じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

7-2

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カツ、カツ、カツ。気ぜわしい足音が、廊下にこだまする。足音の主は、目的の部屋の前に到着すると、ためらわすに扉を開けた。

「誰だ、ノックもせずに……これは、王女様!」

部屋の主である立派な鎧の兵士は、入ってきたのが自らの君主とわかると、弾かれたように立ち上がった。

「いやはや、こんなむさ苦しいところにおいで下さるとは。待ってください、いまお茶を……」

「形式ばった物はよい。どうせお前と私しかおらんのだ。座れ、エドガー。それにお前の淹れた茶は、まずい」

あけすけな物言いに、立派な鎧の兵士―エドガーは、ぎこちない笑みを浮かべた。

「まったく、ロア様は。少しは目下の物への配慮ってものをなさってください」

そう言われた若き王女―ロアは、手近な椅子にドカッと腰かけると、ふんと鼻を鳴らした。

「どの口が言うか、茶葉の違いも分からぬ唐変木め……いや、それはどうでもよい。それより、進捗はどうだ?」

エドガーは王女の問いかけに苦り切った顔をした。

「……あまり、芳しくありません」

「エドガー。ここは私たちだけだ。何度も言わせるな」

「そうでした。ふぅ……正直に申し上げますと、ヤツの尻尾どころか、影すら見つけられていない状況です。くまなく捜索させていますが、ヤツの痕跡、目撃情報、ともにゼロです」

「……ちくしょう。いっそ聞かないほうが良かった」

ロアの女王とは思えぬ暴言に、エドガーは肩をすくめた。

「またそんな、粗暴なお言葉を……教師の先生に怒られますよ」

「ふん、誰があんなババア。それにアイツが見つからなければ、どのみち怒られる程度ではすまんだろう」

「それは……」

部屋の空気が一気に重苦しくなってしまった。そんな空気を換えようと、エドガーが務めて明るい声を出す。

「で、ですがご安心ください、ロア様。いくら広い城下町といえど、近衛兵全員で捜索に当たっております。ヤツのしっぽをつかむのも時間の問題でしょう」

「ヤツがまだこの王都に残っていれば、だがな」

「え?」

「もう丸一日たった。これだけたって情報の一つも出てこんということは、ヤツはとっくにこの王都を抜け出しておるやも知れぬ」

「で、でも。すべての門には兵を配置しています。あそこを気づかれずに通ることは不可能です」

「河川は?」

「へ」

「城下に敷かれた用水路や、下水路の排出先は?この城の周りの堀は?ここの堀はレテ川につながっておる。この国を横断するあの大河に逃れたのであれば、ヤツの足取りは雲間のかなただな」

「あ……」

エドガーの顔から、さーっと血の気が引いていく。

「も、申し訳ございません!そこまで気が回らず……」

「いや、よい。私も気づくのが遅かった。じつは、この前に王城魔術団のマスターたちのところにも寄ってな。この近辺に絞って、探知魔法で勇者の持つエゴバイブルを探させたのだ」

「そ、そうだったのですか。して、結果は……?」

「聞くな。見つかっておったら、こんな顔はしていない。しかし、王室の高名なマスターがたは少々飛んでいる・・・・・ところがあるからな。万が一ということもあるやもしれんと、その足でここに来たのだが……悪い予感ほど当たるとは、よく言ったものだ……」

ロアはふーっと長い溜息をつくと、テーブルに両肘をついてうつむいた。エドガーは血相を変えて、扉へとかけていく。

「こ、こうしちゃいられない。すぐに河川の捜索も付け加えます!」

「ああ……エドガー」

呼び止められ、エドガーは体ごと振り返った。ロアは未だうつむいたままで言う。

「今更かもしれぬが、心してかかってくれ。この王城から抜け出せた勇者など、いまだかつて一人もいなかった。前例がない。どのような対策をとればいいのか、どれほど被害が広がるのか、全く予想がつかんのだ」

「……はい」

「だが我らは、失敗することは許されぬ。あのような惨劇を繰り返すことは、決してあってはならぬ。そのためにこの城は血に染まり、王家は人の心を捨てたのだ。そのことを、改めて心に刻んでおいてくれ」

「はい。肝に銘じて、決して忘れはいたしません。失礼いたします!」

エドガーは扉をあけ放ち、ガシャガシャと鎧を鳴らして駆けていった。
部屋にはうつむいたまま、死んだように動かない若き王女だけが残された。

二章に続く


つづく
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