偽装結婚を偽装してみた

小海音かなた

Chapter.65

 攷斗がシャワーから出ると、今度はひぃなが舟をこいでいる。
(やっぱり熟睡できなかったか)
 そっと隣に座り
「ひなー?」
 小声で呼び掛けてみる。
「ん……」
 寝ぼけ眼でひぃなが返事をしたので、
「眠いなら無理しないで、ちゃんと寝なおしてね?」
 優しく問いかけた。
「んー……」
 ぐずる子供のようにひぃなが攷斗の肩におでこを当てて、ぐりぐりと擦り付ける。
(うぉっ!)
 猫のような愛らしさに攷斗が脳内で声を上げた。
「ひな?」
「んー……」
 寝ぼけているのか、その体制をやめないひぃなの頭に手を乗せる。
「部屋戻る?」
「……だいじょぶ……」
 と息を大きく吐き、ハッと息をのんでひぃなが覚醒した。
「ごっ、めん…!」
 勢いよく離れるひぃなに、攷斗は驚いた顔を見せる。
「いや……」
「寝ぼけてた…ごめん」
「いや、いいよ、別に」
(もうちょっと甘えててくれればよかったのに)
 と口に出そうとしたのを、
「朝ごはんの支度するね」
 慌てて立ち上がったひぃなが遮る。
「眠いなら無理しないでいいよ。ちゃんと眠れなかったでしょ?」
「そう…でもない……」
 攷斗の重さと温もりは存外に心地良くそのまま溺れてしまいそうで、最初のうちは襲ってくる眠気に少し抗っていた。それでも、その心地良さには抗えず、思っていたよりスムーズに眠りに落ちた。
「なにか手伝う?」
「うーん…いまのところ大丈夫。なにかあったらお願いします」
「うん」
 小走りにキッチンへ向かうひぃなの後ろ姿を眺めながら、身体に残ったひぃなの残滓を追う。それは不確かで、先ほどまで腕の中にいたのが嘘のようだ。
 すでに朝の恒例となった、料理中のひぃなの姿を眺めながら、
(もったいない……)
 ついそんな風に思ってしまう。
 せめて意識のあるときに意識のないフリをしたかったなぁ、と。しかし同時に、そんな意識のないときにしか行動に移せない自分の意気地なさを恨めしく思った。
 攷斗のやるせなさを余所に、ひぃなは朝食の支度をする。
 休日だし、しっかり和食にするつもりだったが昨晩やるはずだった予定の仕込みが何も出来ていない。
 仕方ないので、いつもの朝食と同じくパン食にした。せめてもの抵抗で、ただトーストするだけではなく、牛乳と卵液に浸してフレンチトーストを作る。ハムステーキと一緒に食べると、甘じょっぱくてなかなか良い組み合わせだった。
 朝食を食べ終えてもまだ午前7時を過ぎたあたり。買い出しに行くにはまだ早く、二度寝をするには微妙な時間。
「ちょっと、着替えてくるね」
 ひぃながまだ寝巻のままだったのを思い出して、自室へ戻った。
 そこで大きな紙袋を見つける。
「あ」
(忘れてた……)
 中には昨日買ったミニツリーが入っている。
(ちょうどいいかも)
 着替え終わって、リビングへ行くときに袋ごと持って行ってみる。
「コウト~」
「ん~?」
「昨日こんなん買ったんだけどさぁ」
 と、紙袋を見せてみる。
「あぁ、中身なにか気になってたんだよね」
 攷斗の隣に座り、紙袋から簡易包装された箱を取り出した。
「ツリー?」
 外箱に描かれたイメージ画を見て、攷斗が言った。
「うん。ディスプレイがすごく可愛くて思わず買っちゃったんだけど……」
 包装を外して、蓋を開けた。
「うわ、なにこれ。めっちゃ可愛いじゃん!」
「ね、可愛いよね?」
 攷斗は箱を持ち上げて中身をマジマジと眺めている。
「邪魔じゃなかったら、カウンターに飾ってもいい?」
「飾ろう飾ろう。一緒にオーナメント付けようよ」
「うん」
 思いのほか嬉しそうなひぃなの笑顔に、攷斗もつられて笑顔になる。
 二人して子供のようにはしゃぎながら、キッチンカウンターに中身を全部並べ、ツリーの定位置を決めた。
「なんか、キレイに見える法則があるみたい」
 以前テレビで視た知識を思い出して言った。
「へぇ。調べてみよっか」
 攷斗がジーンズのポケットに入れていたスマホを取り出し、検索してみる。
「お、これ?」
「あ、そうそう」
 どの色をメインにするか、そしてどの飾りを基盤にするか。ツリーに飾り付けをするときの法則が、画像と共に紹介されている。
 攷斗とひぃなはあれこれ話し合いながら見栄えが良いようにオーナメントを飾っていく。
 オーナメントの中には動物を模したものがいくつか入っていて、それはツリーに付けるのではなく、その根元、カウンターの上に直に置いた。
 段々と箱庭を作っている気分になる。
「うわー、これ、脳内でなんか出てる感じすごいする」
「わかる」
 あれやこれやと試してみつつ、
「…うん、いい感じじゃない?」
 二人で遠目から眺めて、顔を見合わせうなずいた。
 その小さなツリーは、クリスマスが過ぎるまでの間、ひぃなと攷斗を楽しませてくれた。

* * *

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