年下御曹司は白衣の花嫁と極夜の息子を今度こそ! 手放さない
Chapter,2_12. 猫に飼い殺された恋の末路
危うく弟に恋人を寝取られそうになった朔は、昏々と眠りつづける淑乃を抱きしめたまま、動こうとしない。
「……朔兄」
「暁。お前はいったい何をしようとしていた」
その場に轟くような押し殺した声で、朔が怒りを込めて暁に問う。扉を開いた先のソファで、ぐったりした淑乃が弟に襲われている姿を目の当たりにしたのだ。逆上して殴りかかって来るかと思った暁だったが、朔はそれよりも恋人の無事を確認し、自分の手元に取り戻すことを優先していた。淑乃が意識を手放す際に「ようやく来た」と安堵の声を放っていたのは空耳ではなかったのだろうか。だとしたら、暁ははじめから淑乃に踊らされていたことになる。
ただ、ここまで暁が淑乃に執着して我が物にしようとしていたことだけが誤算だったのだろう。朔だと思って素直に抱かれてくれればよかったのに、薬を飲まされてからの彼女は完全に暁を拒絶していた。
悪事が露見したとはいえ、暁は兄に睨まれてもけろりとしている。どうせこの兄はひとり勝手に自分を警察に突き出すことはできまい。突き出したところで父親や叔父がどうにかしてもみ消すことを知っているからだ。
暁は感情を露わにした兄の顔を見て嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「ふふ。よしのさんが朔兄と隠れて逢ってたから、お仕置きしようと思っただけだよ」
「お仕置きだと?」
「朔兄だってよしのさんを抱くとき、ネクタイで縛ったり目隠ししたりお薬飲ませたりするでしょう?」
「……いや、しない」
何を言っているんだこの弟は。縛ったり目隠ししたり薬を飲ませて抱くなど、過去にイヤな思いをした淑乃が受け入れるわけがない。きっと淑乃はその忌まわしい過去を暁に教えていないのだろう。
だが、暁のその言葉で朔は状況を理解する。彼女は弟の睡眠薬を無理やり飲まされたのだ。だからこんな風に抵抗できない状態にされて、身体を奪われそうになっていたのか……
無防備にすやすやと場違いな寝息を立てている淑乃を見て、朔ははぁとため息をつく。
さっきまで悲鳴をあげていたくせに、朔が傍にいると理解したからか淑乃は猫のように丸まって彼のコートをきつく握りしめて眠っている。もうすこし警戒していればよかったのにと思ったが、七年間手を出さずにいた弟がここにきて反旗を翻したのはきっと、淑乃が朔と隠れて逢っていたことを知ったからなのだろう。この場に朔がいなければ暁は思い余ってこのような暴挙に出ることもなかったはずだ。
朔は苛立ちと哀れみの視線を向けて、暁を睨む。漆黒の双眸に射抜かれた暁は、ビクッと背筋を伸ばして兄の顔を見つめる。
本気で兄弟喧嘩をしたとき、勝つのはいつだって朔の方。
ふだんは暁に勝たせることもある彼だが、今回ばかりは――淑乃のことは頑として譲れない。
「それより暁。よしのから訊いたよ。お前が七年ものあいだ彼女と息子を監視していることも、自分が父親になりたいと俺が婚約者と結婚するのを待ちわびていたことも、虎視眈々と狙っていた彼女がいつまでもお前を恋愛対象として認めていなかったことも」
「朔兄」
「お前がよしのを強引に抱いていたら、俺は一生許さなかっただろうよ……間に合って良かった」
「でも、俺……よしのさんにキスしたよ」
ぽつりと零したその言葉に、朔の表情が凍りつく。
「――やっぱ許さぬ」
「ふぬっ……!」
怯える暁を横目に、朔は容赦なく顔面へ拳を叩き込む。
ふだんは温厚な兄を本気で怒らせたのだ、このくらいは想定内だろう。朔が来る前に淑乃にも頭突きを食らわされていた暁は、ふたたび衝撃を与えられて身体を床に沈ませる。動かなくなった弟を見下ろして、朔は呟く。
「――警察に被害届を出すかはよしのと相談する」
「……ああ」
「あと、よしのの携帯電話につけた細工を外せ。いいな」
床に伸びたままこくりと首を揺らした暁の間抜けな姿を前に、朔は嘆息する。
「わかったらとっとと出ていけ。これ以上お前の顔見たら何するかわからん。それにお前だって子どもにこんなところ見られたくないだろ?」
眠っている灯夜のことを指摘され、暁はむくりと起き上がる。朔は灯夜にも薬が盛られているとは気づいていないのだろう。あえて火に油を注ぐこともないかと暁は朔と彼の腕のなかの淑乃を見て、乾いた笑みを浮かべる。
「……だな」
はじめからわかっていた。自分が兄に敵わないことくらい。それでも一度くらい、彼から奪ってみたかった。兄の恋人だからじゃない、香宮のさいごのひとりだからじゃない、ただ純粋に猫のように気まぐれで愛らしいよしの先輩だから惹かれていた、それだけが暁にとっての真実。
「朔兄。俺、このこと親父に言うわ。トーヤのことも」
「そうか」
「朔兄がよしのさんをトーヤと一緒にほんとうに幸せにしてくれるなら、彼らを説得させることくらいできるよね?」
「……彼ら?」
「そ。彼女の存在を知っているのは俺だけじゃない」
「そうだろうな」
「驚かないんだ」
意外そうな暁の声に、朔は無言で頷く。
海堂一族のゴタゴタを調べ直していた朔は、すでに淑乃がマークされていることに気づいていた。暁が見せた執念のように、父親が本気になれば朔が誰を求めているかなど、簡単に突き止められるからだ。
あの失敗した結婚式以来、父親は朔の動向を黙認している。東京から沓庭へ勝手に住居を移したことについても文句一つ言われていない。見捨てられたか、次の出方を待っているのか。どっちにしろ、そのときに淑乃と灯夜について言及されるのは確実だろう。
「どうせそのなかに叔父上も含まれてるんだろ」
「トーヤのことまではどうだろう……」
曖昧に言葉を濁す暁に、朔ははあとため息をつく。叔父の陽二郎がかかわると良くも悪くも事態の規模がおおきくなる。朔と淑乃を引き合わせた元凶で、朔が婚約者と結婚する際に花嫁逃亡に手を貸したとされるトリックスター。
そんな彼はいま、海外出張中だ。彼が戻ってくる前に父親にはなしを通して、決着をつけたいと考えている朔は、こんなところで暁と兄弟喧嘩をしている場合ではないと心のなかで言い聞かせ、淑乃を穏やかな瞳で見つめながら、ぽつりと呟く。
「よしのは猫みたいにふらふらしていて危なっかしいところがあるから……放っておけないんだ」
あたしはひとりでも生きていける、そう言ってからから笑っている彼女の強がりに気づけたのは、朔たったひとり。ほんとうは淋しくて人肌恋しくて甘えたかったのだとすり寄ってきて、惑わせる。
そんな朔を見ていた暁が淑乃の本質に気づけていたかはわからないが、危なっかしくて放っておけないという兄の言葉に、くすりと笑う。
「猫みたいな彼女に恋心を飼い殺された俺は、鼠ですらなかったってわけか」
執念と監視からはじまった七年間はいつしか暁の叶わぬ恋心を募らせていた。窮鼠猫を噛むという諺のように、暁は朔と復縁した淑乃を前に、追い詰められて彼女を襲った。けれどもそれは失敗に終わり、彼は自分が鼠ですらなかったことを悟ったのだ。
「……俺の完敗だよ、朔兄」
眠る淑乃をすまなそうに見つめてから、暁はしずかに部屋を去っていく――……
「……朔兄」
「暁。お前はいったい何をしようとしていた」
その場に轟くような押し殺した声で、朔が怒りを込めて暁に問う。扉を開いた先のソファで、ぐったりした淑乃が弟に襲われている姿を目の当たりにしたのだ。逆上して殴りかかって来るかと思った暁だったが、朔はそれよりも恋人の無事を確認し、自分の手元に取り戻すことを優先していた。淑乃が意識を手放す際に「ようやく来た」と安堵の声を放っていたのは空耳ではなかったのだろうか。だとしたら、暁ははじめから淑乃に踊らされていたことになる。
ただ、ここまで暁が淑乃に執着して我が物にしようとしていたことだけが誤算だったのだろう。朔だと思って素直に抱かれてくれればよかったのに、薬を飲まされてからの彼女は完全に暁を拒絶していた。
悪事が露見したとはいえ、暁は兄に睨まれてもけろりとしている。どうせこの兄はひとり勝手に自分を警察に突き出すことはできまい。突き出したところで父親や叔父がどうにかしてもみ消すことを知っているからだ。
暁は感情を露わにした兄の顔を見て嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「ふふ。よしのさんが朔兄と隠れて逢ってたから、お仕置きしようと思っただけだよ」
「お仕置きだと?」
「朔兄だってよしのさんを抱くとき、ネクタイで縛ったり目隠ししたりお薬飲ませたりするでしょう?」
「……いや、しない」
何を言っているんだこの弟は。縛ったり目隠ししたり薬を飲ませて抱くなど、過去にイヤな思いをした淑乃が受け入れるわけがない。きっと淑乃はその忌まわしい過去を暁に教えていないのだろう。
だが、暁のその言葉で朔は状況を理解する。彼女は弟の睡眠薬を無理やり飲まされたのだ。だからこんな風に抵抗できない状態にされて、身体を奪われそうになっていたのか……
無防備にすやすやと場違いな寝息を立てている淑乃を見て、朔ははぁとため息をつく。
さっきまで悲鳴をあげていたくせに、朔が傍にいると理解したからか淑乃は猫のように丸まって彼のコートをきつく握りしめて眠っている。もうすこし警戒していればよかったのにと思ったが、七年間手を出さずにいた弟がここにきて反旗を翻したのはきっと、淑乃が朔と隠れて逢っていたことを知ったからなのだろう。この場に朔がいなければ暁は思い余ってこのような暴挙に出ることもなかったはずだ。
朔は苛立ちと哀れみの視線を向けて、暁を睨む。漆黒の双眸に射抜かれた暁は、ビクッと背筋を伸ばして兄の顔を見つめる。
本気で兄弟喧嘩をしたとき、勝つのはいつだって朔の方。
ふだんは暁に勝たせることもある彼だが、今回ばかりは――淑乃のことは頑として譲れない。
「それより暁。よしのから訊いたよ。お前が七年ものあいだ彼女と息子を監視していることも、自分が父親になりたいと俺が婚約者と結婚するのを待ちわびていたことも、虎視眈々と狙っていた彼女がいつまでもお前を恋愛対象として認めていなかったことも」
「朔兄」
「お前がよしのを強引に抱いていたら、俺は一生許さなかっただろうよ……間に合って良かった」
「でも、俺……よしのさんにキスしたよ」
ぽつりと零したその言葉に、朔の表情が凍りつく。
「――やっぱ許さぬ」
「ふぬっ……!」
怯える暁を横目に、朔は容赦なく顔面へ拳を叩き込む。
ふだんは温厚な兄を本気で怒らせたのだ、このくらいは想定内だろう。朔が来る前に淑乃にも頭突きを食らわされていた暁は、ふたたび衝撃を与えられて身体を床に沈ませる。動かなくなった弟を見下ろして、朔は呟く。
「――警察に被害届を出すかはよしのと相談する」
「……ああ」
「あと、よしのの携帯電話につけた細工を外せ。いいな」
床に伸びたままこくりと首を揺らした暁の間抜けな姿を前に、朔は嘆息する。
「わかったらとっとと出ていけ。これ以上お前の顔見たら何するかわからん。それにお前だって子どもにこんなところ見られたくないだろ?」
眠っている灯夜のことを指摘され、暁はむくりと起き上がる。朔は灯夜にも薬が盛られているとは気づいていないのだろう。あえて火に油を注ぐこともないかと暁は朔と彼の腕のなかの淑乃を見て、乾いた笑みを浮かべる。
「……だな」
はじめからわかっていた。自分が兄に敵わないことくらい。それでも一度くらい、彼から奪ってみたかった。兄の恋人だからじゃない、香宮のさいごのひとりだからじゃない、ただ純粋に猫のように気まぐれで愛らしいよしの先輩だから惹かれていた、それだけが暁にとっての真実。
「朔兄。俺、このこと親父に言うわ。トーヤのことも」
「そうか」
「朔兄がよしのさんをトーヤと一緒にほんとうに幸せにしてくれるなら、彼らを説得させることくらいできるよね?」
「……彼ら?」
「そ。彼女の存在を知っているのは俺だけじゃない」
「そうだろうな」
「驚かないんだ」
意外そうな暁の声に、朔は無言で頷く。
海堂一族のゴタゴタを調べ直していた朔は、すでに淑乃がマークされていることに気づいていた。暁が見せた執念のように、父親が本気になれば朔が誰を求めているかなど、簡単に突き止められるからだ。
あの失敗した結婚式以来、父親は朔の動向を黙認している。東京から沓庭へ勝手に住居を移したことについても文句一つ言われていない。見捨てられたか、次の出方を待っているのか。どっちにしろ、そのときに淑乃と灯夜について言及されるのは確実だろう。
「どうせそのなかに叔父上も含まれてるんだろ」
「トーヤのことまではどうだろう……」
曖昧に言葉を濁す暁に、朔ははあとため息をつく。叔父の陽二郎がかかわると良くも悪くも事態の規模がおおきくなる。朔と淑乃を引き合わせた元凶で、朔が婚約者と結婚する際に花嫁逃亡に手を貸したとされるトリックスター。
そんな彼はいま、海外出張中だ。彼が戻ってくる前に父親にはなしを通して、決着をつけたいと考えている朔は、こんなところで暁と兄弟喧嘩をしている場合ではないと心のなかで言い聞かせ、淑乃を穏やかな瞳で見つめながら、ぽつりと呟く。
「よしのは猫みたいにふらふらしていて危なっかしいところがあるから……放っておけないんだ」
あたしはひとりでも生きていける、そう言ってからから笑っている彼女の強がりに気づけたのは、朔たったひとり。ほんとうは淋しくて人肌恋しくて甘えたかったのだとすり寄ってきて、惑わせる。
そんな朔を見ていた暁が淑乃の本質に気づけていたかはわからないが、危なっかしくて放っておけないという兄の言葉に、くすりと笑う。
「猫みたいな彼女に恋心を飼い殺された俺は、鼠ですらなかったってわけか」
執念と監視からはじまった七年間はいつしか暁の叶わぬ恋心を募らせていた。窮鼠猫を噛むという諺のように、暁は朔と復縁した淑乃を前に、追い詰められて彼女を襲った。けれどもそれは失敗に終わり、彼は自分が鼠ですらなかったことを悟ったのだ。
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