じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。
9-2
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死……それは、だれでも怖い。死ぬのが好きな人間なんているもんか。
「それは、誰だってそうだろ」
「ええ。ただ私は、人と比べて……なんでしょう。やっぱり臆病なんでしょうね。自分が死ぬのもそうですが、村の誰かが亡くなるのも、お祭りのときに羊をつぶすのも。お葬式の時に裏の墓地に参列するときも、狩りの前に祈祷を行う時も。私は、そういう死というものを感じるとき、たまらなく怖くなってしまうんです。自己と他己の区別がついていない、とでも言うんですかね」
「それは……きみは、誰かの死に触れることも、自分のことのように辛かったってことか?じゃあウィル、きみにとってあの神殿は」
裏にあれだけ大きな墓地があるんだ、あの神殿じゃ死者を見る機会は多かっただろう。今回みたいに、狩りに付き合わされることもあるだろうし。ああそういえば、ウィルは狩りの前の祈祷に難色を示していたっけ。
「そうですね。そういう意味では、あまり居心地のいい場所ではありませんでした。もちろん仲間のシスターやプリースティスはいい人ですし、捨て子の私に選択肢はありませんでしたが」
「ウィル……」
「あはは、そんな顔しないでください。神殿のお仕事は正直嫌いでしたが、私はあの神殿も、コマース村のことも好きでしたから。わりと楽しく生きてましたよ」
ウィルはかがむと、太い枝を一本拾おうとした。が、思ったより重たかったのか、眉をひそめると、かわりに隣の細い枝を手に取った。
「私が死んだことを隠したのは、これ以上騒ぎを大きくしないためです。私が死んだとあれば、村の人はかならず原因を探すでしょう。遅かれ早かれ、私たちと同じようにあのルーガルーに行き着くと思います。そうなれば必ず、また狩りが行われるはずです」
「じゃあ、ルーガルーを守るために?」
「そればかりではないですよ。今度は村人に被害が出るかもですし。ただ……マーシャさんの話を聞いて、少し思うところはありました。もし死ななくてもいい命なら、殺さなくてもいいじゃありませんか。あの一匹ではもう羊を襲うこともないでしょうし、私も……殺されたわけではありません。あれは、不幸な事故だったんです」
ウィルはきっぱりと言い切った。事故、か……確かにそうなのかもしれない。不幸なことが重なって起きた、悲しい事故。少なくともウィルは、そう思うことにしたんだな。
「まあでも結局、これらは建前かもしれません。私は自分の死を認めたくなかったから、死んだという事実を確定させたくなかったんです。旅立ったことにしてしまえば、村の人たちは私を忘れないでくれるじゃないですか。少なくとも、村の人たちの中ではシスターウィルは生き続ける。それだけ……ただそれだけのために、私は死んだことを隠したんです。あはは、笑っちゃいますよね」
「そんなことは……」
「いいんです!私もバカだなってわかってますから。それより、これくらい集まればいいんじゃないですか?そろそろ戻りましょうよ」
「あ、う、うん。そうだな」
あ、しまった。ついうなずいてしまったけど、どう見てもまきの量が足りないぞ?けどウィルはさっさと戻ってしまった。結局何も言えないまま、俺はウィルの後を追いかけた。
元の場所に戻ってくると、すでにフランが待っていた。なんとフランは、大きな倒木を二、三本引きずってきていた。それを毒爪で細かくバラバラにしていくと、あっという間に俺たちの数倍の量のまきの山が出来上がった。これだけあれば、さすがに足りるだろう。そして、いよいよその時がやってくる。
俺は剣で地面を掘り返して、ウィルの体がすっぽり収まるくらいの穴を掘った。そしてそこに遺体を寝かせると、体が見えなくなるまでまきで覆った。
「あとは、火をつけるだけだ……アニ、前にやったやつ、またできるか?」
『……前にたき火を起こしたやつですか?あれは無理ですよ』
「え」
『今は、夜じゃないですか。あれは魔法じゃなくて、日光を集束して強めただけなんです。月の光じゃ光量がとても足りません』
「まじかよ。じゃあ、どうすっかな。俺がきりもみで火おこししてみようか?」
「ああー、いいですよ桜下さん。私、炎魔法使えますから」
えぇ?そう名乗り出たウィルを、俺は驚きの目で見つめた。ウィルも魔法を使えるのか?ほんとかよ?
「……なんですか、その目は。私は戒律を守りはしませんが、修業はきちんとまじめにやってたんですからね」
「そ、そうなんだ……あんがい習えば、俺でも魔法使えたりして」
「ほ、ほんとうは魔法が使えるって、すごいことなんですからね!誰でも簡単にできるものじゃないんですから!」
「ああわかった、わかったって」
ウィルはぷりぷり怒っていたが、やがて両手を祈祷のように合わせると、小さな声で呪文を唱え始めた。
「ファイアフライ!」
ウィルが両腕を突き出す。すると彼女の周りに、蛍光色の火の玉がいくつも浮かんできた。
「うわぁ……」
淡い黄緑色の光が暗い森を照らす。ウィルの透き通った体は、その光を受けて薄緑色に光っている。彼女の背面に飛んでいる火の玉は、彼女を透かして水色に見えた。思わず息を漏らすほど美しい。
やがて火の玉は、まきの山へ向かってゆっくり飛んで行った。魔法の炎はすぐに燃え移り、まきはものすごい勢いで燃え出した。ゴオォォー!
「うわ!あちち、あちち!」
すごい火力だ!熱すぎて近くに立っていられない。俺はすぐさま撤退し、木の陰に隠れた。炎の熱さを感じないウィルとフランは、そのままの姿勢で立っていた。
炎は数メートルもあろうかというほど高く伸び、舞い上がった火の粉が噴水のように降り注いでくる。美しい光景だったが、やがてその中に、嗅ぎ慣れない、だけどどこかで覚えている独特なにおいが混じりだした。これは……
(髪の燃えるにおい。人の焼けるにおい、ってやつかな……)
あの炎の中に、ウィルがいるんだ。俺は炎の熱量に浮かれていた気持ちが、急速に冷めていくのを感じた。俺は、炎をものともせずに、赤く照らされている二人の様子をうかがった。
ウィルの顔は無表情だ。悲しんでいるのか、吹っ切れているのか、その顔からは読み取れない。一方、フランは……フランも相変わらず無表情だった。けど、なんだろう、少し違和感がある。あれは無表情というより、感情を押し殺しているような……
(あ!もしかして……)
しまった。俺はまた己の軽率さを呪った。俺はちっと舌打ちすると、フランのもとへ駆け寄った。
「フラン、大丈夫か?」
「……別に」
「少し離れよう。ここじゃ熱いだろ」
「別に、ゾンビには熱さは……」
「いいから。ほら、いこう」
俺はフランの手を引いて、たき火のそばから離れた。フランはおとなしく手を引かれてついてきた。
「フラン、きつくないか?」
「……別に」
「本当は?」
「……すこし」
「わかった。俺が火を見とくから、フランはどこか……そうだ、星でも眺めて来いよ。今日はよく晴れてるから、きっときれいだぞ」
「……」
「な?無理せず、落ち着いたら戻ってこい。俺だって火の番くらいはできるから」
「……わかった」
「うん」
俺が手を放すと、フランはふらふらと森の外へ歩いて行った。
『主様、ゾンビ娘はいったいどうしたのですか?』
アニが不思議そうにたずねてくる。
「ああ……きっと、思い出させちゃったんだよな」
『思い出す?』
「うん。フランが死んだのは、火事が原因だっただろ。きっと、炎が苦手なんじゃないかな」
『ですが、前にたき火を起こしたときはなんとも……』
「無理してたのかもしれないな。それか、小さな火なら平気なのか……けど今回は、火葬の炎だろ。さすがにきつかったんだよ……かわいそうなことをしちまった」
『ふむ……』
アニは考え込むように黙りこんだ。俺は、フランのことを心配していた。ほんとは付いててやったほうがいいのかもしれないけど、あの大きな火をほっとくのも不安だ。それに……もう一人のほうも、俺は気がかりだった。一人で放っては、おけないだろ。
「桜下さん。フランセスさんはどうしたんですか?」
俺がもどると、ウィルがこちらに顔を向けた。
「ああ。すこし気分が悪そうだったから、休ませてきた」
「そうだったんですか……もしかして、私の」
「ああいや、フランはその、ちょっと火が苦手なんだ。だからだよ」
「ですか……」
ウィルは言葉を区切ると、再び赤く燃える炎のほうを見つめた。
(……思ったよりは、平気そうだな)
ウィルはウィルで、自分の火葬に出席するという奇妙な境遇を味わっている。かなり複雑な心境だろうと気をもんでいたが、この様子なら、さっきのフランの言葉で吹っ切れたのかもしれないな。
炎は勢い良く燃え続けている。魔法で着けたからか、火力が段違いだ。おかげでまきの減りも早い。俺はフランがぶつ切りにした丸太のようなまきをつかむと、ほとんど投げるようにして炎に放り込んだ。
「ひぃ、あついあつい。すごい火力だな」
俺は額の汗をぬぐうと、元の場所まで戻ろうとした。
「私……」
ウィルがなにかつぶやいた。俺は足を止め、ウィルのほうを向いた。心臓がどきりとはねる。
ウィルは、泣いていた。
「私、死んだんですね」
ウィルの瞳から、大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちていく。だがその涙は地面に落ちる寸前に、白い霞となって消えてしまった。
(幽霊の涙だからか……)
俺は茫然と、そんなどうでもいいことを考えていた。
「わたし……わたし、しんじゃったんだ……ほ、ほんとに、しんじゃったんだ……」
俺は、またしても勘違いをしていた。吹っ切れているわけ、ないじゃないか。
「ひっく、ひっく。う、うあぁ……うわああぁぁん。わたし、わたし、しんじゃった」
ウィルの嗚咽は、次第に大きくなっていく。そうだよな、割り切れるわけないよな。自分の死を簡単に、受け入れられるわけなかったんだ。
「うあぁぁぁ。しにたく、ひっく。しにたく、なかったよぉ。うぅぅ……」
俺はウィルのそばに駆け寄った。手を伸ばしかけて、はっと思い出した。俺は、ウィルに触れられないじゃないか。幽霊にさわることは……そのとき、アニがうっすらと青く光り、俺の手がほんの少しだけ輪郭を失った。
(わっ。なんだ?)
なんだかはわからないけど、今役に立つならどうだっていい。俺は揺らぐ手をそっとウィルに伸ばした。俺の手は、ウィルの頭に触れた。俺は彼女に触ることができた。
「っく、ひっく。おうか、さん……?」
俺はただ黙って、ウィルの頭をぽんぽんと撫でた。
「ふ、ぅ、うぁぁ、うわあああん。なんで、なんでぇ。ぅぁぁ、うああああ」
俺は何も言わない。言えなかったんだ。こんなとき、なんて言葉をかければいいか、わからなかった。俺はただひたすら、ウィルの隣で嗚咽を聞き続けた。ウィルは燃え盛る炎に向かって、そこから天に昇っていく煙を見上げて、泣いた。
「うあああぁぁぁああ……」
つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。
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死……それは、だれでも怖い。死ぬのが好きな人間なんているもんか。
「それは、誰だってそうだろ」
「ええ。ただ私は、人と比べて……なんでしょう。やっぱり臆病なんでしょうね。自分が死ぬのもそうですが、村の誰かが亡くなるのも、お祭りのときに羊をつぶすのも。お葬式の時に裏の墓地に参列するときも、狩りの前に祈祷を行う時も。私は、そういう死というものを感じるとき、たまらなく怖くなってしまうんです。自己と他己の区別がついていない、とでも言うんですかね」
「それは……きみは、誰かの死に触れることも、自分のことのように辛かったってことか?じゃあウィル、きみにとってあの神殿は」
裏にあれだけ大きな墓地があるんだ、あの神殿じゃ死者を見る機会は多かっただろう。今回みたいに、狩りに付き合わされることもあるだろうし。ああそういえば、ウィルは狩りの前の祈祷に難色を示していたっけ。
「そうですね。そういう意味では、あまり居心地のいい場所ではありませんでした。もちろん仲間のシスターやプリースティスはいい人ですし、捨て子の私に選択肢はありませんでしたが」
「ウィル……」
「あはは、そんな顔しないでください。神殿のお仕事は正直嫌いでしたが、私はあの神殿も、コマース村のことも好きでしたから。わりと楽しく生きてましたよ」
ウィルはかがむと、太い枝を一本拾おうとした。が、思ったより重たかったのか、眉をひそめると、かわりに隣の細い枝を手に取った。
「私が死んだことを隠したのは、これ以上騒ぎを大きくしないためです。私が死んだとあれば、村の人はかならず原因を探すでしょう。遅かれ早かれ、私たちと同じようにあのルーガルーに行き着くと思います。そうなれば必ず、また狩りが行われるはずです」
「じゃあ、ルーガルーを守るために?」
「そればかりではないですよ。今度は村人に被害が出るかもですし。ただ……マーシャさんの話を聞いて、少し思うところはありました。もし死ななくてもいい命なら、殺さなくてもいいじゃありませんか。あの一匹ではもう羊を襲うこともないでしょうし、私も……殺されたわけではありません。あれは、不幸な事故だったんです」
ウィルはきっぱりと言い切った。事故、か……確かにそうなのかもしれない。不幸なことが重なって起きた、悲しい事故。少なくともウィルは、そう思うことにしたんだな。
「まあでも結局、これらは建前かもしれません。私は自分の死を認めたくなかったから、死んだという事実を確定させたくなかったんです。旅立ったことにしてしまえば、村の人たちは私を忘れないでくれるじゃないですか。少なくとも、村の人たちの中ではシスターウィルは生き続ける。それだけ……ただそれだけのために、私は死んだことを隠したんです。あはは、笑っちゃいますよね」
「そんなことは……」
「いいんです!私もバカだなってわかってますから。それより、これくらい集まればいいんじゃないですか?そろそろ戻りましょうよ」
「あ、う、うん。そうだな」
あ、しまった。ついうなずいてしまったけど、どう見てもまきの量が足りないぞ?けどウィルはさっさと戻ってしまった。結局何も言えないまま、俺はウィルの後を追いかけた。
元の場所に戻ってくると、すでにフランが待っていた。なんとフランは、大きな倒木を二、三本引きずってきていた。それを毒爪で細かくバラバラにしていくと、あっという間に俺たちの数倍の量のまきの山が出来上がった。これだけあれば、さすがに足りるだろう。そして、いよいよその時がやってくる。
俺は剣で地面を掘り返して、ウィルの体がすっぽり収まるくらいの穴を掘った。そしてそこに遺体を寝かせると、体が見えなくなるまでまきで覆った。
「あとは、火をつけるだけだ……アニ、前にやったやつ、またできるか?」
『……前にたき火を起こしたやつですか?あれは無理ですよ』
「え」
『今は、夜じゃないですか。あれは魔法じゃなくて、日光を集束して強めただけなんです。月の光じゃ光量がとても足りません』
「まじかよ。じゃあ、どうすっかな。俺がきりもみで火おこししてみようか?」
「ああー、いいですよ桜下さん。私、炎魔法使えますから」
えぇ?そう名乗り出たウィルを、俺は驚きの目で見つめた。ウィルも魔法を使えるのか?ほんとかよ?
「……なんですか、その目は。私は戒律を守りはしませんが、修業はきちんとまじめにやってたんですからね」
「そ、そうなんだ……あんがい習えば、俺でも魔法使えたりして」
「ほ、ほんとうは魔法が使えるって、すごいことなんですからね!誰でも簡単にできるものじゃないんですから!」
「ああわかった、わかったって」
ウィルはぷりぷり怒っていたが、やがて両手を祈祷のように合わせると、小さな声で呪文を唱え始めた。
「ファイアフライ!」
ウィルが両腕を突き出す。すると彼女の周りに、蛍光色の火の玉がいくつも浮かんできた。
「うわぁ……」
淡い黄緑色の光が暗い森を照らす。ウィルの透き通った体は、その光を受けて薄緑色に光っている。彼女の背面に飛んでいる火の玉は、彼女を透かして水色に見えた。思わず息を漏らすほど美しい。
やがて火の玉は、まきの山へ向かってゆっくり飛んで行った。魔法の炎はすぐに燃え移り、まきはものすごい勢いで燃え出した。ゴオォォー!
「うわ!あちち、あちち!」
すごい火力だ!熱すぎて近くに立っていられない。俺はすぐさま撤退し、木の陰に隠れた。炎の熱さを感じないウィルとフランは、そのままの姿勢で立っていた。
炎は数メートルもあろうかというほど高く伸び、舞い上がった火の粉が噴水のように降り注いでくる。美しい光景だったが、やがてその中に、嗅ぎ慣れない、だけどどこかで覚えている独特なにおいが混じりだした。これは……
(髪の燃えるにおい。人の焼けるにおい、ってやつかな……)
あの炎の中に、ウィルがいるんだ。俺は炎の熱量に浮かれていた気持ちが、急速に冷めていくのを感じた。俺は、炎をものともせずに、赤く照らされている二人の様子をうかがった。
ウィルの顔は無表情だ。悲しんでいるのか、吹っ切れているのか、その顔からは読み取れない。一方、フランは……フランも相変わらず無表情だった。けど、なんだろう、少し違和感がある。あれは無表情というより、感情を押し殺しているような……
(あ!もしかして……)
しまった。俺はまた己の軽率さを呪った。俺はちっと舌打ちすると、フランのもとへ駆け寄った。
「フラン、大丈夫か?」
「……別に」
「少し離れよう。ここじゃ熱いだろ」
「別に、ゾンビには熱さは……」
「いいから。ほら、いこう」
俺はフランの手を引いて、たき火のそばから離れた。フランはおとなしく手を引かれてついてきた。
「フラン、きつくないか?」
「……別に」
「本当は?」
「……すこし」
「わかった。俺が火を見とくから、フランはどこか……そうだ、星でも眺めて来いよ。今日はよく晴れてるから、きっときれいだぞ」
「……」
「な?無理せず、落ち着いたら戻ってこい。俺だって火の番くらいはできるから」
「……わかった」
「うん」
俺が手を放すと、フランはふらふらと森の外へ歩いて行った。
『主様、ゾンビ娘はいったいどうしたのですか?』
アニが不思議そうにたずねてくる。
「ああ……きっと、思い出させちゃったんだよな」
『思い出す?』
「うん。フランが死んだのは、火事が原因だっただろ。きっと、炎が苦手なんじゃないかな」
『ですが、前にたき火を起こしたときはなんとも……』
「無理してたのかもしれないな。それか、小さな火なら平気なのか……けど今回は、火葬の炎だろ。さすがにきつかったんだよ……かわいそうなことをしちまった」
『ふむ……』
アニは考え込むように黙りこんだ。俺は、フランのことを心配していた。ほんとは付いててやったほうがいいのかもしれないけど、あの大きな火をほっとくのも不安だ。それに……もう一人のほうも、俺は気がかりだった。一人で放っては、おけないだろ。
「桜下さん。フランセスさんはどうしたんですか?」
俺がもどると、ウィルがこちらに顔を向けた。
「ああ。すこし気分が悪そうだったから、休ませてきた」
「そうだったんですか……もしかして、私の」
「ああいや、フランはその、ちょっと火が苦手なんだ。だからだよ」
「ですか……」
ウィルは言葉を区切ると、再び赤く燃える炎のほうを見つめた。
(……思ったよりは、平気そうだな)
ウィルはウィルで、自分の火葬に出席するという奇妙な境遇を味わっている。かなり複雑な心境だろうと気をもんでいたが、この様子なら、さっきのフランの言葉で吹っ切れたのかもしれないな。
炎は勢い良く燃え続けている。魔法で着けたからか、火力が段違いだ。おかげでまきの減りも早い。俺はフランがぶつ切りにした丸太のようなまきをつかむと、ほとんど投げるようにして炎に放り込んだ。
「ひぃ、あついあつい。すごい火力だな」
俺は額の汗をぬぐうと、元の場所まで戻ろうとした。
「私……」
ウィルがなにかつぶやいた。俺は足を止め、ウィルのほうを向いた。心臓がどきりとはねる。
ウィルは、泣いていた。
「私、死んだんですね」
ウィルの瞳から、大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちていく。だがその涙は地面に落ちる寸前に、白い霞となって消えてしまった。
(幽霊の涙だからか……)
俺は茫然と、そんなどうでもいいことを考えていた。
「わたし……わたし、しんじゃったんだ……ほ、ほんとに、しんじゃったんだ……」
俺は、またしても勘違いをしていた。吹っ切れているわけ、ないじゃないか。
「ひっく、ひっく。う、うあぁ……うわああぁぁん。わたし、わたし、しんじゃった」
ウィルの嗚咽は、次第に大きくなっていく。そうだよな、割り切れるわけないよな。自分の死を簡単に、受け入れられるわけなかったんだ。
「うあぁぁぁ。しにたく、ひっく。しにたく、なかったよぉ。うぅぅ……」
俺はウィルのそばに駆け寄った。手を伸ばしかけて、はっと思い出した。俺は、ウィルに触れられないじゃないか。幽霊にさわることは……そのとき、アニがうっすらと青く光り、俺の手がほんの少しだけ輪郭を失った。
(わっ。なんだ?)
なんだかはわからないけど、今役に立つならどうだっていい。俺は揺らぐ手をそっとウィルに伸ばした。俺の手は、ウィルの頭に触れた。俺は彼女に触ることができた。
「っく、ひっく。おうか、さん……?」
俺はただ黙って、ウィルの頭をぽんぽんと撫でた。
「ふ、ぅ、うぁぁ、うわあああん。なんで、なんでぇ。ぅぁぁ、うああああ」
俺は何も言わない。言えなかったんだ。こんなとき、なんて言葉をかければいいか、わからなかった。俺はただひたすら、ウィルの隣で嗚咽を聞き続けた。ウィルは燃え盛る炎に向かって、そこから天に昇っていく煙を見上げて、泣いた。
「うあああぁぁぁああ……」
つづく
====================
読了ありがとうございました。
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