偽装結婚を偽装してみた

小海音かなた

Chapter.35

「そのあとめっちゃいろんな人に相手誰ですかーとか、いつの間にーとか言われたんだけど、指輪のこと聞いてきたのは黒岩さんくらいだったなー」
「なんて答えたの?」
「え? どれに対して?」
 やっと顔をあげて攷斗を見やった。
「……ぜんぶ」
「えーっと…」
 ひぃなは当日の会話を思い出すため、手を止め、天井のほうに視線を向ける。
「相手は、社外の人ですって。いつの間に~は、私もいつの間に? って感じだったから、濁して答えるしかなかった」
「うん」
「指輪は、急に決まった話だからまだできてないって言った」
「……じゃあやっぱ、作らないと」
「……そうだね……」
 既製品でもいいけどと思うが、デザイナー的に何か抵抗があるのかもしれないとも思う。
「あ。こんな感じの、シンプルなのがいいな」
 少しひねりを加えたような、石無しのプラチナリングの写真を攷斗に見せると
「なるほど」
 その写真を参考に、スケッチブックに鉛筆を走らせた。
 ひぃなは横からその筆致を眺める。
「立て爪にしないから俺らの誕生石入れていい?」
「うん。そのあたりはお任せします」
 7月が誕生日の攷斗はルビーだが……。
「12月って誕生石いくつかあるんだけど、なにがいい?」
「水に強ければなんでもいいけどー」
「水に強い宝石自体が少ないなー」
「だよねぇ」
「あ、わかった」
 と、攷斗はデザイン画をひぃなに見せないようにした。
「え、なに?」
「ないしょ。石、なにがいいか決めておいて」
 子供のように目を輝かせて、攷斗がニコリと笑う。
「わかった……」
 スケッチブックを覗き見するのは諦めて、【12月の誕生石】を検索する。攷斗の誕生石と並んだときの色合いや質感なども考慮して、ひとつに決めた。
「どれにした?」
 スマホを置いたひぃなを横目に、色鉛筆を走らせながら攷斗が問う。
「タンザナイト」
「おっけー」
 石の名前をメモするように、文字らしき動きで走り書きをする。
 ひぃなはお茶を飲みながら、スケッチブックに対峙する攷斗を眺めていた。
 その瞳には何が映っているのだろう。
 頭の中にあるイメージを画像として可視化する能力は、どのように会得するものなのか。自分のは未知の体験を体感しているであろう攷斗が、とても輝いて見える。
「でーきた」
 と、スケッチブックを閉じてテーブルに置き、少し冷めた紅茶を飲み干した。
「よしっ。行こう」
「えっ、うん。ちょ、ちょっと待ってね」
 ソファから立ち上がる攷斗に少し遅れてひぃなも立つ。空になった二つのカップをシンクへ持っていって、サクッと洗う。
「マメだね」
「落ちにくいの洗うほうが面倒だもん」
「確かに」
「着替えてきていい?」
「いいよ。俺も準備してくる」
「うん」
 新しい自分の部屋へ入って、クローゼットの中からワンピースを取り出す。最近買った、お気に入りのブランド『コイト・ウタナ』のものだ。
 一枚でサラリと着られるし、色々組み合わせて着まわしてもおしゃれなので重宝しそうだ。なにより、標準サイズが自分の体型にピッタリで、スタイルが良く見えるところがいい。
 少しメイクも直してから上着を羽織り、バッグを持って部屋を出る。
「おまたせ」
 その姿を見た攷斗が一瞬顔をほころばせるが、その表情をごまかすように、自室から持ち出したバッグを肩にかけた。
「うん。ついでに飯も食おっか。なんだろ、蕎麦?」
「あ、いいね」
「そんじゃ、指輪作ってもらってる間、近くの店で飯にしよう」
 どうやら攷斗の脳内には目的地の地図が浮かんでいるようだ。

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