忘却不能な恋煩い

白山小梅

藤盛、かく語りき

 ブルーエングループは、元々は社長が経営していた洋食店が母体となって大きくなっていった会社であります。

 私は社長の秘書を長いことしていたので、津山一家についてはかなり詳しい方かと……。

 まぁ私のカクテル好きが高じて、早期退職をさせていただくこととなりましたが、社長自身も本当はまた現場に戻ることを望んでいる方なので、私のわがままを応援してくださいました。感謝しかありません。

 話はそれましたが、津山家には三人の御子息がいらっしゃいます。長男の晴臣はるおみ様、次男の尋人様、三男の楓助ふうすけ様です。晴臣様のお名前は社長の好きなミュージシャンから頂いたそうですが、尋人様と楓助様に関して言いますと、は行だそうです。ではまたお子様が生まれたら、"へ"と"ほ"になるのでしょうか……社長の考えは謎です。

 晴臣様は小さい頃から海外での生活に興味を持っており、ご自身で決めて留学されました。今はブルーエングループのアメリカ支社を任され、アメリカ人の奥様とお子様と一緒に、仲睦まじく暮らしているそうですよ。

 楓助様は子供の頃から宇宙マニアでして、気付けば空ばかり見ているお子様でした。どうしても宇宙に関わる仕事がしたいと仰り、今は大学院でお勉強中であります。

 さて、私が語ろうとしたのは尋人様でございます。私が引退してからは尋人さんとお呼びしているので、失礼してそう呼ばせていただきます。

 尋人さんは小さい頃から頭がよく、周りに気を遣う、子どもらしからぬお子様でした。

 長男と三男が我が道を行く中、ご自身は社長の期待に添えるよう勉学に励み、大学では経営学を専攻されたほどです。

 皆は尋人さんが無理をしているのではと心配しましたが、尋人さんはそんな素振りを全く見せず、就職してからも実績を積み上げていきました。

「それでいいのですか? ご自身のやりたいことはないのですか?」

 私が聞くと、尋人さんはいつものように笑顔で答えるのです。

「特にやりたいことはないし、今はこの仕事が楽しいよ」

 なんでも完璧にこなす尋人さんは、社内でも一目置かれた存在。

 その彼が初めて弱音を吐いたのは、三年前のあの夜の女性のことでありました。

 あの日来店した尋人さんはかなり疲れていらっしゃいました。

「まだ仕事が残ってるし、とりあえず軽食と、あと一杯だけ飲ませて」

 しかし食後、一杯のカクテルをゆっくり飲み、なかなか帰ろうとしないのです。見てみると、後ろの席をチラチラ見ては、時々口元に笑みを浮かべていました。

 これはもしや気になる女性でもいたのかと思った時、尋人さんは立ち上がって後ろの女性たちに声をかけました。しかしすぐにお手洗いの方へ向かいます。私の早とちりでしたか……そう思った時、尋人さんが女性とともに席に戻って来たのです! いやもうその時の私の興奮と言ったら……!

 その方はとてもかわいらしい方で、ただかなり警戒しているようにも思いました。しかし二人の波長が合っていることは見ているこちらにも伝わってきました。

 二人でお店を出られた後、私はちょっとウキウキしてしまったのですよ。あんな優しいお顔の尋人さんを見たことがなかったので、これは上手くいくんじゃないかと勝手に思ってしまいました。

 ですが翌日来店した尋人さんはひどく落ち込んでいらっしゃいました。あの方が来ていないから聞く尋人さんは、明らかに生気を失っていました。

 その後すぐに尋人さんはアメリカへと発ってしまいましたが、バリバリと仕事をこなしていると(社長から)噂を聞き、少し安心したのです。

 しかし帰国した尋人さんの口から出たのは、
「あの時の彼女、あれから来てない?」
ですと!

 いやもう私は驚きましたよ。あの尋人さんが、三年も前の、しかもたった一晩一緒に過ごしただけの女性をこんなに引きずっていたとは!

 おっと、取り乱しました。しかしそれくらい衝撃的な出来事だったのです。

 このことを知っているのは私と尚政さん、そして私が告げ口をした社長だけです。社長がその後どなたにお話したかはわかりかねますが……。

 しかしそれからしばらくして、まるで運命であるかのようにあの女性が来店したではありませんか!

 私は興奮を必死に抑えて尋人さんに連絡いたしました。あの時の尋人さんの慌てぶりといったら……。

 女性の方はいろいろと問題を抱えているようでしたが、尋人さんには関係なかったようですよ。

 あんな完璧人間に見えますが、中身はかなり純情少年なんですねぇ。尋人さんがあんなに一途だなんて知りませんでした。

 ちょっとお節介も焼いてしまいましたが、おかげで彼女と話すことが出来たようですしね。今度お店で一番高いお酒を注文してもらいましょう。

 女性の方も尋人さんにゾッコンなようなので、これは良い報告が聞けるかもと思っていた矢先、女性の問題解決とともにプロポーズしているのを聞いてしまいましたよ! 盗み聞き? いえいえ偶然聞こえてしまったんです。

 あの尋人さんがようやくご自身の帰る場所を見つけたというのは、感慨深いものがありますね。

 嬉しくてつい社長にメールしてしまいました。
 
 差し詰め私は愛のキューピッドですね、きっと。新しいカクテルのアイディアがひらめきそうですよ!

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