偽装結婚を偽装してみた

小海音かなた

Chapter.40

「失礼いたします。お待たせしました~。はい、鴨南蛮と出汁巻きです~」
 はーい、と挙手しつつ返事をしたひぃなの前に鴨南蛮、中央に卵焼きを。続いて入ってきた店員が、攷斗の前に天ぷらそば定食のトレイを置いた。
「そちら天そば定食ですね~。こちら伝票です。追加ございましたらまたお呼びくださいませ~」
「はーい」
 女将と店員は連れ立って退室する。
 湯気と出汁の香りが立つ出来立ての食事は、なんとも魅惑的だ。
「美味しそう~」
「冷めないうちに食べようよ。いただきます」
「いただきます」
 胸の前で手を合わせて食事を始める。
「んー、おいひい」
「ね。ここ旨いから、いつか連れてきたかったんだよね」
「そうなの? ありがとう」
 二人で卵焼きを突きつつ、具材を交換しつつ食事を楽しんだ。
「は~、ごちそうさまでした」
「いいでしょ、ここ」
「うん。すごく美味しかった。連れてきてくれてありがとう」
「気に入ったなら良かった。また機会があったら一緒に来よう」
「うん」
 席会計を済ませて、席を立ちコートをはおる。
「お世話になりましたー」
 店先まで送ってくれた女将に礼を言う。
「またどうぞ〜」
 胃も心も満たされて店を出ると、外はすっかり暗くなっていた。
「ごちそうさまです」
 やはり財布を出させてくれなかった攷斗にひぃなが礼を言う。
「いえいえ」
 腹ごなしにゆるゆる歩きながら車に戻った。
「運転なしなら酒もいけるんだけどね」
「ごめんね? 免許なくて」
「そういう意味じゃないよ、大丈夫。自分か他人を殺めそうとかいう物騒な理由があるんだから、むしろ取らないでいてほしい」
「なんだかホントにすみません」
 攷斗が口にした“理由”は、ひぃなが以前、運転免許証を取得しない理由として開口一番上げたもの。絶対に自分には向いていないと確信しているので、取得しようという気すらない。
「あ。帰りにスーパーみたいなところ寄れるかな」
 シートベルトを締めながら、ひぃなが攷斗に確認する。
「うん、大丈夫だけど」
「明日以降に使う食材を買って帰りたいのですが」
「え、作ってくれるの?」
「そういう約束だったよね?」
「うん。えー、嬉しい。ひなの料理食べるの初めて」
「そういえばそうだね。あ、でも、帰り遅いとか泊まり込みとかあるなら無理して食べなくていいからね?」
「うん。しばらくは大丈夫だから、お願いしたい」
「じゃあ明日から」
「やったー。リクエストしてもいい?」
「いいけど、レシピ見ながらになるかも」
「全然いいよ、充分うれしい。なにがいいかなー」
 鼻歌交じりに運転する攷斗は、なんだか子供のようだ。

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