【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~
第9話:宴での邂逅
「……アマリリス」
そんなことをつらつらと考えていると、兄上に声をかけられて振り返る。
ちょうど近くを通った給仕に手の中のグラスを渡し、微笑みながら向き直ると、兄上は傍らにいる女性を手で示した。
「こちらは俺の上司のミーレア・レゾット女史。魔法師団長だ」
糸目から鋭い視線で私のことを射抜くレゾット師団長は、魔法師団の団服を身につけている。軍服をローブ風にした紺色の団服は、魔法陣を模した刺繍が施されているのだが、女性の彼女が着ていても違和感がない中性的なデザインだ。
ブロンドの髪を上に一つお団子でまとめている彼女は、化粧っけもなく、女性としての自身をかなり削っているような印象を受けた。
「高名伺っております、レゾット師団長。お会い出来て光栄ですわ」
「こちらこそ、アマリリス・クリスト嬢。なんとお呼びすればいいかな?」
どうしようかと兄上に視線を送ると、小さく目線だけで頷かれる。
ほんの一瞬で私の意図を察してくれた兄上に心の中で感謝しながら、笑みを深めた。
「どうぞアマリリスと」
「わかった。よろしく、アマリリス」
手を差し出されて、それを握り返す。
指の付け根のところのたこの感触。
魔法師の中には、魔力の出力を安定させるための補助器具として杖を使う者も多いと聞く。彼女もその一人なのだろう。
魔力量だけでなく適性にも恵まれているそうで、八属性の内五つを操れるらしい。
「君の魔法学校での活躍を聞いたよ。どうだ、私の元で働く気はないか?」
そして、かなりの実力者であり野心家でもあると噂だ。
表立ってこんな曰く付きを勧誘するくらいなのだから、きっとその通りなのだろう。
「有り難いお誘いですが、しばらくは家のために尽くそうと思っておりますので」
元々考えていた返答を口にする。
「そうか。まぁいつか、魔法師団の見学に来るといい。兄君の活躍も見れるだろうから」
「あはは、恥ずかしいですね」
そう言って笑う兄上が、意味ありげに目をかすかに窄めた。それに私も目の動きだけで頷き返して、軽く膝を折る。
「では後程」
「あぁ」
私がこういった上昇志向の強い人が苦手だということを兄上は知っている。だから、短いけれど話がひと段落ついた時点で、早めに師団長から離れられるように合図をくれた。
兄上が上手く別の人のところに彼女を連れて行ってくれているのを横目に、次こそは身内と落ち着いて話したいと願う。
まだほとんどの人が誰かしらと会話を楽しんでいるため、しばらくは大人しく軽食を摘んでいようかと思うが、一人の青年がこちらにやってくるのを見て静かに息を吐いた。彼の視線は、不躾ではない程度に私に向けられている。私と話したいという意思表示だ。
人と話すのを嫌うわけではないが、さすがにこうも連続して苦手な性格の人と会話するとなると疲れてしまう。
そんな心中を押し殺し、軽く笑みを浮かべながらその青年に近付いた。
肩ほどまで伸ばされた銀髪は適当に流されている。おそらく香油をつけているのだろうけれど、正直普段から手入れをしているとは言い難そうだ。
彼はおそらく兄上と同じくらいの年齢だろう。しかしきっと、それ以上に見られることが多いだろうと思わせるほどやつれている。
一歩立ち止まって滑らかに礼をした彼は、私に手を差し出す。
私も軽く礼をしてその手を握り返した。
細い手だ。大量のペンだこがあるから、おそらく文官だろうか。あるいはどこかの領主かもしれない。
「初めまして、アマリリス・クリスト嬢。フォンビッツ伯爵家当主、ダラン・フォンビッツと申します」
「初めまして、ダラン・フォンビッツ伯爵。お会いでき嬉しく思いますわ」
あぁ彼が、と納得する。
フォンビッツ伯爵と言えば悲劇から成り上がった若き俊才として有名だ。
フォンビッツ伯爵領は、エゲール山と東の山脈に挟まれた山岳地帯に位置しており、その土地の特性上、目立った産業がない。そのため税収もあまり安定しておらず、領地の運営もあまり上手く行っていなかったらしい。
そんな中、三年前、伯爵夫妻と嫡男を乗せた馬車が崖から転落し、急遽次男だった彼が家督を継ぐことになった。
家族の死を悲しむべき暇もなく、領地経営に関わらざるを得なくなった彼は、しかしそんな状況でも食い物にしようとする貴族社会の荒波を乗り越えてきた……とのことだ。
直接彼を見ると、確かに苦労人というか、疲れていそうな感じがする。全体的に線が細いし、目の下には濃い隈がある。
それでも、彼の両目には穏やかな光が宿っていた。
「少し歩きながらでも?」
「えぇ」
私の歩幅に合わせて伯爵はゆったりと歩いてくれる。
大きな会場の、比較的人が少なめのところまで着いたところで、どちらともなく足を止めた。
「突然お声がけして申し訳ありません。同年代の方が、あなたとあなたの兄上しか見つけられず、つい」
彼はそう言って弱々しく微笑んだ。
「わたくしも、同じ年頃の方とお話しできて嬉しいですわ」
「そう言って頂けて幸いです。お恥ずかしながら、こういう場にはあまり慣れていなくて緊張していたんです」
伯爵はずっと、自分の領の立て直しのために奔走していたと聞いている。
きっと、夜会などに出席する余裕なんてなかったのだろう。
「そうですわよね。あの件は……」
「あぁ、どうかお気になさらないで下さい、本当に。終わった話をするだけ時間の無駄ですから」
慣れたようにそう言う彼は、再び弱々しく口角を上げた。
あぁきっとたくさん擦り減ったんだろうな、と思う。この何かを諦めたような、でも縋り付くような笑みは見覚えがある。
……何度も、鏡の中で見た顔だ。
慰めや同情の言葉を口にしようとするが、どうにも躊躇われた。
何を言えばいいかわからずに黙っていると、伯爵が口を開く。
「素敵な装いですね。クリスト嬢の銀の御髪によく似合っています」
「ありがとうございます。我が家の職人であるユカリが一からデザインしてくれたものでして。……銀の髪だと、どうしても色を選びにくいですわよね」
私がそう言うと、伯爵は苦笑しながら頷いた。
「えぇ、本当に。男性用の服は大抵が濃い色だからまだ大丈夫ですが、きっと女性は大変なんだろうと思います。腕の良い職人ですね」
「ふふっ、我が家の自慢ですわ」
ユカリをいつかこういった場に連れて来たいな、とふと思った。
外国人である彼女では厳しいだろうけれど、いつか。
そんなことを考えていると、そういえばと伯爵が続けた。
「つかぬことをお聞きしますが、第二王子殿下のことはどう思われますか?」
「第二王子殿下、ですか?」
想定していなかった方向からの問いかけに、思わずおうむ返しにしてしまった。
そういえば、さっき伯爵は第二王子と話していたような気がする。人混みの奥だったから確証はないけれど。
どうして彼がそんな問いかけをするのか、狙いがわからない。
とりあえず、当たり障りのない返答をするべきか。
「……そう、ですわね。先日初めてお会いしましたが、お優しい方だと」
「優しい、ですか」
そう言って伯爵はおかしそうに笑う。
それは初めて会った私でもわかる、彼の心からの自然な笑顔だった。
「実は私、昔ラインハルト殿下の従者をしていたんです。想定外に家督を継ぐことになって、三年前に降りたのですが」
「まぁ。そうだったのですね」
王族の従者は、主に上級貴族の第二子や第三子から選ばれる。王族の従者は、余程の事情がない限り一生ものだ。そのため、家を継ぐ必要のない同年代で同性の子女が好まれる。
第二王子の従者については、正直今まで耳に入ってくることがなかった。彼自身が社交界から姿を消していたというのもあるし、私があまり興味を持たなかったというのもあるからだろう。
「三年前に殿下の側に居れなくなって、それまでのように毎日顔を合わせることはできなかったのですが、それでも色々お話をすることがありまして。先日、クリスト嬢をとても褒めていたのでお話ししてみたいと思いまして」
「なるほど。……失礼ですが、わたくしの何を褒めて下さったのでしょうか?」
「強い人だと言っていました。私も詳しくはわからないのですが。……こんな素敵な御令嬢を強いとしか形容できない殿下には少し呆れますよ」
「まぁ、お上手ですわね」
本当に仲が良かったのだろう。
第二王子について話す度に表情が柔らかくなる伯爵を見て、こちらまで思わず頬が緩んでしまう。
「伯爵も、わずか数年で領地を立て直したと聞いておりますわ。殿下もきっと誇らしく思っていらっしゃいますわ」
「ありがとうございます。……ただ、クリスト嬢もお気付きかと思いますが、殿下は感情表現が苦手で」
「ですわね」
思わず二人で笑みを溢してしまう。
が、近付いてくる人物を見て一瞬顔が固まった。
「……僕について何を話している、ダラン」
ちょうど話題の第二王子が、私たちの方へ眉を顰めながら歩いてきていた。
「いえ、殿下。大したことは話しておりませんよ」
伯爵はそう言いながら軽く礼をして一歩下がる。
王族を前にした緊張に指先まで神経を張りながら、私は第二王子に向き直ってカーテシーをした。
「先日ぶりでございます、第二王子殿下」
「あぁ。…………久しぶり?」
かすかに首を傾げた時に黒髪が揺れ、耳につけているピアスが覗く。
橙色に染められた小さな羽根は、きっと彼の瞳の色に合わせているのだろう。小さいが綺麗な輝きの宝石もつけられている。
紺色のベストに裾の長いジャケット。手の込んだ華美な刺繍が施され、王族のために仕立てられたものとして申し分のない上等な一品だ。
が、それを着ている第二王子の所作と表情が非常に勿体ない。姿勢は綺麗だが、きっとこういった公式な場に慣れていないのだろう。どうにもぎこちない。
けれど、どうしてだろうか。
居心地が悪そうに私と伯爵を交互に見やる第二王子を、少し可愛いと思ってしまう。
ゆっくりと膝を伸ばして笑いかけると、殿下は表情を動かさずに頷いた。
それに対して、伯爵が苦笑しながら注意する。
「さすがにそれは砕けすぎですよ、殿下。申し訳ないです、クリスト嬢。殿下は誰に対してもこうなんです」
「いえ、大丈夫ですわ。なんとなくわかっておりましたので」
私の言葉に、伯爵は軽い笑い声をあげ、第二王子は黙って腕を組んだ。
そんなことをつらつらと考えていると、兄上に声をかけられて振り返る。
ちょうど近くを通った給仕に手の中のグラスを渡し、微笑みながら向き直ると、兄上は傍らにいる女性を手で示した。
「こちらは俺の上司のミーレア・レゾット女史。魔法師団長だ」
糸目から鋭い視線で私のことを射抜くレゾット師団長は、魔法師団の団服を身につけている。軍服をローブ風にした紺色の団服は、魔法陣を模した刺繍が施されているのだが、女性の彼女が着ていても違和感がない中性的なデザインだ。
ブロンドの髪を上に一つお団子でまとめている彼女は、化粧っけもなく、女性としての自身をかなり削っているような印象を受けた。
「高名伺っております、レゾット師団長。お会い出来て光栄ですわ」
「こちらこそ、アマリリス・クリスト嬢。なんとお呼びすればいいかな?」
どうしようかと兄上に視線を送ると、小さく目線だけで頷かれる。
ほんの一瞬で私の意図を察してくれた兄上に心の中で感謝しながら、笑みを深めた。
「どうぞアマリリスと」
「わかった。よろしく、アマリリス」
手を差し出されて、それを握り返す。
指の付け根のところのたこの感触。
魔法師の中には、魔力の出力を安定させるための補助器具として杖を使う者も多いと聞く。彼女もその一人なのだろう。
魔力量だけでなく適性にも恵まれているそうで、八属性の内五つを操れるらしい。
「君の魔法学校での活躍を聞いたよ。どうだ、私の元で働く気はないか?」
そして、かなりの実力者であり野心家でもあると噂だ。
表立ってこんな曰く付きを勧誘するくらいなのだから、きっとその通りなのだろう。
「有り難いお誘いですが、しばらくは家のために尽くそうと思っておりますので」
元々考えていた返答を口にする。
「そうか。まぁいつか、魔法師団の見学に来るといい。兄君の活躍も見れるだろうから」
「あはは、恥ずかしいですね」
そう言って笑う兄上が、意味ありげに目をかすかに窄めた。それに私も目の動きだけで頷き返して、軽く膝を折る。
「では後程」
「あぁ」
私がこういった上昇志向の強い人が苦手だということを兄上は知っている。だから、短いけれど話がひと段落ついた時点で、早めに師団長から離れられるように合図をくれた。
兄上が上手く別の人のところに彼女を連れて行ってくれているのを横目に、次こそは身内と落ち着いて話したいと願う。
まだほとんどの人が誰かしらと会話を楽しんでいるため、しばらくは大人しく軽食を摘んでいようかと思うが、一人の青年がこちらにやってくるのを見て静かに息を吐いた。彼の視線は、不躾ではない程度に私に向けられている。私と話したいという意思表示だ。
人と話すのを嫌うわけではないが、さすがにこうも連続して苦手な性格の人と会話するとなると疲れてしまう。
そんな心中を押し殺し、軽く笑みを浮かべながらその青年に近付いた。
肩ほどまで伸ばされた銀髪は適当に流されている。おそらく香油をつけているのだろうけれど、正直普段から手入れをしているとは言い難そうだ。
彼はおそらく兄上と同じくらいの年齢だろう。しかしきっと、それ以上に見られることが多いだろうと思わせるほどやつれている。
一歩立ち止まって滑らかに礼をした彼は、私に手を差し出す。
私も軽く礼をしてその手を握り返した。
細い手だ。大量のペンだこがあるから、おそらく文官だろうか。あるいはどこかの領主かもしれない。
「初めまして、アマリリス・クリスト嬢。フォンビッツ伯爵家当主、ダラン・フォンビッツと申します」
「初めまして、ダラン・フォンビッツ伯爵。お会いでき嬉しく思いますわ」
あぁ彼が、と納得する。
フォンビッツ伯爵と言えば悲劇から成り上がった若き俊才として有名だ。
フォンビッツ伯爵領は、エゲール山と東の山脈に挟まれた山岳地帯に位置しており、その土地の特性上、目立った産業がない。そのため税収もあまり安定しておらず、領地の運営もあまり上手く行っていなかったらしい。
そんな中、三年前、伯爵夫妻と嫡男を乗せた馬車が崖から転落し、急遽次男だった彼が家督を継ぐことになった。
家族の死を悲しむべき暇もなく、領地経営に関わらざるを得なくなった彼は、しかしそんな状況でも食い物にしようとする貴族社会の荒波を乗り越えてきた……とのことだ。
直接彼を見ると、確かに苦労人というか、疲れていそうな感じがする。全体的に線が細いし、目の下には濃い隈がある。
それでも、彼の両目には穏やかな光が宿っていた。
「少し歩きながらでも?」
「えぇ」
私の歩幅に合わせて伯爵はゆったりと歩いてくれる。
大きな会場の、比較的人が少なめのところまで着いたところで、どちらともなく足を止めた。
「突然お声がけして申し訳ありません。同年代の方が、あなたとあなたの兄上しか見つけられず、つい」
彼はそう言って弱々しく微笑んだ。
「わたくしも、同じ年頃の方とお話しできて嬉しいですわ」
「そう言って頂けて幸いです。お恥ずかしながら、こういう場にはあまり慣れていなくて緊張していたんです」
伯爵はずっと、自分の領の立て直しのために奔走していたと聞いている。
きっと、夜会などに出席する余裕なんてなかったのだろう。
「そうですわよね。あの件は……」
「あぁ、どうかお気になさらないで下さい、本当に。終わった話をするだけ時間の無駄ですから」
慣れたようにそう言う彼は、再び弱々しく口角を上げた。
あぁきっとたくさん擦り減ったんだろうな、と思う。この何かを諦めたような、でも縋り付くような笑みは見覚えがある。
……何度も、鏡の中で見た顔だ。
慰めや同情の言葉を口にしようとするが、どうにも躊躇われた。
何を言えばいいかわからずに黙っていると、伯爵が口を開く。
「素敵な装いですね。クリスト嬢の銀の御髪によく似合っています」
「ありがとうございます。我が家の職人であるユカリが一からデザインしてくれたものでして。……銀の髪だと、どうしても色を選びにくいですわよね」
私がそう言うと、伯爵は苦笑しながら頷いた。
「えぇ、本当に。男性用の服は大抵が濃い色だからまだ大丈夫ですが、きっと女性は大変なんだろうと思います。腕の良い職人ですね」
「ふふっ、我が家の自慢ですわ」
ユカリをいつかこういった場に連れて来たいな、とふと思った。
外国人である彼女では厳しいだろうけれど、いつか。
そんなことを考えていると、そういえばと伯爵が続けた。
「つかぬことをお聞きしますが、第二王子殿下のことはどう思われますか?」
「第二王子殿下、ですか?」
想定していなかった方向からの問いかけに、思わずおうむ返しにしてしまった。
そういえば、さっき伯爵は第二王子と話していたような気がする。人混みの奥だったから確証はないけれど。
どうして彼がそんな問いかけをするのか、狙いがわからない。
とりあえず、当たり障りのない返答をするべきか。
「……そう、ですわね。先日初めてお会いしましたが、お優しい方だと」
「優しい、ですか」
そう言って伯爵はおかしそうに笑う。
それは初めて会った私でもわかる、彼の心からの自然な笑顔だった。
「実は私、昔ラインハルト殿下の従者をしていたんです。想定外に家督を継ぐことになって、三年前に降りたのですが」
「まぁ。そうだったのですね」
王族の従者は、主に上級貴族の第二子や第三子から選ばれる。王族の従者は、余程の事情がない限り一生ものだ。そのため、家を継ぐ必要のない同年代で同性の子女が好まれる。
第二王子の従者については、正直今まで耳に入ってくることがなかった。彼自身が社交界から姿を消していたというのもあるし、私があまり興味を持たなかったというのもあるからだろう。
「三年前に殿下の側に居れなくなって、それまでのように毎日顔を合わせることはできなかったのですが、それでも色々お話をすることがありまして。先日、クリスト嬢をとても褒めていたのでお話ししてみたいと思いまして」
「なるほど。……失礼ですが、わたくしの何を褒めて下さったのでしょうか?」
「強い人だと言っていました。私も詳しくはわからないのですが。……こんな素敵な御令嬢を強いとしか形容できない殿下には少し呆れますよ」
「まぁ、お上手ですわね」
本当に仲が良かったのだろう。
第二王子について話す度に表情が柔らかくなる伯爵を見て、こちらまで思わず頬が緩んでしまう。
「伯爵も、わずか数年で領地を立て直したと聞いておりますわ。殿下もきっと誇らしく思っていらっしゃいますわ」
「ありがとうございます。……ただ、クリスト嬢もお気付きかと思いますが、殿下は感情表現が苦手で」
「ですわね」
思わず二人で笑みを溢してしまう。
が、近付いてくる人物を見て一瞬顔が固まった。
「……僕について何を話している、ダラン」
ちょうど話題の第二王子が、私たちの方へ眉を顰めながら歩いてきていた。
「いえ、殿下。大したことは話しておりませんよ」
伯爵はそう言いながら軽く礼をして一歩下がる。
王族を前にした緊張に指先まで神経を張りながら、私は第二王子に向き直ってカーテシーをした。
「先日ぶりでございます、第二王子殿下」
「あぁ。…………久しぶり?」
かすかに首を傾げた時に黒髪が揺れ、耳につけているピアスが覗く。
橙色に染められた小さな羽根は、きっと彼の瞳の色に合わせているのだろう。小さいが綺麗な輝きの宝石もつけられている。
紺色のベストに裾の長いジャケット。手の込んだ華美な刺繍が施され、王族のために仕立てられたものとして申し分のない上等な一品だ。
が、それを着ている第二王子の所作と表情が非常に勿体ない。姿勢は綺麗だが、きっとこういった公式な場に慣れていないのだろう。どうにもぎこちない。
けれど、どうしてだろうか。
居心地が悪そうに私と伯爵を交互に見やる第二王子を、少し可愛いと思ってしまう。
ゆっくりと膝を伸ばして笑いかけると、殿下は表情を動かさずに頷いた。
それに対して、伯爵が苦笑しながら注意する。
「さすがにそれは砕けすぎですよ、殿下。申し訳ないです、クリスト嬢。殿下は誰に対してもこうなんです」
「いえ、大丈夫ですわ。なんとなくわかっておりましたので」
私の言葉に、伯爵は軽い笑い声をあげ、第二王子は黙って腕を組んだ。
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