立花 祈

落とし物

次の日、

黒猫の事が気になり何度も窓の外を眺めたが、一度も鈴の音を聞く事は出来なかった。

そもそも、それは舞子の手元にあったのだから。



しかし、

ふと外に目をやったとき、子どもの笑い声と共に、赤い鞄に着けられた銀の鈴が、澄んだ音を溢したのを舞子は見逃さなかった。



それを黒猫に伝えるすべはなくとも、舞子は自分の言ったことは見当違いではなかったのだと、少し黒猫に自慢したくなった。

あの少し生意気で、黄色い真ん丸な目が大好きだった。

またどこかで会えたらなんて、少しだけ思った。



舞子はその日手紙を書いた。



黒猫さんへ



私にとって恋愛というのは、始めるのは簡単でも一番難しくて、考えれば考えるほどよくわからなくなって、世界が色づくなんてものじゃないけれど、ただ、すべてが悪いものではないと、なんとなく思ったの。

大事な鈴はお預かりしています。

けどもうあなたのものじゃないからいらないのかしら。

どっちにしても、私にとっては大切な物だから、

取っておくわね。

気が向いたらいらっしゃい。



舞子



それを庭の文目の花の傍に置き、日が暮れるまでそれを眺めていた。

『幸せになってね、黒猫さん』

舞子は月が出ると、暫く黒猫の事を思い出すだろう。

そうして、彼のことも。



それでも、いいのだった。

ただ、思い出せるうちにたくさん思い出しておこうとさえ、思うのだった。



おしまい。

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