シュヴァルリ(Chevalerie) ―姫騎士物語―
第1章 Grüß Gott!私、姫騎士(仮免)です 01-003.いただきます、ごちそうさま
エデルトルートの心に去来するのは称賛と感動。
自分から誘っておいて、まんまと掌の上で転がされた。ありふれた技からのバインド自体が罠など、在り得なかった。そして、「自分の反対へ向いている剣先は当たらない」筈が、抜剣の要領で切り上げ、クリティカルを取られた。全ては思い込みが招いてた結果だと言わんばかりに。一枚も二枚も上を往かれていれば、いっそ清々しい。全く底が見えない騎士と戦える幸運を噛みしめていた。
女性解説者のアナウンスが響く。
『さぁ、期待の第2試合です。エデルトルート選手が巻き返すか、フロレンティーナ選手が引き離すか、目が離せません!』
『第1試合では、開幕フロレンティーナ選手の不思議速攻をエデルトルート選手が超反応で撃退! そして決勝戦と見間違える程の剣戟の応酬! いや~、濃いです。この試合メッチャ濃いです!』
『最後の一交戦でのポイント奪い合い! びっくりですよね? 双方1ポイントずつ取ったと思ったら、まさかのクリティカル発生! 観客の皆さん! 今日はイイ日に来ましたよ~、生ですよ、生っ! 生で見れちゃったんすよっ!』
『あ~、生っていえば、フロレンティーナちゃんのティーバック、AbendröteのHeilungシリーズじゃないっすか?』
普通にセクハラである。そのうち訴えられるのではないか。
ティナは、解説ブースの方を向き、少し恥ずかしそうに(演技)しながら、腕全体で輪を作り大きな「〇」を表現する。観客席からは「お~」と歓声があがる。スカートが翻るようにクルリと回る観客サービス。【姫騎士】さんは気前が良いと広まるように。にこやかにロイヤルお手振り。『パンツの種類、いただきました~っ』などと女性解説者がのたまう。あんた、ホントはオッサンじゃないの?
ティナは、それより「超反応」と言う単語に引っかかっていた。斜め上方向に。
「(超反応…。ゲームの技みたいですね。超振動とかあったような? 超振動… ブルブル? どのくらい? その技ちょっと欲しいかも…。)」
「(一人遊びがすごく捗りそう。ツユダクダク残業卵くらいかしら? いえ、汁マシマシ潮追加ね、きっと。どこ? どこで買えるの? おいくらマルク? ユーロでもいいですよ!)」
何を言ってるのか解らない。
『双方、開始線へ』
審判の声が響く。開始線に戻り、審判と対戦相手に騎士の礼を取る。これから第2試合が始まる。1試合ごとの区切りでは、剣を鞘に納めてより開始する決まりがある。これは、1試合1試合を誠実に戦う気持ちを大事にし云々の理由が付けられているが、興味ないので割愛。
二人共、剣を鞘に納めて開始線にならび、互いの表情を伺う。ティナは変わらず穏やかに笑みを浮かべているが、エデルトルートは憑き物が取れたように晴れやかな表情となっている。
ティナはどうしたものかと思案する。
「(これはまずいですね…。晴れやかな顔をしてます。吹っ切れてしまったようです。小技はだめですね、泥仕合になります。不本意ですが、もう一つ手札を出しましょう。そしておいしくいただきます。)」
エデルトルートから称賛とお誘いの声がかかる。今度のお誘いはティナがどこまでやれるのか純粋な好奇心からだ。
「まったくもって、見事だったよ。判ってて誘ったのに、全て上を往かれた。ほんと、悔しいね。」
「あら、そのわりには素敵な笑顔ですわよ?」
「悔しいのは嘘じゃないさ。おかげで、全部吹っ切れたよ。だからかな。もっと先を見たくなったんだよ。あるんだろう?」
「…はぁ。相手のスキルをお尋ねになるのはどうかと思いますが…。んー、では一言だけ。見えるもの全てです。」
エデルトルートは、表情こそかわらなかったが、ティナの言葉を反芻した。
「(見えるもの全て? 見てきた技全てでアレが出来るってことか? いや、彼女なら出来るだろう、態々答える必要がない。すると、見るものが違うな。)」
「(…まさか、彼女の王道スタイル全てが虚構? だとしたら、とんでもないじゃないか! すごい、こんなワクワクしたのは久しぶりだ! どう出るかが楽しみだ。)」
「すごいね、本当に楽しみだよ。」
満面の笑顔のエデルトルート。見て判る程ワクワクしており、直ぐにも始めたい気配が漂っている。
「(なんか…、もの凄く喜んでおられますけど。ヒント与えすぎですかね。あー、これ学園で迂闊! 詰めが甘い! って、弄られますね。)」
「ご期待に沿えますれば、喜ばしいのですが。」
ティナは溜息を吐きたかった。
会話が終了したとみて、審判が声を上げる。ファンサービスも大変である。
『双方、抜剣』
鞘から引き抜く。金属が擦れる高い音が聞こえる。変わらずに投影される刀身は、日の光を受けると輝く演出まである。
この刀身、実物準拠の素材を設定することとなっており、使用している素材、鍛造か鋳造か、重量、剣戟を実施した際の金属疲労等、実際の剣と変わらない強度で計算される。そして、激しい打ち合いなどで、刃が欠けたり、場合によっては折れることも表現される。剣が折れた場合、戦況の一つとして扱われ、対戦が終了するまで元に戻らない仕様となっている。折れたまま戦うも良し、サブの武器デバイスに移行するも良し。全ては騎士次第。
『双方、構え』
審判の掛け声に、二人は剣の構えに入る。
エデルトルートは、左前に半身を開き、右肩口に剣を引き付ける防御崩しの型、Schlüsselの構えを取った。左の蹴り脚は心持ち前に置き、通常より脚の幅が狭いように見える。前に出ている右脚に重心があるため、攻撃の技を出してくるだろう。
ティナは、右半身を殆ど前に向け、左手は、背中の後ろに隠すように曲げている。そして、剣は正面に片手正眼の構えを取っており、ファルシオンの構えとスペイン式レイピアの構えを合わせたものになっている。そして、右脚を前に、左脚を正面と水平になるレイピア式の足配置を取った。
騎士剣で取ることのない構えに観客はどよめき、場内はザワザワと相談事を話す様に疑問や推測の声が上がっている。
エデルトルートは、改めて検分する。一見すると、変則的なレイピアの構えだろう。しかし、剣の間合いは騎士剣のそれだ。だから構えの意図が見えない。正面は右半身のみ、左手も隠しているのは被弾面積を減らすためと思われる。しかし、騎士剣でレイピアの運用が出来るのか、持ち手と重心が違い騎士剣ではブレが生じ、片手では、バインドが圧倒的に不利になる。そんなことは当然、織り込み済であろう。なにより、彼女の剣は突きを主体にするにはリーチが足らない。どう戦うのか興味が尽きない。
審判員が右手を上げ、合図と共に振り下ろす。
『用意、――始め!』
先に動いたのはエデルトルートだった。相手は最短で突かざるを得ない構えならば、こちらも突きで勝負する。剣のリーチも圧倒的にこちらが有利だ。左の蹴り脚を半歩進ませ、右半身を前に滑らし、その回転に乗せて剣を突き出す。蹴り脚を予め手前に置いていたのは、身体の回転を速く始めるための一手だ。そして、攻撃の導線は相手の胴体右側面。こちらは、相手の剣の間合いよりも遠くから剣先を届かせることが出来るため、バインドで駈け引きをしない限り、攻撃は避けられない。
剣先の左外側からティナの突きが入って来たが、スルリと剣が触れ合った瞬間、上方に剣が弾き飛ばされ宙に舞う。外国語だろうか呟き声が聞こえる。そして、心臓部分にナイフが突き立てられていた。ヴィーーと、1本取得を知らせる通知音と、回転しながら落ちてくる剣が、まるで夢を見ているかの様だった。
ティナは、エデルトルートの突きに合わせ、スペイン剣術の歩法である円の動きで、右脚を半歩程、斜め右方向にステップ、左の軸足を右にスライドさせ、身体の位置をエデルトルートの正面に向くよう移動。同時に、身体を移動したことで正面に向かってくることとなった突きの下側へ剣を滑らせる。こちらは剣のリーチが短いため、相手の剣が「弱い」部分相手に梃子の原理が使え、右回りに巻きながら搗ち上げる。
一連の動作で、相手の両手は上がり武器デバイスが手放されたが、自らが武器を手放さない場合、一定時間で装備着脱のケースに当てはまり試合中断されてしまう。こちらも右手が上がり、剣では直ぐに攻撃は出来ない。そのためサブ武器デバイスで攻撃する。
左側に身体が回っている。左の軸脚を踏み込み、右脚と身体を前にスライドさせながら、相手の胴体へ手を伸ばせば触れる位置まで移動させる。後ろに隠していた左手で、腰の後ろに装備しているサクス形武器デバイスを鞘から引き抜きつつ、左に回った身体を右に戻すように捻り、その勢いで左腕を前方向へ。そのまま旋回起動を描かせ、力を乗せて攻撃箇所へ。
丸裸になった相手の心臓部分を見て、つい日本語で『いただきます』と呟いてしまった。そして、サクスを刺突した。
『ブラウンシュヴァイク=カレンベルク、1本。合わせて2本。試合、終了』
観客の歓声に場内が揺れる。スコアにはクリティカル攻撃成功を示すマークが2つ。興奮の坩堝と化している。
女性解説者が叫ぶ。
『クリティカル! クリティカルですっ! 2試合連続クリティカルでの勝利です! エスターライヒ全国大会では実に16年ぶりの快挙です!』
なるほど、盛り上がる筈である。
『Abendröteのティーバック! 私も買います! 履きます! かぶります!』
それはどーでもよい。
「おめでとう。見事にやられた。完敗だよ。」
「ありがとうございます。こちらこそ、いつものスタイルを変えざるを得なくなりまして、大変苦労いたしました。」
「あはは。何よりの誉め言葉だねぇ。」
Chevalerie競技では、試合終了後、握手を交わしお互いを讃える伝統がある。武術に限った話ではないが、良き対戦者には最大の敬意を払う思想が確かにあり、この競技の矜持でもある。
そして、例によって例の如く、試合後の騎士同士が語らう言葉も、観客が楽しみにしているものの一つである。
「一つ聞いてもいいかい?」
「答えられることなら。」
「最後の構えの意味。あれは構え自体が罠だったのかい?」
「ええ、そうです。剣を巻くための誘いです。本命はナイフと、初めから決めていました。」
Chevalerie競技は、コンセプトに中世騎士道を模倣する剣戟競技ではあるが、競技者は必ずしも騎士である必要はない。競技は、武器デバイスの刀身で攻撃し、HCを含有した装備のみで被弾可否の判定をするというルールであり、攻撃を行うための術理については言及していない。故に世界中で普及しており、それぞれの民族が伝えた技や、独自に編み出した技など実に多彩である。競技者には、侍やコサック騎兵、曲剣二刀流のベリーダンサーや、RPGゲームライクなビキニアーマーを着た女戦士までいる。基本ルールを抑えていれば自由度が高いのも特徴で、公式大会でも徹底してロールプレイをする者までいる。ある意味、ティナもそうである。
ヒントは貰っていた。見えるもの全て、と。情報としては破格だったが、理解しきれていなかった。ティナの来歴も知っている。ドイツからエスターライヒへ移住してきた騎士。そして王道派騎士スタイル。故にドイツ流剣術を使うと先入観があった。ティナの姿がアマゾネスなど、全く違う姿であれば、それ相応の対処をしていた。あるいは、武器が槍であれば、刺剣であれば、と。つまり、見た目は本質ではないことも示している。
「なるほど。騎士同士の戦いに囚われ過ぎていたのが私の敗因か。」
ティナは、微笑みで返す。既に納得して出たその言葉には、こちらから言うことは何もない。ならば、ここで言わねばならないことは一つ。
「期待には沿えられまして?」
「もちろん!」
エデルトルートは破顔した。
ティナの見た目は騎士であるが、これは姫騎士を体現するための拘りである。だから騎士剣を持ち、王道派騎士スタイルを使う。本来は「勝てれば良かろう」主義であり、卑怯と呼ばれるような戦いも平気で行う。ただ見せる必要がないだけ。
今回は、少しだけその片鱗を見せた。策に嵌め、おいしくいただいた。世界選手権大会出場クラスの相手には、今までの王道派騎士スタイルだけでは決め手に欠けることが判ったのは収穫だった。
『ごちそうさまでした。』
日本語で小さく呟いた。
こうしてDuelの部、3位決定戦は終了した。
自分から誘っておいて、まんまと掌の上で転がされた。ありふれた技からのバインド自体が罠など、在り得なかった。そして、「自分の反対へ向いている剣先は当たらない」筈が、抜剣の要領で切り上げ、クリティカルを取られた。全ては思い込みが招いてた結果だと言わんばかりに。一枚も二枚も上を往かれていれば、いっそ清々しい。全く底が見えない騎士と戦える幸運を噛みしめていた。
女性解説者のアナウンスが響く。
『さぁ、期待の第2試合です。エデルトルート選手が巻き返すか、フロレンティーナ選手が引き離すか、目が離せません!』
『第1試合では、開幕フロレンティーナ選手の不思議速攻をエデルトルート選手が超反応で撃退! そして決勝戦と見間違える程の剣戟の応酬! いや~、濃いです。この試合メッチャ濃いです!』
『最後の一交戦でのポイント奪い合い! びっくりですよね? 双方1ポイントずつ取ったと思ったら、まさかのクリティカル発生! 観客の皆さん! 今日はイイ日に来ましたよ~、生ですよ、生っ! 生で見れちゃったんすよっ!』
『あ~、生っていえば、フロレンティーナちゃんのティーバック、AbendröteのHeilungシリーズじゃないっすか?』
普通にセクハラである。そのうち訴えられるのではないか。
ティナは、解説ブースの方を向き、少し恥ずかしそうに(演技)しながら、腕全体で輪を作り大きな「〇」を表現する。観客席からは「お~」と歓声があがる。スカートが翻るようにクルリと回る観客サービス。【姫騎士】さんは気前が良いと広まるように。にこやかにロイヤルお手振り。『パンツの種類、いただきました~っ』などと女性解説者がのたまう。あんた、ホントはオッサンじゃないの?
ティナは、それより「超反応」と言う単語に引っかかっていた。斜め上方向に。
「(超反応…。ゲームの技みたいですね。超振動とかあったような? 超振動… ブルブル? どのくらい? その技ちょっと欲しいかも…。)」
「(一人遊びがすごく捗りそう。ツユダクダク残業卵くらいかしら? いえ、汁マシマシ潮追加ね、きっと。どこ? どこで買えるの? おいくらマルク? ユーロでもいいですよ!)」
何を言ってるのか解らない。
『双方、開始線へ』
審判の声が響く。開始線に戻り、審判と対戦相手に騎士の礼を取る。これから第2試合が始まる。1試合ごとの区切りでは、剣を鞘に納めてより開始する決まりがある。これは、1試合1試合を誠実に戦う気持ちを大事にし云々の理由が付けられているが、興味ないので割愛。
二人共、剣を鞘に納めて開始線にならび、互いの表情を伺う。ティナは変わらず穏やかに笑みを浮かべているが、エデルトルートは憑き物が取れたように晴れやかな表情となっている。
ティナはどうしたものかと思案する。
「(これはまずいですね…。晴れやかな顔をしてます。吹っ切れてしまったようです。小技はだめですね、泥仕合になります。不本意ですが、もう一つ手札を出しましょう。そしておいしくいただきます。)」
エデルトルートから称賛とお誘いの声がかかる。今度のお誘いはティナがどこまでやれるのか純粋な好奇心からだ。
「まったくもって、見事だったよ。判ってて誘ったのに、全て上を往かれた。ほんと、悔しいね。」
「あら、そのわりには素敵な笑顔ですわよ?」
「悔しいのは嘘じゃないさ。おかげで、全部吹っ切れたよ。だからかな。もっと先を見たくなったんだよ。あるんだろう?」
「…はぁ。相手のスキルをお尋ねになるのはどうかと思いますが…。んー、では一言だけ。見えるもの全てです。」
エデルトルートは、表情こそかわらなかったが、ティナの言葉を反芻した。
「(見えるもの全て? 見てきた技全てでアレが出来るってことか? いや、彼女なら出来るだろう、態々答える必要がない。すると、見るものが違うな。)」
「(…まさか、彼女の王道スタイル全てが虚構? だとしたら、とんでもないじゃないか! すごい、こんなワクワクしたのは久しぶりだ! どう出るかが楽しみだ。)」
「すごいね、本当に楽しみだよ。」
満面の笑顔のエデルトルート。見て判る程ワクワクしており、直ぐにも始めたい気配が漂っている。
「(なんか…、もの凄く喜んでおられますけど。ヒント与えすぎですかね。あー、これ学園で迂闊! 詰めが甘い! って、弄られますね。)」
「ご期待に沿えますれば、喜ばしいのですが。」
ティナは溜息を吐きたかった。
会話が終了したとみて、審判が声を上げる。ファンサービスも大変である。
『双方、抜剣』
鞘から引き抜く。金属が擦れる高い音が聞こえる。変わらずに投影される刀身は、日の光を受けると輝く演出まである。
この刀身、実物準拠の素材を設定することとなっており、使用している素材、鍛造か鋳造か、重量、剣戟を実施した際の金属疲労等、実際の剣と変わらない強度で計算される。そして、激しい打ち合いなどで、刃が欠けたり、場合によっては折れることも表現される。剣が折れた場合、戦況の一つとして扱われ、対戦が終了するまで元に戻らない仕様となっている。折れたまま戦うも良し、サブの武器デバイスに移行するも良し。全ては騎士次第。
『双方、構え』
審判の掛け声に、二人は剣の構えに入る。
エデルトルートは、左前に半身を開き、右肩口に剣を引き付ける防御崩しの型、Schlüsselの構えを取った。左の蹴り脚は心持ち前に置き、通常より脚の幅が狭いように見える。前に出ている右脚に重心があるため、攻撃の技を出してくるだろう。
ティナは、右半身を殆ど前に向け、左手は、背中の後ろに隠すように曲げている。そして、剣は正面に片手正眼の構えを取っており、ファルシオンの構えとスペイン式レイピアの構えを合わせたものになっている。そして、右脚を前に、左脚を正面と水平になるレイピア式の足配置を取った。
騎士剣で取ることのない構えに観客はどよめき、場内はザワザワと相談事を話す様に疑問や推測の声が上がっている。
エデルトルートは、改めて検分する。一見すると、変則的なレイピアの構えだろう。しかし、剣の間合いは騎士剣のそれだ。だから構えの意図が見えない。正面は右半身のみ、左手も隠しているのは被弾面積を減らすためと思われる。しかし、騎士剣でレイピアの運用が出来るのか、持ち手と重心が違い騎士剣ではブレが生じ、片手では、バインドが圧倒的に不利になる。そんなことは当然、織り込み済であろう。なにより、彼女の剣は突きを主体にするにはリーチが足らない。どう戦うのか興味が尽きない。
審判員が右手を上げ、合図と共に振り下ろす。
『用意、――始め!』
先に動いたのはエデルトルートだった。相手は最短で突かざるを得ない構えならば、こちらも突きで勝負する。剣のリーチも圧倒的にこちらが有利だ。左の蹴り脚を半歩進ませ、右半身を前に滑らし、その回転に乗せて剣を突き出す。蹴り脚を予め手前に置いていたのは、身体の回転を速く始めるための一手だ。そして、攻撃の導線は相手の胴体右側面。こちらは、相手の剣の間合いよりも遠くから剣先を届かせることが出来るため、バインドで駈け引きをしない限り、攻撃は避けられない。
剣先の左外側からティナの突きが入って来たが、スルリと剣が触れ合った瞬間、上方に剣が弾き飛ばされ宙に舞う。外国語だろうか呟き声が聞こえる。そして、心臓部分にナイフが突き立てられていた。ヴィーーと、1本取得を知らせる通知音と、回転しながら落ちてくる剣が、まるで夢を見ているかの様だった。
ティナは、エデルトルートの突きに合わせ、スペイン剣術の歩法である円の動きで、右脚を半歩程、斜め右方向にステップ、左の軸足を右にスライドさせ、身体の位置をエデルトルートの正面に向くよう移動。同時に、身体を移動したことで正面に向かってくることとなった突きの下側へ剣を滑らせる。こちらは剣のリーチが短いため、相手の剣が「弱い」部分相手に梃子の原理が使え、右回りに巻きながら搗ち上げる。
一連の動作で、相手の両手は上がり武器デバイスが手放されたが、自らが武器を手放さない場合、一定時間で装備着脱のケースに当てはまり試合中断されてしまう。こちらも右手が上がり、剣では直ぐに攻撃は出来ない。そのためサブ武器デバイスで攻撃する。
左側に身体が回っている。左の軸脚を踏み込み、右脚と身体を前にスライドさせながら、相手の胴体へ手を伸ばせば触れる位置まで移動させる。後ろに隠していた左手で、腰の後ろに装備しているサクス形武器デバイスを鞘から引き抜きつつ、左に回った身体を右に戻すように捻り、その勢いで左腕を前方向へ。そのまま旋回起動を描かせ、力を乗せて攻撃箇所へ。
丸裸になった相手の心臓部分を見て、つい日本語で『いただきます』と呟いてしまった。そして、サクスを刺突した。
『ブラウンシュヴァイク=カレンベルク、1本。合わせて2本。試合、終了』
観客の歓声に場内が揺れる。スコアにはクリティカル攻撃成功を示すマークが2つ。興奮の坩堝と化している。
女性解説者が叫ぶ。
『クリティカル! クリティカルですっ! 2試合連続クリティカルでの勝利です! エスターライヒ全国大会では実に16年ぶりの快挙です!』
なるほど、盛り上がる筈である。
『Abendröteのティーバック! 私も買います! 履きます! かぶります!』
それはどーでもよい。
「おめでとう。見事にやられた。完敗だよ。」
「ありがとうございます。こちらこそ、いつものスタイルを変えざるを得なくなりまして、大変苦労いたしました。」
「あはは。何よりの誉め言葉だねぇ。」
Chevalerie競技では、試合終了後、握手を交わしお互いを讃える伝統がある。武術に限った話ではないが、良き対戦者には最大の敬意を払う思想が確かにあり、この競技の矜持でもある。
そして、例によって例の如く、試合後の騎士同士が語らう言葉も、観客が楽しみにしているものの一つである。
「一つ聞いてもいいかい?」
「答えられることなら。」
「最後の構えの意味。あれは構え自体が罠だったのかい?」
「ええ、そうです。剣を巻くための誘いです。本命はナイフと、初めから決めていました。」
Chevalerie競技は、コンセプトに中世騎士道を模倣する剣戟競技ではあるが、競技者は必ずしも騎士である必要はない。競技は、武器デバイスの刀身で攻撃し、HCを含有した装備のみで被弾可否の判定をするというルールであり、攻撃を行うための術理については言及していない。故に世界中で普及しており、それぞれの民族が伝えた技や、独自に編み出した技など実に多彩である。競技者には、侍やコサック騎兵、曲剣二刀流のベリーダンサーや、RPGゲームライクなビキニアーマーを着た女戦士までいる。基本ルールを抑えていれば自由度が高いのも特徴で、公式大会でも徹底してロールプレイをする者までいる。ある意味、ティナもそうである。
ヒントは貰っていた。見えるもの全て、と。情報としては破格だったが、理解しきれていなかった。ティナの来歴も知っている。ドイツからエスターライヒへ移住してきた騎士。そして王道派騎士スタイル。故にドイツ流剣術を使うと先入観があった。ティナの姿がアマゾネスなど、全く違う姿であれば、それ相応の対処をしていた。あるいは、武器が槍であれば、刺剣であれば、と。つまり、見た目は本質ではないことも示している。
「なるほど。騎士同士の戦いに囚われ過ぎていたのが私の敗因か。」
ティナは、微笑みで返す。既に納得して出たその言葉には、こちらから言うことは何もない。ならば、ここで言わねばならないことは一つ。
「期待には沿えられまして?」
「もちろん!」
エデルトルートは破顔した。
ティナの見た目は騎士であるが、これは姫騎士を体現するための拘りである。だから騎士剣を持ち、王道派騎士スタイルを使う。本来は「勝てれば良かろう」主義であり、卑怯と呼ばれるような戦いも平気で行う。ただ見せる必要がないだけ。
今回は、少しだけその片鱗を見せた。策に嵌め、おいしくいただいた。世界選手権大会出場クラスの相手には、今までの王道派騎士スタイルだけでは決め手に欠けることが判ったのは収穫だった。
『ごちそうさまでした。』
日本語で小さく呟いた。
こうしてDuelの部、3位決定戦は終了した。
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