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年下御曹司は白衣の花嫁と極夜の息子を今度こそ! 手放さない

ささゆき細雪

Chapter,2_14. 心象に蘇る極夜と家族の色

 太陽が沈んでいるあいだも暗くならず、真夜中になっても薄明になっている現象、「白夜」のことは世間的にもよく知られているが、その対となる現象「極夜」については認知度がさほど高くない気がする。理科や地理の授業でなんとなく習った記憶はあれど、淑乃が「極夜」という単語を意識するようになったのは、大学生になってからのことだった。

 一日中太陽が昇らない、真昼でも夜のように暗く寒い期間……それは淑乃が高校時代に母親が連れてきた男に襲われてからの日々に通じていた。身体を弄ばれ子を宿すことは難しいと宣告され、ふつうの男女のように恋をして結婚して家族をつくることはできないのだと絶望して、自暴自棄になっていた日々。
 それでもカウンセラーとの出逢いが淑乃を変えてくれた。彼女みたいになりたいと大学に進学し、サークル活動中に「極夜」の絵と邂逅した。数年前に地元の中学生が賞を取ったというその絵に、なぜか淑乃は引き込まれた。
 一日中空が明るい白夜と違い、太陽が昇らない極夜。けれどもその絵には絶望のなかにひとすじの希望が描かれていたのだ。地平線のすこし上をくるりとまわるまるい月と、カーテンのようなオーロラの煌めき……

 もう、十五年ちかくむかしのはなしだ。その絵の描き手の名を淑乃は知らない。とても素敵な絵だったから買い取りたいと思っても、学校自体が少子化で合併、閉校しており、かつて在籍していた生徒について調べることも難しかった。
 それに絵を描いたであろう中学生も三十路になっているだろうし、その絵自体、すでにこの世には存在していないかもしれない。
 それでも淑乃は、自分の心が弱っていると感じると、あの絵を思い出して自分を奮い立たせていた。
 真っ暗闇を手探りで模索して、未来を掴み取るそのために。

 けれど、記憶に蓋をして忘れたふりをしていたことを暁にされたことで、病院のベッドの上で意識を取り戻したばかりの淑乃は混乱していた。回復したと、克服したと思っていたのは偽りだったのだと、そう簡単に治るものではないと心が拒否反応を示していた。
 どうしよう。何もできない高校時代の自分に戻ってしまった。あたまのなかがぐるぐるする。
 目が覚めるまで傍にいたという甲高い声の女性に自分の名前を何度か呼ばれたが、記憶が混在していて彼女のことを思い出せない。訴えようとして声を荒げたら鎮静剤を打たれた。ふたたび記憶が飛ぶ。病院のベッドの上で泣きわめく母親の幻影。後悔に打ちひしがれた母を冷めた目で見つめる自分。どうして自分ばっかり。未来の展望が見えなくなった絶望のはじまり。汚されてしまった身体。そして壊れかけて、生きる気力を失う寸前まで追い詰められた。
 けど、淑乃は負けなかった。
 まだ生きている。生きていけると、そこから這い上がった。
 巻き込まれた運命の悪戯で、恋だってした。
 はじめはそれが恋なのかもわからないまま、彼に夢中になっていた。

 ――新月の名前を持ちながら、輝く未来を約束された海堂一族の御曹司。没落していった香宮の一族とは大違い!

 同情させるつもりはなかったのに、忌まわしい過去について自然と口をひらいていた。
 学生時代、汚い身体でしょ、と自嘲する淑乃を全否定して、彼はひたすら愛してくれた。ぬくもりに溺れるのは心地よかった。けれども立場がその先を夢見ることを拒んでいた。彼との結婚は叶わぬ夢だと諦めていた。
 そんなときに宿した奇跡。極夜を彩るひとすじのひかり。

 ――あたしは太陽も月もいらない。真っ暗な夜でも、この灯火があれば生きていける。

 けれどその炎を消されたら、自分はもう立ち直れない気がする。だから言われるがまま死を受け入れさせる終末医療のカウンセラーとして過酷な現場で死神になった。その環境は子育てには適さないと二年ちょっとで診療所に引き抜かれたが、そのときを待つことに変わりはなかった。初恋のひとが自分ではないひとと結婚するそのときを。
 それなのに結婚式は失敗、再会した恋人は変わっていなかった。月のない夜に生まれた彼は、あのときの自分のように心を弱らせて暗闇を漂っていた。彼のためにこの恋心を手放したのに、彼はいまも淑乃を求めていたのだ。

 極夜のようにやさしく包み込んでくれる彼を悲しませたくない。今度こそ彼の傍に、そう思った矢先。
 淑乃は過ちを繰り返して、彼の弟に襲われた。
 あろうことか彼は、息子にも危害を加えていた。
 怖い。自分が傷つけられることよりも恐ろしいことが起こるなんて。
 自分と灯夜が朔を選ぶということは、そうなる危険性が増すということでもあるのだと痛感した淑乃は、傍にいた女性が席を外したのを見て。
 パジャマにスリッパという格好で思わず逃げ出していた。

 ――あたしがいなくても、トーヤは生きていける。あたしがいるから、彼らがおかしくなる。

 海堂一族と因縁を持つ自分は朔の恋人である以前に香宮のさいごのひとり。
 息子がいるからとはいえ、そう簡単に結ばれることなどありえない。
 暁を傷つけ、追い詰めたのは自分だ。
 そしてその結果、朔も傷つけている。
 自分などいないほうが、姿を消したほうが、ふたりの未来は安泰なのではなかろうか。

 絶望を胸に、淑乃はひとけのない土曜日の朝の大学敷地内へと姿を消した。


  * * *


「おじさん? そんなに急いでどうしたの?」
「……トーヤくん」
「ママなら向こうの仮眠室で休ませてもらってるって井森さん言ってたよ」
「そう、か」

 淑乃のマンションを飛び出し、まず向かった先は大学付属病院。息を切らしながら広い待合スペースにたどり着いた際に、検査結果を待っていた篠塚の後輩医師と灯夜と鉢合わせた。朔を見つけて目を丸くした灯夜だったが、母親を見舞いに来たのだろうと解釈してにこりと微笑む。
 きっと灯夜が検査を受ける前に淑乃の様子を聞かされたのだろう。母親が自分にとって兄のような暁に薬を盛られて襲われそうになったという内容を彼はどう思ったのだろう。目覚めたときに篠塚から説明を受けた灯夜少年はそのとき無表情だったが、朔が淑乃を助けに来てくれたから大事に至らなかったことがわかってひとまず安心はしているらしい。
 はじめのうちは朔に対して「おじさん」と警戒心を持っていた灯夜だったが、自分の母親がずっとすきでいたという彼もまた彼女を大事にしている様子がうかがえたからか、いまの口調は砕けたものに変化している。朔が病院まで駆けつけてきたのも、母親が心配だからだと理解したのだろう、ふたりの世界を邪魔してはいけないと考えたのか、灯夜は朔に早く行くよう促す。

「きっとママ待ってるよ。あと、僕は検査の結果が出たら先に篠塚先生のところで待ってるからって伝えてね。いいこで待ってる」
「あ、ああ」
「ママのことよろしくね。暁おにいちゃんにヒドいことされて、泣いてると思う……から」

 きっと灯夜は自分の母親が姿を消したことを知らされていないのだろう。ただ、信頼していた人物に牙を向けられたことの苦しさを、灯夜はいまの自分では癒せないと悟って、朔に託している。母親が一途に想っている朔なら、暁に傷つけられた彼女をもとに戻してくれると、純粋に考えている。
 朔は何も言えなくなる。
 自分と同じ漆黒の髪と瞳を持つ少年は、誰よりも淑乃を見ていた。気づいていた。暁が長い年月をかけて彼女を狙っていたことも、篠塚が彼女の番犬になって自分の父親代わりを演じてくれたことも、そして――……

「パパ、ならできるでしょう?」
「!」

 自分が灯夜にとってのほんもののパパであることも。

「顔真っ赤だよ、おじさん」
「……くそガキ。気づいてたのかよ」
「だって、ママが夜はパパの色って僕に教えてくれたんだ。ママとパパと僕の髪と瞳の色は……おんなじなんだよって」

 無邪気におんなじと破顔する灯夜を前に、朔は決意を新たにする。

「そうだな。ママはすぐに元気になる……それまで篠塚先生のところで待っていてくれるか」
「ん!」

 朔は先に戻っているとわがままひとつ言わずに篠塚の後輩医師と歩いていくちいさな背中を凝視する。彼のためにも彼女を取り戻さなくては。きっと彼女は妙な責任感に捕らわれて、申し訳ないと隠れてしまったのだ。そのうえ精神状態が安定していないから、ふだん以上によけいなことを考えて、病院を飛び出してしまったに違いない。
 それでも。
 何があっても起こっても、今度こそ朔は淑乃を手放さないと決めた。
 なんせ野良猫のような彼女を捕まえて、大丈夫だと甘やかすことができるのは……朔だけに認められた特権なのだから。

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