シュヴァルリ(Chevalerie) ―姫騎士物語―

けろぬら

第1章 Grüß Gott!私、姫騎士(仮免)です        01-008.中国武術とスペイン武術の激突、です ~透花その1~

 4回戦の一番手は花花ファファであった。

 使用コートは5面目。試合会場の中ほどの位置になる。花花ファファの対戦者は、1つ年上の3年生、マグダレナ・ペレス・サバレタだ。二人は試合会場脇の登録エリアで武器デバイスの登録や各種装備の同期を済ませていく。
 その作業が完了し、二人がコート内に向き直したところで男性解説者のアナウンスが流れれた。

Guten Tagこんにちは! 今日、第4回戦、競技コート5面解説担当の人間工学科4年、エトヴィン・ホルデイクです。皆さんご贔屓に! そして審判はスポーツ科学科5年、ヴィンツェンツ・スラーデクでお送りします。』
『まずは第1戦目の競技者紹介です。東側オステン選手は、情熱の国から来たマタドール、二つ名【いばらの君】、騎士科3年シュパニエンスペイン王国国籍、マグダレナ・ペレス・サバレタ!』

 マグダレナは片手を挙げ軽く手を振りながら周囲の観客へ向け、その場で一回りする。肩口まで伸ばしたアッシュブラウンの髪がフワリと舞う。頭部左斜め位置に赤い薔薇が一輪付いたオレンジのカチューシャ型簡易VRデバイスで、額が出る様に前髪をアップしている。160cm半ばの身長で、細身だが鍛えられた身体はメリハリがある、少し小麦がかった肌に灰色の瞳を加え、幼さの残る顔立ちなれど全体的に大人の色香を漂わせている。

 鎧ではなく、Torero matadorを意識したデザインのHCホログラムセル含有繊維製の衣装を着用している。
 黒を基調としたタイトなノースリーブワンピースで股下5cm程の丈となっている。その上から肩パットが特徴の黒地に金糸で刺繍を施した、胸元丈で前を止めないタイプの長袖上着を羽織り、白い手袋をはめている。
 ワンピースと上着とも、サイドが帯状の黒いシースルーで、斜めの格子状に金糸で刺繍が織り込まれている。脚は膝上10cmのロングブーツで、黒地に金糸模様が入っており、着衣と合わせると豪奢なイメージとなっている。

『そして西側ヴェステン選手は、4千年の歴史を誇る国から来た武闘家、二つ名【舞椿まいつばき】、騎士科2年ヒーナ中国国籍、チェン透花トゥファ!』

 呼び声に応える様に、挙げた両手を振りながらピョンピョンと跳ね回る。花花ファファが跳ねる度に白い紐のティーバックが顔を覗かせている。今日の髪型は、頭の後ろに白い布で包んだお団子を一つ作り、赤い紐で止めている。頭部右よりの位置に白い花を2つ模した髪留め型簡易VRデバイスをはめている。身長は150cm後半程で、腰が細く脚が長い。東洋系であるため肩幅が小さめで全体的に小柄に見えるが、反面、胸が大きく見える。

 やはり花花ファファも鎧ではなく、チャイナドレスデザインのHCホログラムセル含有繊維製の衣装。
 薄水色のチャイナドレスは、彼女が自慢の下半身から脚先へのラインが良く映える様に作られ、腰深くまで両脇にスリットが大きく開いている。長袖で非常に薄いシルクかレーヨンを使った様なサテン生地が身体に張り付き、スカート丈は股下と同じ。そのまま立っているだけで裾から下着が少し見えて、後は臀部の下1/3が出ている。手は白いレースの手袋。脚は膝上10cmの白いストッキングで、太もも部分の縁はレースになっている。足元は功夫ゴンフースタイルの中国刺繍靴。

 二人がコートの中に入ると、それぞれの頭上30cmの位置にスコア用ホログラムが表示される。中央の開始線に付くと、まずは審判に、そしてお互いに礼を行うが、二人は礼の様式は異なる。

 花花ファファは胸の高さで片手を握り、もう片方で上からかぶせる拱手ゴンショウと言う感謝を表す形を取り、アレンジであるのだろう、片脚を引き膝を少し曲げ、身体全体で上下する様な礼をした。
 マグダレナは、審判にはレイピアを右斜め下に剣先になるように右腕を広げ、花花ファファには、レイピアの剣先を上に向け、レイピアの握りを胸の中央に持ってくる。そしてレイピアを右斜め下に剣先になるように右腕を広げる礼をした。

 Chevalerieシュヴァルリと言う競技は、様々な国の武術家が参戦しているため、礼の作法は、その武術や国の様式で行われる。

 そして毎度おなじみのトークタイムに入る。試合中の会話も動画配信時に音声がしっかり流されるため、公式の試合である場合は必ずと言っていい程、騎士シュヴァリエ達はマイクパフォーマンスを行う。それは、Chevalerieシュヴァルリ競技を競技者と観客が一緒に楽しめるよう模索した結果の一つでもあるからだ。
 今後、学園生たちはプロとして活躍するならば、客を楽しませることも仕事の一つとなり、今はその予行練習であると言える。

「ウフフフ、そう、ようやく、ようやくよ。ずっと機会を待ってたの。kung-fuカンフー maestroマスターと戦えるのを。血が滾ってしょうがないわ。」
「ワタシも、スペイン武術戦うの楽しみだっタヨ。でも一つ訂正ヨ。ワタシ、maestro大師チガウヨ。まだまだ功夫ゴンフー足りてないヨ。」
「あれでまだまだ、なの? ああ、すごいわ、すごい。その奥深さに今日触れられるなんて。」
「今日は鎧ナシ同士ヨ。最強言われたスペイン武術ウーシュ、期待シテるヨ。」

 学生の見習い審判なれど、会話の呼吸を読むことは習熟しているようで、一呼吸を置いた絶妙のタイミングで合図を発する。

『双方、抜剣』

 マグダレナは、レイピアを引き抜く。シャラン、と軽い金属音から、剣の重量が軽いものと思われる。実際、騎士剣などの両手剣と比べ、4/5程度の重量しかない。剣の形状はスペイン式のレイピアで、刺突に特化した造りであり、剣身けんみは長く騎士剣と同等の110cm、全体的に細く、刺突に効果が出る様に刃が付いている。そのため、通常の剣に比べ切れ味は劣る。剣先は針の様に鋭くなっており、鍔側は騎士剣の攻撃が受けられる様に強度を高くしている。が、それをメインとした戦い方は想定していない。
 柄は短く12cm程。そして最大の特徴は、カップヒルトと呼ばれるお椀型の鍔となっており、相手の刺突攻撃を逸らす役割を担っている。そもそもスペイン式の構えは、お互いの剣先が鍔に接触するような距離で打ち合うため、カップヒルトは必須の構成となっている。

 そして、花花ファファは、鞘自体を持ち込んでいない。左手で胸の高さに剣先が下になる様に武器デバイスの柄を持っており、鞘を持ち込まない武器は「抜剣」の合図と共に刀身が生成される。それを左手のまま背中側に剣先を上に真っすぐ持ち、両足を肩幅に開く準備の型、預備式ユーベイシー開立持剣カイリーチージィェンで待つ。
 剣自体は、剣身けんみ70cm、柄20cmの中国単剣で、剣先を頂点に3cm程の二等辺三角形となっている。剣格から剣先までは、なだらかに細くなっている両刃の直剣である。剣幅が3cmと細めである。剣身けんみは3つの用途に分かれ、剣格付近の剣根で相手の剣を受け、剣身けんみ中ほどの中刃で、斬る、払うなどに使用する。剣先の三角形部分は剣峰と言い、槍の穂と同じように突きで使用する。剣首柄頭の先に、剣穂と呼ばれる房飾りが付いている特徴がある。
 剣の重量は800g程度と軽く、片手で振り回すことに長けている。

『双方、構え』

 審判の掛け声に、二人は剣の構えに入る。が、この試合に関しては他とは趣が異なる。

 ここで花花ファファは、陳式太極剣36式の第一段で剣を構えるまでの型を披露する。預備式ユーベイシーの状態から、起式チーシー攔門剣ランメンジィェン仙人指路シィェンレンヂールー叶底藏花イェディツァンファでしゃがみこんだ状態になり剣を右手に持ち替え立ち上がり、朝陽剣チャオヤンジィェンで右手を上に挙げ剣を相手へ水平に構え、左腕を前に出し、左膝を腿の高さに挙げる。そこから左脚を踏み込んだ形で止め、右腕と剣を真っすぐ相手に突き出すように青龍出水チンロンチュシュイを変形した様な突きの構えを取るまで水が流れる如く型を行った。

 中国武術を扱う騎士シュヴァリエの型は、預備式ユーベイシー起式、起勢チーシーと言った、始まりの型などがあることが多く、武器を構えるまでの動作が観客には受けが良いため、一連の動作まで行うことが様式美として定着している。功夫ゴンフーを積んだ者が魅せる美しい技は、観客は勿論、対戦相手や審判まで楽しみにしているのだ。

 花花ファファの構えが終わってから、マグダレナはレイピア式剣術の構えをとる。右腕とレイピアを真っすぐ相手に伸ばし、左手は自然体。身体は右半身を相手に向け、右脚を少しだけ前に出す。左脚は身体の真下で右脚から90度水平に開いた形で置く。右足と左脚の間隔は狭く、他の武術と比べると剣の構えとして明らかに異なっている。傍目から見れば、右手を前に出した棒立ちのように見える。

 審判員が右手を上げ、合図と共に振り下ろす。

『用意、――始め!』

 初めの合図と共に、マグダレナは左へ右へとステップを繰り返す。剣先は絶えず花花ファファを捉えており、隙があればすぐさま攻撃が来るだろう。花花ファファも合わせて動きを取り、双方が向き合い円舞ワルツのようにクルクルと回る。


 花花ファファは実に驚いた。スペイン式武術の円運動は知識として知ってはいたが、体験すると様相はまるで違う。自分の剣が短いため今は距離を取って出方を伺っているが、相手の間合いでの攻撃は不可能だと判った。
 回り込みからの攻撃も相手は円運動で対応出来るため効果が出ない。接近すれば間合いの外から刺突が飛んでくるだろう。無理やり懐に入ろうとしても相手は剣先を自分に向けるだけで勝手に突きが決まる。構え自体が一種の攻撃である。
 ならば、相手の突きを避けてから自分の攻撃を当てるしかない。しかし、どのタイミングで仕掛けるべきか情報が足りないため、相手の動きを観察するのだった。


 スペイン式武術は、中世剣術で最強と言われていた。幾何学的理論で技術の原理を学び、計算された幾何学図式の上で円を描く歩法、それと攻撃の構えが一つと防御が2つのみと言う、論理を先に置いた非常にシンプルな構成をしている。
 攻撃は、右半身に開き右手と剣を真っすぐに構えるのみ。されど、長い剣身けんみはそれだけでも牽制となり、迂闊に近づけば刺突、相手の刺突攻撃も、カップヒルトと呼ばれるお椀型の鍔で防がれる。
 構えが一つであることから、相手は攻撃する手段が、剣を払って攻撃、回り込んで攻撃の2つに制限され、非常に戦い辛い。通常の剣術相手では、この2つを防御すれば基本事足りてしまう。無論、どのような状況でも実行できるように鍛錬する前提ではあるが、技の理論をしっかり理解していれば、習得する技術は少ないため、熟するまでの期間が極めて短い。
 脚の配置は基本、右脚を前に置き、左脚は正面と平行になる様に置く。脚の間隔を狭く、素早い一歩を踏み出すことが可能と言われている。
 攻撃が線ではなく点であり、最短距離を最速で攻撃が出せる構えである故、歩法による円運動により、常に相手へ剣先を向けることで牽制と防御を兼ね、相手が攻撃の導線を外した瞬間、即時に刺突攻撃が行える。
 この剣術は、特にDuel決闘競技に向いており、西洋剣術以外の相手でも期待した強さを発揮する。


閑話休題。

 マグダレナは、初めての中国武術との戦いにタイミングを計りかねていた。こちらの円運動のステップと同様、相手も身体ごと動く独特の歩法で正対してくる。
 ここまでは良い。中国武術について動画などで研究してきた。西洋剣術にはないトリッキーな動きに対策は用意したが、実際に相対するとカメラでは捉え切れなかった事実が浮かび上がった。身体の動き全てが円運動をしている。これが問題である。
 人体の関節は円運動をするように出来ている。腕を曲げる、肩を回す、腰を捻る、踏み込みから力を乗せる(左脚で発生した力を腰の回転で増幅し右腕の振りに伝える。力の入った攻撃は利き腕と同じ脚が前に出る)、全て円が基本となる。つまり、相手は身体運用のエキスパートであり、相手の動きから弱点を見定める能力があると見た方が良いだろう。歩法で左右に振っても誤差なく追従してきたことから確実に見られている・・・・・・
 更に、あの円運動からどの様に攻撃に繋げるのか見当が付かないのも問題である。そう言った理由で、彼女は攻めあぐねていた。


 お互い、剣先が触れる距離での牽制が続く。
 シュラン、と軽い剣同士が擦れる音がする。
 右へ左へ、と円舞ワルツは続く。


 試合開始から1分半が過ぎた。花花ファファは、集めた情報の分析が終わり、こちらから仕掛けることにした。
 まずは、左側へ回りこむ動きをする。それに対応し、相手が左回りへステップを踏み正対する。その瞬間、右側へ回り込む。相手は右回りで追従し正対する。そして続け様に左側へ回り込む。


 スペイン流剣術では、回り込みを行う際の歩法は、後ろに引いた軸足を先に動かす。左右の動きに対しては後ろ脚から動かせば、それだけで相手に正対するように身体が回転するからである。
 マグダレナは、花花ファファが行った左右の揺さぶりに対応し、再び左への切り替えしに左回りで追従しようとするが、自分でも気が付かない程、ほんの少しだけ動作が遅れた。
 まだ自分の左脚が宙にある間に、立っていた位置より半歩右回り程の楕円軌道でレイピアの右外側に花花ファファが滑り込んでくるのが見える。
 左脚は着地したが、もう一度左脚を右に移動しなければ、正対することは出来ない。それでは遅すぎる。ならば今出来ることは、不自由する態勢から花花ファファが滑り込んでくる先に剣先を置いておくこと。そうすれば、勝手に刺突が決まる。
 だが、刺突が決まると思った瞬間、花花ファファの姿が消えた。
 そして、右脚を攻撃された感触を確認した。彼女は脚を開き、地面に接地する様な姿勢に移行し、脚を切りつけたのだった。
 花花ファファが身体を起こすのが見える。離れ際に、こちらから刺突を繰り出すことが出来る位置だ。腕を引き刺突を行う態勢を取ろうとするが、腕が動かない。関節が動くことを拒否している。
 離れ際、逆に花花ファファから動かない腕を切り付けられるのを見ているしかなかった。
 ――ポーンと、攻撃が成功したことを知らせる通知音が鳴り響き、2ポイントを失ったことが表示された。


 マグダレナの歩法は見事なもので、絶えず相手と正対して隙を見せない。が、左、右、左の連続でステップを踏むとき、最後のステップだけ僅かに体幹がずれ動作がほんの少し遅れることを見つけた。
 左、右と、マグダレナを振り回し、そして、もう一度左へ。
 こちらの歩法は、最後の左へ移動した際、右脚を後ろ側へ回し、スペイン流剣術のように正面から水平になるように置いた。
 マグダレナは、想定通り左への対応が1/4秒程遅れた。その時間で一手分早く使い、こちらの攻撃をより確実にする。
 彼女の後ろ脚が移動のため持ち上げた動作に合わせ、こちらの左脚を前に振り出す。自身の正面に振り出しているため、マグダレナから見ればレイピアの右外側に移動して見えてる筈だ。
 左脚が接地するまでに、右脚から踏み込みで発生させた纏絲を腰から上半身に伝わせ、身体全体を右へ捻る。正しい形からの纏絲ではないため弱いが、回転エネルギーに変えるには十分。これで、マグダレナの左斜め外側に向いてしまう身体を彼女の背中がチラリと見える位置で正対する。
 マグダレナは、腕を背中に逸らせるようにレイピアの剣先を向けてきた。このまま振り出した脚が接地すれば、踏み込みの力で身体の位置が前に進んでしまい、レイピアに自ら刺さりに行く形になる。だが、剣先に捉えられるのは想定通り・・・・だ。
 そこから花花ファファは、尚も左脚を滑らせながら、ペタンと身体を沈める。その動作によりレイピアの剣先は頭上を掠め、懐に飛び込むことが出来た。
 左脚を真っすぐ前に伸ばし、右脚の膝を身体の外側に向けて座ったようになりながら、脚の間に剣全体を地面に打ち付ける様、剣の運用の型、劈剣ピージィェンで上から下へ、マグダレナの右脚を切りつけた。棍の摔棍シュァイガンと言う型の流用である。相手より剣が短いため攻撃が脚にしか届かないが。
 そして、右脚で後ろに引っ張る様に身体を起こす。
 マグダレナの腕は、身体側面から背中側に反った位置にある。関節の構造上、レイピアの剣先を正面に維持したままでは肩と肘を曲げることは出来ない。つまり、こちらは反撃が来ない状態で追撃が可能となる。
 離れ際に剣の運用の型、崩剣ボンジィェンで素早く下から上へ。マグダレナの伸び切った腕を切り上げ、脚と腕から1ポイントずつもぎ取った。

 花花ファファが取った作戦。
 マグダレナが特定のステップを踏んだ時に表れる一瞬の遅延。これは仕掛けるタイミング。
 本命は、真っすぐに手を伸ばす構えから、どこからでも相手に剣先を向けられる、スペイン流剣術が持つスタイルを逆手に取ることだった。


 それからは、マグダレナは攻撃と防御の要と言える右脚と右腕にダメージペナルティによる筋肉への高負荷状態にもかかわらず、花花ファファの攻撃を凌ぎ切る。
 以降有効打が出ないまま第1試合を終えた。


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