偽装結婚を偽装してみた

小海音かなた

Chapter.38

「お待たせ」
 攷斗は満足げな微笑みを浮かべている。
「ううん」
 ひぃなが返事をしながら席を立ち、井周の場所としてスペースを空けた。
「すみません、奥さんの指のサイズ、計ってもいいですか?」
「あっ、はい。お願いします」
 ひぃなの同意を確認して、井周がリングケージをカウンターの引き出しから取り出す。
「どのあたりですかね」
「右手だといつもこのあたりですね」
 と、サイズの書かれた輪をいくつか指し示した。
「了解です。じゃあ中間くらいからいきますか」
 大体のアタリを付けて井周が一つの輪を持った。ひぃながその輪に指を通そうとすると、攷斗がケージを取り上げてそのままひぃなに渡した。ひぃなと井周はその動作にきょとんとするが、一瞬あとに理由を察した井周がすぐにニヤニヤしだして
「気が利かずにすみません」
 攷斗にヘラヘラと謝る。
「……そうですね」
 それを受けた攷斗は抑揚のない返事し、照れたようなふてくされたような顔で井周を見た。
 ひぃなは良くわからず、きょとんとしたまま「お借りします」と渡されたケージを使い、自らサイズを確認した。
「これがちょうどいいです」
 一つの輪を持って井周へ渡す。
「はい」そのまま受け取って数字をメモし「かしこまりました」ケージを引き出しに片付ける。
「じゃあ、納期は明後日で。お渡し可能になったら棚井さん……旦那さんに連絡します」
「お願いします」
 笑顔で言う攷斗の隣で
「お手数おかけします」
 ひぃなが頭を下げる。
「いえいえ、やりがいありますよ」井周は言って「棚井をよろしくお願いしますね」笑顔で続けた。
「はい」
 外間や桐谷にも同様によろしくお願いされたが、そんなにもよろしくされるほど頼りないとは思えない。とはいえ、自分が相手の立場だったらやっぱりよろしくお願いしてしまうか、とも思うので、挨拶や決まり文句として受け止めた。
 表の看板を【OPEN】に変えるついでに井周が店先まで見送ってくれる。
 じゃあまた、と挨拶をして、店をあとにした。
 時刻は夕方。攷斗は指輪を受け取るまでの時間で夕食をとろうとしていたようだが、夫婦二本分の指輪を一から作るには時間がかかるよう。ましてやオーダー品ともなれば、型にハメてはいどうぞ、というわけにもいかなさそうだ。
 ひぃなの都合で言えば、九連休が終わる週末までに手元に届けば間に合うので、出来上がりが明後日でも特に問題はない。
「かわいいお店だね」
 外装や店内の品揃えを思い返してひぃなが言う。
「そうなの。井周は専門学校のときの同級生でさ」
「えっ、同い年?」
「そう。見えないでしょ」
「そうだね」
 どちらかというと、井周が年相応で攷斗が年より幼く見える。
 攷斗は髪型や服装によっては、遠目に見ると高校生のように見える時がある。それを言うと“また子供扱いして!”と怒りそうなので口に出したことはない。
「卒業して、俺は【プリローダ】、あいつは大手のジュエリーショップに就職したんだけど、おんなじようなタイミングで独立したんだよね。で、あいつは店かまえて、俺は会社立ち上げた」
「えらいなぁ」
 ひぃなはその時の攷斗と同年代の頃の自分を思い出す。
 二十代中盤の頃、それまで居候していた堀河家を、堀河と一緒に出て二人暮らしを始めた。部屋の更新時期と同時に堀河が一度目の結婚を決め、ひぃなもまた元婚約者との結婚を前提とした同棲を始めた。
 それから二年後に堀河がいまの会社を立ち上げるからと、それまで勤めていた会社を辞め、経営者になった。
「井周も俺も、将来の夢というか、目標がはっきりしてたってだけだよ」
「それ大事だよ。ちゃんと叶えてるし、すごいよね」
「なんか照れる。ありがとう」
「うん」
 なんて答えたらいいかわからなくて、なんとなく相槌を打ってみる。
「昼間手伝ってくださった桐谷さんと外間さんは後輩なんだっけ?」
「そう。あいつらは高校のときの後輩」
「あれ? 関西ご出身っぽかったから専学のときかと思ってた」
「二人ともスポーツ特待生なんだよね。うちの学校、格闘技に強いとこだったんだけど、それの関係で上京してきたの」
「あぁ、なるほど……」
 道理で二人とも(特に桐谷は)体格が良かったわけだ。
「改めてお礼しないとね」
「そうだね。今日は夕方から仕事の打ち合わせあるとか言ってたから無理だったけど」
「えっ、そうなの? 悪いことしちゃった」
「だいじょぶだいじょぶ。体力には自信あるやつらだから」
 笑いながら歩を進める攷斗に着いて行くと、小ぎれいな和門構えの一軒家にたどり着いた。

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