【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~
第10話:宴での友情
「僕が社交界に慣れていないことを馬鹿にしているのか?」
「まさか。むしろ殿下の努力が見れて、私は嬉しいですよ」
ということは、努力をしていなかったらこれ以上に無愛想なのだろうか。
呆れるというか、最早面白いというか。
ただ、伯爵に嬉しいと言われて口元を緩めているのは、弟を見ているようでなんだか微笑ましい。
「アマ……クリスト、殿?いやクリスト、嬢。宴は、楽しんでいるか?」
「呼び方は何でも構いません。お気遣い感謝致します。楽しんでおりますわ」
「そうか」
またもや会話が弾まない。しかし、心地悪さよりもやはり愛らしさとか庇護欲とか、そういった感情が勝ってしまう。第二王子は私より二歳年上なのに。
ふと伯爵と目が合って、お互いに軽く微笑んだ。きっと私たちの抱いている感情は共通している。
「殿下」
優しい声で伯爵が促す。
「あぁ。……あー、楽しんでくれて、何よりだ」
「えぇ」
「………あぁ。あー、良い、天気だな」
「えぇ。風呼びの宴という大切な日を、陽の光に見守れられながら過ごせることを喜ばしく思いますわ」
「そうだな」
第二王子は軽く眉を顰めると、腕を組んで私をじっと見つめる。
普段は他人に見つめられると居心地の悪さを感じるが、きっと話題探しのためなんだろうと思うと平気だ。
「……その、花。髪で編んでいるのか。器用だな」
「我が家の使用人がやってくれたものです。殿下に褒めて頂いて嬉しい限りですわ」
「あぁ。……その、装いも、似合っている。いや、その、僕は別に女性の服装に詳しいわけではないけれど」
「そんな。本当に有り難いお言葉ですわ。殿下もよく似合っていらっしゃいますわよ」
「あぁ。…………ありがとう」
話がひと段落してしまい、第二王子はすぐに私から伯爵の方へ視線を移した。
「……ダラン」
「クリスト嬢が今日招待されたのは、やはり魔法学校での件でしょうか?」
助けを求めるような第二王子の視線に、伯爵が軽く笑いながら話し始める。
「えぇ。ありがたいことに、わたくしの活躍を認めて頂けて」
「素晴らしいご活躍だと伺っております。在学中にも関わらず貴族社会に完璧な根回しをなさったと」
「そんな。多くの方の協力があってこそですわ。わたくし一人の力ではありません」
「ご謙遜を。クリスト嬢の人望と話術があってのことですよ。公爵令嬢ということを抜きにしても、貴女様の能力を評価する者は非常に多いです」
「わたくしなんかまだまだですわ。全て運が良かっただけに過ぎませんもの」
「卑屈にならないでくれ」
唐突にそう言った第二王子は、私と目が合うと一瞬気まずそうに視線を外したが、すぐにまた私を真っ直ぐに見据えた。
いきなり責められたことに、一瞬息が詰まりそうになる。しかし、その双眸はひどく冷めていて、だからこそ安心した。
「……君の生き方全てを否定しているわけではない。ただ、その卑屈さのせいで、きっと損をすることが起こる。君は幸せになれる、なるべき人だ」
憎悪も嘲りもない。静かに凪いだ、優しい目だ。
「君の能力は高い。自分を肯定することも必要だ……と思う。すまない。関係のない僕が色々言うべきではなかっただろう」
「いえ、殿下の深いご配慮に感謝致します」
むしろ、関係がない第二王子の言葉だから素直に受け止められる。
少しずつ自分を認めらたらいいなと思うが、もうしばらくかかりそうだ。
「……その、殿下というのはやめてくれ……ないだろうか。呼び捨てで大丈夫だ。ダランもいつも通り呼んでくれ。むず痒い」
きっと私を傷つけないようにするためだろう。第二王子はゆっくりと言葉を選ぶようにそう言った。
有り難い言葉だが、さすがに素直に頷くことはできない。
「いえ、わたくしはあくまで一臣下に過ぎません。呼び捨ては憚られますわ。ラインハルト様、とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「様も別に要らない」
「……しかし」
「一回止まって下さい。あまりクリスト嬢を困らせないように、ラインハルト」
慣れたようにそう嗜める伯爵に、ラインハルト様は眉を下げると、小さくわかったと返した。
「その、すまなかった」
「悪気はないんですよ。ただ、貴族社会やマナーというものに疎いだけで」
わかっているということを示すためにゆったりと首を振る。
「お気になさらないで下さい。ぜひお二人も、どうか私をアマリリスと」
下の名前で呼ぶということは、ウィンドール王国の貴族社会においては一定の意味を持つ。特に王族や五大公爵家といった、他の貴族家と一線を画す家のものであれば尚更。
正直、今この情勢で私がラインハルト様と接近するのは危ういかもしれない。私自身が不利益を被るだけでなく、家に迷惑をかける可能性もある。
けれど、澄んだ瞳で私を見つめる彼を見ると、どうしてか彼のために何かしたいと思ってしまった。
「わかりました、アマリリス嬢。私……僕のことも、ぜひダランと」
「えぇ、ダラン様」
少し砕けた口調の伯爵━━━ダラン様は、嬉しそうに微笑みながらラインハルト様の肩を軽く叩いた。
「良かったですね」
「あぁ。これから友人としてよろしく頼む、アマリリス」
「……えぇ。よろしくお願い致します、ラインハルト様」
友人、と言われたことに、一瞬心臓が大きく跳ねた。
こんなことを言って貰えたのは初めてだ。
公爵家令嬢、そして第三王子の婚約者として、私は今まで一歩引いて周囲の人と接してきた。友好的な関係にあった同級生がいなかったわけではないが、私のことを利用しようとする者が多すぎて、どうにも他人に心を開く、ということに抵抗があった。
しかしラインハルト様は、きっと私を尊重してくれるだろうという気がする。
「……その、一個伝えておきたいことがある」
ラインハルト様は、言いにくそうに切り出した。
「前に会った時も伝えたが、君の魔法師としての才能は素晴らしい。魔力量だけを見れば、普通の魔法師にも劣らない。けれど、魔法学校での授業では、その才能を十分に磨くには足りなかったのだろう。君の魔力の制御は不十分だ」
「……そう、なんですね」
「君を責めているわけではない。正しい技術を得るには、正しい知識と指導法を持った親身な指導者が必要だ。君のせいではない。ただ、少し問題がある」
「問題、ですか?」
「あぁ。君の魔力は強大だ。強大ゆえに、溜め込むと害になる可能性がある。今までは魔法学校での実技があったから良かったと思うが、卒業した後に大規模な魔法を使う機会はきっと減るだろう」
確かに、ラインハルト様が仰ることはもっともだ。
魔法学校在籍中は、ほぼ毎日魔法の演習があった。
生徒の多くが、高貴な身分である貴族の子女ということもあり、どちらかというと自衛のための訓練が多かったものの、そこそこの魔力消費を伴った。
しかし卒業した今、私が魔力を使うことは完全にない。タウンハウスにいる今なら尚のこと。
「君の魔力の流れはあまり良くない。在学中は頻繁に魔力を消費していたから溜まることはなかった。しかし、魔力が溜まりすぎると体調にも支障が出る」
「……つまり、定期的に魔法を使った方が良い、ということですか?」
「それもあるが……その、もし君さえ良ければ、僕に魔力制御について教えさせてくれないか」
「ラインハルト様が、ですか?」
思わずそう聞き返してしまう。
「一応、魔法には精通している……と思う。魔法大学に研究室を持っているくらいには」
「まぁ、本当ですか?」
思わず叫びそうになる驚きを押し殺す。
我が国の最高学府であり、大陸随一の魔法研究機関である魔法大学には、各国から集まった数多くの粒揃いな研究員が籍を置いている。
そんな中、研究室を持つというのはとても狭き門だ。こんな若さで、自分の研究室を持っているなんて。
それに、今までこの情報が耳に入らなかった、ということは、おそらく身分を隠しているはずだ。
王子という身分を隠したまま、純粋に自分の能力だけでそこまで上り詰めたのだろう。
「私ごときが、ラインハルト様に教わるなんて」
「いいんだ。僕の研究に、少しだけ協力してくれれば」
「研究、ですか?」
「あぁ。……黒持ちと、魔力の関係性についてだ」
声を潜めてラインハルト様は続ける。
「一定以上の魔力出力において黒い光が観測されることがある。それが黒持ちと関係しているのではないかという仮説を立てて検証しているんだ。これが立証されたら黒持ちへの無意味な迫害がきっと減る」
声の抑揚はそのままに、しかし熱の籠った声でそう告げられる。
それに当てられてか、自然と私の心の奥底から熱いものが込み上がってきた。
黒持ちへの根拠のない偏見。
年々薄まっているとはいえ、未だに一部の地域では黒持ちの赤子が虐待されたり、あるいは命を奪われたりすることもある。
私自身、何度も心ない言葉を投げつけられたことがあった。私はそれでも恵まれている方だからとその傷を無視しようとしても、痛みが消えるわけではない。
もしも、それを払拭できる可能性が、少しでもあるのであれば。
「どうか協力させて下さい、ラインハルト様。私でお役に立てるのであれば」
「あぁ。よろしく頼む」
彼は頷き、いくつかの日付を挙げる。
検証のためには大規模な魔法を使う必要があるらしく、そのための準備や後片付け、あとは単純に場所を借りる都合上、明日にでも、というわけにはいかないそうだ。
私はどうせやることもないので、提示された日付を全部承諾する。
「何か準備した方が良いものなどは?」
「ない。ただ、いきなり大規模な魔法を使うのは負担がかかるから、できれば自宅で魔法の練習はしておいて欲しい」
「かしこまりました」
「あぁ」
話にひと段落ついたところで辺りを見渡すと、ちょうどこちらを見ていた人と目が合った。
数年ぶりに表舞台に姿を現した王子、悲劇を乗り越えた辣腕の伯爵、そして渦中の悪役公爵令嬢。
確かに視線を集めないわけがない。
残念だが、そろそろ話を切り上げないといけないだろう。
「とても楽しい時間でしたわ、ラインハルト様、ダラン様。また後程」
「もう、終わりなのか?」
え、と思わず小さく声を漏らす。
悲しそうに眉を下げたラインハルト様に、ダラン様が笑いながら声をかけた。
「別に今生の別れではないし、大丈夫ですよ。あまり同じ人とばかり話していては、顔が広がりませんよ」
「……そうだな」
渋々、という様子で頷いたラインハルト様は、私と真っ直ぐ目を合わせると、わずかに口角を上げた。
「また後で、アマリリス」
「はい、また後ほど」
綺麗な人だなと、心から思う。
わかりにくいけれど、本物の偽りのない笑顔を向けてくれる彼に、染み付いた淑女の仮面しか向けられない自分が、少し嫌になった。
「まさか。むしろ殿下の努力が見れて、私は嬉しいですよ」
ということは、努力をしていなかったらこれ以上に無愛想なのだろうか。
呆れるというか、最早面白いというか。
ただ、伯爵に嬉しいと言われて口元を緩めているのは、弟を見ているようでなんだか微笑ましい。
「アマ……クリスト、殿?いやクリスト、嬢。宴は、楽しんでいるか?」
「呼び方は何でも構いません。お気遣い感謝致します。楽しんでおりますわ」
「そうか」
またもや会話が弾まない。しかし、心地悪さよりもやはり愛らしさとか庇護欲とか、そういった感情が勝ってしまう。第二王子は私より二歳年上なのに。
ふと伯爵と目が合って、お互いに軽く微笑んだ。きっと私たちの抱いている感情は共通している。
「殿下」
優しい声で伯爵が促す。
「あぁ。……あー、楽しんでくれて、何よりだ」
「えぇ」
「………あぁ。あー、良い、天気だな」
「えぇ。風呼びの宴という大切な日を、陽の光に見守れられながら過ごせることを喜ばしく思いますわ」
「そうだな」
第二王子は軽く眉を顰めると、腕を組んで私をじっと見つめる。
普段は他人に見つめられると居心地の悪さを感じるが、きっと話題探しのためなんだろうと思うと平気だ。
「……その、花。髪で編んでいるのか。器用だな」
「我が家の使用人がやってくれたものです。殿下に褒めて頂いて嬉しい限りですわ」
「あぁ。……その、装いも、似合っている。いや、その、僕は別に女性の服装に詳しいわけではないけれど」
「そんな。本当に有り難いお言葉ですわ。殿下もよく似合っていらっしゃいますわよ」
「あぁ。…………ありがとう」
話がひと段落してしまい、第二王子はすぐに私から伯爵の方へ視線を移した。
「……ダラン」
「クリスト嬢が今日招待されたのは、やはり魔法学校での件でしょうか?」
助けを求めるような第二王子の視線に、伯爵が軽く笑いながら話し始める。
「えぇ。ありがたいことに、わたくしの活躍を認めて頂けて」
「素晴らしいご活躍だと伺っております。在学中にも関わらず貴族社会に完璧な根回しをなさったと」
「そんな。多くの方の協力があってこそですわ。わたくし一人の力ではありません」
「ご謙遜を。クリスト嬢の人望と話術があってのことですよ。公爵令嬢ということを抜きにしても、貴女様の能力を評価する者は非常に多いです」
「わたくしなんかまだまだですわ。全て運が良かっただけに過ぎませんもの」
「卑屈にならないでくれ」
唐突にそう言った第二王子は、私と目が合うと一瞬気まずそうに視線を外したが、すぐにまた私を真っ直ぐに見据えた。
いきなり責められたことに、一瞬息が詰まりそうになる。しかし、その双眸はひどく冷めていて、だからこそ安心した。
「……君の生き方全てを否定しているわけではない。ただ、その卑屈さのせいで、きっと損をすることが起こる。君は幸せになれる、なるべき人だ」
憎悪も嘲りもない。静かに凪いだ、優しい目だ。
「君の能力は高い。自分を肯定することも必要だ……と思う。すまない。関係のない僕が色々言うべきではなかっただろう」
「いえ、殿下の深いご配慮に感謝致します」
むしろ、関係がない第二王子の言葉だから素直に受け止められる。
少しずつ自分を認めらたらいいなと思うが、もうしばらくかかりそうだ。
「……その、殿下というのはやめてくれ……ないだろうか。呼び捨てで大丈夫だ。ダランもいつも通り呼んでくれ。むず痒い」
きっと私を傷つけないようにするためだろう。第二王子はゆっくりと言葉を選ぶようにそう言った。
有り難い言葉だが、さすがに素直に頷くことはできない。
「いえ、わたくしはあくまで一臣下に過ぎません。呼び捨ては憚られますわ。ラインハルト様、とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「様も別に要らない」
「……しかし」
「一回止まって下さい。あまりクリスト嬢を困らせないように、ラインハルト」
慣れたようにそう嗜める伯爵に、ラインハルト様は眉を下げると、小さくわかったと返した。
「その、すまなかった」
「悪気はないんですよ。ただ、貴族社会やマナーというものに疎いだけで」
わかっているということを示すためにゆったりと首を振る。
「お気になさらないで下さい。ぜひお二人も、どうか私をアマリリスと」
下の名前で呼ぶということは、ウィンドール王国の貴族社会においては一定の意味を持つ。特に王族や五大公爵家といった、他の貴族家と一線を画す家のものであれば尚更。
正直、今この情勢で私がラインハルト様と接近するのは危ういかもしれない。私自身が不利益を被るだけでなく、家に迷惑をかける可能性もある。
けれど、澄んだ瞳で私を見つめる彼を見ると、どうしてか彼のために何かしたいと思ってしまった。
「わかりました、アマリリス嬢。私……僕のことも、ぜひダランと」
「えぇ、ダラン様」
少し砕けた口調の伯爵━━━ダラン様は、嬉しそうに微笑みながらラインハルト様の肩を軽く叩いた。
「良かったですね」
「あぁ。これから友人としてよろしく頼む、アマリリス」
「……えぇ。よろしくお願い致します、ラインハルト様」
友人、と言われたことに、一瞬心臓が大きく跳ねた。
こんなことを言って貰えたのは初めてだ。
公爵家令嬢、そして第三王子の婚約者として、私は今まで一歩引いて周囲の人と接してきた。友好的な関係にあった同級生がいなかったわけではないが、私のことを利用しようとする者が多すぎて、どうにも他人に心を開く、ということに抵抗があった。
しかしラインハルト様は、きっと私を尊重してくれるだろうという気がする。
「……その、一個伝えておきたいことがある」
ラインハルト様は、言いにくそうに切り出した。
「前に会った時も伝えたが、君の魔法師としての才能は素晴らしい。魔力量だけを見れば、普通の魔法師にも劣らない。けれど、魔法学校での授業では、その才能を十分に磨くには足りなかったのだろう。君の魔力の制御は不十分だ」
「……そう、なんですね」
「君を責めているわけではない。正しい技術を得るには、正しい知識と指導法を持った親身な指導者が必要だ。君のせいではない。ただ、少し問題がある」
「問題、ですか?」
「あぁ。君の魔力は強大だ。強大ゆえに、溜め込むと害になる可能性がある。今までは魔法学校での実技があったから良かったと思うが、卒業した後に大規模な魔法を使う機会はきっと減るだろう」
確かに、ラインハルト様が仰ることはもっともだ。
魔法学校在籍中は、ほぼ毎日魔法の演習があった。
生徒の多くが、高貴な身分である貴族の子女ということもあり、どちらかというと自衛のための訓練が多かったものの、そこそこの魔力消費を伴った。
しかし卒業した今、私が魔力を使うことは完全にない。タウンハウスにいる今なら尚のこと。
「君の魔力の流れはあまり良くない。在学中は頻繁に魔力を消費していたから溜まることはなかった。しかし、魔力が溜まりすぎると体調にも支障が出る」
「……つまり、定期的に魔法を使った方が良い、ということですか?」
「それもあるが……その、もし君さえ良ければ、僕に魔力制御について教えさせてくれないか」
「ラインハルト様が、ですか?」
思わずそう聞き返してしまう。
「一応、魔法には精通している……と思う。魔法大学に研究室を持っているくらいには」
「まぁ、本当ですか?」
思わず叫びそうになる驚きを押し殺す。
我が国の最高学府であり、大陸随一の魔法研究機関である魔法大学には、各国から集まった数多くの粒揃いな研究員が籍を置いている。
そんな中、研究室を持つというのはとても狭き門だ。こんな若さで、自分の研究室を持っているなんて。
それに、今までこの情報が耳に入らなかった、ということは、おそらく身分を隠しているはずだ。
王子という身分を隠したまま、純粋に自分の能力だけでそこまで上り詰めたのだろう。
「私ごときが、ラインハルト様に教わるなんて」
「いいんだ。僕の研究に、少しだけ協力してくれれば」
「研究、ですか?」
「あぁ。……黒持ちと、魔力の関係性についてだ」
声を潜めてラインハルト様は続ける。
「一定以上の魔力出力において黒い光が観測されることがある。それが黒持ちと関係しているのではないかという仮説を立てて検証しているんだ。これが立証されたら黒持ちへの無意味な迫害がきっと減る」
声の抑揚はそのままに、しかし熱の籠った声でそう告げられる。
それに当てられてか、自然と私の心の奥底から熱いものが込み上がってきた。
黒持ちへの根拠のない偏見。
年々薄まっているとはいえ、未だに一部の地域では黒持ちの赤子が虐待されたり、あるいは命を奪われたりすることもある。
私自身、何度も心ない言葉を投げつけられたことがあった。私はそれでも恵まれている方だからとその傷を無視しようとしても、痛みが消えるわけではない。
もしも、それを払拭できる可能性が、少しでもあるのであれば。
「どうか協力させて下さい、ラインハルト様。私でお役に立てるのであれば」
「あぁ。よろしく頼む」
彼は頷き、いくつかの日付を挙げる。
検証のためには大規模な魔法を使う必要があるらしく、そのための準備や後片付け、あとは単純に場所を借りる都合上、明日にでも、というわけにはいかないそうだ。
私はどうせやることもないので、提示された日付を全部承諾する。
「何か準備した方が良いものなどは?」
「ない。ただ、いきなり大規模な魔法を使うのは負担がかかるから、できれば自宅で魔法の練習はしておいて欲しい」
「かしこまりました」
「あぁ」
話にひと段落ついたところで辺りを見渡すと、ちょうどこちらを見ていた人と目が合った。
数年ぶりに表舞台に姿を現した王子、悲劇を乗り越えた辣腕の伯爵、そして渦中の悪役公爵令嬢。
確かに視線を集めないわけがない。
残念だが、そろそろ話を切り上げないといけないだろう。
「とても楽しい時間でしたわ、ラインハルト様、ダラン様。また後程」
「もう、終わりなのか?」
え、と思わず小さく声を漏らす。
悲しそうに眉を下げたラインハルト様に、ダラン様が笑いながら声をかけた。
「別に今生の別れではないし、大丈夫ですよ。あまり同じ人とばかり話していては、顔が広がりませんよ」
「……そうだな」
渋々、という様子で頷いたラインハルト様は、私と真っ直ぐ目を合わせると、わずかに口角を上げた。
「また後で、アマリリス」
「はい、また後ほど」
綺麗な人だなと、心から思う。
わかりにくいけれど、本物の偽りのない笑顔を向けてくれる彼に、染み付いた淑女の仮面しか向けられない自分が、少し嫌になった。
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