年下御曹司は白衣の花嫁と極夜の息子を今度こそ! 手放さない

ささゆき細雪

Chapter,4_06. 背徳の恋の鎖と禍根の忌み名

「西岡も大げさなんだよ。死ぬような傷じゃないってのに……みっともないところを見せちゃったな」
「で、でもサクくん、背中切られたって……」
「皮膚を裂いただけだよ」

 涙を浮かべながらも朔の無事を確認した淑乃はホッとした表情に戻っている。
 昨晩の電話から眠れないまま朝を迎えてしまった彼女は、灯夜を学校へ送り出した後に事情を篠塚に説明し、急遽シフトを休みにしてもらった。心配するなと言ってくれた篠塚に何度も礼を言って、淑乃はようやく朔が緊急搬送された病院で包帯をぐるぐるに巻かれた彼と面会することが叶ったのである。

「それに傷だってもう縫ってるし。本来なら入院する必要もな」
「サクくん!」
「わかってる……怒ったよしのの顔もかわいい」
「っ」

 意識を取り戻したときにはすでに処置を終えて個室に押し込められていたという朔は、淑乃の恨みがましい表情を前に降参する。すでに西岡がさまざまな手続きをしていたらしく、東京にいた父親と叔母も午後にはこちらに来るという。

「お父さまたちがお見舞いにいらっしゃるのなら――あたしはいない方がいい?」
「まさか。せっかくだからここで顔を合わせて、腹を割ってはなせばいい」
「何はなせばいいのよ」
「息子さんをください、って」
「逆でしょ、もう……」

 平気だと軽口を叩く朔だったが、やはり傷が痛むのだろう、ときどき顔を顰めている。怪我の程度は軽いというが出血の量が多かったのでしばらくは安静に過ごす必要があるそうだ。背中を縫ったというが、裂傷による発熱と痛みがいまも残っているからか、点滴をされている。

「どうして襲われたのよ」
「よしのは、俺を襲った男……木瀬省三を知っている?」
「ええ。陽二郎さんが彼の代理で診療所にいらしてカウンセリングを」
「――叔父上が? それってどういうことかな?」

 その言葉に、淑乃が「あ」と両手で自分の口を塞いで首を振る。
 仕事で悩んでいるものだとばかり思っていたのに、まさか叔父のことでここ数日の彼女が物憂げな表情を見せていたとは思いもしなかった朔は、つい厳しい声で淑乃を問い詰めてしまう。

「……ごめん、なさい」
「怒ってないよ。ちょっと驚いただけ」
「で、でも言えなかったの……仕事、だったから。陽二郎さんは辛かったらサクくんに言ってもいいよって言ってくれたけど……」
「それで悩んでいたの?」

 素直に頷く淑乃の髪が朔の頬を掠っていく。
 瞳を眇めて朔は「そうだったのか」と点滴をされていない方の腕を伸ばして、彼女の頬を撫でる。顔を寄せてきた彼女の唇の端に不器用な口づけをすれば、目をしばたかせた淑乃が、両手で朔の頬を包んで啄むようなキスを返してくれる。軽く合わせるだけのキスを何度も繰り返すうちに、どちらからともなくお互いの舌が入り込む。

「――ッふぁ……サクくん、ダメだってばぁ……」

 口腔内で淫らな音を奏でながら、唾液を絡ませて、このまま彼女を――……朔の思考を裏切るようにズキンと背中が痛みを訴える。

「ッ痛ぅ!」
「ほらぁ……つづきは怪我が治ってからだよ」
「よしの、心配かけてごめんね?」
「なんでサクくんがそれ言うの? あたし、も心配かけていたのに」
「そう、だな」

 お互い似たもの同士だねと苦笑する淑乃に、朔の気持ちも凪いでいく。
 結婚したら、こんなやりとりを繰り返すのだろうか。いつも傍で彼女と息子と……
 そのためにはやはり、自分たち一族が隠していた真実を彼女に明かして、すべての人間にこの結婚を認めさせるしかないのだ。

「よしの。貴女は自分の父親の名前を知らされていないと言っていたよね」
「藪から棒に何よ。そうよ、物心ついたときからあたしは香宮の母親と祖母と三人で暮らしていたの。あの家について話すのは禁忌だ、って……サクくん?」
「あの家、ね……不吉な夜の息子……やっぱり、そうか」

 凛とした表情を見せた朔に、淑乃の胸が高鳴る。彼はもう、解決の糸口を見つけたのだ。淑乃がひとり戸惑っているあいだに。

「不吉な夜の息子?」
「俺だけ、海堂のなかで夜の名前だからな……でも、それは別人のことだ」
「別人?」
「その男は……木瀬の愛娘を誑かし、駆け落ちさせた。きっと彼は俺とその男を混同してしまったんだ。俺が過去を調べていたから……」

 そして朔は淑乃に、すべての元凶となった人物――自分と同じ夜の名前を持っていたという男について、口をひらく。

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