽りない最上級品ばかりだ。どうです坊ちゃん、何を扱っているか、気になるでしょう?」
やせ男はこけた頬を持ち上げて、ニンマリ笑った。しゃれこうべが笑ってるみたいだ……俺は、気の抜けた声で返事をした。
「はぁ、まぁ……」
「そうでしょう、そうでしょう!アッシのような商人は、大陸広しと言えどそう巡り合えるもんじゃありません。坊ちゃんは大変運がよかったんですよ?だって、アッシが売っているのは……“しあわせ”、なんですからね」
やせ男の長話に嫌気がさし始めた俺は、最後の言葉を聞いて目を丸くした。
「幸せだって?」
「そうです……」
やせ男はまるで秘密の話でもするかのように、大げさに声を潜めた。
「アッシが売るのは、人の幸せです。これさえあれば、どんな悩みも消し飛び、不幸は癒され、恐怖は解消される……まさに、魔法の一品です」
「だって、幸せなんて。どうやって売るんだよ?」
俺は男のひそひそ声につられて、声を低くしてたずねた。
「ヒヒヒ。アッシは幸運にも、天から幸せを人々に運ぶ役割を仰せつかったんですよ。だから、コレを手に入れることができた……」
やせ男はふところに手を突っ込むと、そこから汚らしい巾着を取り出した。男は慎重に巾着のひもを緩めると、手のひらの上でそっと振った。中からは、コロコロと白いカケラがいくつか転がり出てきた。
「なんだ、これ?」
「神秘の霊薬……竜の、尾っぽの先端です」
「竜の、尾?骨ってことか?」
「そうです。竜の骨というだけでも希少なのに、その尾の、さらに端っこと来たら、これはもうめったなことでは手に入らない希少品……!」
へえ、これが……俺は男の手の上の骨片を、しげしげと眺めた。
「で、これがなんで幸せなの?幸運でも呼ぶのか?」
「そのとおり。これは人に幸せをもたらしてくれる魔法の薬なのです。これをひとかけら水に浸けておくだけで、その水は特別な力に満たされます。それを一口飲めば、坊ちゃんのなかの不安はきれいさっぱり取り除かれることでしょう……!」
えぇ?骨の煮汁を飲めってことか?なんかばっちい感じ……それに、どうにも胡散臭いんだけど。
「それ、本当なのか?」
「もちろんですとも!これさえあれば、どんな悩みも吹き飛びます!後には人生バラ色の日々が待っているのです。この幸運な機会を、坊ちゃんは運良く手にすることができた。これこそ、幸福の始まりなのですよ!」
「いや、けどさぁ。不安がなくなったって、原因が解消しなきゃ根本的な解決にはならないだろ?あんまり意味ないんじゃないかな」
「はい?ダメダメ、難しいことを考えてはなりません!幸運を前に、悩みなど無用!現にこれを使って、もう何人もの人間が幸福を手にしているのです。アッシは一人でも多くの人を幸せにする義務がある。アッシは、坊ちゃんにも幸せになってもらいたいのですよ!」
「はぁ……けど、そんなら高いだろ?それ」
「ヒヒヒ……そこはそれ、アッシは幸せを売る商人ですからね。最初はうーんとお安くしておきますよ。試してみていただいて、気に入っていただけましたら、次回からは正規のお値段で買っていただければよろしい。物は試し、まずは手に取ってみてくださいよ。さあ、さぁ……」
うーん、なかなかしつこいな。なんとなーく察しが付くけど、コレって、いわゆるアレだろ?たぶん……
その時だった。ガシ!
「うおっと」
「ちょっと。なにやってるの」
フランが、俺の腕をつかんでぐいっと引き寄せたのだ。
「フラン?なんでここに」
「なかなか戻ってこないから。そしたら変なのに引っかかってるし」
変なのと言われ、やせ男はむっと眉をひそめたが、すぐにニタニタとしまりない愛想笑いを浮かべた。
「おやおや、お嬢さん。たしか、あなたもこの坊ちゃんのお仲間でやしたね。ちょうどいい、あなたにもオススメできますよ、こちらは。なにも怪しいものじゃありませんから」
やせ男はすっと俺に顔を近づけると、小声でささやいた。
「もしや、このお嬢さんは坊ちゃんと深い仲ですか?」
「へ?いやいや、こいつは旅の……」
「でしたら、輪をかけてお勧めします。この妙薬には惚れ薬の効果もありますから。ひとたび口にすれば、それはもう効果抜群!」
「へ」
「ちょっ……」
「もし夜のほうもマンネリでしたら、下手な媚薬よりよっぽど効きますぞ。ベッドの上で、さぞや甘えてくれることでしょう」
「はぁ?」
「そんなもの、わたしたちにはいらない!」
フランは俺とやせ男の間に割って入ると、男をドンと押しのけた。やせ男がふらふらとよろめく。
「ちぃ……おい、なにしやがる!」
「それはこっちのセリフ。怪我したくなかったらとっとと失せろ、阿漕野郎!」
あ、あこぎヤロウって……俺は思わず、ぷっと吹き出してしまった。
「悪いな、おっさん。こういうことだから、それは俺には必要ないよ」
「な、んだとぉ……?」
やせ男はぎりっと俺たちをにらみつけると、竜の骨だかをさっと懐にしまった。そして足早に俺たちの脇を抜けて、二階に上がっていく。去り際、やせ男は捨て台詞を残していった。
「けっ、このフニャチン童貞ヤローが。きっと後悔するぞ!」
な、なんて事言いやがる!俺はばっと振り返ったが、男は猛スピードで階段を昇り、直後にバタンと扉の閉まる音が聞こえてきた。
「言い逃げかよ、ちくしょー……」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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「嫌ですねぇ、そんなに驚かれて。トイレでカイナデに尻でも噛まれましたか?ヒヒヒッ!」
はぁ?俺の肩をつかんでニタニタ笑っていたのは、見知らぬおっさんだった。ガリガリに痩せていて、頬は骨ばり、目は落ちくぼんでいる……なんか、うさんくさい外見だな。
「あんた、誰だ?知り合った記憶ないけど」
「けどアッシは、坊ちゃんのことを知っていますよ。先ほどまで騎士の方と一緒に、食堂にいたでしょう」
あん?こいつ、この宿の泊り客か?ああそういえば、食堂には俺たち以外にも、一人だけ客がいたっけ。
「あんた、さっき隅っこの席にいた人か」
「おや、気づかれましたか。そうです、アッシは行商人でしてね。今夜の宿をここに決めたところだったんですが、まさか自分以外客がいないとは思いませんでした。よっぽどひどい宿を選んでしまったのかと、不安に駆られていたところだったんですよ。いやぁ、仲間がいてよかった」
「はぁ……」
で、それがなんだっていうんだ?俺がいぶかしむような目を向けると、やせ男はヒヒヒッ、と気味の悪い笑みを浮かべた。
「いやね、アッシは行商を営んでるって言いましたが、その辺の商人とは一味違うものを取り扱ってるんですよ。近頃はまがい物のインチキ商品で金をだまし取る悪徳な業者もいると聞きますが、アッシはそんな輩が一番許せない!だからアッシの店で扱っているものは、嘘偽りない最上級品ばかりだ。どうです坊ちゃん、何を扱っているか、気になるでしょう?」
やせ男はこけた頬を持ち上げて、ニンマリ笑った。しゃれこうべが笑ってるみたいだ……俺は、気の抜けた声で返事をした。
「はぁ、まぁ……」
「そうでしょう、そうでしょう!アッシのような商人は、大陸広しと言えどそう巡り合えるもんじゃありません。坊ちゃんは大変運がよかったんですよ?だって、アッシが売っているのは……“しあわせ”、なんですからね」
やせ男の長話に嫌気がさし始めた俺は、最後の言葉を聞いて目を丸くした。
「幸せだって?」
「そうです……」
やせ男はまるで秘密の話でもするかのように、大げさに声を潜めた。
「アッシが売るのは、人の幸せです。これさえあれば、どんな悩みも消し飛び、不幸は癒され、恐怖は解消される……まさに、魔法の一品です」
「だって、幸せなんて。どうやって売るんだよ?」
俺は男のひそひそ声につられて、声を低くしてたずねた。
「ヒヒヒ。アッシは幸運にも、天から幸せを人々に運ぶ役割を仰せつかったんですよ。だから、コレを手に入れることができた……」
やせ男はふところに手を突っ込むと、そこから汚らしい巾着を取り出した。男は慎重に巾着のひもを緩めると、手のひらの上でそっと振った。中からは、コロコロと白いカケラがいくつか転がり出てきた。
「なんだ、これ?」
「神秘の霊薬……竜の、尾っぽの先端です」
「竜の、尾?骨ってことか?」
「そうです。竜の骨というだけでも希少なのに、その尾の、さらに端っこと来たら、これはもうめったなことでは手に入らない希少品……!」
へえ、これが……俺は男の手の上の骨片を、しげしげと眺めた。
「で、これがなんで幸せなの?幸運でも呼ぶのか?」
「そのとおり。これは人に幸せをもたらしてくれる魔法の薬なのです。これをひとかけら水に浸けておくだけで、その水は特別な力に満たされます。それを一口飲めば、坊ちゃんのなかの不安はきれいさっぱり取り除かれることでしょう……!」
えぇ?骨の煮汁を飲めってことか?なんかばっちい感じ……それに、どうにも胡散臭いんだけど。
「それ、本当なのか?」
「もちろんですとも!これさえあれば、どんな悩みも吹き飛びます!後には人生バラ色の日々が待っているのです。この幸運な機会を、坊ちゃんは運良く手にすることができた。これこそ、幸福の始まりなのですよ!」
「いや、けどさぁ。不安がなくなったって、原因が解消しなきゃ根本的な解決にはならないだろ?あんまり意味ないんじゃないかな」
「はい?ダメダメ、難しいことを考えてはなりません!幸運を前に、悩みなど無用!現にこれを使って、もう何人もの人間が幸福を手にしているのです。アッシは一人でも多くの人を幸せにする義務がある。アッシは、坊ちゃんにも幸せになってもらいたいのですよ!」
「はぁ……けど、そんなら高いだろ?それ」
「ヒヒヒ……そこはそれ、アッシは幸せを売る商人ですからね。最初はうーんとお安くしておきますよ。試してみていただいて、気に入っていただけましたら、次回からは正規のお値段で買っていただければよろしい。物は試し、まずは手に取ってみてくださいよ。さあ、さぁ……」
うーん、なかなかしつこいな。なんとなーく察しが付くけど、コレって、いわゆるアレだろ?たぶん……
その時だった。ガシ!
「うおっと」
「ちょっと。なにやってるの」
フランが、俺の腕をつかんでぐいっと引き寄せたのだ。
「フラン?なんでここに」
「なかなか戻ってこないから。そしたら変なのに引っかかってるし」
変なのと言われ、やせ男はむっと眉をひそめたが、すぐにニタニタとしまりない愛想笑いを浮かべた。
「おやおや、お嬢さん。たしか、あなたもこの坊ちゃんのお仲間でやしたね。ちょうどいい、あなたにもオススメできますよ、こちらは。なにも怪しいものじゃありませんから」
やせ男はすっと俺に顔を近づけると、小声でささやいた。
「もしや、このお嬢さんは坊ちゃんと深い仲ですか?」
「へ?いやいや、こいつは旅の……」
「でしたら、輪をかけてお勧めします。この妙薬には惚れ薬の効果もありますから。ひとたび口にすれば、それはもう効果抜群!」
「へ」
「ちょっ……」
「もし夜のほうもマンネリでしたら、下手な媚薬よりよっぽど効きますぞ。ベッドの上で、さぞや甘えてくれることでしょう」
「はぁ?」
「そんなもの、わたしたちにはいらない!」
フランは俺とやせ男の間に割って入ると、男をドンと押しのけた。やせ男がふらふらとよろめく。
「ちぃ……おい、なにしやがる!」
「それはこっちのセリフ。怪我したくなかったらとっとと失せろ、阿漕野郎!」
あ、あこぎヤロウって……俺は思わず、ぷっと吹き出してしまった。
「悪いな、おっさん。こういうことだから、それは俺には必要ないよ」
「な、んだとぉ……?」
やせ男はぎりっと俺たちをにらみつけると、竜の骨だかをさっと懐にしまった。そして足早に俺たちの脇を抜けて、二階に上がっていく。去り際、やせ男は捨て台詞を残していった。
「けっ、このフニャチン童貞ヤローが。きっと後悔するぞ!」
な、なんて事言いやがる!俺はばっと振り返ったが、男は猛スピードで階段を昇り、直後にバタンと扉の閉まる音が聞こえてきた。
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