偽装結婚を偽装してみた

小海音かなた

Chapter.54

 先ほどとは別の理由で、ひぃなの胸が締め付けられる。
「ネックレスも、付けてみていい?」
「もちろん」
 攷斗がネックレスを手に取って、金具を外す。両端を持って、ひぃなの首の後ろに腕を回した。抱き締めるような形のままで留め具をいじる攷斗の体温が肌に当たる。
 このまま胸に飛び込んだら、どんな反応をするだろう。なんて思うが、
「はい、できた」
 決心がつかないうちに身体が離れた。
「どう、かな」
「うん。似合ってる。かわいい」
 屈託のない言葉と笑顔に、こわばり気味だったひぃなの表情が緩む。
「ありがとう……」
 近くに鏡がないのが残念だ。
「たな……コウトも、付ける?」
「うん。お願いしていい?」
「うん」
 ブレスレットを手に取って、差し出された左手首に巻いた。
 攷斗は左手を持ち上げて、光にかざしてみたりしている。
「シンプルでかわいいね」
「でしょ?」
 一瞬回答の意図を考えて
「そっか。全部棚井がデザインしたんだ」
 思い出したように言った。
「そうだよ。えっ? 忘れてた?」
「ごめん。ジュエリーのデザインは見たことなかったから、ちょっと新鮮で」
「うちの会社でラインに加えようと思っててさ。それで、井周に立体化をお願いしてるの」
「そうなんだ」
 と指輪やブレスレットを眺める。
(ウタナのラインにありそう)
 ここのところお気に入りのブランド名が頭に浮かぶ。けれど、プロのデザイナーに別のブランドのデザインと似ているだなんて言いたくはない。しかもこれから始動するプロジェクトなのに。
「すごく素敵」
「ありがとう」
「洋服も、きっと素敵なんだろうね」
「……多分、見てると思うよ」
「え?」
「俺がデザインした服。知らないうちに、見てると思う」
「そうなの?」
 うん、と攷斗がうなずいた。
 事務とはいえデザイン会社勤務なので、一般の大人よりは知識が豊富なはずだ。攷斗の会社は【プリローダ】の取引先でもあるので、資料か何かを目にしている可能性は高い。
(休み明けに資料室行ってみようかな)
 なんて思う。
 もう一度、指輪を見つめてみる。
 シンプルで存在感のあるそのデザインは、見れば見るほど愛着が湧いてくる。
「大事にするね。ありがとう」
 遅ればせながらの礼に攷斗が照れ笑いを浮かべた。
「うん。俺も、大事にするよ」
 それはひぃなに向けての言葉だったが、攷斗は敢えて主語を抜かして伝えた。
「? うん」
 案の定、ひぃなは良くわかってなさそうに小さく首をかしげながら、笑顔で答える。
「そういえば…今日もお風呂じゃんけんする…?」
 ご飯を食べている間に準備完了のアナウンスが聞こえたのを思い出して攷斗が言った。
「私あとでいいよ。きっとコウトより時間かかるし」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えて」
 前日悶々とした反省を生かして、甘んじて受け入れることにした。
「バスタブ、俺のあと嫌じゃなければお湯残しておくけど」
「うん、嫌じゃないから残しておいてください。出るときいつもどうしてる?」
「軽く掃除するからそれ流すのに使って、残り湯はそのまま流しちゃってる」
「わかった、やっておくね」
「ありがとう」
(やっぱりこまめにキレイにしてたんだな)
 シャンプーなどのポンプ類が床に直置きしない収納方法になっていたのを見てなんとなく感じてはいたが。
「じゃあ、行ってきます」
「はーい、ごゆっくりどうぞ」
 攷斗を見送って、いそいそと自室へ戻り鏡を見てみる。
(かわいい……)
 ベビーリングのネックレスは、遠目にはインフィニティマークを模したようなデザインに見える。永遠を誓うようなそれを、攷斗は果たして意図していたのだろうか。
 ふと、ゆるんだ表情の自分に気付き、恥ずかしくなる。
(そりゃ嬉しいよね……)
 そして問いかけてみる。
 ラックの一部をカスタマイズして作った簡易ドレッサーから、使っていない小さなトレイを持ち出した。着替えと一緒に持って行って、入浴時にネックレスを外して一時保管するために洗面所に置くつもりだ。
(こまめにお手入れしよ)
 左手を伸ばして照明を当ててみる。
 加工方法の違う曲面に光が反射し、通常時とは違ったニュアンスに見える。
(すごいなぁ)
 攷斗や井周の能力に改めて感心してしまう。
(私も頑張ろう)
 忙しさにかまけて読むのをやめてしまったテキスト本を取り出してみて、嬉しい気分になり、一人笑った。

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