偽装結婚を偽装してみた
Chapter.75
仕事中に堀河から社内の個人アドレスにメールが届く。
『時森さんへ 来月以降のバースディプレゼント、そろそろよろしくー。 堀河』
『りょうかい。今日帰ったらやりまーす。 ときもり』
『お願いしまーす。 しゃちょう』
個別のやりとりなので、書き方もざっくばらんが過ぎるほどだ。
メールに添付されていた【四月度内定者リスト】のファイルを開いて性別と人数を確認する。
入社一年目の新人へ誕生日プレゼントを贈るのが、プリローダでの恒例行事だ。新入社員が確定した段階で、人数分まとめて発注をかける。男性にはネクタイ、女性にはハンカチとミニタオルのセット。
探すのはひぃなだが、名目上は【財布】である社長からの贈り物だ。
もし誕生日が来る前に退職しても、その人の分は退職時に餞別として渡す、というのが、設立時、堀河が作った決まり事。これまで、一年持たず退社した人間はいないので、餞別として渡したことはない。
攷斗と二人で夕飯を食べ終えて、攷斗が風呂へ行っている間にリビングでスマホを操作し、会社のアカウントを使って大手通販サイトへアクセスする。
創立以降十年も経過していると、選ぶ範囲も狭まってくる。被らないように念のため保存しておいたスクショのデータと見比べつつ、うんうん悩みながらお気に入りに追加していく。
風呂からあがった攷斗がミネラルウォーターを飲みながらひぃなの隣に陣取り、
「誕生日のやつ?」
問う。
「うん」
「それさぁ……」
「うん?」
「そろそろ他の人にやってもらえないの? せめて男のほうだけでも」
ひぃなはその提案を、不思議そうな顔で聞いている。
「義理とは言え、他の男のためにヨメがプレゼント選ぶの、ちょっと……」
選ぶと言っても、価格帯と以前渡したもののデザインが被っていないかを確認するだけなので、会社の備品を発注するのと同様の、完全なる“業務”なのだが。
(義理の嫁でも、そういうのは嫌なものなのかしら)
攷斗が聞いたら“義理”の文字が付くのはそっちじゃなくてプレゼントのほうだとツッコむところだが、口には出さないのでツッコミも入らない。
「んー、じゃあ、社長に相談してみるね」
「うん。ごめんね、なんか。束縛するみたいで」
「束縛っていうか……」
やきもちでは? と思うが、
「全然、気にならないから大丈夫だけど…」
一応否定しておく。
「そういえばそれ、ちょっと疑問だったんだけど」
「うん?」
「誰にこの柄あげようとか、そういうのもひなが考えてるの?」
「ううん? 全然? 人数と性別確認して、前年以前とデザインに被りがないか確認して、予算内に収まってるかどうかを確認するだけ。実際にどれにするか決めて購入ボタン押すのは社長だよ」
そして、中身が男性用か女性用かしかわからない状態のラッピングをされてネットショップから送られてくるので、男女ともに新入社員が複数人いたら、実際に渡す社長も誰にどの色柄が行くかはわからない。
「あ、なんだ、そうなんだ」
攷斗は安心したようながっかりしたような顔で拍子抜けしたように答えた。
「初年度とか二年目ならまだしも、悪いけど何年もそんなことやってられないよ」
「俺のときは?」
「棚井のときはー……忘れた」
「そっか」
「うん」
なんて。
設立二年目で入ってきた攷斗は、【プリローダ】で初めて採用した新卒の社員だった。同時に入ってきたのは生産管理部の湖池と事務部の紙尾の二人。デザイン部の攷斗と合わせて三人分なら負担ではなかったし、元々贈り物を選ぶのが好きだから、色や柄は各人のイメージに合うものを選んだ。ラッピングも個別に指定して、社長に預ける際、渡す物と人を指定した。
いまでも三人がそれを使っているのを見ると嬉しくなるのはひぃなだけの秘密だ。
設立と同時入社した数名分は、おそろいの高級ボールペンに社名と個人名を刻印して社長が各自に贈ってくれた。ロシア語で【自然】を意味する【природа】は、ロシア語で書くとパッと見社名とは判断し辛く、なかなかにオシャレな仕上がりの逸品だ。
皆そのボールペンがお気に入りで、リフィルを入れ替えながら十年以上愛用している。
ひぃなももちろんその一人で、使っているところを見た攷斗に羨ましがられたので、個人的に誕生日プレゼントとして渡したことがある。他の社員にそんなことはしてないので、絶対に内緒、と口封じをしたのを覚えている。
そのお返しにひぃなの誕生日を祝いたいと言われ、それがきっかけで、毎年お互いの誕生日には一緒に外食するようになった。
とはいえ、最初の頃はひぃなにも攷斗にも恋人がいたので、誕生日当日ではなかったが。
当時、攷斗はひぃなにとって“可愛い後輩”だったのに、いまでは“旦那(仮)”だ。
(人生って不思議)
そう思いつつ、贈答リストを作成して社長に報告した。
「これで最後にしたいから、後任探してって言っておくね」
「ごめん、ありがとう」
提案と一緒に送った打診には、すぐ返信がくる。
『そうよね。無神経でごめんって旦那に伝えておいて』
「だって」
受信画面をそのまま見せる。
「『ほんとだよ。これから気を付けてください。』って送っといて」
「ははっ。はーい」
文面そのままに送信すると、『生意気』とだけ返ってきたので、それも見せたら「えらそう」と口を尖らせた。
* * *
『時森さんへ 来月以降のバースディプレゼント、そろそろよろしくー。 堀河』
『りょうかい。今日帰ったらやりまーす。 ときもり』
『お願いしまーす。 しゃちょう』
個別のやりとりなので、書き方もざっくばらんが過ぎるほどだ。
メールに添付されていた【四月度内定者リスト】のファイルを開いて性別と人数を確認する。
入社一年目の新人へ誕生日プレゼントを贈るのが、プリローダでの恒例行事だ。新入社員が確定した段階で、人数分まとめて発注をかける。男性にはネクタイ、女性にはハンカチとミニタオルのセット。
探すのはひぃなだが、名目上は【財布】である社長からの贈り物だ。
もし誕生日が来る前に退職しても、その人の分は退職時に餞別として渡す、というのが、設立時、堀河が作った決まり事。これまで、一年持たず退社した人間はいないので、餞別として渡したことはない。
攷斗と二人で夕飯を食べ終えて、攷斗が風呂へ行っている間にリビングでスマホを操作し、会社のアカウントを使って大手通販サイトへアクセスする。
創立以降十年も経過していると、選ぶ範囲も狭まってくる。被らないように念のため保存しておいたスクショのデータと見比べつつ、うんうん悩みながらお気に入りに追加していく。
風呂からあがった攷斗がミネラルウォーターを飲みながらひぃなの隣に陣取り、
「誕生日のやつ?」
問う。
「うん」
「それさぁ……」
「うん?」
「そろそろ他の人にやってもらえないの? せめて男のほうだけでも」
ひぃなはその提案を、不思議そうな顔で聞いている。
「義理とは言え、他の男のためにヨメがプレゼント選ぶの、ちょっと……」
選ぶと言っても、価格帯と以前渡したもののデザインが被っていないかを確認するだけなので、会社の備品を発注するのと同様の、完全なる“業務”なのだが。
(義理の嫁でも、そういうのは嫌なものなのかしら)
攷斗が聞いたら“義理”の文字が付くのはそっちじゃなくてプレゼントのほうだとツッコむところだが、口には出さないのでツッコミも入らない。
「んー、じゃあ、社長に相談してみるね」
「うん。ごめんね、なんか。束縛するみたいで」
「束縛っていうか……」
やきもちでは? と思うが、
「全然、気にならないから大丈夫だけど…」
一応否定しておく。
「そういえばそれ、ちょっと疑問だったんだけど」
「うん?」
「誰にこの柄あげようとか、そういうのもひなが考えてるの?」
「ううん? 全然? 人数と性別確認して、前年以前とデザインに被りがないか確認して、予算内に収まってるかどうかを確認するだけ。実際にどれにするか決めて購入ボタン押すのは社長だよ」
そして、中身が男性用か女性用かしかわからない状態のラッピングをされてネットショップから送られてくるので、男女ともに新入社員が複数人いたら、実際に渡す社長も誰にどの色柄が行くかはわからない。
「あ、なんだ、そうなんだ」
攷斗は安心したようながっかりしたような顔で拍子抜けしたように答えた。
「初年度とか二年目ならまだしも、悪いけど何年もそんなことやってられないよ」
「俺のときは?」
「棚井のときはー……忘れた」
「そっか」
「うん」
なんて。
設立二年目で入ってきた攷斗は、【プリローダ】で初めて採用した新卒の社員だった。同時に入ってきたのは生産管理部の湖池と事務部の紙尾の二人。デザイン部の攷斗と合わせて三人分なら負担ではなかったし、元々贈り物を選ぶのが好きだから、色や柄は各人のイメージに合うものを選んだ。ラッピングも個別に指定して、社長に預ける際、渡す物と人を指定した。
いまでも三人がそれを使っているのを見ると嬉しくなるのはひぃなだけの秘密だ。
設立と同時入社した数名分は、おそろいの高級ボールペンに社名と個人名を刻印して社長が各自に贈ってくれた。ロシア語で【自然】を意味する【природа】は、ロシア語で書くとパッと見社名とは判断し辛く、なかなかにオシャレな仕上がりの逸品だ。
皆そのボールペンがお気に入りで、リフィルを入れ替えながら十年以上愛用している。
ひぃなももちろんその一人で、使っているところを見た攷斗に羨ましがられたので、個人的に誕生日プレゼントとして渡したことがある。他の社員にそんなことはしてないので、絶対に内緒、と口封じをしたのを覚えている。
そのお返しにひぃなの誕生日を祝いたいと言われ、それがきっかけで、毎年お互いの誕生日には一緒に外食するようになった。
とはいえ、最初の頃はひぃなにも攷斗にも恋人がいたので、誕生日当日ではなかったが。
当時、攷斗はひぃなにとって“可愛い後輩”だったのに、いまでは“旦那(仮)”だ。
(人生って不思議)
そう思いつつ、贈答リストを作成して社長に報告した。
「これで最後にしたいから、後任探してって言っておくね」
「ごめん、ありがとう」
提案と一緒に送った打診には、すぐ返信がくる。
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