忘却不能な恋煩い

白山小梅

二人の朝

 朝日が眩しい。まだ覚めない頭の中で美琴は思った。

 起きてご飯の準備をしないいけないのに、体がだるくてなかなか起きるまで至らない。

 その時背後から抱きしめられ、ようやく頭がはっきりとした。なのに、体がだるくて動けない。

「……おはようございます」
「うん、おはよう。体は大丈夫?」
「めちゃくちゃだるいです……」

 背中で感じる笑い声がくすぐったい。

 今どんな顔をしているの? 美琴は気になって寝返りを打つと、尋人の優しい笑顔が目の前に現れる。

 尋人は美琴の額にキスをしてから、強く抱きしめた。

「……またいなくなってたらどうしようかと思った」

 私の三年前の行動は間違いだったのだと気付かされる。

「あの時はそういう考えしか浮かばなかったから……」
「処女の女の子と遊びって? それは確かに最低な男だな」
「だって……! でもあなたの気持ちを知って後悔してる。ごめんなさい……」

 尋人は美琴の体を愛おしそうに、優しく撫でていく。

「ほら、一つ誤解が解けた。やっぱり会話って大事だな。お前といるとついあっち方向に行っちゃうんだけど」

 あっち方向と言われ、美琴は恥ずかしくて両手で顔を覆う。しかしそれは美琴も同じで、キスをされるだけで、まるで火がついたかのように尋人を求めてしまう。前回といい、この人は私の導火線の場所を知っているようだ。

「で昨日の続きだけど、ここで一緒に暮らさない? 毎日話して、まぁずっと一緒にいたらお互いの良いところも悪いところも見えるとは思う。それでも無駄にした三年分を取り戻したい。それに美琴、三カ月付き合ったその男より、たった二晩一緒にいた俺の方を好きだろ?」
「……知りません」

 否定はしない。元々不倫ということをカミングアウトされてから、あの男への気持ちは少しずつ冷めていた。そこにずっと引きずっていた人が現れれば、こうなることは必然だった。

「……聞いてもいいですか?」
「何?」
「あなたの言う同居にはどんな意図があるんですか?」
「意図ねぇ……。まずは体以外の相性を知ることかな。一緒に暮らすのが一番手っ取り早い気がして。無理ならすぐに解消して良いお友達になればいい」
「なんかそれも無責任」
「わからないよ。無理って思うのは美琴の方かもしれないし」
「じゃあ……もし相性が良いなって思ったら……?」
「さぁ……どうだと思う?」

 尋人は不敵な笑みを浮かべると、美琴の左手を取り、薬指の付け根をいやらしく舐める。

 美琴は恥ずかしさと、昨夜のことを思い出し、体の芯から震える。

 なんだろう。この人と話してるとすごく楽しい……三年前もそうだった。楽しくて、もっと一緒にいたくなった。

 楽しいって最近忘れていた感覚を、彼が思い出させてくれた。そして愛されているっていう甘い感覚も……。
 
「どうする? 朝食前にもう一回……」
「し、しません!」

 尋人は笑いながらベッドから降りる。

「シャワー浴びたら朝飯食いに行こうぜ。うちの冷蔵庫空っぽだから」

 尋人の背中を見ながら、美琴は決意した。

「……じゃあその後に私の部屋に荷物を取りに行ってもいいですか? あと必要な買い物もしたいです」

 尋人は目を丸くして美琴を見ると、慌ててベッドに戻ってくる。

「それって……」
「……同居オッケーということです」
「マジで⁈」
「ただ条件をつけさせてください」
「……どんな?」
「……セックスはしない」
「はっ……マジで?」

 美琴の表情は真剣だった。

「体の関係ありきなのが嫌なんです……。そのために同居を続けるみたいじゃないですか……」

 寂しそうな美琴の顔を見て、尋人は理解する。あぁ、そうか。彼女は愛情が欲しいんだ。ちゃんと愛されてるって信じたいんだ。

「まぁ体の相性が良いのはわかってるしね。その条件、受け入れるよ」
「いいの?」
「もちろん。ただし、俺からも条件がある」
「な、なんでしょう……?」
「俺からは誘わない。でも美琴から誘うのはOK。どう?」

 美琴は何かを言おうとしたが、口をパクパクさせた後、それをグッと飲み込んだ。

「俺はさ、美琴をいっぱい歓ばせて、気持ちよくなって欲しいだけ。まぁ俺もついでに気持ちいいけど」
「……! わかりました」
「あぁそうだ。あともう一つ」
「な、なんですか?」
「美琴の寝室は作らないから。必ずこのベッドで一緒に寝ること」

 美琴は渋々頷いた。彼が示してくれた未来のために頑張るわけじゃない。私自身も彼との相性を知りたい。彼の長所も短所も知った上で、引きずっていた想いが本物なのか見極めたかった。

 同居なんだから体の関係なんか必要ない……だけどそれは美琴の強がり。本当はもっと繋がっていたいと思ってる。でもそれだと見誤ってしまう不安があったのだ。

 私から誘うのはOKだなんて、見抜かれてたのかな……そう思うと恥ずかしい。私が彼とするのを嫌がっていないって言われているように聞こえた気がしたのだ。

 まぁその通りなんだけど……。尋人のキスもその行為も、すべてが気持ちが良くて溶けてしまいそうだった。

「美琴、一緒にシャワー……」
「入りません」

 尋人とのこのやりとりを悪くないと思うのも本心だった。そのままの私で話しているのに、この人は笑って受け止めてくれる。それがすごく心地良い。

 尋人が浴室に入るのを見届けてから、美琴はカウンターに置いたままのカバンの中からスマホを取り出す。

 紗世から心配のメールが来ていたが、それだけだったことに安心した。とりあえず『心配しないで。また連絡するね』とだけ返信した。

 尋人とは同居を了承しただけで、付き合うと言ったわけではない。ただ体の関係は持ってしまったし、これは二股になってしまうのだろうか。

 近いうちにきちんと決着をつけないと。私の未来が尋人へと繋がっているかはまだわからないけど、尋人には誠実でありたいと思った。

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