仇討浪人と座頭梅一

克全

第41話:後事を託す

「万が一、早々に証拠や証人を手に入れることができて、公に訴えられないことが分かって、斬り込むことになった場合だけの話しなのですが、よろしいですか」

 息子の真剣な表情を見て、もしかしたらもう証拠や証人を手に入れていて、田沼意次を殺す覚悟を決めているのではないかと大道寺権太郎は肝を冷やした。

「まだ全く証拠や証人のあてはございませんので、ご安心ください。
 あくまでも万が一のことを考えて、父上にも覚悟を決めてもらいたかったのです」

「分かった、もう覚悟は定まった。
 なんでも言うがいい」

 大道寺権太郎の表情が武人の表情に一変した。
 長十郎が忠孝の心を持っているのは、大道寺家代々の家訓からきている。
 主君の為ならどれほどの艱難辛苦にも耐えよと言い聞かされて育っているのだ。
 当然その精神は大道寺権太郎にも培われている。

「はい、私を死んだことにした場合、家督は嫡男の竜太郎が継ぐことになるのですが、その竜太郎が十七歳までに死んでしまったら家を潰すことになってしまいます。
 そこで一旦助四郎に跡目を継いでもらい、竜太郎と弥次郎が十七歳になった時点で、当主を交代させたいのです」

 そう言われた大道寺権太郎の顔色が悪くなった。

「竜太郎と弥次郎を助四郎の養子にするという事だろうが、助四郎に実子が生まれた場合、助四郎が素直に家督を竜太郎に譲るとは限らん。
 竜太郎と弥次郎は儂にとっても可愛い孫だが、助四郎も息子なのだ。
 できれば争いの火種を作りたくない」

「父上の御心配はもっともでございます。
 某もその事についてはよく考えました。
 そこで助四郎に実子が生まれた場合は、持参金を持たせて他の旗本家を継げるようにしますので、それで多少は争いを防げると思うのです」

 大道寺権太郎は不審そうな表情をした。
 部屋住みの厄介者は誰もが他家の養子に入りたいと思っている。
 だから当然持参金が多い者が養子の口を得ることができる。
 もし無制限に旗本家に養子入りできるなら、大商人が数万両の金を積んで息子を跡継ぎに押し込んでいただろう。
 だが旗本家に養子に入れるのは、同じ旗本家か大名家に限られているのだ。

「だがそれには大金が必要になる。
 商人でも買えて、御家人株と揶揄される与力の千両、徒士の五百両ほどではないが、最低でも百石当り五十両は必要になってくる。
 親類縁者や家族にも色々と贈り物が必要になってくる。
 長十郎と同じ五百石の旗本家に養子に入るのなら、二百五十両は必要だぞ。
 それほどの蓄えがあるのか」

「こちらに」

 長十郎は梅一から分配された金のうち、二十五両単位で包金されたものを二十個、合計五百両を桐箱に入れ風呂敷に包んで持ってきていた。
 それを見せられた大道寺権太郎は驚愕した。
 無骨な息子が珍しく菓子折りをもってきたのは、自分に相談もなく役目を辞した事を、ようやく謝りに来たのだと思い込んでいたからだ。
 話しを始めてそうではないと分かったが、話しがあまりに衝撃的だったので、今度は風呂敷の事を忘れていた。

「このような大金をどこで手に入れた、長十郎」

「歴史」の人気作品

コメント

コメントを書く