シュヴァルリ(Chevalerie) ―姫騎士物語―
第1章 Grüß Gott!私、姫騎士(仮免)です 01-007.春季学内大会第一部、Duel予選はじまりました
2156年3月10日 水曜日
今日からDuelの予選が始まる。今からトーナメントの組み合わせが行われるため、参加者は全員インフォメーションスクリーンの前に集まっていた。組み合わせはコンピュータによる乱数配置。一瞬で組み合わせが計算され、映し出されているトーナメント表へ競技者名が入力された。
ティナは祈りながら自分のトーナメント位置を探した。先日のラスボスからの宣戦布告、いや、むしろ死刑宣告。去年のように初戦で当たることだけは避けたかった。
騎士として実績がある場合、1~3年生の下級生でも、4~6年生の上級生が主に占めるAグループ配下の第1、第2トーナメントのどちらかへ自動的に割り振られる。1つのトーナメントは更に8つのツリーと呼ばれるグループに分かれ、それぞれのトップがトーナメント毎のベスト8となる。実際は予選ベスト32であるのだが、便宜上ベスト8と呼ばれている。
「Aグループの第1トーナメントBツリーですか。」
自分が配置されたツリーの中に、見たくない名前が入っていなかったことに安堵する。彼女は第2トーナメントのFツリーにいた。これで、本選までは出会うことがなくなった。このツリーを勝ち抜けば、当初の目的である予選ベスト8のポイントは取得出来る。そう思った瞬間、同じツリーの中にもう一つ見たくなかった名前を見つけた。
――エイル・ロズブローク――
【壊滅の戦乙女】ヘリヤ・ロズブロークの実妹。普段、のほほんとした性格とは裏腹に、姉とは正反対の騎士で、心理戦、策略に長け、徹底的に相手を追い詰める。そして相手の心を折り、介錯をするかの如く止めを刺す。まるで慈悲を与えたかの様に。倒された相手が試合の終わったことに安堵する姿から、【慈悲の救済】と言う二つ名が付いている。技巧派で厭らしい相手である。
むしろ、ティナと同じ匂いがする。だからこそ戦い辛く、読み合い騙し合いの消耗戦が予想され、戦う前からウンザリしてしまう。まぁ、負けるつもりはないだろうが。
「ヘリヤのラブコールは届かなかったようだな。」
「でも、オカワリにエイルが入ってるヨ。」
花花は「代わりに」と言いたかったようだ。こうしてみると意味合い的にはそれ程遠くないのでは。
京姫も花花も、下級生組であるBグループのトーナメントのため、現段階では他人事のようだ。
「運が良いのか悪いのか、作為的なものを感じます。なにか、こう、神様が面白おかしくなる様にくじ引きで決めたというか。」
「神はサイコロを振らないんじゃないか?」
「ワタシの国では天地開闢から神はサイコロ振るヨ。」
一神教以外の神は、意外と運に左右されるお方が何柱もおられる。
だべって気を紛らわしたい処ではあるが、そろそろ初戦の準備をしないと間に合わなくなる時間だ。3月はまだ寒さが強く日中も10℃程度しかない。そのため、屋内大スタジアムにて全試合が行われる。競技フィールドは120m×70mの長方形のドームで、Duelコートであれば最大32面配置可能。客席は1万5千席と少ない代わりに客席上部に大型のインフォメーションスクリーンが30枚設置してあり、試合中継が放送される。Duel予選初日となる今日は、上級生、下級生合わせて4つのトーナメントで区画を分け、それぞれ対戦コート6面を使い、1回戦を10試合ずつ、計240試合を終える必要がある。結構慌ただしいのだ。
ティナは順当に勝ち進めば、3日かけて4回試合を行うことになる。その最後がエイルとの試合となるだろう。途中で敗退してくれる確率はほぼゼロだ。それだけ高みにいる騎士である。兎も角、戦略を練る時間があったのは不幸中の幸いであった。
さて。場所は変わって、下級生組であるBグループのトーナメント区画。スクリーンのトーナメント表はリアルタイムで情報が反映され、各試合を行う使用コートなども表示される。
花花は第3トーナメントのDツリー、京姫は第4トーナメントのAツリーにエントリーしていた。本選まで勝ち進めば、三人が一堂に会することとなる。公式記録が残る大会で真剣勝負する機会が訪れた。そもそも二人は弱くはない。むしろ、騎士科全体からすれば上位に位置する騎士だ。去年の冬季学内大会でも二人とも本選に進んでいる。
下級生組には上級生組のような極端にレベルが高い騎士は、まだ育っていない。例外としてティナがいるだけだ。最近は彼女達のレベルが上がり頭一つ抜けているため、余程のことがない限り負けることはないだろう。その証拠に、初戦は危なげなく勝利した。
予選2日目は、2回戦で120試合、3回戦で60試合が執り行われ、特に波乱もなく順当に最終日の試合に赴く騎士56名が選出された。尚、各トーナメントのHツリーは人数調整のためシード扱いとなり、本日の勝者が先行して予選ベスト8入りをしている。
2156年3月12日 金曜日
そして、予選3日目。今日は4回戦ベスト8選出日である。Aグループ第1トーナメント会場の試合コート6面のみで、28試合が執り行われる。1面から4面で5戦、5面と6面で4戦のスケジュールとなり、2面ずつ同時に試合を行い、その試合終了後、すぐさま別の2面で試合が開始される。試合コートを2面だけでも賄えそうだが、次の試合までの準備時間を含めると1日で全試合消化するには余裕がなくなるため、今の方式が取られている。
ちなみに、この試合から解説者役の生徒が試合実況を解説し、簡易VRデバイスにて好きな試合の解説を聞きながら観戦できるようになっている。
普段の授業開始と同様に朝8:30から本日の開会式が開かれ、今日試合を行う選手は、9:30の試合開始まで10部屋に分かれた競技者控室で待機中である。試合開始が9:30なのは、一般客への入場時間に余裕を持たせるためだ。
ティナ、花花、京姫の三人娘は同じ控室で試合の準備を行っている。
「装着完了、HCの感度も正常値、チェックOKです。」
「ありがとうございます。」
試合前には、スポーツ科学科の生徒がサポーターとして装備の装着と調整をしてくれる。武器デバイスや簡易VRデバイスの感度やバッテリー残量等の最終チェックも担い、騎士の負担が軽くなるよう配慮されている。
今回ティナは、いつもと違うオレンジ色の鎧姿である。花花が「橘子、橘子《ジュズー》、おいしそう!」と騒いでいたが、少しメタリック調なので食べる気はしないのだが。
「いよいよだな。」
京姫は腕を組み、少し緊張の面持ちで零すように言葉を発した。
「どうしたヨ? 京姫。ナンか余裕ナイヨ?」
「そうですよ? 緊張感はあった方が良いですが、極度の緊張は逆効果です。」
「少し考えてしまってな。私の技はこれからも通じるのか、このままで高みに往けるのか、とな。」
ふぅ、と一つ息を付き、京姫は不安を吐露した。全国大会のティナ、先日のヘリヤを見て自身を奮起させるも、今日までの3試合は思ったほど良い形で終わらず、自分の進む道が正しいのか揺らいでいたようだ。勝てば本選と言うタイミングだからこそ、その思いが強く出てしまった。
人差し指を顎に当て、少し思案し、花花はいつもの軽い語り口で自分の考えを述べる。
「京姫。やれるコトをやる。やれないコトはやれないヨ。勝ち負けも先のコトも違うヨ。やれるコトやれるように積み重ねるコトが大事ヨ。」
どのような時でも心を平静に、覚えた技をいつも通りに使う。ある意味、奥義の一つであろう。正しいか間違いかは本人しか判らないものであり、その答えが判るのは今わの際ではないだろうか。ならば決めた道を進むしかない。そして積み重ねられるだけ積み重ねる。後悔しないように。
ティナはやれることを複数持っており、それぞれ熟練の域まで高めている。なのでこういう時は言葉を掛け辛い。お前が言うな状態になるからだ。
「あたしもそう思うよ。」
思わぬところから意見の賛同者があらわれた。
「ヘリヤ、いつの間にいらしたのですか。それにエイルまで。」
「ついさっきだよ。なんとなく様子を見にね。ついでに、フラフラ歩いてたエイルも拾ってきた。」
そう言いながらヘリヤの斜め後ろに立っているエイルへ視線を向ける。
「ええ、姉さんに引きずられて来ましたの。フロレンティーナ、その艶やかな鎧、初めて見ますね。」
「こちらは予備です。姫騎士のイメージから外れるので余り着用はしなかったのですが、いつもの鎧は少しメンテナンスが必要でしたので。」
ラスボスにティナの対戦相手。陣中見舞いと言うことでもないだろう。ヘリヤは細かいことは気にしない性質であり、気紛れで豪放磊落。ここへは思い立ったから来たのであって、特に意味はないのだろう。
「京姫は考えすぎだ。人間、出来ることしか出来ん。出来ることで上回れば良いんだよ。そのための鍛錬だろう。」
ヘリヤは腰に手をやり助言、と言うより自分のスタンスなのだろう。それを語りだした。
花花は、うんうんと頷いている。
「そうねぇ、一つ良いこと教えてあげる。」
エイルは両の掌を胸の高さで合わせ、京姫に向かい切り出す。
「姉さんは。……母さんの言葉を借りれば、才能は凡庸。標準的な騎士にしかなれない、と。ずっと言われてきたの。」
その言葉に京姫は衝撃を受ける。現在、世界最強を誇る騎士が、今後も並ぶものはないだろうと言われる史上最強の騎士【永世女王】からはそんな評価をされていたとは。
「――だけど、出来ることをひたすら磨いて今があるの。」
「あたしは基礎しか出来ないからな。」
ヘリヤは少しにやけながら、そう言った。
暫しの沈黙。それから稍あって京姫は口を切った。
「ありがとうございます。お二人の言葉で少し気が楽になりました。」
積み重ねて高みに届かせた者がここにいる。それを知り、京姫の表情は明るくなり笑顔を浮かべる。まだ立ち止まるには早すぎると。
花花はヤレヤレと言った具合で一安心している。
「あたしに、そんな言葉使いする必要はないんだがなぁ。」
「フフフ、そこは勘弁してください。慣れてないものですから。」
小学校卒業後、すぐに留学した京姫は、かつての軍事教練の名残である人間の上下関係など経験しなかったため、その観念はないが、目上の者に対して丁寧な言葉になるのは国民性なのだろう。呼び捨てなどや感情を無駄に抑える必要がないことには慣れたが、まだまだ文化には染まり切っていない。
余談だが、人間が生活するには左右の関係が重要で、上下関係は必要ない。上から力で支配し、下から信頼は得られない構造をしているからだ。上下関係が当たり前になると、親が子を、先輩が後輩を、上司が部下を支配してしまい健全ではなくなる。心当たりがある方もいるのではないだろうか。本来は、軍隊など縦の命令が重要になる様な組織では仕組みとして上下が必要だが、それ以外では需要がない筈である。
ちょっとした青春の一幕が展開しているが、半分蚊帳の外にティナはいた。そして、エイルの語ったその内容に精神をゴリゴリ削られている。基礎の鍛錬だけで才能を凌駕する――彼女がソレであると分かっていたことだ。そして近しい人間から齎された情報は、否定され続けても挫けず高みまで上り詰めた尋常ではない精神力。つまり、ヘリヤの強さは鍛錬の積み重ねなどの表現は生ぬるく、人の範疇を超える埒外の鍛錬をしてきたのではないか。人外に至った者に姫騎士程度が立ち向かえるのか?あらゆる手を使っても勝ち筋が全くと言っていい程浮かばない。これから試合があるというのに思考にノイズが走る。
「(このひと、私に精神攻撃を与えているんではないでしょうか。)」
目が合ったエイルはニッコリと穏やかな笑みを浮かべた。
「(やっぱり攻撃されてました!)」
先日、ヘリヤの宣戦布告でグッタリしたティナがお客さんに慰められてる姿は意外と話題になった。彼女のそんな姿は滅多に見れないため、面白がられたのである。
エイルはその様子を知ってたのであろう。全力を見せたヘリヤから関連付けてティナが何を思ったのか凡そ検討を付けていたと思われる。ついでに連れて来られただけなのに丁度良いタイミングは逃さず、ヒーリングとダメージ両方の効果がある言葉を出してきた位だ。流石、相手の心を折りに来るのは一級品だ。事実、ティナは折れそうだ。
『試合開始10分前です。選手は試合会場に入場してください。』
館内放送が聞こえてきた。簡易VRデバイスからは、自分が戦う試合コートがAR表示されている。
「おっと、それじゃ行こうか。お前たち面白いから全員生き残れよ。」
「姉さん、私とフロレンティーナは、どちらかしか残りませんけど?」
「じゃ、ティナ勝て。エイルとはいつでも出来る。」
「ええっ! ヘリヤ、それは酷い言い草だと思います!」
流石にティナも、その発言はどうかと思い声が大きくなった。
「あら、姉さんはいつもこんな感じですのよ。聞き流すのが一番です。」
流されても繰り返してるのか。
「イツモね、それスゴイヨ!繰り返しは鍛錬ヨ!」
「いや、そんな鍛錬はないと思う。私はしたくない。」
もっともである。
なんだかんだと賑やかな集団は試合会場へ消えていった。
今日からDuelの予選が始まる。今からトーナメントの組み合わせが行われるため、参加者は全員インフォメーションスクリーンの前に集まっていた。組み合わせはコンピュータによる乱数配置。一瞬で組み合わせが計算され、映し出されているトーナメント表へ競技者名が入力された。
ティナは祈りながら自分のトーナメント位置を探した。先日のラスボスからの宣戦布告、いや、むしろ死刑宣告。去年のように初戦で当たることだけは避けたかった。
騎士として実績がある場合、1~3年生の下級生でも、4~6年生の上級生が主に占めるAグループ配下の第1、第2トーナメントのどちらかへ自動的に割り振られる。1つのトーナメントは更に8つのツリーと呼ばれるグループに分かれ、それぞれのトップがトーナメント毎のベスト8となる。実際は予選ベスト32であるのだが、便宜上ベスト8と呼ばれている。
「Aグループの第1トーナメントBツリーですか。」
自分が配置されたツリーの中に、見たくない名前が入っていなかったことに安堵する。彼女は第2トーナメントのFツリーにいた。これで、本選までは出会うことがなくなった。このツリーを勝ち抜けば、当初の目的である予選ベスト8のポイントは取得出来る。そう思った瞬間、同じツリーの中にもう一つ見たくなかった名前を見つけた。
――エイル・ロズブローク――
【壊滅の戦乙女】ヘリヤ・ロズブロークの実妹。普段、のほほんとした性格とは裏腹に、姉とは正反対の騎士で、心理戦、策略に長け、徹底的に相手を追い詰める。そして相手の心を折り、介錯をするかの如く止めを刺す。まるで慈悲を与えたかの様に。倒された相手が試合の終わったことに安堵する姿から、【慈悲の救済】と言う二つ名が付いている。技巧派で厭らしい相手である。
むしろ、ティナと同じ匂いがする。だからこそ戦い辛く、読み合い騙し合いの消耗戦が予想され、戦う前からウンザリしてしまう。まぁ、負けるつもりはないだろうが。
「ヘリヤのラブコールは届かなかったようだな。」
「でも、オカワリにエイルが入ってるヨ。」
花花は「代わりに」と言いたかったようだ。こうしてみると意味合い的にはそれ程遠くないのでは。
京姫も花花も、下級生組であるBグループのトーナメントのため、現段階では他人事のようだ。
「運が良いのか悪いのか、作為的なものを感じます。なにか、こう、神様が面白おかしくなる様にくじ引きで決めたというか。」
「神はサイコロを振らないんじゃないか?」
「ワタシの国では天地開闢から神はサイコロ振るヨ。」
一神教以外の神は、意外と運に左右されるお方が何柱もおられる。
だべって気を紛らわしたい処ではあるが、そろそろ初戦の準備をしないと間に合わなくなる時間だ。3月はまだ寒さが強く日中も10℃程度しかない。そのため、屋内大スタジアムにて全試合が行われる。競技フィールドは120m×70mの長方形のドームで、Duelコートであれば最大32面配置可能。客席は1万5千席と少ない代わりに客席上部に大型のインフォメーションスクリーンが30枚設置してあり、試合中継が放送される。Duel予選初日となる今日は、上級生、下級生合わせて4つのトーナメントで区画を分け、それぞれ対戦コート6面を使い、1回戦を10試合ずつ、計240試合を終える必要がある。結構慌ただしいのだ。
ティナは順当に勝ち進めば、3日かけて4回試合を行うことになる。その最後がエイルとの試合となるだろう。途中で敗退してくれる確率はほぼゼロだ。それだけ高みにいる騎士である。兎も角、戦略を練る時間があったのは不幸中の幸いであった。
さて。場所は変わって、下級生組であるBグループのトーナメント区画。スクリーンのトーナメント表はリアルタイムで情報が反映され、各試合を行う使用コートなども表示される。
花花は第3トーナメントのDツリー、京姫は第4トーナメントのAツリーにエントリーしていた。本選まで勝ち進めば、三人が一堂に会することとなる。公式記録が残る大会で真剣勝負する機会が訪れた。そもそも二人は弱くはない。むしろ、騎士科全体からすれば上位に位置する騎士だ。去年の冬季学内大会でも二人とも本選に進んでいる。
下級生組には上級生組のような極端にレベルが高い騎士は、まだ育っていない。例外としてティナがいるだけだ。最近は彼女達のレベルが上がり頭一つ抜けているため、余程のことがない限り負けることはないだろう。その証拠に、初戦は危なげなく勝利した。
予選2日目は、2回戦で120試合、3回戦で60試合が執り行われ、特に波乱もなく順当に最終日の試合に赴く騎士56名が選出された。尚、各トーナメントのHツリーは人数調整のためシード扱いとなり、本日の勝者が先行して予選ベスト8入りをしている。
2156年3月12日 金曜日
そして、予選3日目。今日は4回戦ベスト8選出日である。Aグループ第1トーナメント会場の試合コート6面のみで、28試合が執り行われる。1面から4面で5戦、5面と6面で4戦のスケジュールとなり、2面ずつ同時に試合を行い、その試合終了後、すぐさま別の2面で試合が開始される。試合コートを2面だけでも賄えそうだが、次の試合までの準備時間を含めると1日で全試合消化するには余裕がなくなるため、今の方式が取られている。
ちなみに、この試合から解説者役の生徒が試合実況を解説し、簡易VRデバイスにて好きな試合の解説を聞きながら観戦できるようになっている。
普段の授業開始と同様に朝8:30から本日の開会式が開かれ、今日試合を行う選手は、9:30の試合開始まで10部屋に分かれた競技者控室で待機中である。試合開始が9:30なのは、一般客への入場時間に余裕を持たせるためだ。
ティナ、花花、京姫の三人娘は同じ控室で試合の準備を行っている。
「装着完了、HCの感度も正常値、チェックOKです。」
「ありがとうございます。」
試合前には、スポーツ科学科の生徒がサポーターとして装備の装着と調整をしてくれる。武器デバイスや簡易VRデバイスの感度やバッテリー残量等の最終チェックも担い、騎士の負担が軽くなるよう配慮されている。
今回ティナは、いつもと違うオレンジ色の鎧姿である。花花が「橘子、橘子《ジュズー》、おいしそう!」と騒いでいたが、少しメタリック調なので食べる気はしないのだが。
「いよいよだな。」
京姫は腕を組み、少し緊張の面持ちで零すように言葉を発した。
「どうしたヨ? 京姫。ナンか余裕ナイヨ?」
「そうですよ? 緊張感はあった方が良いですが、極度の緊張は逆効果です。」
「少し考えてしまってな。私の技はこれからも通じるのか、このままで高みに往けるのか、とな。」
ふぅ、と一つ息を付き、京姫は不安を吐露した。全国大会のティナ、先日のヘリヤを見て自身を奮起させるも、今日までの3試合は思ったほど良い形で終わらず、自分の進む道が正しいのか揺らいでいたようだ。勝てば本選と言うタイミングだからこそ、その思いが強く出てしまった。
人差し指を顎に当て、少し思案し、花花はいつもの軽い語り口で自分の考えを述べる。
「京姫。やれるコトをやる。やれないコトはやれないヨ。勝ち負けも先のコトも違うヨ。やれるコトやれるように積み重ねるコトが大事ヨ。」
どのような時でも心を平静に、覚えた技をいつも通りに使う。ある意味、奥義の一つであろう。正しいか間違いかは本人しか判らないものであり、その答えが判るのは今わの際ではないだろうか。ならば決めた道を進むしかない。そして積み重ねられるだけ積み重ねる。後悔しないように。
ティナはやれることを複数持っており、それぞれ熟練の域まで高めている。なのでこういう時は言葉を掛け辛い。お前が言うな状態になるからだ。
「あたしもそう思うよ。」
思わぬところから意見の賛同者があらわれた。
「ヘリヤ、いつの間にいらしたのですか。それにエイルまで。」
「ついさっきだよ。なんとなく様子を見にね。ついでに、フラフラ歩いてたエイルも拾ってきた。」
そう言いながらヘリヤの斜め後ろに立っているエイルへ視線を向ける。
「ええ、姉さんに引きずられて来ましたの。フロレンティーナ、その艶やかな鎧、初めて見ますね。」
「こちらは予備です。姫騎士のイメージから外れるので余り着用はしなかったのですが、いつもの鎧は少しメンテナンスが必要でしたので。」
ラスボスにティナの対戦相手。陣中見舞いと言うことでもないだろう。ヘリヤは細かいことは気にしない性質であり、気紛れで豪放磊落。ここへは思い立ったから来たのであって、特に意味はないのだろう。
「京姫は考えすぎだ。人間、出来ることしか出来ん。出来ることで上回れば良いんだよ。そのための鍛錬だろう。」
ヘリヤは腰に手をやり助言、と言うより自分のスタンスなのだろう。それを語りだした。
花花は、うんうんと頷いている。
「そうねぇ、一つ良いこと教えてあげる。」
エイルは両の掌を胸の高さで合わせ、京姫に向かい切り出す。
「姉さんは。……母さんの言葉を借りれば、才能は凡庸。標準的な騎士にしかなれない、と。ずっと言われてきたの。」
その言葉に京姫は衝撃を受ける。現在、世界最強を誇る騎士が、今後も並ぶものはないだろうと言われる史上最強の騎士【永世女王】からはそんな評価をされていたとは。
「――だけど、出来ることをひたすら磨いて今があるの。」
「あたしは基礎しか出来ないからな。」
ヘリヤは少しにやけながら、そう言った。
暫しの沈黙。それから稍あって京姫は口を切った。
「ありがとうございます。お二人の言葉で少し気が楽になりました。」
積み重ねて高みに届かせた者がここにいる。それを知り、京姫の表情は明るくなり笑顔を浮かべる。まだ立ち止まるには早すぎると。
花花はヤレヤレと言った具合で一安心している。
「あたしに、そんな言葉使いする必要はないんだがなぁ。」
「フフフ、そこは勘弁してください。慣れてないものですから。」
小学校卒業後、すぐに留学した京姫は、かつての軍事教練の名残である人間の上下関係など経験しなかったため、その観念はないが、目上の者に対して丁寧な言葉になるのは国民性なのだろう。呼び捨てなどや感情を無駄に抑える必要がないことには慣れたが、まだまだ文化には染まり切っていない。
余談だが、人間が生活するには左右の関係が重要で、上下関係は必要ない。上から力で支配し、下から信頼は得られない構造をしているからだ。上下関係が当たり前になると、親が子を、先輩が後輩を、上司が部下を支配してしまい健全ではなくなる。心当たりがある方もいるのではないだろうか。本来は、軍隊など縦の命令が重要になる様な組織では仕組みとして上下が必要だが、それ以外では需要がない筈である。
ちょっとした青春の一幕が展開しているが、半分蚊帳の外にティナはいた。そして、エイルの語ったその内容に精神をゴリゴリ削られている。基礎の鍛錬だけで才能を凌駕する――彼女がソレであると分かっていたことだ。そして近しい人間から齎された情報は、否定され続けても挫けず高みまで上り詰めた尋常ではない精神力。つまり、ヘリヤの強さは鍛錬の積み重ねなどの表現は生ぬるく、人の範疇を超える埒外の鍛錬をしてきたのではないか。人外に至った者に姫騎士程度が立ち向かえるのか?あらゆる手を使っても勝ち筋が全くと言っていい程浮かばない。これから試合があるというのに思考にノイズが走る。
「(このひと、私に精神攻撃を与えているんではないでしょうか。)」
目が合ったエイルはニッコリと穏やかな笑みを浮かべた。
「(やっぱり攻撃されてました!)」
先日、ヘリヤの宣戦布告でグッタリしたティナがお客さんに慰められてる姿は意外と話題になった。彼女のそんな姿は滅多に見れないため、面白がられたのである。
エイルはその様子を知ってたのであろう。全力を見せたヘリヤから関連付けてティナが何を思ったのか凡そ検討を付けていたと思われる。ついでに連れて来られただけなのに丁度良いタイミングは逃さず、ヒーリングとダメージ両方の効果がある言葉を出してきた位だ。流石、相手の心を折りに来るのは一級品だ。事実、ティナは折れそうだ。
『試合開始10分前です。選手は試合会場に入場してください。』
館内放送が聞こえてきた。簡易VRデバイスからは、自分が戦う試合コートがAR表示されている。
「おっと、それじゃ行こうか。お前たち面白いから全員生き残れよ。」
「姉さん、私とフロレンティーナは、どちらかしか残りませんけど?」
「じゃ、ティナ勝て。エイルとはいつでも出来る。」
「ええっ! ヘリヤ、それは酷い言い草だと思います!」
流石にティナも、その発言はどうかと思い声が大きくなった。
「あら、姉さんはいつもこんな感じですのよ。聞き流すのが一番です。」
流されても繰り返してるのか。
「イツモね、それスゴイヨ!繰り返しは鍛錬ヨ!」
「いや、そんな鍛錬はないと思う。私はしたくない。」
もっともである。
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