じゃあ俺、死霊術《ネクロマンス》で世界の第三勢力になるわ。

万怒 羅豪羅

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……

奴に斬られてから、体感では三十分ほど経ったように思えたけど、実際には三十秒にも満たないであろう時が過ぎた。僕の意識は薄れるどころか、むしろすっきりと覚醒している。はて、人は死ぬときこんな感覚なのだろうか?

「目を開けなされ、勇者殿。そなたはまだ死んではおらぬぞ」

ゆっくりと目を開けた。切られたはずの胸は、夢でも見たかのように傷一つなかった。深く息を吸い込むと、胸が空気を吸って膨らむ。確かに僕は、まだ生きているようだった。目の前には、僕を切った骸骨が刀を付いて立っている。

「ご気分はいかがですかな。勇者殿」

「うん、ああ……悪くないよ。けどいったい……?」

「ええ。某のこれは『ノチグイ』と言いましてな、心を切る妖刀の類でございます」

骸骨がその刀を一振りすると、刃は紅い霧となってふっと消えてしまった。

「心を?」

「勇者殿の心にはずいぶんと色々“くさり”が絡まっておりましたので。それを断ち切らせていただきました」

心の、くさり……さっきから妙に晴れやかなのは、そのせいなのか?

「そのご様子ですと、某の愚策も功を奏したようですな。いかがです?全てから解放された今、なおもついを望まれますか?」

「……」

さっきまでは、本当に死んでもいいと思っていた。いつもなら、ここでたくさんの言い訳が、僕ののどをふさぐはずだ。けど不思議なことに、今はそのつかえが、きれいさっぱり無くなっていた。
僕は心に浮かんだことを、そのまま口にした。

「……生きたい。こんな終わり方、まっぴらだ」

「左様ですか」

骸骨は満足したように、カタカタとあごを鳴らした。

「僕の……いや、俺の物語は、まだ始まってもないんだ。こんなところで、終わらせてたまるか」

「ふはは!物語ときましたか、勇者殿は詩人でございますな。気に入りましたぞ」

骸骨はまたあごをカタカタ鳴らす。俺はこれが、骸骨が笑っている仕草なのだと気づいた。

「さて、それでは……の前に、少し外野が騒がしいですな」

「え?」

「……お、おい!ななな、なにをしてるんだっ!」

俺はその時になって、ようやく格子の向こうの兵士たちが、大慌てしていることに気が付いた。そりゃそうだ、なんたって骸骨が目の前で動いてるんだから。おまけに俺はそいつに切られるし。

「う、動くな!いや、いっそ今ここで……」

「おい、だが王女様はむやみに手を出すなと……」

「馬鹿やろう!勇者に逃げられたら元も子もないだろっ!」

兵士たちはパニックになって、構えた槍を今にも格子の隙間から振り下ろしそうだった。

「ちっ、無粋な連中め。少し黙っておれ」

パキン。骸骨は乾いた音で指を鳴らした。するとその瞬間、鉄格子はぐにゃりと歪み、ドロドロに崩れはじめた。呆気にとられる兵士たちの前で、格子の隙間はどんどん塞がっていき、やがて一枚の巨大な鉄板になってしまった。

「な、なんだ?何が起こって……」

「なに、大したことではございません。某のつまらん才でございますよ。鉄を操るのです」

「す、すげえ……もしかしてあんたも、能力ってのを持ってるのか?」

「いやいや。勇者殿と比べては取るに足りませぬ。それより今重要なのは勇者殿のお力です」

「俺の?」

「左様。今の某にはこの程度の、いわば奇術の真似事しか出来ません。しかし勇者殿のお力添えが有れば、某も勇者殿のお役に立てるやも知れませんぞ」

「……助けてくれるのか?」

骸骨は片膝を折ると、パキリと音をたててひざまずいた。

「お望みであるならば」

「……そっか。ありがとう、助かるよ」

二つ返信をすると、骸骨はぽかんと(しているのかはわかりづらいけど。何せ表情がないから)口を開けた。

「どうした?」

「いえ……失礼ながら、少しくらい勘ぐられるか、とも思っておりましたので」

「ああ、うん。なんか信じてもいいかなって、そう思えたからさ」

理由は分からないが、なぜか親身になってくれる骸骨。うん、怪しい要素たっぷりだ。だけどなんだろう、直感とでも言うのか、とにかく今は人を疑う気になれなかった。

「俺はあんたを信じても後悔しない。そう決めたんだ」

「はぁ。達観というか、なんというか……いやあっぱれ。つまらないことを伺いましたな」

「それより、これからどうする?俺の力が必要なんだろ?」

「ええ。ここに留まっても展望は望めますまい。脱走をはかりましょう」

「脱走……いいね。物語の始まりにはうってつけの展開だ」

「ただ、そこで問題が。某も剣の腕に少しは覚えがあるのですが、いかんせん力を枯らしすぎてしまいました。そこで、勇者殿の魂を少し分けていただきたい」

「俺の、魂?それって分けられるものなのか?」

「並の者にはできませんでしょうな。しかしそれを可能にするのが貴殿のお力です。首にかかっている、それをお出しなされ」

「首に?」

「ええ。勇者殿にも、某と同じものがかけられているはずです」

そういうと、骸骨は自分の胸元を指し示した。すっかり汚れていて気付かなかったけど、小さな何かがひもでぶら下がっている。
俺はシャツの襟もとに手を突っ込んで、指先に触れたものを引っ張り出してみた。それは、透明なガラスの鈴?のようなものだった。いつの間に?

「これ、なんだ?」

「さて、実は某もよく知りません……はは、そんな顔をしなさいますな。とはいっても、それが勇者殿の意思と力の仲立ちをすることだけは知っています」

「これが?」

「ええ。念じてください。貴方の思うがままに」

よく意味は分からなかったけど、とりあえず言われるまま、俺はガラスの鈴を手に握ってみた。

(うーん。よくわかんないけど、今は何でもいいや。もし俺を助けてくれるなら、俺とこの骸骨とを自由にする手助けをしてほしい!)

かなりアバウトだけど、自分への願いだから、こんなもんでいいだろ。実際、それは通じたらしかった。ガラスの鈴は俺の手の中で、ぼうっと青く光った。

「これで、いいのか?」

「ええ。うまくいったようです……おぉ、久々に気が満ちるのを感じます。さすがは、勇者殿の御霊みたまだ」

「そう、なのか。よくわかんないけど。魂なんてみんな同じじゃないのか?」

「いいえ。魂……ここの者どもは魔力とか言ってましたが、勇者殿は特に膨大なお力をお持ちのようだ」

「ふーん……能力の次は魔力ねぇ」

いよいよ現実味が無くなってきたな。けど、今は紛れもなくこれが現実だ。そしてここから出なければ、その現実もはかなく散ってしまう。

「じゃ、行けるか?」

「無論。さあ、まいりましょう!」

言うが早いか、骸骨はまたも指をパキンと鳴らした。その瞬間、兵士たちの前に立ちふさがっていた鉄板がどろりと溶けたかと思うと、今度は階段状になって、俺たちの前に道を作った。それを一気に駆け上ると、そこには槍を構えた兵士たちが、待ってましたとばかりに構えていた。いっせいに兵士たちが湧きたつ。

「出てきたぞ!絶対に逃がすな!あの勇者を必ず殺せ!」

「おおー!」

地下牢全体を揺るがすほどの怒声を受けても、骸骨は平然としていた。

「ふん。数ばかり揃えよって。なまった腕の慣らしにはちょうどいいわい」

骸骨は骨だけの腕をすうと突き出すと、宙をつかむような仕草をした。そのとたん、階段状になっていた鉄が再び溶け、今度はつぅと上へ吸い上げられていく。鉄は空中でいくつもの雫に分かれ、それらはさらに薄く引き伸ばされると、無数の鉄刀へと姿を変えた。すごい……まさしく千刃だ。その光景に兵士たちは肝をつぶした顔をし、骸骨はカタカタと残忍に笑う。

「骨身には血の温かさはさぞ染みましょうな。さて、どやつのはらわたから……」

「あ、待った!」

慌てて駆け寄って骸骨の腕を引く。すると、かしゃりと音を立てて腕が引っこ抜けてしまった。

「う、うわぁ!ご、ごめん!そんなつもりじゃ」

「ぬ?落ち着きなされ、大したことはござらぬ。腕が一本もげただけです」

「大惨事だよ!」

「某は骨だけですから。それより、なぜお止めなすった?」

「え。あぁいや、今にも切っちゃいそうだったからさ」

「はて?勇者殿は、殺生はせぬおつもりか?」

「いやいやいや、目の前で人が切られるとか絶対無理だよ。俺、グロいのとか血とか、ほんとダメなんだ」

「おぉ。なぜよりにもよって貴殿が死霊術士なのか、いささかの不条理を感じますな」

「俺もそう思う……なるべく、なるべく穏便に行けないか?」

「ふむ。斬らぬと言うことを意識したことはありませんでしたが、しかしお望みとあらば、やれるだけやってみましょう。むうん」

骸骨がさらに手をひねると、鉄刀の刃がつぶれ、ただの鉄の棒になった。

「これなら、血を見ることはないでしょう」

「いいね!それでいこう」

血がダメな死霊術士なんて、今まで居たことがあるのだろうか。それに俺、実はもう一つダメなものまである。それを言ったら、本格的に笑われてしまいそうだな……

「おいっ!さっきから、な、な、なにをごちゃごちゃやっているっ!」

俺たちがあーだこうだとしてるうちに、気を取り戻した一人の兵士が詰め寄ってきた。ほかの連中より立派な鎧をつけているから、リーダー的なポジションなのかもしれない。そいつは他の仲間たちにも檄とツバを飛ばす。

「お前らもビビるな!あいつの能力は貧弱なネクロマンスのみだ!たかがスケルトン一匹、俺たちでどうとでもなる!」

「そ、そうだ!やっちまえ!」

「王女殿下に首をもっていって差し上げるんだ!」

兵士たちは見る間に勢いを取り戻した。反対に俺はしょんぼりと肩を落とす。

「うわぁ。すごいなめられてる……」

「いいことです。相手が侮ってくれるのであれば、こちらも動きやすい」

骸骨は宙に浮かべた鉄棒を一本手に取った。それを何度かビュンっと素振りすると、兵士たちに向けてびしっと構えて見せた。

「さあ!我こそはというものは、かかってくるがよい!いざ尋常に勝負!」

それを皮切りにしたように、兵士たちがどどどっと突撃してきた!

「うおおおおー!」

「ふふん。勇み足よ!ぬうりゃ!」

骸骨が鉄棒をふりかざすと、それに呼応するように宙の鉄棒たちも一斉に動く。鉄棒は一直線に整列すると、床に真っすぐ突き刺さった。まるで柵のように立ちふさがった鉄棒たちに、兵士たちがたたらを踏む。

「ふん!」

骸骨が見えない壁を押すように鉄棒を突き出すと、鉄棒の柵もずずっと押し出された。そのまま骸骨がずんずん前進すると、柵は兵士たちを巻き込んで、壁へと押しこみ始めた。

「うおおぉぉ!?」

「どおおぉぉぉっせい!」

骸骨が勢いよく棒を突き出す。ガシャアン!鉄棒の柵と壁とに挟まれて、兵士たちの鎧が騒々しい音を立てた。

「げぇっ」

「うぐぐ……くそぉ」

押しつぶされた兵士たちは呻くばかりで、腕の一本も動かせない。すごい、一瞬で片が付いてしまった。

「勇者殿のお情けだ。命までは勘弁してやろう。さ、片付きましたぞ。勇者殿、先へまいりましょう」

「う、うん」

骸骨が手を一振りすると、鉄柵はずいっと割れて、俺たちが通れるように道を開けた。押しのけられた兵士たちが再びぐええと呻く。災難な兵士たちに、いささかの憐憫を覚えながら地下牢を出ると、そこはすぐに階段になっていた。ほかに牢屋は見あたらない。あの古井戸みたいな地下牢は、俺だけの個室だったみたいだ。変な作りだな、こんな大きな建物に牢屋一つなんて。まるで最初から、俺一人を閉じ込めるためだけに造られたみたいだ……
階段を上りながら、俺は骸骨に聞いてみた。

「な、なあ。ところであんた、めちゃくちゃに強いけど。何者なんだ?」

「うん?見てのとおり、しがない骸です」

「いやいや、そうだけど、そうじゃないでしょ」

「そうですな。しかし、その続きはここを出てからにしましょう。次が来ました」

見上げると階段の上から兵士たちがドカドカとかけ降りてくる。

「うわ、また多いな。行けそうか?」

「承知。なぁに、一瞬で片づけましょう!」



つづく
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