【コミカライズ配信中!】 婚約破棄後の悪役令嬢~ショックで前世の記憶を思い出したのでハッピーエンド目指します!~

弓削鈴音

第4話:招待状

 怜悧な橙が、こちらを真っ直ぐに見つめている。
 耳の辺りまで無造作に伸ばされた黒髪が、彼が首を傾げると同時に揺れた。

「僕を知っているのか?」

 冷え切った平坦な声。

 彼のように感情を表に出さない者も多い。しかしそんな人々以上に、彼の声は何も込められていない無機質なものだった。

「敬愛する王族の皆様のことは、もちろん存じ上げております」

「そうか」

 恐ろしいほどに会話が弾まないというか、会話を続けるつもりがないのだろう。
 とはいっても私たちに悪意を持っているわけではなさそうだから、素でこれなのか。

「……こういう場合は」

 ぽつりと呟く。

「名乗った方がいいのか?」

「……えぇ。基本的に身分が上の者が名乗らない限り、下の者も名乗れないので、その方が」

 兄上がそう返答すると、第二王子は納得したように頷く。

「わかった。僕は第二王子、ラインハルト・ウィンドール」

 それだけ告げた彼は、そのまま黙り込む。
 まさかこれだけで挨拶をしたということなのだろうか。

 言葉を発しかねていると、兄上がニカっと笑いながら軽く礼をする。

「私はクリスト家第一子、ヴィンセント・クリストと申します。こちらは私の妹のアマリリス・クリスト。お会いできて至極光栄に存じます、ラインハルト殿下」

「あぁ」

 彼は頷いて、私の方を見る。

「怪我は」

「……ございませんが」

「そうか。失礼」

 徐に私に歩み寄ってきた彼は、私の手を取った。

 サーストン様がララティーナに構い始めるようになってから、久しく家族以外の男性に手を取られたことなんてない。

「で、殿下!?」

 私のものより大きいひんやりとした手から、私に魔力が流れ込んでくる。
 思わず逃れようとするが、その魔力は穏やかで優しくて心地よくて、不思議と落ち着いた。

「……素晴らしい才能だな」

「はい…?」

 唐突にそんなことを言われて、思わず聞き返してしまう。

「それにしては随分と魔力の流れが乱れている。勿体無い」

「あの……」

「量だけでいえば、そこの君の兄君にも匹敵するかもしれないが、練度が低すぎる。君
に教えていた教師は、あまり腕が良くなかったらしい」

 あまりにも素直な悪口に、一瞬何を言っているのか理解できずに固まってしまう。

「あぁ、すまない。君を貶しているわけではない」

「……理解しております」

「それほどの才があって、なぜサーストンに反撃しなかった」

 いきなり私の手を取って、私の魔力についてなぜか魔法学校の教師を貶し、その上にこんな質問をされて、ただでさえ頭が回り切っていないのに余計に混乱する。
 しかし、その問いかけに対しての答えは簡単に出てきた。

「自らが慕う方に攻撃をするはずがございません。それに、わたくしの魔法の技量では届くはずがございませんから」

「そうか」

 短くそう言った第二王子は、私の手をゆっくりと離した。

「簡単に治癒をした。馬車まで歩くくらいなら平気はなずだ」

 そう言われて、体がとても楽になっていたことに気付く。
 ただ膝の震えがなくなっただけではない。ずっとあった肩凝りも治っている。

「殿下、まさか光属性に…?」

「あぁ」

 兄上の問いかけに殿下は平然と頷くが、私たちは驚きを隠せない。

 光属性への適性は、それこそ魔法学校でも珍しいほどだ。私の学年にも、公開しているのはそれこそ三人しかいなかった。
 二つの貴属性の内、実用性の高い光属性を操る者はかなり重宝される。その光の治癒は、本来ただの疲労のために使われていいものではないというのに。

「僕とて光属性の有用性は理解している。が、こんなものは片手間に過ぎない。気にするな」

「ただの光の治癒だけだったらまだしも、水と無との複合を見せつけられては、魔法師としては黙ってられませんが」

 まさか複合だなんて、と自分の手を見下ろす。

 魔法にはもちろん難しさがある。規模が大きく効果が複雑なものほど、必要とされる技量は高くなっていく。
 そんな中、複合魔法は正直別種と言っていいほど。まず必要とされるいくつかの属性に適性があるという条件だけでも厳しいのに、各属性の効果を正しく発動されるのは至難の技だ。

「難易度は確かに高いが、使った魔力はほんのわずかだ。本当に気にするな」

「……畏まりました」

 王族相手に食い下がり過ぎるのはあまりよろしくない。
 兄上はまだ聞きたいという感じだが、それを押し込んで私の横に並ぶ。
 わざわざ合図をしなくても、兄上となら自然に合う。二人で同時に礼をして、感謝の言葉を述べる。

「お気遣い痛み入ります。お手を煩わせてしまい申し訳ありません」

「構わない。……あぁ、忘れるところだった」

 そう言って、第二王子は懐から一つの封筒を取り出した。

「"風呼びの宴"への招待状だ。二通。君と、君の兄君へ」

 真っ白の封筒は、金色の塗料で縁取りがされていた。表に私と兄上の名前が書いてあることに、心臓が一度大きく跳ねる。
 受け取った時、爽やかな風が吹いた。込められた魔力からわかる。正真正銘、ウィンドール王家からのものだ。

「宴は二週間後。出席は必須。詳細はそこに書いてある。では」

 畳みかけるように告げた第二王子は、私たちの挨拶を待たずに立ち去ってしまう。
 視界から彼が消えた時、思わず兄上と目を合わせた。

「あ、兄上」

「落ち着けアマリリス落ち着くんだ。色々おかしいことが起こり過ぎているが、とりあえず馬車に乗るぞ。家に帰って父さんと母さんに相談する。……正直俺も理解できてないが、とりあえず馬車に乗ろう」

 混乱を押し込めて頷き返した。
 絶えず思考を繰り返しながらも、人気のない廊下を足早に歩いていく。お互い無言で、馬車が待っている正門まで向かった。



 ちょうど休んでいたらしい馬丁に声をかけて馬車に乗り込んで、そこでやっと息を吐くことができる。

 息を吐き出して馬車が進み出した瞬間、兄上が声を弾かせた。

「リリィ、俺、風呼びの宴に呼ばれたぞ!?」

「私も呼ばれたわ、兄上!風呼びの宴に!」

 信じられない。
 この小一時間の間に色々信じられないことが起こり過ぎているが、「私」の記憶がある今、サーストン様に婚約破棄されたことよりも、ひょっとしたら衝撃的だ。

「本当に、俺たちが呼ばれたのか信じられないんだが」

「私もよ。……風呼びの宴に、まさか、呼ばれるなんて」

 北と東が山脈に囲まれているウィンドール王国には、春になると南からの風が吹いてくる。

 それを祝うのが"風呼びの宴"。

 風を信奉する我が国にとっては最も大切で重要な宴だ。
 風の恵みに感謝し、風を讃え、国の繁栄を願う。儀式的な側面も強いが、今は国の重鎮が集まり国の今後を決定する政治的に重要な場でもある。

 呼ばれるのは、成人した王族、基本的に各機関の長、そして前年に特別な活躍をした者のみ。

 たとえ上級貴族であっても、一生の内に呼ばれることがあるかどうか。
 そんな宴に、魔法師である兄上ならまだしも、ただの公爵令嬢に過ぎない私が呼ばれるなんて、異常事態と言ってもいいほどだ。

「兄上、去年何かした?」

「パッと思い浮かぶことは……。あぁ、いやでもそうだな。アレがあるか」

「アレって?」

 生徒会に入ってから朝早くに学校に出かけていた私と、夜遅くまで帰ってこない兄上とではなかなか時間が合わなかった。それでも情報共有はしていたし、風呼びの宴に呼ばれるほどの功績なら私も知っているはずだけれど。

「いやぁ、ちょっと色々あって、魔法大学に来てたヴァザック帝国の皇子の命を救った的な…?」

「え?」

「ちょっとなぁ。直後は機密保持のために言えなかったけど、その後も忘れちゃっててさ」

「忘れるって……」

 ヴァザック帝国は、ウィンドール王国の北に位置する帝国だ。我が国との間には山脈があるものの、何度も小競り合いを繰り返している仮想敵国でもある。

 そんな国の皇子が我が国で殺されたとあれば、国交問題に発展し、最悪戦争になってもおかしくない。それを防いだとあれば勲章ものだ。
 そんな大事なことを、ただ口止めされていたならまだしも、忘れていたなんて。兄上らしいといえばらしいけれど。

「兄上が呼ばれる理由はわかったわ。でも、どうして私が……」

「さっきのイリスティア様の発言から十分察せるけどな。なんだよ、『平等』発言って」

「大したことではないわ。……多分?」

 そう口にしてから、「私」の価値観がそうでは無いと告げてくる。

 まだ少し混乱しているようで、いまいち自分の中で二つの考え方の統合ができていない。自分の考えに異を唱える者が自分の中にいると思うと、少し居心地が悪いというか、変な感じがする。
 しかし、兄上の質問に答えるために、できるだけ「私」の声を聞き、客観的であるように心がけながら話す。

「…………サーストン様が、身分制を撤廃し、全ての民を『平等』にしたいと仰ったの」

「は?」

「嘘ではないわ。本当よ」

 ぽかんとする兄上にそう言うと、唸り声を上げながら頭を抱えた。

「なんでこの国に身分制があるかを知らないのかよあの馬鹿王子は……」

「ちょっと?」

「すまん。でも馬鹿っていうのは本心だから。王子がその発言をすることの危うさを考えられなかったのかねぇ……。その発言は魔法学校で?」

「文化祭の挨拶でよ」

 魔法学校における文化祭では、主に学生の研究発表が行われる。その点では、日本での文化祭とは少し系統が違うかもしれない。
 学内の講堂で、本職の研究員や国内外の王族、貴族を前に話すというのは、多くの生徒にとって良い刺激となる。私自身は裏方に徹していたけれど、学友の発表を聞くのは興味深いものだった。

 そんな文化祭は、学校の一大行事ではあるが、大半の運営が生徒会に任されている。そのため、閉会式では生徒会長であるサーストン様からの挨拶があった。
 そこでなんと、「身分制の撤廃による全ての民の平等を目指す」なんて言い出したのだ。会場の混乱具合は半端ではなく、乱闘の報告さえ上がってきた。

 何人かの生徒に協力してもらい事無きを得たが、たった一つの発言でここまでの騒ぎを起こせるのかとゾッとした覚えがある。

 ……それでも、サーストン様のお言葉はあくまでララティーナに唆されたもので、あの方は本当はもっと聡明なのだと、あの時は信じていたが。

「本人に訂正する気がなかったから、色々な方向に手を回したわ。あの発言はあくまで比喩で、それほどまでに全ての民が『平等』に『保障された生活』を送れることを渇望してるってことにしたけれど」

「それでも一部の貴族は黙ってなかったんじゃないのか。貴族制の撤廃について触れちまったんだから」

「確かに、王族が貴族の権利を全て取り上げて独占しようとしてるんだと騒ぐ連中はいたけれど、彼らは空気に便乗していただけに過ぎないわ。サーストン様のあの発言は、素晴らしき貴族の皆様が『それこそ身分が関係ないほど』民に共感し民のことを考え、『全ての民が安定した生活を送れるような領地経営が可能だと思っていらっしゃる』故のものだろう・・・と個人的にお話ししたら、全員納得して下さったわよ」

「だろう、ねぇ」

「一度発せられた言葉をどう解釈しようと私たちの自由だもの」

 本当は絶対にそうではないということは私もわかっていたし、多分お話しした後に私の詭弁に気付いた者も多かっただろう。
 しかし、第三王子の婚約者である私の解釈に異を唱えるという面倒なことをわざわざするほど、貴族も暇ではない。周りが黙ってしまえば、自然とその話はなかったことになった。

「……なんつーか、我が妹ながら恐ろしいよ」

「兄上でもこれくらい出来るわよ」

「いや無理だって」

 はぁ、とそこで兄上は息を吐いた。
 頬杖をついて、薄いカーテンの奥の景色を目で追い始める。

「父さんと母さん、どんな反応するんだろうな」

「喜んでくれるといいけれど……」

 王族から婚約破棄された傷物の娘を抱えることになってしまうのだ。

 せめて、私のこの風呼びの宴に呼ばれたということで、少しでも二人の心労を減らせたらなと思いながら、私も後ろへ流れていく街並みに視線を向けた。

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