【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~
17話:兄の心配
「……」
「……どうした、リリィ?」
「……どうかしたの、兄上」
「いや、全然食事が進まないから」
「あぁ、少し……」
アマリリスはそこで言葉を切ると、俺や周りの使用人達を安心させるように作り笑いを浮かべる。
「考え事をしていて。今日も美味しいわ」
一度集中するとなかなか抜け出せない妹が、今日みたいに食事中にぼんやりしていたり話しかけても上の空なことはよくある。
ただ、午前中にローブの女性がアマリリスを訪ねていたのが、俺の中で引っかかっていた。
昨日、崖から転落したアマリリスを救った、セルカと名乗る自称通りすがりの研究者。気のせいかもしれないが見覚えがある気がする彼女は、その場に居合わせた面々の報告を聞く限り、魔法の腕前がかなり高かったらしい。
一応、国でも最高峰の魔法の使い手が集まる魔法師団に身を置いている俺からすると、そういった場で咄嗟に安定して魔法を使えるのは、相当なやり手にしか思えない。
魔法関連の研究者の中には、研究費を稼ぐために私兵のようなことをする者もいる。特に、パトロンとして資金提供をしている貴族の護衛や、領地内での魔獣への対処を条件に研究職に就く者も多い。
セルカもそういう類だと考えると、今度はどうして雇い主を明らかにしないのかが気になってくる。
十中八九、彼女の雇い主は貴族。それも、あんな上等なローブを着れるほど稼げるということは、かなりの大貴族だろう。
であれば、自分の勤め先を彼女が明かすのは、アマリリスから信用を得る手っ取り早い方法だ。むしろ、隠していても得なんてないのだから、堂々と誰に雇われているかを名乗ってしまった方がいいに決まっている。
それなのに、アマリリスはセルカの雇い主を知らないと言った。
考えられる可能性はいくつかある。
例えば、貴族側がセルカに守秘義務を課しているとか、セルカ自身が資産家でそもそもパトロンがいないだとか。
考えればキリがないそれらの想定の中で、最悪なものは━━━
「……あー、そろそろ行かないとな」
壁にかけられた時計の針が、食事を始めた時からかなり進んでいた。
俺の声に、一緒に食事をしていたシルヴァンが首を傾げる。
「今日は非番ではないんですか、ヴィンス兄様」
「ちょっと書類仕事が残ってて、午後から行くことになってるんだ」
「そうなんですね。お仕事頑張って下さい」
立ち上がって、まだ少し体調が悪そうなシルヴァンの頭をぐしゃぐしゃにする。
「ありがとな。ゆっくり休めよ、ルゥ。リリィも」
「……えぇ」
いつもより一拍遅く返事をした妹の顔は、どこか陰りがあって、やっぱり最悪の可能性を考えざるを得なかった。
カツカツと、靴が鳴る音が無人の廊下に響く。
王城の中でも、ある程度身分が保障されていないと入れない区域は、他の場所と違って侍女も衛兵も数が少ない。
宰相閣下に機密書類を渡し終わって、後はいくつか書類の決済をするだけだ。
俺の所属する十番隊は遠征中で、今回俺の小隊はお留守番だから、その間は大隊全体の事務をする必要がある。本来なら俺がやるほどのことではなかったのだが、王城に住んでいる第一王子のユークライに会う約束ついでに、それらを済ませておいた。
会う予定の時間までは、もう少しある。
この区域で時間を潰すのは居心地が悪いから、一度魔法師団の事務室にでも向かおうかと思い、曲がり角から顔を出した瞬間だった。
「……あ」
「あっ」
今朝、遠目で見たばかりの上等なローブ。
フードを外している彼女の髪は赤みを帯びた焦げ茶で、瞳は鶯色。
報告にあったセルカの容姿、そのままだ。
「ちょっと、あんた」
バチリと視線がぶつかって、彼女は驚いた風に大きく目を見開く。
「っ、失礼します」
あっちも俺に気付いたようで、すぐに身を翻した。
「おいっ」
軽く屈んで力強く地面を蹴った。
主に中遠距離の攻撃が多い魔法師でも、基礎的な体力の訓練はある。少なくとも、そこら辺の若い女性とかけっこしたら確実に勝てるくらいには鍛えているつもりだ。
魔力を体に巡らせて初速に全力を乗せたからか、思っていたよりもすぐに追いついた。
掃除をしている侍女には申し訳ないと思いながら壁を蹴って回り込むと、セルカが小さく「ニンジャ……」と呟く。
「何それ。なんかの符号?」
「あぁいや、ちょっと驚いてしまって」
逃げるのは無理だと観念したのか、彼女は完全に足を止めて愛想笑いを浮かべた。
「初めまして。城に勤めていらっしゃる方でしょうか?」
「とぼけんな。俺のこと知ってるだろ?」
「……騎士団か魔法師団の方ですか?」
「魔法師団所属、第三位精霊術師だ。俺の独断で、あんた一人くらいしょっぴけるぞ」
軽く脅してみせるが、彼女は困ったように笑うだけだった。
俺がそんなことするはずないと見抜いているのか、あるいはそういう状況になっても大丈夫なほどの後ろ盾があるのか。
「今、時間あるか」
「……ありませんね」
「そうか。じゃあ残念だが、遅れるいい感じの言い訳を考えておいてくれ」
「あの」
「俺の妹、アマリリスのことで話がある」
賭けとして出した名前に、セルカはグッと身を乗り出した。
「何かあったんですか」
「その前に、あんたの素性を話してくれ」
さすがに人通りが少ないとはいえ、誰が通るかわからない廊下で立ち話をするのはなんだと一歩踏み出すと、彼女も素直に付いてくる。
ロの字で庭園をぐるりと取り囲みかつ取り囲まれている廊下から出て、すぐそこにあるベンチに腰を下ろした。
セルカも、しっかり人一人分ほど空けて座る。
「セルカっていう名前は本当なのか?研究者っていうのも?」
「……どちらも本当です」
俺の問いかけに、低めた声で返答する。
「雇い主はどうして明かさない?」
「……ちょっと事情が」
「それは、アマリリスに吹き込んだことと関係があるのか?」
「え?」
セルカは怪訝な顔をする。
これが腹黒貴族だったらわざとらしいと断言できるくらいの表情の変化だが、ただ単に表情豊かな可能性も捨てきれない。
「吹き込んだって、私が?」
「……アマリリスに何を伝えた」
「何をって……」
彼女は眉を顰め、視線が泳ぐ。
無言のまま次の言葉を待つと、ゆっくり言葉を選びながらセルカが口を開いた。
「……申し訳ありませんが、アマリリス・クリスト様があなた様に伝えていないのでしたら、私に伝えられることはありません」
「そうか」
口を割るつもりはないようだ。
仕方ないと、俺は溜め息をついた。
「いくら出せばいい?」
「え」
「雇い主から口止めされているんだろ?それ以上の金額を出す」
「いや、その」
「新しい勤め先も斡旋する。もし信じられないなら、契約書も書くぞ」
可愛い妹の憂いを取り除くためだ。
おそらく、アマリリスとの接触を知った雇い主が、欲を出して公爵令嬢から何かしら引き出そうと、セルカを利用して取り引きを持ちかけたんだろう。
身内の贔屓目抜きにしても、アマリリスの貴族としての資質━━━商売の才覚、記憶力の良さ、駆け引きの強さ、存在感などなどは、取るに足らない第三王子とのいざこざで霞むようなものではない。アマリリスを自分の派閥に引き込めれば、この王太子選の波を乗りこなしやすくなる。
ただ今のアマリリスは、社交界にあまり積極的ではない。あんなことがあった直後だ。シルヴァンが言うには、どこかの馬鹿な伯爵がさらにその傷を抉るような真似をしたらしい。
そんな状態で、命の恩人からある特定の貴族から自分の派閥のために動けと言われたと考えると、あの悩みようにも納得がいくし、それを下っ端のセルカが明かせないのも頷ける。兄の俺にバレたら、止められることをわかっているんだろう。
「あの、多分勘違いです」
「勘違い?じゃあ雇い主を明かしてくれ」
「それは、できません」
「アマリリスに話した内容も?」
「……お伝え、できません」
ほらやっぱり。
俺の睨んだ通りだと、改めて金額を提示しようと思った時だった。
「あら、ヴィンセント?」
鈴の音のような、軽やかな女性の声が響く。
反射的に立ち上がり、胸に手を当てて略式の礼をした。
「ご機嫌麗しゅう、イリスティア王妃殿下」
「ご機嫌よう」
ゆったりと笑うイリスティア様の金の髪に、太陽の光が反射してキラキラと煌めく。
相変わらず他を圧倒する美貌だなと思いながら、隣を盗み見ると、セルカも俺と同じように胸に手を当てていた。
おかしい。
「セルカ」
「……申し訳ございません、イリスティア王妃殿下。少々体調が優れなかったため、こちらの精霊術師殿に看病して頂いていました」
なんでセルカは男性用の作法をしていて、なんでイリスティア様はそれを咎めない。
それに、明らかにこの二人は顔見知りだ。王族と面識のある研究者なんて、余程の有名人でもない限り有り得ないし、もしそうだったら俺がセルカという名前を知らないはずがない。
疑問符が飛び交う中、イリスティア様の笑い声でパッと意識が上がる。
「嘘が下手ね、セルカ。隠し事は得意なのに」
「そんな、お戯れを」
「ヴィンセント。何を話していたの?」
この人相手には、隠し立てなんてできない。
身分とかそういうことの前に、まずすぐに見破られるのだ。今ここで、セルカがされたように。
「本日午前、こちらのセルカ殿が我が妹を訪問し、その後妹がやけに沈んだ様子でしたので、セルカ殿であればその訳をご存じかと思い、軽くその旨を尋ねていたところでございます」
「なるほどね」
イリスティア様はふわりと笑うと、「付いてきなさい」と告げて振り返った。
「ヴィンセントもよ」
「畏まりました」
優雅な足取りで廊下を進むイリスティア様とその護衛の後ろを、セルカと二人で並んで付いていく。
セルカは一切緊張している素振りもなく、辺りを見渡すこともせずに黙って歩いていた。ここに来るのに慣れているんだろう。
対する俺はというと、混乱で頭の中でいっぱいで、とりあえず自分の感覚的にまだユークライとの待ち合わせの時間にはなってないだろうことを確認する。まぁ遅れても、謝ればいいだけの話だが。
さすがのユークライも、王妃殿下が遅刻の原因だったら俺を叱ったりしないだろう。
そんなことを考えながら通された部屋で、俺は自分の遅刻が確定するであろうことと、この言い訳の理由を果たして伝えていいものかと思案することになる。
「お待たせ致しました、陛下。……本日も、治療にあたらせて頂きます」
「あぁ、頼む。ヴィンセントも、ゆっくり見学していくといい」
まさか仕事ついでに親友に会いに来たら、貴族にさえも知らされていない国王陛下の持病の治療に居合わせることになるなんて、一体誰が予想できただろう。
「……どうした、リリィ?」
「……どうかしたの、兄上」
「いや、全然食事が進まないから」
「あぁ、少し……」
アマリリスはそこで言葉を切ると、俺や周りの使用人達を安心させるように作り笑いを浮かべる。
「考え事をしていて。今日も美味しいわ」
一度集中するとなかなか抜け出せない妹が、今日みたいに食事中にぼんやりしていたり話しかけても上の空なことはよくある。
ただ、午前中にローブの女性がアマリリスを訪ねていたのが、俺の中で引っかかっていた。
昨日、崖から転落したアマリリスを救った、セルカと名乗る自称通りすがりの研究者。気のせいかもしれないが見覚えがある気がする彼女は、その場に居合わせた面々の報告を聞く限り、魔法の腕前がかなり高かったらしい。
一応、国でも最高峰の魔法の使い手が集まる魔法師団に身を置いている俺からすると、そういった場で咄嗟に安定して魔法を使えるのは、相当なやり手にしか思えない。
魔法関連の研究者の中には、研究費を稼ぐために私兵のようなことをする者もいる。特に、パトロンとして資金提供をしている貴族の護衛や、領地内での魔獣への対処を条件に研究職に就く者も多い。
セルカもそういう類だと考えると、今度はどうして雇い主を明らかにしないのかが気になってくる。
十中八九、彼女の雇い主は貴族。それも、あんな上等なローブを着れるほど稼げるということは、かなりの大貴族だろう。
であれば、自分の勤め先を彼女が明かすのは、アマリリスから信用を得る手っ取り早い方法だ。むしろ、隠していても得なんてないのだから、堂々と誰に雇われているかを名乗ってしまった方がいいに決まっている。
それなのに、アマリリスはセルカの雇い主を知らないと言った。
考えられる可能性はいくつかある。
例えば、貴族側がセルカに守秘義務を課しているとか、セルカ自身が資産家でそもそもパトロンがいないだとか。
考えればキリがないそれらの想定の中で、最悪なものは━━━
「……あー、そろそろ行かないとな」
壁にかけられた時計の針が、食事を始めた時からかなり進んでいた。
俺の声に、一緒に食事をしていたシルヴァンが首を傾げる。
「今日は非番ではないんですか、ヴィンス兄様」
「ちょっと書類仕事が残ってて、午後から行くことになってるんだ」
「そうなんですね。お仕事頑張って下さい」
立ち上がって、まだ少し体調が悪そうなシルヴァンの頭をぐしゃぐしゃにする。
「ありがとな。ゆっくり休めよ、ルゥ。リリィも」
「……えぇ」
いつもより一拍遅く返事をした妹の顔は、どこか陰りがあって、やっぱり最悪の可能性を考えざるを得なかった。
カツカツと、靴が鳴る音が無人の廊下に響く。
王城の中でも、ある程度身分が保障されていないと入れない区域は、他の場所と違って侍女も衛兵も数が少ない。
宰相閣下に機密書類を渡し終わって、後はいくつか書類の決済をするだけだ。
俺の所属する十番隊は遠征中で、今回俺の小隊はお留守番だから、その間は大隊全体の事務をする必要がある。本来なら俺がやるほどのことではなかったのだが、王城に住んでいる第一王子のユークライに会う約束ついでに、それらを済ませておいた。
会う予定の時間までは、もう少しある。
この区域で時間を潰すのは居心地が悪いから、一度魔法師団の事務室にでも向かおうかと思い、曲がり角から顔を出した瞬間だった。
「……あ」
「あっ」
今朝、遠目で見たばかりの上等なローブ。
フードを外している彼女の髪は赤みを帯びた焦げ茶で、瞳は鶯色。
報告にあったセルカの容姿、そのままだ。
「ちょっと、あんた」
バチリと視線がぶつかって、彼女は驚いた風に大きく目を見開く。
「っ、失礼します」
あっちも俺に気付いたようで、すぐに身を翻した。
「おいっ」
軽く屈んで力強く地面を蹴った。
主に中遠距離の攻撃が多い魔法師でも、基礎的な体力の訓練はある。少なくとも、そこら辺の若い女性とかけっこしたら確実に勝てるくらいには鍛えているつもりだ。
魔力を体に巡らせて初速に全力を乗せたからか、思っていたよりもすぐに追いついた。
掃除をしている侍女には申し訳ないと思いながら壁を蹴って回り込むと、セルカが小さく「ニンジャ……」と呟く。
「何それ。なんかの符号?」
「あぁいや、ちょっと驚いてしまって」
逃げるのは無理だと観念したのか、彼女は完全に足を止めて愛想笑いを浮かべた。
「初めまして。城に勤めていらっしゃる方でしょうか?」
「とぼけんな。俺のこと知ってるだろ?」
「……騎士団か魔法師団の方ですか?」
「魔法師団所属、第三位精霊術師だ。俺の独断で、あんた一人くらいしょっぴけるぞ」
軽く脅してみせるが、彼女は困ったように笑うだけだった。
俺がそんなことするはずないと見抜いているのか、あるいはそういう状況になっても大丈夫なほどの後ろ盾があるのか。
「今、時間あるか」
「……ありませんね」
「そうか。じゃあ残念だが、遅れるいい感じの言い訳を考えておいてくれ」
「あの」
「俺の妹、アマリリスのことで話がある」
賭けとして出した名前に、セルカはグッと身を乗り出した。
「何かあったんですか」
「その前に、あんたの素性を話してくれ」
さすがに人通りが少ないとはいえ、誰が通るかわからない廊下で立ち話をするのはなんだと一歩踏み出すと、彼女も素直に付いてくる。
ロの字で庭園をぐるりと取り囲みかつ取り囲まれている廊下から出て、すぐそこにあるベンチに腰を下ろした。
セルカも、しっかり人一人分ほど空けて座る。
「セルカっていう名前は本当なのか?研究者っていうのも?」
「……どちらも本当です」
俺の問いかけに、低めた声で返答する。
「雇い主はどうして明かさない?」
「……ちょっと事情が」
「それは、アマリリスに吹き込んだことと関係があるのか?」
「え?」
セルカは怪訝な顔をする。
これが腹黒貴族だったらわざとらしいと断言できるくらいの表情の変化だが、ただ単に表情豊かな可能性も捨てきれない。
「吹き込んだって、私が?」
「……アマリリスに何を伝えた」
「何をって……」
彼女は眉を顰め、視線が泳ぐ。
無言のまま次の言葉を待つと、ゆっくり言葉を選びながらセルカが口を開いた。
「……申し訳ありませんが、アマリリス・クリスト様があなた様に伝えていないのでしたら、私に伝えられることはありません」
「そうか」
口を割るつもりはないようだ。
仕方ないと、俺は溜め息をついた。
「いくら出せばいい?」
「え」
「雇い主から口止めされているんだろ?それ以上の金額を出す」
「いや、その」
「新しい勤め先も斡旋する。もし信じられないなら、契約書も書くぞ」
可愛い妹の憂いを取り除くためだ。
おそらく、アマリリスとの接触を知った雇い主が、欲を出して公爵令嬢から何かしら引き出そうと、セルカを利用して取り引きを持ちかけたんだろう。
身内の贔屓目抜きにしても、アマリリスの貴族としての資質━━━商売の才覚、記憶力の良さ、駆け引きの強さ、存在感などなどは、取るに足らない第三王子とのいざこざで霞むようなものではない。アマリリスを自分の派閥に引き込めれば、この王太子選の波を乗りこなしやすくなる。
ただ今のアマリリスは、社交界にあまり積極的ではない。あんなことがあった直後だ。シルヴァンが言うには、どこかの馬鹿な伯爵がさらにその傷を抉るような真似をしたらしい。
そんな状態で、命の恩人からある特定の貴族から自分の派閥のために動けと言われたと考えると、あの悩みようにも納得がいくし、それを下っ端のセルカが明かせないのも頷ける。兄の俺にバレたら、止められることをわかっているんだろう。
「あの、多分勘違いです」
「勘違い?じゃあ雇い主を明かしてくれ」
「それは、できません」
「アマリリスに話した内容も?」
「……お伝え、できません」
ほらやっぱり。
俺の睨んだ通りだと、改めて金額を提示しようと思った時だった。
「あら、ヴィンセント?」
鈴の音のような、軽やかな女性の声が響く。
反射的に立ち上がり、胸に手を当てて略式の礼をした。
「ご機嫌麗しゅう、イリスティア王妃殿下」
「ご機嫌よう」
ゆったりと笑うイリスティア様の金の髪に、太陽の光が反射してキラキラと煌めく。
相変わらず他を圧倒する美貌だなと思いながら、隣を盗み見ると、セルカも俺と同じように胸に手を当てていた。
おかしい。
「セルカ」
「……申し訳ございません、イリスティア王妃殿下。少々体調が優れなかったため、こちらの精霊術師殿に看病して頂いていました」
なんでセルカは男性用の作法をしていて、なんでイリスティア様はそれを咎めない。
それに、明らかにこの二人は顔見知りだ。王族と面識のある研究者なんて、余程の有名人でもない限り有り得ないし、もしそうだったら俺がセルカという名前を知らないはずがない。
疑問符が飛び交う中、イリスティア様の笑い声でパッと意識が上がる。
「嘘が下手ね、セルカ。隠し事は得意なのに」
「そんな、お戯れを」
「ヴィンセント。何を話していたの?」
この人相手には、隠し立てなんてできない。
身分とかそういうことの前に、まずすぐに見破られるのだ。今ここで、セルカがされたように。
「本日午前、こちらのセルカ殿が我が妹を訪問し、その後妹がやけに沈んだ様子でしたので、セルカ殿であればその訳をご存じかと思い、軽くその旨を尋ねていたところでございます」
「なるほどね」
イリスティア様はふわりと笑うと、「付いてきなさい」と告げて振り返った。
「ヴィンセントもよ」
「畏まりました」
優雅な足取りで廊下を進むイリスティア様とその護衛の後ろを、セルカと二人で並んで付いていく。
セルカは一切緊張している素振りもなく、辺りを見渡すこともせずに黙って歩いていた。ここに来るのに慣れているんだろう。
対する俺はというと、混乱で頭の中でいっぱいで、とりあえず自分の感覚的にまだユークライとの待ち合わせの時間にはなってないだろうことを確認する。まぁ遅れても、謝ればいいだけの話だが。
さすがのユークライも、王妃殿下が遅刻の原因だったら俺を叱ったりしないだろう。
そんなことを考えながら通された部屋で、俺は自分の遅刻が確定するであろうことと、この言い訳の理由を果たして伝えていいものかと思案することになる。
「お待たせ致しました、陛下。……本日も、治療にあたらせて頂きます」
「あぁ、頼む。ヴィンセントも、ゆっくり見学していくといい」
まさか仕事ついでに親友に会いに来たら、貴族にさえも知らされていない国王陛下の持病の治療に居合わせることになるなんて、一体誰が予想できただろう。
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