じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

7-1 はじまり

7-1 はじまり

死体に戻してくれ。フランは、確かにそう言った。

「死霊術だかなんだかしらないけど、もうこの世とお別れしたいの。いつまでもアンデッドモンスターがうろついてちゃ、ハッピーエンドにならないでしょ」

俺は戸惑ってしまった。そんなことを言われるとは思ってなかったのだ。それに……困ったな。それってできるのか?情けない話だが、俺も自分の能力についてわからないことだらけだ。

「アニ、どうなんだ?」

『現状で答えると、無理ですね』

「だ、そうなんだけど……」

「どうして!ゾンビ一匹くらい、どうとでもなるでしょ!」

フランセスがアニの言葉にかみつく。それでもアニは涼しい声で答えた。

『何か勘違いしているようですね。あなたは、ネクロマンスによって発生したゾンビではありません。手下になるよう、服従させているだけです。である以上、契約を切ろうと、あなたが消滅する事も、成仏する事もありません』

「じゃあ、どうすればいいの」

『あなたがこの世から消えたいのなら、方法は三通りあります。一つは、物理的に破壊する方法。あなたの体を粉々にし、二度と動かないようにします』

フランセスは眉をひそめた。俺は自分が粉々にされ、薄く延ばされ、パン生地みたいにされるイメージをした……うん、そりゃそんな顔にもなるだろうな。

『ただしこの方法では、魂までは消し去ることができません。あなたは肉体を失った亡霊として、辺獄このよをさまよい続けることになります』

「……二つ目の方法は?」

『ふむ。二つ目は浄化、ターニングです。聖職者の権能により、アンデッドモンスターをこの世から消しさります。ただしこの場合、魂はあの世へ行くことなく完全に消滅します。冥府に導かれることもなく、ただひたすら虚無だけで満たされた混沌へと……』

「次!三つ目の方法は!」

フランセスはこめかみをひくつかせながら叫んだ。

『わがままですね、まったく。三つめは、素直に成仏することです。この世に未練がないのであれば、魂はかってに冥府に流されていくでしょう』

ああ、レイスたちを送ってやった方法か。それなら簡単だし、安全そうだな。

『ですが、この方法は使えません。条件を満たしていないからです』

「は、条件?」

『未練を残しているんですよ。そのせいであっちへ渡れないでいるんです』

未練と聞いて、フランセスはきょとんとした顔をした。

「わたしが?何を言ってるの、そのわたしが消してくれって頼んでいるのに!」

『知りませんよ。私は事実を述べているだけです。自分の胸に手を当てて、考えてみたらいかがです?』

「でたらめ言うな!何かの間違いだ!」

「わ、わ、わ。落ち着けよ、爪を下ろせ。アニ、あれだ。レイスたちに使った、強制的に送るってのはできないのか?」

『ああ、あれはできません。あのレイスは非常に低級で、かつ自分の未練を覚えてすらいませんでした。あそこまでいってしまうと、普通の方法では成仏できないんです。ああいう存在は、だれかの感謝を受けることでのみ、呪縛から解放されることができるんですよ』

ああ、なるほど。アニが、役に立ってからじゃないと成仏させられないといったのは、そういう意味か。

『このゾンビ娘には明確な意思があり、かつ強い未練を抱いています。その根本を解消しない限り、送れませんね』

「だってさ、フランセス。こまったな、心当たりがあるんじゃないのか?」

「知らない!心当たりなんか、上げだしたらきりがない!わたしがなりたくてゾンビになったと思う?死にたくなんかなかった!けど、そんなのもうどうでもいい。化け物になってまで生き続けたくない。わたしは楽になりたいの!」

『いいえ。そんな雑多な未練などではありません。それらを差し引いてなお、あなたを現世にとどまらせる、なにか大きな願いがあるはず。それを無視したままでは、永遠に眠ることはできません』

「~~~っ!」

フランセスはぎりぎりと歯ぎしりをしている。彼女の大きな願いって、いったいなんだろう?

「もういい!自分で眠りにつく方法を探すから、わたしを自由にして」

「え、おい。フランセス、どこいくんだよ」

「どこでもいいでしょ。ゾンビ一人くらい、どこにでもいける。安心して、人を襲ったりなんかしないから」

「じゃなくて。なあ、だったらさ。一緒に行かないか?」

「はあ?」

フランセスは、こいつ正気か?という顔をしている。そんなに変な提案だったかな。俺は頬をぽりぽりかいた。

「二人のほうが……いや、アニも入れれば三人か。そのほうが探しやすいだろ?どこにでも行けるって言っても、一人じゃできることも限られてくるし」

「いや……わたし、ゾンビなんだけど」

「知ってるよそんなこと、みりゃわかる。あいや、気を悪くするなよ。十分きれいなほうだと思うけど、やっぱり生きてる人間に比べたらって意味で」

「ち、ちがくて。ゾンビなんか連れてたら、一発でネクロマンサーだってばれるでしょ。みんなに嫌われるよ」

「それはしょうがないよ。ネクロマンサーがゾンビを連れてるのは、羊飼いが羊連れてるみたいなもんだろ。言っちまえばふつうだ」

「けど、それだけじゃない。あなた、王国兵から手配されてるんでしょ。ネクロマンサーってばれたら、勇者だってこともばれるかもしれない。そしたら、さっきみたいなことがまた起こるかも」

「そうなんだよなぁ。勇者ってだけで嫌がられるのに、それに輪をかけて気味悪がられてる死霊術だもんな」

「そうでしょ。だから……早く、わたしなんか捨てて……」

「じゃあ、やめちまうか。勇者」

「は?」

『は?』

フランセスとアニが、そろってすっとんきょうな声をだした。

「この村に来てからずっと思ってたんだよな、想像してた勇者とちがうなぁって。みんなに嫌われるし、人助けしても喜ばれないし。俺が勇者らしくないってのもあるんだろうけどさ。だって俺、王女様にお前は勇者失格だって言われたし」

「いや……だって」

「でも、だったら別にいいんじゃないかなって。王女様は俺を殺そうとしてるんだし、やめたって誰も文句言わないだろ。どうせ他にも勇者はいるんだろ、アニ?」

『まぁ……他の国にも、勇者はいますが……』

「ほら」

「ほら、じゃない!だいたい、そういう問題じゃないでしょ。やめたからって勇者じゃなくなるわけじゃないし、追手が諦めるわけないじゃん!」

「そうかな。王女様が直々に呼び出した“勇者”が、ネクロマンサーなのが問題なんだろ。勇者のイメージ悪化、王宮の人気低下とか、ありそうな話だよな。王女様も大変だ。だから俺を始末しようと躍起になってる。けどだったら、ネクロマンサーがふさわしいポジションに、俺がなっちゃえばいいんだ」

「ふさわしい、ポジションって……魔王の軍門にでもなる気?人類の敵に?」

「それは嫌だな。そうなったら、人間を殺さなきゃいけなくなるんだろ。嫌だよ、殺人者になるなんて」

「だったら、どうするの!」

「うーん……いっそのこと、第三勢力にでもなっちまうか」

「だ、第三勢力?」

フランセスは理解できないというように、ぐにゃりと眉根を寄せた。けどこれ、いい案だと思うんだよな。

「そ。俺たちの、俺たちによる、俺たちだけの軍団!そこでなら、ゾンビだろうがネクロマンサーだろうが、誰にも文句を言われないんだ。いいじゃん、それでいこうぜ」

「ど、独立国家にでもなる気?」

「まだそこまでは考えてないよ。この国のどこにも俺たちの居場所がないなら、自分たちで作っちまおうぜって話。俺は後ろ指さされることもなくなるし、きみは自分のやり残した願いについてじっくり考えることができる。素敵だろ?」

「……追手は?王国兵がそんなの気にするわけない」

「どうして?俺たちは魔王じゃないから、人類の敵じゃない。勇者でもないから、魔王からも攻撃されない。俺たちはただ毎日笛を吹いて、羊と遊んで暮らせばいいんだ」

「そ、そんなうまくいくわけないでしょ!」

「わかんないけど、わかんないだろ。これからそうなるようにしていけばいいんだ。仲間を増やして、力を付ければ、連中もおいそれとは手を出せなくなっていくだろ。幸いにして、俺の能力は仲間を増やすことにかけては一級品だ。だよな、アニ?」

『そうですね……あなたがホラー恐怖症を克服すれば、一晩で軍団を結成することも可能でしょう』

「ま、まあそれはおいおいとして。ほら、不可能じゃないだろ」

「でも……」

「なあ、いいだろ。ほんとのとこ言うと、俺が一緒にいてほしいんだ」

「……え?」

フランセスは、きょとんとした顔で俺を見た。

「見てのとおり、俺は一人だとなーんも戦えないんだよ。だからフランセスみたいな強い子が一緒だと心強いんだ。もちろん、君が願いを見つけるのも手伝う。成仏する時が来たら、引き留めたりしないよ。だからそれまで、な?」

「……」

フランセスは、深紅の瞳で俺をじっと見つめる。心なしか、さっきよりも瞳の赤が鮮やかに見えた。

「……今言ったこと、ほんと?」

「ああ、嘘は言わない。約束だ」

「…………」

フランセスは、その時になって無理やり引き止められやしないか心配なんだろう。俺が無理やりおすわりさせたのは記憶に新しい。もちろん、そのつもりはないぞ。だが、わが軍団にスカウトしたいのも本音だ。フランセスは、俺から見ても怖くないゾンビという、非常に重要なアイデンティティを持っている。腕前は申し分ないし、顔もかわいいから目の保養にもなるはずだ。

「一緒に行こうぜ、フランセス」

「………………」

フランセスは、たっぷり考え込んだ。俺は不安が顔に現れないよう、堂々とした態度をとっていたが、内心ドキドキだった。
俺のガラス製心臓がそろそろ悲鳴を上げ始めようかというころになって、フランセスはゆっくり口を開いた。

「……わかった。ついてく」

「おっ、ほんとか!そっかそっか、やったやった」

「けど」

フランセスは赤い目を細めて、俺をギンとにらみつけた。思わずごくりと唾をのむ。

「約束破ったら、その時はあなたを八つ裂きにするから。絶対」

「お、おう。わかった、肝に銘じておく。心配するなって、守るよ」

俺はフランセスの深紅の瞳を見つめ返した。フランセスは俺をじっと見つめていたが、やがて小さくため息をついた。

「はぁ……安請け合いしちゃって。あなた、この先苦労する。後悔するよ、きっと」

「はは、大丈夫だって。それだけは絶対にしない。俺が自分で決めたことだからな」

俺はにっこり笑いかけた。フランセスはそれを見て、やれやれと首を振るだけだった。ははは、けどよかった。仲間を手に入れ、俺の大いなる野望の、今日が第一歩目になるだろう。歴史に残るような、すてきな夜じゃないか。ははは、ははは。

「はははは……」

ドターン!

「わ、ちょっと!」

『主様!?大丈夫ですか!』

もうだめだ。スタミナが完全に切れた。とっくに限界だったけど、いままで興奮とアドレナリンのせいで何とかなってたんだ。ほっとしたいま、それが切れた。

「つ、つかれた。ねむい……」

『ああ、そういえば朝から今まで、ノンストップでしたね。けど、道の真ん中で横になるのはやめましょう。馬に轢かれますよ』

「そ、そうだな。う……」

俺はゾンビのように這いつくばりながら、道のわきの草はらへとずりずり移動する。その横で、本物のゾンビが俺を哀れそうに見ていた。うぅ……

「はぁ、ひぃ。もう限界だ。ここで休む」

『それがいいでしょう。夜道は何かと危険です。先ほどの村からもだいぶ離れましたし、朝までここで休憩していいんじゃないですか。何かあったら起こします』

「頼む……はぁ」

ごろんと、原っぱのなかであおむけになった。服が汚れようと、知るもんか。草原からは、夜風と一緒に虫の音が聞こえてくる。ところ変わっても、こういうところは変わらないな。
フランセスは俺の隣にやってくると、膝を抱えて座った。

「フランセス、疲れてないのか?」

「うん。ゾンビは疲れない」

「え、そうなのか」

「死んでるから。疲れもしないし、おなかもすかないし、眠くもならない」

「そっか……省エネなんだな……」

「?」

だめだ、眠くてわけのわからない回答を……俺は片腕を上げると、手の甲をフランセスの二の腕に当てた。びくっと、フランセスが身をすくめる。

「冷たいな」

「……あなたは、あったかい。熱いくらい」

「あなたじゃなくて、桜下って呼んでくれよ」

「え?お、うか?」

「あと俺も、フランって呼んでいいかな……」

「別に……好きに呼んで、いいけど」

俺は、フランに返事を返すことはできなかった。強烈な睡魔に、俺の意識はあっという間に深い眠りへと沈んでいった……

すとんと腕が地面に落ちたのに気付いて、フランはむっと眉をひそめた。だがすぐにふぅと息を吐くと、ぼそりとひとりごちた。

「へんなひと……」

二人の草原を、白い月だけが静かに照らしていた。



つづく
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