偽装結婚を偽装してみた

小海音かなた

Chapter.69

 短い冬休みが終わり、日常生活に戻る。
 夕食後、いつものようにリビングでくつろいでいると、思い出したように攷斗が口を開いた。
「そうだ。明日そっちの会社に打ち合わせに行くよ」
「そうなの? 何時頃?」
「14時」
「じゃあお茶出し係、私だ」
「お、マジで。砂糖とミルク、いつもの感じでお願いします」
「了解です。助かります」
 あらかじめわかっていれば小分けの物を別添しなくていいので、無駄もないし回収時に楽だ。
「そういえば、棚井が打ち合わせ来るときって社名入ってないよね」
「あぁ、一緒に働いてた人まだけっこういるし、本名で入れといてくださいってお願いしてるんだよね」
「そうなんだ」
 ひぃなの会社は来客時にお茶を出すのだが、その担当は事務部内で持ち回りとなる。誰がどの時間帯の責任者かは前週末に割り振られるが、来客があるかどうかは、当日スケジュールが確定してから社内クラウドの予定表にアップされるので、前もってわからない。突然アポが入ることもあるため、逐次担当者各自がチェックすることになっている。
 クラウドの予定表にはあらかじめ打ち合わせに使える場所が入力されていて、アポが入った日時に使用する場所を決め、その欄に相手先の社名と個人名を入力する決まりだ。入力欄が埋まっている箇所は、もちろん先約があるので使えない。
 攷斗もそのシステムを知っているし、打ち合わせ相手は堀河だけなので多少の融通は効くようだ。
(サエコはきっと知ってるんだろうな)
 取引先の社名を知らないで打ち合わせなんてするはずもない。湖池が知っているのかどうかはわからないが、攷斗が退職後に就いた仕事のことを誰かから聞いたことがない。
 少しの秘密が大きく気にかかるときがある。
 けれど、それはひぃなだって持っているものなので、深く追及したくない。
「もうちょっと時間が遅かったら、一緒に帰れたんだけどなー」
「そうだねぇ」
「次行くときはそれも考えよ」
 楽しいことを画策するような声色に、ひぃながふふっと笑った。
「なに」
「んー? ありがたいなーと思って」
 束縛とは少し違う、少しでも長く一緒にいたいという気持ちが、素直に嬉しい。
「そう? じゃあ次からね」
「うん」
 実行するかは別にして、“ふたりだけのヒミツ”の計画を立てるのは、いつだって楽しいものだ。

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