偽装結婚を偽装してみた

小海音かなた

Chapter.119

 穏やかな春の午後、ひぃなと攷斗は撮影スタジオにいた。
 控室のドアを開けて、攷斗が目を丸くする。
「…どう?」
 不安げなひぃなに、
「うん。キレイ。さすが俺の奥さん」
 タキシード姿の攷斗が微笑みかける。
「攷斗も、似合ってるね」
 へへっと笑い合う二人を、周囲の人々が嬉しそうに眺めている。
 ひぃなは、攷斗が誕生日にプレゼントしたウエディングドレスで身を包んでいた。
 馴染みのスタッフたちも、普段あまり見ない攷斗のデレた顔にニヤニヤしている。
「これぞオートクチュールね」
「えぇ、正真正銘の一点ものですよ」
「ウタナもウエディング業界に進出?」
「しないですよ。俺がデザインするウエディングドレスは、ひぃな専用です」あ、コレもね。と取って付けたように、自分が着ているスーツを指でつまんだ。
「“ひな”呼び、やめたのね」
「だってもう、身も心も俺のですもん」
 もう、“特別”を意識させるための呼び方は必要ない。
「なんかむかつくわー。ねぇひぃな、いまからでもやめない? こいつと結婚するの」
「ちょっと」
 堀河の提案に攷斗がツッコミを入れる。
「え? やめないよ? 攷斗じゃなきゃ嫌だもん」
 当たり前という顔のひぃなに、攷斗がいまにも溶けだしてバターにでもなりそうな笑顔を見せた。
「あらあら、二人してデレデレしちゃって」
 後輩たちに囲まれているひぃなを見やって、堀河がまなじりを下げた。
「式も挙げれば良かったのに」
「俺も言ったんですけど、ひぃながやらなくていいって」
「……あぁ……」
 ひぃなの生い立ちや現在の家庭環境がそう言わせているのか、と思うと、他人がどうこう言えない。
「あんたんちの親御さんはそれで納得してるの?」
「えぇ。一応、お互いの家には挨拶に行って、事情も説明してますよ」
「そう。まぁ、ひぃなが幸せならそれでいっか」
 堀河も嬉しそうに破顔して
「ねー、私も仲間に入れて~」
 ひぃなのそばへ移動した。
 それと入れ替わるようにいつの間にか両脇に立っていた湖池と井周に、攷斗が脇腹をごつごつ小突かれる。
「ちょっとなに、痛い」
「念願かなって良かったね!」と湖池。
「姉さん女房とかもっと早く教えろっての」逆サイドから井周。
 ティアラやブーケなどの装飾類は、全て攷斗デザイン、井周オフィス製の一点ものだ。
「ウタナかうちで出そうよ、ブライダル用品」
「やだよ、俺のブライダル用のデザインはひぃな専用なんだっての」
「うわー! 恥ずかしいことサラッと言うわ~!」
 湖池が口元を抑えてニヨニヨする。
 すぐ近くで見ていた外間と桐谷がヒューヒューと古い感じで囃し立てた。
「なんなのお前ら。テンション高すぎ……」
 心底ウザそうな表情を浮かべ、攷斗が苦笑する。
「そりゃ高くもなるでしょ。親友の念願のお相手との結婚なんだから!」
 ねー! と、湖池を筆頭に井周と外間と桐谷が声を揃える。
「そんで、いつの間に仲良くなったの? みんな」
「えー? 内緒!」
 湖池が撮影後に企んでいるサプライズパーティーのセッティングを協力してもらうために、ひぃなを介して連絡を取ったのは、まだ攷斗には内緒の話だ。
「失礼いたします。カメラのセッティングできましたので、まずは新郎新婦のお二人、スタジオまでお越しいただけますか?」
「はーい」
「よし、行こう」
 攷斗が差し伸べた左手にひぃなが右手を乗せ、二人並んで撮影スタジオへと移動して行った。

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