気になるあの子はヤンキー(♂)だが、女装するとめっちゃタイプでグイグイくる!!!

味噌村 幸太郎

120 男の娘のためならえんりゃこりゃ


 少女マンガを原作にした『おめぇに届きやがれ』
 略して『おめとど』の実写映画を観ることやく6時間。
 既に夜になろうとしていた。

 隣りをみれば、赤坂 ひなたはクライマックスシーンということもあってか、号泣していた。
 鼻水をすすりながらハンカチを両手に持つ。
「うう……良かったぁ。二人がくっついて……」
 俺はといえば、終始無言、無反応。
 なぜならば、恋愛映画が嫌いというか興味がないからだ。
 特に邦画はタケちゃんの映画しかみない。

「センパイも良かったでしょ? ‟おめとど”」
 ティッシュで鼻をチーンとかみながら話を振ってくる。
 きったねぇな。

「え? ごめん、あんまり頭に入らなかったわ」
 俺がそう言うとひなたはブチギレ。
「はぁ!? この名作でキュンキュンしないなんて……センパイ、頭おかしいんじゃないですか!」
 酷い、強引に見せられておいてサイコパスとして脅威にされちゃったよ。

「あのな……俺は恋愛もの苦手なんだよ」
 むしろ6時間も付き合ってあげたんだから褒めてほしいところです。
「じゃあなんでセンパイはラブコメの小説書いているんです?」
 ジロッと睨まれた。
「あくまで仕事だからな。商業に出れば、書きたくないものも書かないとダメなんだよ」
 楽しさで言えばウェブ作家時代の方が良かったかも?
 大人の事情で前作『ヤクザの華』も打ち切りになったし。
 不完全燃焼だよ。
 自家発電しようとして、おっ立った割には出させないみたいな?


「ふーん……なら勉強になるでしょ。名作ラブストーリーなんだし……」
 不服そうに口をとんがらせる。
「どうだろうな。俺は直接人や物事を目に焼きつけるタイプでな。インパクトが強ければつよいほど作品に還元できるんだ。この作品が仮に名作だとしてもフィクションだろ? 俺はノンフィクションの方が好きだな」
 リアル重視で。
「インパクト……じゃ、じゃあ…」
 なにを頭に浮かべたのかはわからないが、ひなたは言いかけて黙り込んでしまった。
 顔を真っ赤にして。

「どうした?」
「センパイがドキドキしたら小説にも影響があるんですよね……ヒロインとして」
 気がつくとひなたは俺に身を寄せていた。
 俺の両肩を掴み、じっと見つめる。
「ひなた?」
「キス……しませんか?」
 ファッ!?

「何を言っているんだ! な、なぜそうなる?」
 思わず声が裏返ってしまった。
「だって……これも取材…でしょ?」
 瞳を潤わせ、頬を朱に染める。
 小さなピンク色の唇が輝いて見えた。

「ま、待て! こういうことは付き合ったもの同士でないと……」
「センパイ、怖いんですか?」
「べ、別にこわくなんかないんだからね!」
 なぜかツンデレキャラで答えてしまった。
「じゃあいいでしょ……」
 両肩への手の力が強くなり、俺は床に押し倒されてしまった。
 自然とひなたも俺に覆いかぶさる。
 彼女の太ももが股間に当たった。

 胸が破裂しそうなぐらい鼓動が早くなる。
 ひなたは尚もぐりぐりと膝を押し当ててくる。
「センパイ、私も初めてだから……」
 垂れた前髪が俺の頬にかかり、くすぐったい。
「ひ、ひなた……おまえ」
「何も言わないで…」
 そう呟くとひなたは目をつぶり、首を少し右に曲げるとゆっくり唇を近づける。
 俺は黙ってその光景を見守ることしかできなかった。
 ひなたの積極的な行動に圧倒していた。
 腕力なら俺の方が勝つ。
 だが、彼女のシャンプーの甘い香り、小麦色に焼けた素肌、細くて少し筋肉質な腕。

 全てが女性として魅力的だった。
 俺はひなたのことをまだ好きではない。
 だが経験としてなら、『取材』と言い訳してこのままキスしてもいいんじゃないだろうか?
 そう思えた。

 人生で一番長く感じる数秒間だった。
 あと数センチ、1ミリ……で、俺の唇とひたなの唇が触れ合う。
 俺もひなたと同様に目をつぶったその時だった。

 ブーーーッ!

 何かが俺たちの行動を制止した。
 俺は瞼をパチッと開く。
 ひなたも同時に目を開いていた。

 ブーーーッブーーーッ!

 俺のスマホが床で振動を立てながら踊っていた。
 画面は見てないがすぐに相手がわかった。
「アンナだ!」
 ずっと心配していたアンナからやっと着信が入ったんだ。

 我を忘れて衝動に駆られようとしていた俺は自分を自分で呪った。
 正直殴ってやりたかった。
 俺自身を。

「ひなた、ちょっとどいてくれ!」
 語気が強まる。
「ええ? 続きは…」
 しおらしくなるひなたを無理やり引っ剥がして、俺はスマホを取る。

 予想通り、電話をかけてきたのはアンナ本人だった。
 すぐに電話に出る。
「もしもし、アンナか!?」
『タッくん……』
 声にもならないようなか細い声でアンナは答えた。
 それと違和感を感じた。
 彼女の近くから聞こえる音だ。
 ザザーっと雑音が酷い。
 雨や風のそれに近い。

「おい、アンナ! 今どこだ!?」
 悪い予感が俺の脳裏をよぎる。
『しろ……だぶし……』
 暗号のような言葉を聞いて、俺は必死に脳内で考えまくる。ありとあらゆる知識を活用して。
「しろだぶし……? ハッ! まさか‟黒田節の像”か!?」
『ザザザ……』
 彼女からの反応はない。
 ただただ強い雨風の音だけが耳元に伝わってくる。

 
 俺はすぐさま立ち上がった。
 ネットカフェのパジャマを着たまま、洗濯し終えた着替えを持って部屋を出ようとする。
 すると背後からひなたの声が。
「センパイ! どこに行くんですか!? 外はまだ嵐なんですよ!」 
「悪い……ひなた。それでも俺は行かないと」
 女の子に恥をかかせて申し訳ないが、それよりもアンナの身が心配だ。
 謝罪ならいくらでもあとでしてやる。
 だから俺を早く行かせてくれ!

「わかり……ました」
 俺は背を向けたまま、「お前は明日帰れ」と言い残して走り出した。
 全速力で廊下を駆け抜ける。
 出入口付近のカウンターに立っていたカッパ店員に呼び止められる。
「お客さん! お金、お金!」
 いつもだったらキレているところだが、俺はなんとも思わなかった。
 黙って福沢諭吉を店員の顔に投げつけ「つりはいらん!」と叫び、店をあとにした。

 エレベーターを使うのも時間が惜しい。
 階段を使って8階から1階まで飛び降りるように下りていく。
 何段もある階段をうさぎのようにピョンピョンと跳ねまわる。
 着地する度に激痛が走ったが、アドレナリンが痛みを緩和する。

 一階におりたら、すぐさまバスターミナルを飛び出てタクシー乗り場を抜け、博多駅の中央広場に向かう。
 そして一番奥のビル前に見慣れたオブジェが……。
 黒田節の像、母里太兵衛が大雨で顔が濡れていた。
 まるで涙を流しているようだ。

 その下に彼女はいた。
 正確には倒れている……。
「アンナ!」
 すかさず彼女を抱きかかえる。

 いつものように俺とデートをしたかったのかもしれない。
 大きなリボンのついたピンクのワンピースを着ていた。
 ただ、その準備も虚しく、可愛らしい装いは雨と土で汚れている。
 メイクもしっかりしていたが、口紅があごに流れている。
 まるで吐血しているかのようだ。

「アンナ、アンナ! しっかりしろ!」
 俺は力強く彼女を揺さぶった。
「あ、タッくん…」
 冷たくなった手を俺の頬にやる。
 気がつくと俺は視界があやふやになっていた。
 雨のせいか、それとも涙を流しているのか……。

「アンナ……すまない!」
「来てくれるって……信じてたよ」
 そう言うと力なく笑って見せた。
「だから、そんな顔しないで」
 細く白い指で俺のまぶたを拭う。

「しゅ…ざい……」
 いいかけてアンナは気を失った。
「アンナぁ!」
 
 ど、どうすればいい?
 そうだ、救急車!

 スマホを取り出そうとしたが、雨で滑って手から転げ落ちた。
 カラカラっと地面を滑って、俺から離れていく。
 クソがっ!
 なんでこんなときに……。

 そうこうしているうちにもアンナには容赦なく大雨が襲ってくる。
 スマホを取りに戻りたいが、このままアンナを地面に寝かせるのも嫌だ。
 俺が彼女から離れることをためらい、うずくまっていると目の前に汚いブーツが現れた。
 見上げると肩まで伸びた長い髪の背の高い男が……。

「お困りのようだな。ヒーローの出番だ!」
 そう言うと白い歯をニカッと見せて笑顔を見せた。

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