シュヴァルリ(Chevalerie) ―姫騎士物語―
第1章 Grüß Gott!私、姫騎士(仮免)です 01-009.驚きです、パリイの攻防 ~透花その2~
――第2試合。男性解説者のアナウンスから始まる。
『さて、これから第2試合です。第1試合では陳選手が、独特の身体運用で2連撃を決め2ポイントを奪取。』
『サバレタ選手は、ダメージペナルティがありながらも陳選手の猛攻を凌ぎ、中世最強剣術の意地を見せた!』
『中国拳法か、はたまたスペイン式剣術か! これからの展開に目が離せません!』
そして審判の掛け声が響く。
『双方、開始線へ』
その声を聴き、二人は開始線で向かい合う。試合ごとに剣を鞘に仕舞うため、花花は刀身のない武器デバイスを胸元に持ったままだ。
マグダレナが口を開く。
「ウフフフ、凄いわ、凄い。腕が動かせないことがあるなんて。知らなかったわ。ええ、知らなかった。」
「人間、できないコトはできないヨ。あの一瞬なら別のできるコトもできないヨ。」
「ええ、ホンとよ、ホンと。何もできなかった。そう、できなかった。」
「こっちもやりニクいヨ。スゴい手強いヨ。」
「ウフフ、光栄だわ、光栄よ。」
『双方、抜剣』
審判の合図で、マグダレナは鞘からレイピアを引き抜く。そして手首だけでクルリとレイピアを回す。
花花の武器デバイスから刀身が生成される。同じように腕花で手首の外側で1回、内側で1回クルリと回した後、準備の型、預備式の並歩持剣で待ちの態勢に移った。
剣を回すルールは無い。つまり、これはファンサービスの一環だ。こういった細かい仕草も喜ばれるため、時折織り込まれる。
『双方、構え』
花花は第1試合と同じように、剣を構えるまでの一連の技を披露した。
――結局、第2試合は、双方、有効打が入らずポイントに変動がなかった。強いて言えば、マグダレナが前後の歩法を多用し、少し深めの間合いで突きを放ってきたこと以外は特に目立った動きはない。お互いが攻めあぐねる。
そして、第3試合。
『第2試合は、所々で際どいサービスシーン(※)はありましたが、お互いポイントに加算なし! 依然、陳選手が2ポイントを保持しています。』
※)花花が摔棍などの上下機動でオシリ全開、マグダレナが前に踏み込み突きをした時にスカートがずり上がってパンモロ、その他モロモロ
ちなみに解説者はスポーツ科学科である必要はない。それなりの技術力があれば他の科からも立候補できる。解説の彼、エトヴィン・ホルデイクもその一人だ。
『振り返っても両選手とも攻めきれないシーンばかりで、非常に警戒していることが判ります! 打ち払いなど高度な技が見れたこともちらほら。しかし決まらず双方の剣が離れていくこともしばしば。』
『しかーし!! 第3試合はいったいどうなっていくのでしょうか!一分一秒目が離せません!』
『双方、開始線へ』
二人は3度開始線へ向かう。が、観客も、マグダレナも少し違和感を感じた。その違和感の元は、花花である。
武器デバイスを胸の高さで刀身が下に出現するような持ち方は変わらないが、よく見ると、左右両手に、武器デバイスを持ってきている。つまり、サブの武器を使うということだ。
『双方、抜剣』
審判の声で、花花のデバイスに刀身が生成される。一つは剣。もう一つはダガーサイズで、3股に分かれた刺突武器に見える。中央が長く、両脇がその2/5くらいの長さしかないフォークと思えばよい。これは、筆架叉と呼ばれる刺突と打撃がダメージソースとなる様々な用途に使える武器だ。日本では釵と呼ばれる十手の親戚である。それを左手に装備している。そして、準備の型、預備式の並歩持剣は右手に剣を左手に筆架叉を持つ形となっている。
「ウフフフ、驚きです、驚きました。ここで二刀流ですか。」
「攻撃の手が足りないヨ。なら手を増やすヨ。」
スペイン流剣術でも、レイピアとダガーを使った運用がある。ダガーは主にパリイに使い、近接になれば刺突、斬撃に使用する。しかし、花花の持つ武器は、マグダレナからは刺突武器にしか見えない形状だった。
『双方、構え』
花花は、陳式太極剣36式の第二弾、第三段を二刀を使ったアレンジで剣を構えるまでの型を預備式の状態から披露する。今回は実戦の速度で高速に行う。剣が高速に回転する様に観客からも歓声が上がる。そして、右脚と右腕を前に剣先を相手に捉え、左手は頭上の高くに構え、筆架叉の剣先を相手に向ける。第三段の鷂子翻身を変形して構えに用いた。
『用意、――始め!』
審判の合図と共に動いたのは、マグダレナだ。
マグダレナは右回りに動き、時折前後の動きを加え、花花が筆架叉をどの様に使ってくるのか確認した。彼女は剣の根本の方に筆架叉の剣先を斜めに交差させ、レイピアの刺突をパリイするのが基本動作の様だ。
剣先が触れる距離から、ほんの少しだけ踏み込んだ間合いを取る。こちらの攻撃は後少し踏み込まなければ当たらない距離だ。
先ほど、構えの際に花花が見せた高速動作の挙動に驚きを持ってはいたが、実のところスペイン流剣術から見れば怖くはない。なにせ、いくら速かろうと相手より遠い間合いを持つため、相手の間合いに入る前に刺突を決められるからだ。いくら速く動こうが、点の攻撃をほぼノーモーションで発動できる刺突より速い攻撃はない。第1試合で花花が見せた上下の挙動も、迎撃ではなく前脚を引く身体の移動など、回避に専念すればどうと言うことはない。そこから落ち着いて刺突をすれば良いのだ。
「(ふむ、あの奇妙なダガーの運用はスペイン流と同じですね、同じです。)」
花花の筆架叉は形状がピックのような刺突特化。両脇の短いピックは剣を引っ掛け易くするためのものだろう。こちらの間合いには、そもそも届かない。ならばパリイされながら攻撃をする。
マグダレナは仕掛ける。花花が左回りを始めた動きに合わせ、こちらは前方向へ2連続のステップ。1度目は間合いを詰め、2度目は突きを入れる。
こちらの剣先を筆架叉でパリイされたが織り込み済みだ。剣先は筆架叉で右斜め下へ流されるに任せる、腕が少し下側に向いた。
こちらの踏み込みでは、相手の胴まで剣先は届くが、花花の剣では腕に当てるのが精いっぱいの距離だ。
思った通り、腕を狙って剣先が迫る。こちらの剣は斜め下に向いている状態を維持する様に、手首を下に曲げつつ腕を真っすぐに戻す。花花の突きをカップヒルトで受け、そのまま上へ逸らす。そして腕を斜め下に戻し、筆架叉を滑らすように胴へ突きを入れた。
――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が響く。
こちらは相手の懐まで入っている。反撃を警戒し、距離を取るためレイピアを引き抜く。が、レイピアが動かない。先ほど逸らした花花の剣が、上から斜めに胴を薙いだ。
――ブーと、合わせて1本となった時の通知音が響いた。
花花は、第2試合でマグダレナの前後の移動が、この攻撃の布石であったと知る。縦の移動から更に踏み込みが伸びてきた。こちらの左移動に合わせてだ。一瞬自分の右側が無防備になった。「ここで仕掛けてくる」彼女は咄嗟に判断し、ぶっつけ本番の迎撃方法を使う。
遠間の時とくらべ、恐ろしい速さで突きが迫ってくる。剣の上を滑る様に迫りくるレイピアを筆架叉の中央と外側の部分の間に引っ掛け、左下に攻撃の導線を外す。それにつられ、マグダレナの右腕も斜め下に流れ、攻撃に無防備になった。相手が深い間合いで来たことにより、腕が間合いに入る。花花はこのチャンスを逃さないため、最速で突きを放つ。剣を振り被ったら間に合わないのだ。
そして、ここで驚かされる。こちらの刺突に対して、剣先は下に向いた形で、右腕が戻ってきた。剣先はそのままなので、手首関節の稼働範囲で腕を水平にしたようだ。だが、既に死に体を晒している腕がどう動くのか。腕に向かって剣先を差し入れる。ここでキシッと金属が擦れる音がする。カップヒルト。レイピア同士が戦うための防御の機能だ。つまり防御された。いや、攻撃の一手だったのでは。
その疑問はすぐさま判明する。胴の斜め下に刺突を受けた感触が入っている。
なるほど、パリイされるのも、カップヒルトで受け流すのも織り込んであったのか。
ならば、こちらもパリイした後の戦いを見せよう。
筆架叉で流した剣は、剣身とほんの少し確度が出る様、中棘と左棘で挟むように捉えている。そこに剣を梃子に手首を捻るだけで、レイピアを固定する。すぐにはレイピアを引き抜けないはず。
マグダレナは斜めに攻撃したことより、いつもより深い間合いに入ってきた。しかし、それはこちらの攻撃の間合いとなっている。こちらの攻撃手段は上に逸らされた剣。マグダレナの腕の上から胴を狙える位置にあった。剣の運用で点剣を使い、挙がった右腕から、手首を下に向ける様に剣を動かす。横からは、剣と腕で山を作っているように見えるだろう。剣先は、マグダレナの腕を上から超えて、右鎖骨辺りに差し込まれた。
――ブーと、合わせて1本となった時の通知音が響いた。
『陳・透花選手、合わせて1本』
審判が攻防の結果を告げた。
お互いは、これ以上ポイントを挙げることが出来なかった。流石、予選とは言えベスト8のへ勝ち上がってきた猛者だ。お互いに明確な隙がなく、ポイントの変動があったのは、双方が練りに練ってようやく作った隙で仕掛けた戦いだけだった。
無情にも試合を終了する合図が発せられた。
『時間一杯、試合終了。双方開始線へ』
『東側 マグダレナ・ペレス・サバレタ選手 2ポイント』
『西側 陳・透花選手 1本と1ポイント』
『よって勝者は、陳・透花選手』
この試合を観戦していた客から歓声が上がる。
「まいったわ、まいった。ダガーで剣を押さえつけるなんて。あれはビックリよビックリ。」
「そちこそヨ。剣のお椀で道かえられたヨ。あれは防御ちがうて攻撃の手段ヨ。」
「そうよ、そう。すごいわ、すごい、アレが攻撃だと気づくなんて。私がレイピア同士で使う奥義よ。」
レイピア同士では、カップヒルトを防御に使う。そこを逆手に取ったのだろう。相手の剣をカップヒルトで態と受けて逸らし、攻撃の導線を切る役目を持っているのだろう。あとは相手の剣を引く速さより、既に突き出しているこちらの刺突が速く到達する。ある意味、捨て身に見える技である。
「ほんと、やりニクかたヨ。中世武術最強はダテじゃないヨ。」
「こちらこそ、戦い辛かった、ええ、辛かった。でも楽しかったわ、楽しかったのよ。」
「哦、楽しかたヨ。いつかまたやりたいヨ。」
「そうね、またね、またやりましょう。もっとね、もっと見せるから。」
その言葉に、花花は嬉しさと期待が織り交じり、ニヘラと笑った。
男性解説者のアナウンスが客席に流れる。(この試合を見るためVRデバイスのチャンネルを合わせている者にしか聞こえない)
『競技コート5面第4回戦のひと試合目は、試合時間を目一杯使い、陳・透花選手の勝利でした。予選ベスト8進出、おめでとうございます!』
『やぶれたとは言え、流石、中世武術最強と呼ばれたスペイン流剣術をこれでもかと見せてくれたマグダレナ・ペレス・サバレタ選手、次回も活躍することを期待します!』
『素晴らしい技を披露してくれた二人に、盛大な拍手を!』
観客から、歓声と拍手が溢れる。
二人は、その中を手を振りながら、試合コートを後にしたのだった。
『さて、これから第2試合です。第1試合では陳選手が、独特の身体運用で2連撃を決め2ポイントを奪取。』
『サバレタ選手は、ダメージペナルティがありながらも陳選手の猛攻を凌ぎ、中世最強剣術の意地を見せた!』
『中国拳法か、はたまたスペイン式剣術か! これからの展開に目が離せません!』
そして審判の掛け声が響く。
『双方、開始線へ』
その声を聴き、二人は開始線で向かい合う。試合ごとに剣を鞘に仕舞うため、花花は刀身のない武器デバイスを胸元に持ったままだ。
マグダレナが口を開く。
「ウフフフ、凄いわ、凄い。腕が動かせないことがあるなんて。知らなかったわ。ええ、知らなかった。」
「人間、できないコトはできないヨ。あの一瞬なら別のできるコトもできないヨ。」
「ええ、ホンとよ、ホンと。何もできなかった。そう、できなかった。」
「こっちもやりニクいヨ。スゴい手強いヨ。」
「ウフフ、光栄だわ、光栄よ。」
『双方、抜剣』
審判の合図で、マグダレナは鞘からレイピアを引き抜く。そして手首だけでクルリとレイピアを回す。
花花の武器デバイスから刀身が生成される。同じように腕花で手首の外側で1回、内側で1回クルリと回した後、準備の型、預備式の並歩持剣で待ちの態勢に移った。
剣を回すルールは無い。つまり、これはファンサービスの一環だ。こういった細かい仕草も喜ばれるため、時折織り込まれる。
『双方、構え』
花花は第1試合と同じように、剣を構えるまでの一連の技を披露した。
――結局、第2試合は、双方、有効打が入らずポイントに変動がなかった。強いて言えば、マグダレナが前後の歩法を多用し、少し深めの間合いで突きを放ってきたこと以外は特に目立った動きはない。お互いが攻めあぐねる。
そして、第3試合。
『第2試合は、所々で際どいサービスシーン(※)はありましたが、お互いポイントに加算なし! 依然、陳選手が2ポイントを保持しています。』
※)花花が摔棍などの上下機動でオシリ全開、マグダレナが前に踏み込み突きをした時にスカートがずり上がってパンモロ、その他モロモロ
ちなみに解説者はスポーツ科学科である必要はない。それなりの技術力があれば他の科からも立候補できる。解説の彼、エトヴィン・ホルデイクもその一人だ。
『振り返っても両選手とも攻めきれないシーンばかりで、非常に警戒していることが判ります! 打ち払いなど高度な技が見れたこともちらほら。しかし決まらず双方の剣が離れていくこともしばしば。』
『しかーし!! 第3試合はいったいどうなっていくのでしょうか!一分一秒目が離せません!』
『双方、開始線へ』
二人は3度開始線へ向かう。が、観客も、マグダレナも少し違和感を感じた。その違和感の元は、花花である。
武器デバイスを胸の高さで刀身が下に出現するような持ち方は変わらないが、よく見ると、左右両手に、武器デバイスを持ってきている。つまり、サブの武器を使うということだ。
『双方、抜剣』
審判の声で、花花のデバイスに刀身が生成される。一つは剣。もう一つはダガーサイズで、3股に分かれた刺突武器に見える。中央が長く、両脇がその2/5くらいの長さしかないフォークと思えばよい。これは、筆架叉と呼ばれる刺突と打撃がダメージソースとなる様々な用途に使える武器だ。日本では釵と呼ばれる十手の親戚である。それを左手に装備している。そして、準備の型、預備式の並歩持剣は右手に剣を左手に筆架叉を持つ形となっている。
「ウフフフ、驚きです、驚きました。ここで二刀流ですか。」
「攻撃の手が足りないヨ。なら手を増やすヨ。」
スペイン流剣術でも、レイピアとダガーを使った運用がある。ダガーは主にパリイに使い、近接になれば刺突、斬撃に使用する。しかし、花花の持つ武器は、マグダレナからは刺突武器にしか見えない形状だった。
『双方、構え』
花花は、陳式太極剣36式の第二弾、第三段を二刀を使ったアレンジで剣を構えるまでの型を預備式の状態から披露する。今回は実戦の速度で高速に行う。剣が高速に回転する様に観客からも歓声が上がる。そして、右脚と右腕を前に剣先を相手に捉え、左手は頭上の高くに構え、筆架叉の剣先を相手に向ける。第三段の鷂子翻身を変形して構えに用いた。
『用意、――始め!』
審判の合図と共に動いたのは、マグダレナだ。
マグダレナは右回りに動き、時折前後の動きを加え、花花が筆架叉をどの様に使ってくるのか確認した。彼女は剣の根本の方に筆架叉の剣先を斜めに交差させ、レイピアの刺突をパリイするのが基本動作の様だ。
剣先が触れる距離から、ほんの少しだけ踏み込んだ間合いを取る。こちらの攻撃は後少し踏み込まなければ当たらない距離だ。
先ほど、構えの際に花花が見せた高速動作の挙動に驚きを持ってはいたが、実のところスペイン流剣術から見れば怖くはない。なにせ、いくら速かろうと相手より遠い間合いを持つため、相手の間合いに入る前に刺突を決められるからだ。いくら速く動こうが、点の攻撃をほぼノーモーションで発動できる刺突より速い攻撃はない。第1試合で花花が見せた上下の挙動も、迎撃ではなく前脚を引く身体の移動など、回避に専念すればどうと言うことはない。そこから落ち着いて刺突をすれば良いのだ。
「(ふむ、あの奇妙なダガーの運用はスペイン流と同じですね、同じです。)」
花花の筆架叉は形状がピックのような刺突特化。両脇の短いピックは剣を引っ掛け易くするためのものだろう。こちらの間合いには、そもそも届かない。ならばパリイされながら攻撃をする。
マグダレナは仕掛ける。花花が左回りを始めた動きに合わせ、こちらは前方向へ2連続のステップ。1度目は間合いを詰め、2度目は突きを入れる。
こちらの剣先を筆架叉でパリイされたが織り込み済みだ。剣先は筆架叉で右斜め下へ流されるに任せる、腕が少し下側に向いた。
こちらの踏み込みでは、相手の胴まで剣先は届くが、花花の剣では腕に当てるのが精いっぱいの距離だ。
思った通り、腕を狙って剣先が迫る。こちらの剣は斜め下に向いている状態を維持する様に、手首を下に曲げつつ腕を真っすぐに戻す。花花の突きをカップヒルトで受け、そのまま上へ逸らす。そして腕を斜め下に戻し、筆架叉を滑らすように胴へ突きを入れた。
――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が響く。
こちらは相手の懐まで入っている。反撃を警戒し、距離を取るためレイピアを引き抜く。が、レイピアが動かない。先ほど逸らした花花の剣が、上から斜めに胴を薙いだ。
――ブーと、合わせて1本となった時の通知音が響いた。
花花は、第2試合でマグダレナの前後の移動が、この攻撃の布石であったと知る。縦の移動から更に踏み込みが伸びてきた。こちらの左移動に合わせてだ。一瞬自分の右側が無防備になった。「ここで仕掛けてくる」彼女は咄嗟に判断し、ぶっつけ本番の迎撃方法を使う。
遠間の時とくらべ、恐ろしい速さで突きが迫ってくる。剣の上を滑る様に迫りくるレイピアを筆架叉の中央と外側の部分の間に引っ掛け、左下に攻撃の導線を外す。それにつられ、マグダレナの右腕も斜め下に流れ、攻撃に無防備になった。相手が深い間合いで来たことにより、腕が間合いに入る。花花はこのチャンスを逃さないため、最速で突きを放つ。剣を振り被ったら間に合わないのだ。
そして、ここで驚かされる。こちらの刺突に対して、剣先は下に向いた形で、右腕が戻ってきた。剣先はそのままなので、手首関節の稼働範囲で腕を水平にしたようだ。だが、既に死に体を晒している腕がどう動くのか。腕に向かって剣先を差し入れる。ここでキシッと金属が擦れる音がする。カップヒルト。レイピア同士が戦うための防御の機能だ。つまり防御された。いや、攻撃の一手だったのでは。
その疑問はすぐさま判明する。胴の斜め下に刺突を受けた感触が入っている。
なるほど、パリイされるのも、カップヒルトで受け流すのも織り込んであったのか。
ならば、こちらもパリイした後の戦いを見せよう。
筆架叉で流した剣は、剣身とほんの少し確度が出る様、中棘と左棘で挟むように捉えている。そこに剣を梃子に手首を捻るだけで、レイピアを固定する。すぐにはレイピアを引き抜けないはず。
マグダレナは斜めに攻撃したことより、いつもより深い間合いに入ってきた。しかし、それはこちらの攻撃の間合いとなっている。こちらの攻撃手段は上に逸らされた剣。マグダレナの腕の上から胴を狙える位置にあった。剣の運用で点剣を使い、挙がった右腕から、手首を下に向ける様に剣を動かす。横からは、剣と腕で山を作っているように見えるだろう。剣先は、マグダレナの腕を上から超えて、右鎖骨辺りに差し込まれた。
――ブーと、合わせて1本となった時の通知音が響いた。
『陳・透花選手、合わせて1本』
審判が攻防の結果を告げた。
お互いは、これ以上ポイントを挙げることが出来なかった。流石、予選とは言えベスト8のへ勝ち上がってきた猛者だ。お互いに明確な隙がなく、ポイントの変動があったのは、双方が練りに練ってようやく作った隙で仕掛けた戦いだけだった。
無情にも試合を終了する合図が発せられた。
『時間一杯、試合終了。双方開始線へ』
『東側 マグダレナ・ペレス・サバレタ選手 2ポイント』
『西側 陳・透花選手 1本と1ポイント』
『よって勝者は、陳・透花選手』
この試合を観戦していた客から歓声が上がる。
「まいったわ、まいった。ダガーで剣を押さえつけるなんて。あれはビックリよビックリ。」
「そちこそヨ。剣のお椀で道かえられたヨ。あれは防御ちがうて攻撃の手段ヨ。」
「そうよ、そう。すごいわ、すごい、アレが攻撃だと気づくなんて。私がレイピア同士で使う奥義よ。」
レイピア同士では、カップヒルトを防御に使う。そこを逆手に取ったのだろう。相手の剣をカップヒルトで態と受けて逸らし、攻撃の導線を切る役目を持っているのだろう。あとは相手の剣を引く速さより、既に突き出しているこちらの刺突が速く到達する。ある意味、捨て身に見える技である。
「ほんと、やりニクかたヨ。中世武術最強はダテじゃないヨ。」
「こちらこそ、戦い辛かった、ええ、辛かった。でも楽しかったわ、楽しかったのよ。」
「哦、楽しかたヨ。いつかまたやりたいヨ。」
「そうね、またね、またやりましょう。もっとね、もっと見せるから。」
その言葉に、花花は嬉しさと期待が織り交じり、ニヘラと笑った。
男性解説者のアナウンスが客席に流れる。(この試合を見るためVRデバイスのチャンネルを合わせている者にしか聞こえない)
『競技コート5面第4回戦のひと試合目は、試合時間を目一杯使い、陳・透花選手の勝利でした。予選ベスト8進出、おめでとうございます!』
『やぶれたとは言え、流石、中世武術最強と呼ばれたスペイン流剣術をこれでもかと見せてくれたマグダレナ・ペレス・サバレタ選手、次回も活躍することを期待します!』
『素晴らしい技を披露してくれた二人に、盛大な拍手を!』
観客から、歓声と拍手が溢れる。
二人は、その中を手を振りながら、試合コートを後にしたのだった。
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