偽装結婚を偽装してみた

小海音かなた

Chapter.24

 週末。
 インターフォンが鳴る。エントランスの玄関からだ。
「はいはい」
 ひぃなは室内を移動して、小さな画面に映る攷斗の姿を確認した。
「はーい」
 返答し開錠すると、カメラに向かって手を挙げた攷斗が画面から消える。
 攷斗はエントランスの共有玄関から自動ドアをくぐり、エレベーターに乗った。狭い個室で、妙にソワソワしている自分に気付いて苦笑する。
(ただの下見だよ)
 どこかで秘かにしている期待などあっさり打ち砕かれるに決まっているのに、それでも0.1パーセントの可能性に望みを抱いてしまう。
(この先まだ時間あるから)
 自分に言い聞かせて、ひぃなの部屋のインターフォンを鳴らした。
「はーい」
 とドアの内側から声が聞こえる。
「いらっしゃい」
 ドアが開き、休日着のひぃなが姿を見せた。
 これまではあまり見ることのなかったラフさと可愛らしさに思わずときめき、挨拶の言葉が喉に詰まる。
「どうぞー」
 その様子を特に気に留めず、ドアを開けたまま脇にずれて、ひぃなが攷斗を招き入れた。
「おじゃまします」
 初めて来たひぃなの部屋に、緊張しながら足を踏み入れる。玄関から部屋を目隠ししている洋風のれんをくぐると、ひぃなが愛用している香水の香りがふわりと漂っているのに気付く。それだでけ更に心拍数が上がる。
 自分の身体の反応が思春期レベルで、これまでの経験なんて何の役にも立たないのだと思い知る。
 これが本当の結婚なら、スキンシップのひとつやふたつしているところだ。しかし、残念ながらひぃなはただの【契約】だと思っている。ここで焦ってしでかして、スピード離婚なんてことは絶対に避けたい。
 もどかしい思いを抱えながら、攷斗がひぃなの案内で室内を確認する。
 壁際に配置された棚の一角に、誕生日に贈った花が飾られているのを見て、攷斗は思わずにへらと笑ってしまう。しかしそれには触れずに平静を装った。
「物、少ないね」
「何回か引っ越したら少なくなっていった」
「わかる」
 笑いながら攷斗が同意して、引っ越し業者のように脳内で見積もりを始める。
 業務で大量の荷物を運ぶこともあるので、手慣れた作業でもある。
「やっぱり冷蔵庫とか洗濯機とか、共用できる大物家電以外なら余裕かな。テレビとデッキは持ってく? 置く場所取れると思うけど」
「うん。持っていけたら嬉しい」
「わかった。退去手続きは?」
「不動産屋さんに連絡したけど、急だったから来月までは契約解除できないみたい」
「そっか。じゃあそのときもっかい来ないとだね」
 攷斗がスマホを取り出して、予定を入力した。
「あんまり遅くなってもあれだし、俺んち行くか」
「うん」
 ひぃなの家を出て、コインパーキングまで移動する。攷斗の運転する車にはこれまでにも何度か乗車したが、攷斗の家に行くのは今日が初めてだ。どんな所に住んでいるのか、詳細は聞いたことがない。
 しばらく車が走る。

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