年下御曹司は白衣の花嫁と極夜の息子を今度こそ! 手放さない
Chapter,3_10. 穏やかな日々と婚前旅行
朔が淑乃へプロポーズしてからすでに一週間が経過していた。世間はゴールデンウィークに入り、観光地は賑わいを見せている。あれから朔は何度かマンションに来てソファを買い替えたり、部屋の断捨離を手伝ってくれたり、毎日のように淑乃と灯夜の前へ顔を出してくれていた。
ちなみに今日は朝から淑乃が仕事なので午前で学校が終わる灯夜と午後からふたりで映画を観に行くのだという。いつの間に約束したのだろう。いま流行しているアニメ映画のことを淑乃は知らなかったが、朔は事前にちゃっかり調べてくれたらしい。
結婚、という言葉を素直に受け入れてくれた灯夜だが、朔は朔で息子のために父親らしいことをしたいと行動しているみたいだった。
「よしのちゃん顔が緩んでる。ヘタレ御曹司とは順調みたいだね」
「ヘタレは余計よ……たぶん」
井森はやれやれと肩をすくめながら受付で準備をはじめる。淑乃のことを心配してくれた彼女はあの日のことについて自分からふれてこない。あれから姿を消した暁のことも、毎日のように送り迎えに来る朔のことも、灯夜が篠塚をパパと呼ばなくなったことも、淑乃の周りが変化していくことに気づいているにもかかわらず。
それでも淑乃が幸せそうな顔をしているからか、井森は何も言わない。
篠塚も同様に、ふだんどおりに淑乃と灯夜に接していた。
そのふたりの心遣いがありがたい。
「今日頑張ればゴールデンウィーク後半だものね。よしのちゃんは出かけるんでしょ?」
「ん。そのつもり」
「家族三人水入らずだね。ゆっくりしておいで」
篠塚の声に淑乃がはにかむ。まだ家族という実感が湧かない淑乃だが、そう言われると嬉しくて仕方がないのだ。
明日から朔が婚前旅行と称して淑乃と灯夜を連れて行くのは海堂グループが提携している宿泊施設である。まだ向こうの父親に挨拶にも行ってないのに、朔はちゃっかり淑乃を自分の妻扱いで予約してしまった。灯夜が喜びそうな遊園地や家族で入れる露天風呂など、淑乃ひとりではとうてい行くことのない場所へ、彼は容易く連れて行ってくれる。
「……なんだか幸せすぎて怖いよ、イモリちゃん」
「いままで過酷だったんだからおとなしく享受しなさい。ったく」
ふふ、と花が綻ぶように笑う淑乃がこの数日でさらに綺麗になったことに、彼女だけが気づいていない。
夜明けの嵐が過ぎ去ったいま、このまま穏やかな日々がつづけばいいと、井森は密かに思うのだった。
* * *
朔が手配してくれた車で向かった先は、先日淑乃が攫われた海辺のコテージよりもさらに北に位置する山間部の温泉地だった。観光地としての知名度はそれほどでもないが、山が近いことから常に空気が澄んでおり、東京からでも高速を使えば車で二時間ちょっとでたどり着ける利点から、経営者や政治家などの偉いひとたちがお忍びで通う小規模の高級旅館や料亭が立ち並んでいるのだという。
海堂グループが懇意にしている会員制の宿泊施設も一見さんお断りで、一日に限定一組しか宿泊できない離れが存在していた。当然のように朔はその離れを押さえている。
山の中の平屋建ての和風建築がまるごと一棟、家族三人で貸切状態だと知らされて灯夜のテンションはかつてないほどに高まっていた。淑乃も檜と藺草がつかわれたどこかエキゾチックな室内を見て、目をまるくしている。
玄関を抜けてすぐのところに籐でできたテーブルセットが並ぶリビングがあり、その奥には畳のベッドが置かれた寝室、レモンイエローのタイルがオシャレな洗面台とお手洗い、庭先へ繋がる縁側の向こうには大理石のお風呂がある。
「みてー! お庭にお風呂がある!」
「あれは家族風呂だよ。あとで三人で入ろう」
「うんっ」
そういえば灯夜と旅行などいままで行ったこともなかった。彼は淑乃のまえではあまり不平不満を言う子どもではないが、きっと新幹線に乗りたいとか、お泊まりしたいとか、学校の友達の自慢をきく度に考えていたのだろう。こうして実際に連れてきてはじめて見られる嬉しそうな息子の姿に、淑乃はいたたまれない気持ちになる。
そんな淑乃に気づいているからか、朔はあえて息子の望みを優先したプランを叶えてくれた。
「トーヤは遊園地、幼稚園の卒園遠足以来ね」
「あれから身長伸びたから、そろそろジェットコースター乗れるかな?」
「120cmだとギリギリだろうな」
旅館の門をくぐればそこは人工の湖に囲まれた歓楽街。家族連れが楽しめる遊園地やショッピングモールが並んでおり、知るひとぞ知る穴場となっている。初日は灯夜のためにパスポートを用意し、一日中遊園地で遊び回った。灯夜は一度だけジェットコースターに乗ったが、それよりもゴーカートが気に入ったらしく、何度も朔とふたりで「勝負だ!」と競い合っていた。
園内の売店の唐揚げやフライドポテトでお腹を満たしたり、朔にお姫様抱っこされた状態でメリーゴーランドに乗せられたり、それを灯夜に写真で撮られたり、お化け屋敷で朔が絶叫したり、迷路で三人のなかで誰が一番早くゴールできるか競争していたはずが別々の道から三人同時にゴールしたり……
「サクくん、そろそろ宿に戻ろう? トーヤ遊び疲れて寝ちゃいそうだよ」
「えー、僕、まだ遊びたい!」
「お宿でおいしいご飯とお風呂が待ってるぞ。それに休みはまだはじまったばかりだ。明日もたくさん遊べるよ」
「はーい」
初日から全力で遊ぶ灯夜を追いかけていたというのに、朔は疲れたそぶりひとつ見せない。淑乃の方が歩きすぎて足が棒になりそうだ。
宿に戻り、源泉かけ流しの家族露天風呂で身体を癒した後、慣れない浴衣を三人で着て山菜メインの懐石料理に舌鼓。
「この天ぷら美味しい! 塩だけの味つけなのにご飯に合うね。こっちは川海老のかき揚げ? トーヤも食わず嫌いしないで食べてごらん」
「僕はこの炊き込みご飯がすきだな。ママがぜったい作らないやつ」
「それは山菜おこわっていうんだ。春先は筍ご飯も美味いぞ」
互いに好き勝手喋りながらリビングでご飯を食べて、三人分の布団が敷かれた畳のベッドに寝っ転がってくつろいで。
明日はどこに行こうか、天気は大丈夫かな、美味しいパンケーキのお店があるから食べに行こう、なんて語らいながら灯夜の歯磨きを促して、もう眠いと目をこする息子を寝かしつけて……
「トーヤ、すんなり寝ちゃったね。もっと興奮して夜遅くまで騒ぐかと思ったのに」
「あれだけ遊べば疲れるだろう。よしのももう寝る?」
「サクくんは?」
「俺? 縁側で星を見ながら晩酌しようと思って。一緒に飲もう?」
ちなみに今日は朝から淑乃が仕事なので午前で学校が終わる灯夜と午後からふたりで映画を観に行くのだという。いつの間に約束したのだろう。いま流行しているアニメ映画のことを淑乃は知らなかったが、朔は事前にちゃっかり調べてくれたらしい。
結婚、という言葉を素直に受け入れてくれた灯夜だが、朔は朔で息子のために父親らしいことをしたいと行動しているみたいだった。
「よしのちゃん顔が緩んでる。ヘタレ御曹司とは順調みたいだね」
「ヘタレは余計よ……たぶん」
井森はやれやれと肩をすくめながら受付で準備をはじめる。淑乃のことを心配してくれた彼女はあの日のことについて自分からふれてこない。あれから姿を消した暁のことも、毎日のように送り迎えに来る朔のことも、灯夜が篠塚をパパと呼ばなくなったことも、淑乃の周りが変化していくことに気づいているにもかかわらず。
それでも淑乃が幸せそうな顔をしているからか、井森は何も言わない。
篠塚も同様に、ふだんどおりに淑乃と灯夜に接していた。
そのふたりの心遣いがありがたい。
「今日頑張ればゴールデンウィーク後半だものね。よしのちゃんは出かけるんでしょ?」
「ん。そのつもり」
「家族三人水入らずだね。ゆっくりしておいで」
篠塚の声に淑乃がはにかむ。まだ家族という実感が湧かない淑乃だが、そう言われると嬉しくて仕方がないのだ。
明日から朔が婚前旅行と称して淑乃と灯夜を連れて行くのは海堂グループが提携している宿泊施設である。まだ向こうの父親に挨拶にも行ってないのに、朔はちゃっかり淑乃を自分の妻扱いで予約してしまった。灯夜が喜びそうな遊園地や家族で入れる露天風呂など、淑乃ひとりではとうてい行くことのない場所へ、彼は容易く連れて行ってくれる。
「……なんだか幸せすぎて怖いよ、イモリちゃん」
「いままで過酷だったんだからおとなしく享受しなさい。ったく」
ふふ、と花が綻ぶように笑う淑乃がこの数日でさらに綺麗になったことに、彼女だけが気づいていない。
夜明けの嵐が過ぎ去ったいま、このまま穏やかな日々がつづけばいいと、井森は密かに思うのだった。
* * *
朔が手配してくれた車で向かった先は、先日淑乃が攫われた海辺のコテージよりもさらに北に位置する山間部の温泉地だった。観光地としての知名度はそれほどでもないが、山が近いことから常に空気が澄んでおり、東京からでも高速を使えば車で二時間ちょっとでたどり着ける利点から、経営者や政治家などの偉いひとたちがお忍びで通う小規模の高級旅館や料亭が立ち並んでいるのだという。
海堂グループが懇意にしている会員制の宿泊施設も一見さんお断りで、一日に限定一組しか宿泊できない離れが存在していた。当然のように朔はその離れを押さえている。
山の中の平屋建ての和風建築がまるごと一棟、家族三人で貸切状態だと知らされて灯夜のテンションはかつてないほどに高まっていた。淑乃も檜と藺草がつかわれたどこかエキゾチックな室内を見て、目をまるくしている。
玄関を抜けてすぐのところに籐でできたテーブルセットが並ぶリビングがあり、その奥には畳のベッドが置かれた寝室、レモンイエローのタイルがオシャレな洗面台とお手洗い、庭先へ繋がる縁側の向こうには大理石のお風呂がある。
「みてー! お庭にお風呂がある!」
「あれは家族風呂だよ。あとで三人で入ろう」
「うんっ」
そういえば灯夜と旅行などいままで行ったこともなかった。彼は淑乃のまえではあまり不平不満を言う子どもではないが、きっと新幹線に乗りたいとか、お泊まりしたいとか、学校の友達の自慢をきく度に考えていたのだろう。こうして実際に連れてきてはじめて見られる嬉しそうな息子の姿に、淑乃はいたたまれない気持ちになる。
そんな淑乃に気づいているからか、朔はあえて息子の望みを優先したプランを叶えてくれた。
「トーヤは遊園地、幼稚園の卒園遠足以来ね」
「あれから身長伸びたから、そろそろジェットコースター乗れるかな?」
「120cmだとギリギリだろうな」
旅館の門をくぐればそこは人工の湖に囲まれた歓楽街。家族連れが楽しめる遊園地やショッピングモールが並んでおり、知るひとぞ知る穴場となっている。初日は灯夜のためにパスポートを用意し、一日中遊園地で遊び回った。灯夜は一度だけジェットコースターに乗ったが、それよりもゴーカートが気に入ったらしく、何度も朔とふたりで「勝負だ!」と競い合っていた。
園内の売店の唐揚げやフライドポテトでお腹を満たしたり、朔にお姫様抱っこされた状態でメリーゴーランドに乗せられたり、それを灯夜に写真で撮られたり、お化け屋敷で朔が絶叫したり、迷路で三人のなかで誰が一番早くゴールできるか競争していたはずが別々の道から三人同時にゴールしたり……
「サクくん、そろそろ宿に戻ろう? トーヤ遊び疲れて寝ちゃいそうだよ」
「えー、僕、まだ遊びたい!」
「お宿でおいしいご飯とお風呂が待ってるぞ。それに休みはまだはじまったばかりだ。明日もたくさん遊べるよ」
「はーい」
初日から全力で遊ぶ灯夜を追いかけていたというのに、朔は疲れたそぶりひとつ見せない。淑乃の方が歩きすぎて足が棒になりそうだ。
宿に戻り、源泉かけ流しの家族露天風呂で身体を癒した後、慣れない浴衣を三人で着て山菜メインの懐石料理に舌鼓。
「この天ぷら美味しい! 塩だけの味つけなのにご飯に合うね。こっちは川海老のかき揚げ? トーヤも食わず嫌いしないで食べてごらん」
「僕はこの炊き込みご飯がすきだな。ママがぜったい作らないやつ」
「それは山菜おこわっていうんだ。春先は筍ご飯も美味いぞ」
互いに好き勝手喋りながらリビングでご飯を食べて、三人分の布団が敷かれた畳のベッドに寝っ転がってくつろいで。
明日はどこに行こうか、天気は大丈夫かな、美味しいパンケーキのお店があるから食べに行こう、なんて語らいながら灯夜の歯磨きを促して、もう眠いと目をこする息子を寝かしつけて……
「トーヤ、すんなり寝ちゃったね。もっと興奮して夜遅くまで騒ぐかと思ったのに」
「あれだけ遊べば疲れるだろう。よしのももう寝る?」
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