肉染む憎しみ

とある学園の教師

第2話

クローヴェルはとあるマンションを所有している。
というのも紆余曲折あって譲り受けたものなのだが………
金も訳あって工面がつき、何より彼のもう一つの顔に深く根差すものでもあって。 
 いつものように学校へ向かうために外へ出ると、
「あ、おはようございます」
なんて声が聞こえて。声のするほうを向いて取り敢えず挨拶を返す。
「ソフィアさんじゃないすか、久しぶりですね」
その女性、もといソフィアも留学してきた大学生、となっている。
年上の女性、ということになっているわけでクローヴェルは少し違和感があるが………それでも親しみやすい人はある。
「はい、少しの間に実家に戻ってましたからね〜」
なんていう会話をしつつ、
「まぁ今年度はあまり面倒事がなけりゃあ、引き継ぎも楽ですからね」
「えぇ、私達もそろそろ小休止は欲しいですし……」
というのも、この2人は出会ったばかりの関係ではない。
むしろ、同僚と言うべきか。
「クローヴェルくんは最近どうでした?」
ワクワクと顔を近づけて、食い気味に訊いてくる。
「えぇ、まぁ、楽しいですよ。幼馴染とも会えましたし」
「へぇ〜、それはそれは………」
「なにニヨニヨしてるんですか。俺達は………って時間ですね。行ってきます」
「はい!時間がある時に話聞かせてくださいね」
あの人は時々怖いんだよな、と思いつつ逃げる。


「おはよ」
オルフィーの挨拶が響いて。
「おう、おはよ」
また、彼の声も響いた。
「あ〜ねみ」
「また仕事?」
「あぁ、少し面倒な処理が残っててな」
「お疲れ様だね〜」
なんて会話をして。
今日もなんとなく、一日を過ごす。
過ごすはずだった。
でも少し違った。
スマホに来た通知がそれを示す。
『総員、放課後に集合』
………例の仕事というやつだ。


この世界には神がいる。
ゼウスやらシヴァやらアドナイやら………そしてスルトやら。
俗に言う神話の存在が、現人神として降り立つ。
クローヴェルは彼らの旧友というのが国単位での錨となり、抑止力となっている。
というのもクローヴェルは神代に至り、旧くから世界を見てきたのもある。
…………その神も、無神論者に蹂躙された被害者であり宗教戦争を繰り出した加害者でもある。
だが、彼らは一部除き直接見聞き触れられた訳では無くクローヴェルのような存在はとても有難いものなのだろう。
ではオルフィーは………という話はまた今度にしておこう。


「よりによって今日かー、またカフェはお預けだね」
「あぁ、休日にでも行こう」
「そうだね」
ふふん、と微笑む彼女は何処か物憂げな顔をして。
彼はそれを見て、少し傷心するのだ。








集まる場所というのも前の回では防衛省だったりしたのだが、今回は違うようだ。
「これ何処だ………」
雑な地図で示された場所を2人で覗き込む。
「シャドーモリモト………?」
近くにあるデパートのようだ。
オルフィーは辛うじてわかったようだが、クローヴェルははてなマークを浮かべる。
「何その芸名みたいなの」
「老舗デパートだよ。海外から進出してきた店らしいけど……」
「へぇ〜」
わけわからねぇ、とボヤきつつ検索にかけてみる。
「本当だ、こんな場所あったのか」
「そっちからは少し遠いもんね」
「にしてもなんで地味に遠い場所に設定したんだろう」
「さぁ、趣味悪いね」
「しかも5階だとさ」
「多分ゲームセンターかな、記憶が朧気だからわからないや」
「まぁ、デートがてらに行くか………」
と、からからってみる。
「お、言うねー」
いつものように効かない。
本当にわからないやつだと密かに尊敬する。







先程申し上げた神達は人々に恵みを齎した。
ヴィシュヌは時間を、プロメテウスは炎を、龍神は雨を授けたように。
それらは決して利点ばかりではなかったが、神は善意をもって貸した。
だから、人々はそれを受けて信仰で恩返しした。
神はそれに酔い、人々はそれを甘んじて享受した。
だが、お互いに干渉しすぎて人間はとある疑念を孕んだ。
『この関係はいつまで続くのか』と。
神の偉大な恩恵が途絶えるのを恐れたのだ。







「ここが…………」
異様に大きい、ショッピングモールのような場所に至る。
中へ入り、5階へと向かう。
ブティック、娯楽施設、スパ………
様々な施設が立ち並ぶ。
「すげー面白そうだな」
目的地にスタスタと向かう割にはよく見ているようだ。
本心から興味ありげに言って。
「今度来る?」
「あぁ、夏休み辺りにでも………」
「あっ、クローヴェルくんとオルフィー!」
今朝聞いた声。
「ソフィアちゃん!こんにちは」
「こんにちは!」
「ちゃーす」
実は、ソフィアもこの話に深く関わってくる。
「初めて来たので迷っちゃって………」
確かに海外の開放的なものとは違い、『The 屋内』という感じの場所なので来るのにはゆうきが要りそうではある。
それに、慣れていないのもあるだろう。
「オルフィーが来たことあるらしいんですけど、久々らしくて………」
「エスカレーターちょっと遠かった記憶………こっちかな………」
「3人の中では1番頼れますね!」
「ははは………」
嫌味ではない純粋な言葉が突き刺さる。
オルフィーに導かれるがままに、上へと向かった。







神は怒るわけでもなく悲しむものが多かった。
その中でも悪神達は怒り、人間へ復讐するものも居た。
国を膿んだ神々はそれを止めきれなかった。
一本の大木に火を放った巨人も居れば、子を生み食らう夫婦もいた。
後者は喧嘩のようなものであったが………それでも人々を巻き込み、蹂躙した過去を持つのだから彼らは気後れしているともとれる。
そこで、世界の国々は弁護団体を立ち上げた。…
神の言い訳アジアンタム』と。
アジアンタムは世界中を飛びまわり、神と人の楔となっている。
彼らの蟠りを解き、共生の道を歩ませる為に。
…………常人ではなれる訳がなく、全員訳アリの人外である。








「着きましたー!」
「着いたー!」
両手を掲げるソフィアとオルフィー。
そして、着いてもなおソワソワするクローヴェル。
「本当にゲームセンターだったな………」
見たことの無いレトロな筐体ばかりだ。
それも新品同様の。
余程管理が行き届いていないと成せない所業だ。
それより、肝心の目印が見つからない。
「ソフィアさん、何か情報は?」
「スタッフが居るはずと………」
「へっ?それだけ?」「」
オルフィーの拍子抜けした顔を見てクローヴェルは少し笑ってしまった。腹を抓られる。
「はい……」
困り顔でキョロキョロするソフィア。
「クローヴェル様、オルフィムヤトラ様、ソフィア様でございますか」
クローヴェルより一回り小さい厳つい男が背後から話かけてきた。
「えぇ、そうですが」
クローヴェルは、そうだろうと確信して答える。
「こちらへ」
そう言われ案内される。
服装はカジュアルなもので、春の季節感にあったファッションをしていた。
その先にはレストランがあった。
貸切のようで数人の人しかいなかった。
「やぁやぁクローヴェル」
赤髪の男が近くに来る。
「久しぶりですね、スルトさん」
「む、嫌だなぁ。硬い言葉は使うなよ。疲れるだろ」
「いいんですよ、これくらいがいい」
「むぅ………」
『大男の割には幼女のようだ』というのがクローヴェルの評価で。反応が可愛らしいのだ。
「お待たせー」
背後から声がする。
「お、バヘムツか」
クローヴェルがいち早く反応する。
「そうだよ、おじさん」
意地悪く笑う。相変わらず大人っぽい見た目にしては中身は幼い子だ。
ベヘモスとレヴィアタンの複合された神体、と呼ぶべきであろう彼女。
「まだバラムツみてぇな名前で過ごしてんのか?」
「まぁ、おじさんから貰った名前だしね………お義父さん、これ」
とスルトに饅頭を渡す。
「む、ありがとう」
「どーいたしまして!」
「本当にスルトさんは丸くなりましたね」
クローヴェルが呆れながら言う。
「そうか?まぁあの時は若かったからな」
だが受け流す。それが『丸くなった』という他ならぬ反証だろう。
「スルト様」
「なんだ知恵の子」
「その………大変申し上げにくいのですが」
「?」
「アレの新刊を読ませていただきたく………」
例のアレ、恐らく漫画だろう。ソフィアもスルトもサブカルチャーに染まっているので何も違和感はないが………
「シュールだなぁ………」
と、ボソッと言ってしまう。
『?』
2人してはてなマークを浮かべるので、尽かさずクローヴェルは「いえ、なんでも………」と何事もないような素振りを見せる。
「ところで他の人たちは?」
オルフィーが切り込む。
「重役出勤だろうなぁ………漬け込みやがって」








神の怒りを嘲笑したものも居た。その者達は断罪され、消えていったが国を牛耳る貴族達の不満は受け入れるしか無かった。
慢性的なものは、破裂寸前に至り………
そして、ヘチマのように弾けた。
とうとう、人は神を迫害するようになった。

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