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年下御曹司は白衣の花嫁と極夜の息子を今度こそ! 手放さない

ささゆき細雪

Chapter,2_10. 許されない恋に焦がれる夜明け

 兄が紹介してきた年上の恋人は、白衣がよく似合う凛としたセミロングの美人だった。
 背の高い兄と並ぶ姿は大人びていて、いやでも彼女が年上だということを思い知らされた。先月まで高校生だった暁は臨床心理師を目指しているという朔の恋人、大学院一年生のよしの先輩・・・・・に圧倒されていた。

 大学時代は社会学部にいたという彼女は、心理学以外にも文学から理系分野に連なる統計学まで一通り履修していたというだけあって、朔と暁の兄弟とは異なる視点から物事を分析し、ふたりを驚かせたものだ。ユーモアとウィットにも富んだ賢くて魅力的な女性が、なぜ自分の兄と三年も付き合っているのかと不思議に思ったものだ。

 はじめのうちは遠慮がちに接していた暁だったが、見た目とは打って変わっておっちょこちょいでお茶目な部分や、暁が所属する演劇サークルの舞台美術のヘルプにひょっこり現れて他学部生とも隔たりなく気さくにつきあう姿を見たり、無愛想な朔をフォローしながら大学生活を楽しむ様子を見ていくうちに、いつしか気後れすることもなくなり、ほんものの姉のように慕うようになっていた。

 ――このまま、朔兄がよしの先輩と結婚して、会社を引き継いでくれたらいいな。

 このとき暁はまだ知らなかった。彼女が海堂一族と因縁を持つ香宮のさいごのひとりと呼ばれた娘であることを。もし知っていたら、素直に兄との恋路を応援しなかったかもしれない。光子叔母さんを傷つけた男が他所で産ませた娘だと知っていたら。
 もう二度と俺たちにかかわるなと、蛇蝎のごとく忌み嫌って、彼女と朔の仲を引き裂いたはず――……けれども現実は、そうもいかない。

 暁の兄の朔と香宮淑乃の関係は自然消滅していた。淑乃が大学院卒業とほぼ同時にアパートを引き払い、彼らの前から姿を消したからだ。
 朔は落胆したが、次期社長としての責務をまっとうするため全国各地を飛びまわらざるをえなくなる。消えた恋人を探す時間すら与えられず、朔は一族のために経営の基礎を叩き込まれていた。当時まだ学生だった暁は朔を気の毒に思いながらも父に歯向かうことはできずにいた。ただ、なぜ兄の恋人がいなくなってしまったのか、それだけが魚の骨のように暁を苛みつづけていた。調べれば調べるほど、わからなくなる。淑乃が香宮の娘であることを知りながら本気で愛していた兄の本心がわからない。
 復讐に利用されていただけなのではないか、そうだとしたら俺が彼女を罰せなくては。そう思ったこともあった。

 ――そんなときに見かけた、白衣の女性。

 大学四年の春。学業と家のことで悩まされて不眠症になっていた暁は、大学病院の精神科外来を訪れていた。そのとき勿忘草が咲き乱れる大学病院の前庭で、忙しなく働く彼女を見つけた。
 ショートカットになっていたけれど、遠目で見ても凛とした立ち姿は紛れもない、暁がいつも目で追いかけていた兄の恋人、よしの先輩だった。
 声をかけようにも、勤務中の彼女は外来ではなく入院棟の方へ戻ってしまった。当時の彼女は入院患者の終末医療カウンセリング――ターミナルケアと呼ばれる特殊で過酷な業務がメインだったのだ。

 暁はその日以来、彼女の姿を確認すべく病院周辺を彷徨うようになる。その執念が功を奏したのか、勿忘草の季節に赤子をあやしている彼女と言葉を交わすことが叶った。朔と一族の名をちらつかせて監視したいといえば、彼女は驚くほど素直に暁の提案を受け入れた。それだけ朔との間にできた子どもが大切な存在なのだと訴えられて、暁は兄に強く嫉妬した。
 けれど、そのおかげで暁は朔が知らない彼女のことを、灯夜と名づけられた赤ん坊のことを独り占めすることができたのも事実だ。美しく聡明な彼女とその子どもを見守って七年。このまま兄が淑乃のことを忘れて父親が選んだ婚約者と結婚してしまえば、自分が淑乃と一緒になれるのではないか、そんな悪魔の囁きに、暁は屈していく。
 何度も淑乃に俺を見てと訴えた。それでも彼女は朔を裏切りたくないと、シングルでいることを貫こうとしていた。

 それならば灯夜に自分が父親であるかのように演じて見せれば、彼が母親に暁と結婚してくれと言うのではないか……物心のついた灯夜に何度かきいたが、彼はいつだって暁に「ノー」をつきつける。暁は兄のような存在であって、けっして父親にはなりえないのだと。さらに朔に似てきた容姿が、暁を苛立たせる。どうあがいても自分は兄に適わないのか。
 おまけにいつしか淑乃は新設された診療所に引き抜かれ、暁との時間を蔑ろにするようになってしまった。診療所の常勤医だという篠塚に見初められたらしい。そのうえ灯夜は彼のことをパパと呼んでいる……暁は焦りだす。このままだと淑乃を兄ではない別の人間に奪われてしまう。海堂の血を引いた優秀な男児である灯夜ごと。それだけは食い止めたい。
 いまはまだ兄に気持ちを傾けている淑乃だが、飄々とした篠塚に囲い込まれて本気で迫られたら、彼女だって頷いてしまうのではなかろうか。全国シェアトップを誇る鋼材企業の次期社長としての地位と財力を持つであろう朔よりも、地元の大地主の息子で医師の資格を持つ篠塚の方が身近ですでに成功している存在だ。そのうえ職場が一緒だとしたら、目移りしてもなんらおかしくない。
 もはや暁ひとりでは太刀打ちできない相手だ。何か策を考えなければ。でもどうすればいいだろう。兄は婚約者との結婚式の用意をいやいやながらもはじめていた。父親の後を継ぐただそれだけのために。
 淑乃は密かに兄を想っている。このまま朔が結婚すれば今度こそ自分が淑乃を手に入れられると信じていた。けれど、この状況だと暁の監視を逃れた彼女は朔のことを諦めて篠塚のもとへ走っていくのでは……? 新たな不安が暁を襲う。
 そのことを第三者である陽二郎・・・に愚痴ったことで、事態は暁が想定していなかった方向へと動き出すのだが、朔も淑乃もそれは知らないし知らされていない。
 暁だけが滑稽な道化のように、ただひとり許されない恋に焦がれつづけていた。


   * * *


 淑乃から仕事のはなしをきくことは滅多にない。けれど、暁と再会した頃の彼女はひとり必死に戦っていた。朔との子を守るため。自らが優しい死神となって。

 ――余命いくばくもない患者さんたちの怒り、悲しみ、すべての感情をあたしは受け入れる。患者さんとご家族が、すこしでも穏やかにその日を迎えられるように。それがあたしの仕事だから。

 淑乃が乳飲み子を抱えながら精神病棟で働いていたのは二年に満たなかったが、篠塚が現れる前は、暁だけが淑乃の傍にいる異性だった。そのあいだにとっとと口説き落とせていれば良かったのに、朔が結婚するまでは、と頑なな彼女にいつしか絆されていた暁である。
 そのあいだも灯夜はすくすく成長していく。病院保育所、幼稚園、学童の送り迎えについていっては父親アピールをする暁に呆れながらも淑乃は完全に彼とは離れられずにいた。暁が監視しているからだ。
 灯夜は母親と暁の歪な関係に気づいていたのかもしれない。だからあえて篠塚をパパと呼んで暁を怒らせようとする。
 灯夜は暁を嫌っているわけではない。灯夜は暁を父親だと思っていないだけで、それ以外のこと……母親の淑乃を大切に想っていることや、篠塚と結婚してほしくないこと……については理解してくれているのだ。小学校低学年でそれだけのことを悟れるのは、母の生きざまを間近で見つづけていたからだろう。

「あら、寝ちゃったの」
「遅いですよよしのさん」

 学童に淑乃が迎えに来たとき、灯夜は暁の膝の上ですやすや眠っていた。母親が来るのを待つあいだに眠ってしまったらしい。
 淑乃は当たり前のように暁がいることを疑問に思うこともなく、眠っている灯夜を見つめながらぽつりと呟く。

「アカツキくん、心配かけてごめんね」
「……何か事件に巻き込まれたのかと思いましたよ」
「大げさよ。携帯電話を診療所に置き忘れてきただけなのに」
「置き忘れてきた、ねえ」

 淑乃は暁にマンションまで送り届けてもらうことになった。ぐっすり眠ってしまった息子を軽々と抱き上げて、暁が車の後部座席まで運んでくれたので、淑乃もその隣の席にちょこんと座る。それにしてもよく寝ている。
 ゆっくりと車が動き出し、淑乃はふぅと息をつく。
 淑乃の所在がわからなくて不安になっていた暁も、彼女の無事が確認できて安心したのか、ふだんの口調ではなしはじめる。

「篠塚先生にも連絡したんですけど、お仕事中だったからか出てくれなかったんですよ」
「篠塚先生は先にあがっていたから……」
「それじゃあ、残業していたのはどうして」
「カウンセリングの当日予約が入ったからよ」

 さらりと言い返す淑乃の声がどこか強張っているのに気づいた暁は、ふうん、とつまらなそうに言葉を噤む。
 これ以上追及されるのを拒むかのような彼女をバックミラー越しに見て生じたのは、苛立ちと……嗜虐心。

 ――カウンセリング? どうせ朔兄と逢っていたくせに。俺を欺こうとしたって無駄だよ。

 淑乃と暁が無言になったまま、車は淑乃たちが暮らすマンションの傍で停まる。いつもならここで別れる暁だが、今夜は眠り込んでしまった灯夜がいる。淑乃もすぐさま暁を追い払うことはしないだろう。

「トーヤを連れて行くから部屋にあげてよ。さすがに小学生にもなるとよしのさん抱っこするの大変でしょう?」
「え。トーヤひとりならあたしでも運べるわよ」
「いいから。よしのさんはランドセル持って」
「ちょ、勝手に……もうっ」

 慣れた手つきでエントランスのナンバーを打ち込んで、灯夜を抱っこしたままの状態で暁がマンション内へ入っていく。さすがに淑乃の部屋の鍵は持っていないが、部屋番号を知っている彼は一目散に階段まで早足で進んでいく。強引な暁の態度に困惑しつつも、朔と隠れて逢ってきた罪悪感から何も言えない淑乃は仕方なく鍵を穴に差し込んで、彼を部屋のなかまで案内する。オートロックの玄関を抜けてリビングに入ってすぐのところに子ども部屋がある。そこに灯夜のベッドがあるので、そのまま寝かせてもらえばいいだろう。
 なりゆきとはいえ暁を部屋にあげてしまった淑乃は、彼が灯夜を運んだのを見て、これが朔だったら良かったのにと自分の荷物をテーブルのうえへ置いてから、リビングのソファに腰かけため息をつく。そうだ、朔がこのあと来てくれるはず。それまでに暁を追い出さなくては。
 淑乃が「もう帰って」と言おうと暁の方へ立ち上がろうとした瞬間。

「……アカツキ、くん?」
「ようやくふたりきりになれましたね。よしのさん」

 暁にきつく身体を抱きしめられてしまう。口先で口説いてくることは何度もあったけれど、こんな風に抱きしめられたことは一度もなかった。どうして? と困惑する淑乃に、暁が嗤う。無防備な彼女を前に、彼は意を決して告げる。華奢な身体をソファに押し倒しながら。


「朔兄と、逢ったんでしょう? この……裏切り者」

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