偽装結婚を偽装してみた

小海音かなた

Chapter.93

 そこには先ほど運んだ料理の数々がズラリと並んでいる。
「えぇー! めっちゃ豪華じゃん! 作るの大変だったでしょ!?」
「ううん? そんなことないよ、大丈夫」
 攷斗に喜んでもらえれば、それだけでもう充分だ。
「食後にケーキもありますよ」
 前日作っておいた、直径12センチ、4号程度のマンゴーチーズケーキが冷蔵庫で出番を待っている。
「えっ? いつの間に? わー、うれしい! 贅沢!」
「…量、多かったら残していいからね?」
「いや? ちょうどいいよ。昼軽かったし、明日休みだし」
「それは良かった」
 一緒に置かれているワイングラスには、まだ何も入っていない。
「私開けるの下手なので、開けてもらっていいですか?」
「うん。え、これすごいね。探してくれたの?」
「うん」
 攷斗が見ているのはワインのラベルだ。そこに書かれているのは、攷斗の生まれた年。
「えー、嬉しい! ありがとう」
「喜んでもらえて良かった」
「喜ぶでしょそりゃ」
 ワインオープナーを巧みに操って、攷斗がコルクを開栓する。
「はい」
 開栓してそのままボトルを持ち、ひぃなにグラスを持つよう促す。
「ありがとう。ごめん。先に注いだのに」
「いいの、俺がしたいたんだから」
 赤いワインがグラスの中でゆるやかに波打つ。
 今度はひぃながボトルを傾け、攷斗のグラスに同じ量、注いだ。
 グラスを掲げ、乾杯する。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとう。あー、ちょっと、マジ幸せ」
 ワインに口をつけて攷斗がしみじみ言う。
「冷めないうちに食べましょう」
「うん! いただきます!」
 皿の上でステーキを一口分に切り分けて、攷斗がほおばる。
「んー!」
 さすがに切って中の焼け具合を確認出来なかったが、丁度良かったようだ。
「なにこれめっちゃ旨い!」
 存分に味わい、飲み込んでから攷斗が興奮気味に言った。
「良かったー。ステーキなんて焼く機会ないから心配だったんだよね」
「いやすごいよ。ひなも食べなよ」
「うん、いただきまーす」
 と、ひぃなも一口、肉をほおばる。
「んー!」
 さすが高級熟成肉。素人が焼いてもかなり美味しい。
(奮発してよかったー!)
 普段の食事では買わないほどの高価な牛肉は、値段に見合った味わいだ。
 攷斗は全ての料理に感激の声をあげ、美味しい美味しいと食べてくれる。
 全ての料理が満足のいく出来栄えで、攷斗のお腹も心も満たされたようだ。
「あぁー! うまかった! ごちそうさまです!」
 デザートのケーキまでぺろりとたいらげて、攷斗が満足そうに笑った。
「お口に合って良かったです」
「ひなのご飯、ホント旨い。いつもありがとう」
「いえいえ、とんでもない。美味しそうに食べてくれるだけで嬉しいよ」
「美味しそうっていうか、美味しいからね」
 ワインでほろ酔いなのか、頬を赤らめて攷斗が微笑むと、
(可愛い……!)
 ひぃなの顔もつられてほころぶ。
「ひな」
「ん?」
「誕生日、最後にもう一個だけ、わがままいい?」
「いくつでも、できる範囲でお聞きしますよ」
「嫌ならいいんだけど……」
 攷斗が両手を広げ、ひぃなに向けた。
 ひぃなは少し意外そうな顔をして、少し考えて、その腕の中にそっと身を寄せた。
 攷斗は両の腕をひぃなの背中に回して、少し強めに抱き締めた。
「ありがとう」
「うん」
 鼓動が速くなるのがわかる。
 身体の芯が熱を帯びる。
「ひな……」
「……はい」
「…好きだよ……」
 耳元で囁かれたその低く甘い声に、ひぃなの頭がクラクラと揺れる。
「……」
 わたしも……
 その四文字を言ったら、何かが変わるだろうか。
「……ありがとう……」
 けれど、どうしても怖くて言えないその言葉。
 ひぃなは自分の意気地なさに眉根を寄せる。
 攷斗の腕がもう一度ひぃなを強く抱き寄せて、そしてゆっくり離れた。
 不甲斐ない自分が情けなくて、攷斗の顔を見ることが出来ない。
「ありがとう。ごめんね?」
 謝られて、ひぃなが強く首を横に振る。
 嫌なわけでも、無理強いされたわけでもないのに、なんで攷斗が謝るの。
 身勝手にそんなことを考える。
「お誕生日、おめでとう」
 せめてもの意思表示。
 攷斗はそれをどう受け取ったのか。
「うん」
 いつもの笑顔で、うなずいた。

 いつものように後片付けを手伝おうとする攷斗に、誕生日なんだからいいよと言ったが、じゃあわがまま聞いてよ、と唇を尖らせてひぃなの肩を持って押し、キッチンへ一緒に移動した。
 こんなに楽しくて愛おしい時間が訪れるなんて思ってもいなかった。
 もっと早く一緒になれば良かった、なんて思う。
 けれどやはり人生はタイミングが重要で、あの時、あの場所で言わなければ、こんな風に二人で暮らすことなんてなかったかもしれない。
 二人の何気ない幸せな日々が続けばいい。そんな風に思いながら、二人はまた、リビングで別れて自室に戻り、眠りに就くのだった。

* * *

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