バーテンダーに落ちて酔わされ愛されて

花厳曄

番外編 ベルベット・ハンマー

[ショーマSide]


今日は旅立ちの日。
空港に見送りに来てくれた俺の両親に妹、それから幼馴染のアヤナにその両親。

高校3年であるアヤナの卒業式を見に行けないのは非常に残念だけど、それでも俺は行かなきゃいけなくて…寂しい思いを押し殺して笑顔でサヨナラをするんだ。

で、2年間会えなくなるわけで両親と妹は泣いてるし、アヤナの両親も「寂しいね」って涙ぐんでくれているのに、アヤナときたら___…


「金髪のお姉さんに誘惑されて浮かれないようにね」


全然泣いてない。むしろ別れるのなんて平気な顔をしてる。俺は寂しいって思ってるのに何とも思ってないその顔がムカつく。

少しくらい寂しなとか思わないわけ?
“行かないで”くらい言ってほしいって願望がある俺って馬鹿?

相変わらずニコニコしてるその顔、今すぐ涙でぐちゃぐちゃにしたくなる。


「ねぇアヤナ、昨日俺が言ったこと覚えてる?」

「ん?あー…覚えてるよ」


昨日の夜、アヤナが明日で最後だからって俺の為にお菓子なんか作って会いに来てくれた。
その時、割と勇気出して言ったんだよね。

“アヤナ、2年後帰ってきたら迎えに行く。だから彼氏作らずに待っててよ、俺はアヤナしか見てないから”

余裕そうな感じを出したけど、内心余裕なんてこれっぽっちもなくてった。

俺たちはただの幼馴染だし、恋愛対象としてアヤナは俺の事意識してないだろうからそんな言葉を言ったところで「うん。それで?」て感じなんだろうけど。

それでも言いたかった。言って少しでも覚えてほしい、そんな淡い期待を抱いた。


「大丈夫大丈夫、私に彼氏なんて出来るわけないじゃん!」
アヤナは笑い飛ばしてそう言うけど、自分が裏では周りの男に可愛くてモテてるってこと知らないんだろうね。


___…アヤナを想う気持ちが恋愛の好きだと気付いたのは中学の頃。

その時アヤナはまだ小学生で、到底付き合えるわけもないし、気持ちを伝えきれるはずもない。
だから、その気持ちを押し殺して消してしまおうと…馬鹿な俺は他の女と付き合ってみたりした。

でも、どの相手もちゃんと好きにはなれなくて…アヤナ以上の気持ちを抱けなかった。

そんな俺は高校2年あたりから誰かと付き合うというのを止め、告白されようと言い寄られようとすべて断ってきた。

あの想いをアヤナにもう一度向けるために。

アヤナに振り向いてもらうために頑張ってきたんだけど…バーテンになりたいという夢が出来てしまい、そして俺はこの後アメリカへと2年間修業するために飛ぶ。


「私と離れるからって寂しがって泣かないでよ?」


寂しいに決まってるじゃん、多分会いたくて仕方なくて泣くこともあるんだろうな。

でも…その言葉は冗談、でしょ?きっと、本気で言ってるわけじゃない。


「アヤナこそ、泣かないでよ?」

「は?あり得ないし」

「どーだか」


泣かないように、泣かないようにと笑顔を繕って皆と話す。
油断してしまえば今すぐにでも涙が零れてしまいそうだから。


「もうそろそろで時間だ。俺、行くね」


あと40分ほどで出発時間。もう中に入らないとマズイ。
大きめのボストンバックにキャリーケースを手にして「じゃあ」と言いかけた俺に勢いよく抱きついたアヤナ。

一瞬俺は動揺したし、戸惑った。
アヤナとこうして密着するのは数年振りの事だから。心臓がバカみたいにうるさくてアヤナに聞こえやしないだろうかとまた心臓が速くなる。


「ショーマ」

「ん、何?」

「頑張って」

「うん」

「一流のバーテンになって、有名になって帰ってきて。そしたら私が第一号の常連になってあげる」

「ふ…有名にならないと帰ってきたらダメなわけ?」

「そ、そうじゃないけどっ…ショーマならきっとなれるから。私が保証する」


___信じてる、そう言ってアヤナはさらに腕に力を込めて俺を抱きしめた。
そんな愛しい幼馴染の背中に腕を回して俺も抱きしめ返す。


「それじゃ、言ってくる」

「うん、いってらっしゃい」


名残惜しくアヤナから離れて、皆に背を向けた。
アヤナの言葉通り、一流で有名のバーテンになるために。


「ジプシー、かな…」


そのカクテル言葉は“しばしの別れ”。
呟いた言葉はざわめく空港内に静かに吸い込まれていった。


___1年後。

バーテンの世界で有名な店に修行できることを許され、毎日息の詰まるような、毎日吐きたいくらいの…それはもう苦しくて厳しい指導を受けている。


「へぇ、前教えたこともう出来ているのか」


俺を手厳しく指導者してくれているオーナーのスティーブさんが少し感心したように、俺の手元を覗いてきた。


「できないと前に進めないですから」


アヤナと約束したからね。それを叶える為なら血を吐くような修行も頑張れる。
スティーブさんは呑み込みが早いな、と珍しく褒めてくれたけど全然まだまだだ。
褒め言葉なんていらない、俺は認めてもらえるようにならなきゃいけない。

だから、せっかくの褒め言葉も煩わしく聞こえてしまう。


「おいおい、俺がせっかく褒めてるっていうのに反応薄いじゃないか」

「貴方に認めてもらえるまでは誉め言葉なんて無意味でしょう?」

「ははっ、言うじゃないか。ショーマ」


陽気に笑い、セットされた俺の髪をくしゃくしゃ撫でてセットを崩した。
せっかく固めてあったのになんてことをしてくれるんだこのオッサンは。


「まだ仕事中なのに…」


そう、ぼやきながら手に持っていたグラスを置いて簡単に髪を整えるけど、綺麗には戻らず少々不満が残る。

溜め息を零しながらグラスを取って拭き始めれば、正面に座る金髪でグラマーな女の人が胸を強調しながら俺を慰める。

「どんな貴方もカッコいいわよ。ねぇ今夜こそ空いてない?」


その誘い文句にも溜め息を零しそうになったが、ここは店。そして俺はバーテンだ。
これくらいの言葉、上手くかわせないでどうする。


「俺に貴女は勿体ないです。その代りといってはなんですが、これをどうぞ」


そう言って彼女の前に出したのはインペリアル・フィズ。
カクテル言葉は“楽しい会話”。

貴女とは楽しい会話をするだけで十分です、そんな意味を込めた。

俺の言いたいことを彼女は察すると、頬を膨らませて「つれない男」と言いながらも、まだまだ新米である俺が作ったカクテルを美味しいと言って飲み干してくれた。

そんないつもと変わらない1日を終えると、閉店作業をする。


全テーブルにカウンターを拭き、グラスを片付けて切れてる酒がないかを確認をしているとき、裏で一服し終えたスティーブさんが他の従業員に挨拶をしながら戻ってきた。
店に残っているのはいつものように俺とスティーブさんだけ。


「なぁショーマ」


最初こそ、俺の名前なんて呼んでくれなくて「お前」だとか「小僧」だとか言っていたのに、気に入ってもらえたのか、やっと2ヶ月前くらいから名前で呼んでくれるようになった。

最初の頃は本気でダメかもしれないと折れかけていたけど、踏ん張ってよかった今思うよ。


「モテるのになんで誘いを受けないんだ?」

「モテるかどうかは知らないですけど、受ける必要がないからに決まってます」

「はっ、つまんねぇなー」


さっきのお客さんに続き、スティーブさんにまでつまらないと言われてしまった。
俺ってそんなにつまらない男?
別に受けたくない誘いは受けないのが普通でしょ?ここの普通は俺の感覚と違うのか…?

そんなことはないはずだ、と思いながらも頭のどこかでここはアメリカだ、やっぱり日本とはズレているところがあるのかもしれない、と考えが過る。


「男ならあんな極上の女抱きたいだろ、普通」


嗚呼、そういうことか。それは世界共通するものだ。
一夜限りでもいい、あんな女は二度と抱けないかもしれないとスティーブさんは熱弁する。


「相手もそれを望んでたじゃねぇか」


だから、俺はそれを望んでないから断ったんだって。
スティーブさんも見ていたはずなのに今日はやけに突っかかる。

もしかして、あぁいう女性がスティーブさん好み?俺が誘われて抱きたかったのにってこと?
ジト目で彼を見つめれば「あぁ、そうだよ。誘われたお前が羨ましいわ」と素直に認めた。


「で、あんないい女を断ったってことはお前の国に好きな女でもいるのか?」


本当この国の人は物事をズバズバ言うし、いきなり核心をついてくる。
やっと慣れてきたと言っても、やはり日本とは違いすぎることにショックを受けるときもあるんだよね。


「じゃなきゃ、今までの人も今日の人の誘いも断ったりなんかしませんよ」


アヤナのことを思い出して切ない笑みが無意識にでる。


「へぇ……で、どんな女だ」


哀愁を纏う俺に興味と好奇心でそう訊いてくるスティーブさんに視線を合わせ、あと1年後には会えるであろう彼女のことを少しだけ話した。
「幼馴染です。小さい頃からずっと一緒で、中学生の頃気づいたらまだ小学生のアヤナのことを好きになってた」


けど、告白することもできず抑え込んで、アヤナみたいな雰囲気の子や容姿の子と付き合っていたけど本気で好きにはなれず、未だにアヤナのことが好きで気持ちも伝えてないことも恥ずかしながらはした。

そしたら盛大に笑われた後、可哀想な目で見られたんだけどね。


「幼馴染なんか関係ねぇよ。捕まえておかないと掻っ攫われるぞ」

「…そう、ですね」


スティーブさんの警告が深く胸に刺さってはジワジワと侵食していく。
あと1年…あと1年ここで修業すれば日本に帰れる。
そしたらアヤナに伝えよう、この胸に秘めた想いを。


「ショーマ、特別に俺の酒を飲ませてやる」

「え?」


突然何を言い出したかと思うと、俺にカウンターに座れと強制的に座らせると、スティーブさんは俺が片づけたばかりのシェーカーやグラスを取り出し、棚から酒を選び抜いていくと十分にシェークしてショートグラスにソレを注いだ。

このカクテルは…。


「ベルベット・ハンマー。1年ここで学んだならカクテル言葉くらい頭ん中に入ってるだろ?」

「入ってますけど…」


それって、俺が女々しいってことじゃないか。
早く告白して付き合ったら俺の所に連れてこい小僧って言われているようだ。

ベルベット・ハンマー、色は琥珀色で甘口ながらも度数は25度以上と見た目や味に反して強い酒。
一流のバーテンが作ったカクテルを大事に口に含んでゆっくりと奥へ流し込む。

その瞬間、カルーアコーヒーリキュールの濃密な香り、ブランデーの官能的な香りとがあいまって、セクシーでエロスのようなものが口から全身を刺激する。
はぁ…1年前に一度だけこの人の作ったものを飲んだけど、あれ以来の衝撃だ。

いつもいつもとんでもないよ、この人が作るカクテルは。

同じ材料に同じ酒を使っているはずなのに全然違う。この人に追いつくにはもっともっと血の滲むような努力をしなきゃいけないな。


「それ飲んだら帰っていいぞ」

「え?」

「片づけは俺がしておく」

「でも…」

「年上のいう事は聞いとくもんだ」

「…はい。ありがとうございます」


俺のお礼を聞いたスティーブさんは奥に入っていくと、ガチャガチャ音をたてて残りの片づけをし始めた。


「ベルベット・ハンマーか」


あの人はよく分かってる。
だからこそ今の俺に合ったものを提供してきた。

これは俺がアヤナと離れているからということを知った、あの人なりの優しさ。
グラスに残った琥珀色の液を一気に飲み干し、コースターに一杯分の代金を挟んで店を後にした。


「…あっま」


帰り道、ほんのり口内に残るさっき飲んだ酒の味を口から吐き出し、カクテル言葉を心の中で呟きながらユルリと口角を上げて帰路を辿った。


「…好きだ」


___届くはずのない遠いこの地で吐き出した言葉は、真っ暗な空に輝く星にのみこまれて淡く消えた。


【ベルベット・ハンマー/今宵もあなたを思う】


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