肉染む憎しみ

とある学園の教師

第1話

「…………」
「クローヴェルくん〜?」
名を呼ぶ声。
「ん?あぁ、どうかしたか」
クラスメイトの呼び掛けにようやく気づく。
「最近ボーっとしてるけど、考え事?」
「あー………」
適当にはぐらかすかとでも考えたが、態度に出そうなので出来るだけ体裁を繕う。
「まぁ、ホームシックみたいなもんかなぁ………」
「へー、意外だな」
「きっと、誰だってそうだよ」
はははーと笑って誤魔化す。
とはいえ、考え事をしていたのは事実だ。

曰く、神話世界に侵食された世界。
国家と神性が共生している、という反理想郷ディストピア

曰く、その世界に突如舞い降りた外宇宙からの旅人。

そして、それがクローヴェルであること。
その上彼は_______
「何言ってんだよ〜、ロマンチストぶりやがって」
なんて所で思考を遮られる。
「嫌いじゃないだろう?」
茶化してみせた。
「リアルでやられたら嫌だけどな」
辛い切り返しだ。
「あはは………」
話が続かない。
もともとコミュニケーションに疎い彼には苦痛でしかない。
「じゃあ、俺小便行くから………」
魔法の言葉だ。
着いてくる人なんてそうそう居ないしなぁ、と急いで尿を出力する。
戻ってきたらまた話しかけられるだろうが、まぁその時はその時で別の話題を………と。


戻ってきた時に、オルフィーが傍に寄ってきた。
「おっす」
適当に挨拶する。
「おっす!」
彼の2倍の勢いで返事をする。
「声でか………なに?」
「今日帰りにドドスコ寄ろうよ」
ドドスコ。新しく出来たカフェだったか。
奇抜なネーミングセンスだが、雰囲気は悪くない。
「あぁ、良いぞ」
特に予定はなかったので承諾する。
下手に周りから何かを誘われても断る口実も出来た。
とか思ってると縁というものは厭らしくて。
「まーた夫婦でイチャついてる」
「今日カラオケ行かねー?」
数人クラスメイトが寄ってくる。
「俺歌歌えないんだよ………」
苦笑いで言ってみるが、気休めにしかならないだろう。
「? クローヴェルの歌、落ち着くから好きなんだよねー」
彼の顔が固まる。
「オ、オルフィーサンナニイッテルノカナ」
級友達は明るい笑顔で、
「そうなのー!?聴いてみたい!いい!?いいよね!?」
「マジかー、クローヴェルくんの低音、確かに落ち着けそうだよなー」
ここまで来たら、止められない。
「カフェはお預けだな」
「まぁ、いい体験だよ」
苦笑する彼と、ウインクする彼女。
チグハグだが、相性がいい。なかなかに拗れたものである。


これがまた難儀なもので。クローヴェルの好みの曲がマイナーなものばかりで。名曲に搾っても世代を大きく外れたロックやらバラードやら。
しんみりとしてしまうものばかりで。
だから童謡を歌ってみたり、有名どころをアてて歌ってみたりして。
それなり盛り上がったところで、クラスメイトが爆弾を投下した。
「クローヴェルくんとオルフィーさんって何処で知り合ったの?」
「それききたい、こっちに来たばかりの時にはもう仲良かったよねー」
彼らは言葉に詰まり、少しずつ紡ぐ。
「幼馴染だったんだよ。ドイツに住んでた時に会って、それでオルフィーがイタリアに行って。俺はそこからそのまま」
「私はイタリアに数年いた後にお父さんの都合で色々な国を転々としててね。それで、時々ドイツに戻ってきたりして偶に彼と会って………」
キャーと顔を手で覆う。
「もうそこまで来たら付き合えよ〜」
と、肘でウリウリとやってくる級友にクローヴェルは笑って。
「…………付き合ったら、ぎこちなくなっちゃうだろ?変に気は使いたくないんだよ」
「変なんだよねーこの人」
オルフィーが怖い笑みで。
「クローヴェルくんはさー、オルフィーちゃんのことは嫌いなわけ?」
バッサリと切り込んでくる。
「嫌じゃないけどさぁ。何もかも見透かしたかのような態度が、昔と変わってて違和感が………」
「だってよ、本人はどう思う?」
「私、昔からこうだよ?貴方の前だけでは猫被ってただけ」
「オルフィーちゃん、意外と重いね………」
「あぁ、ここまでとは………」
ドン引く級友。
クローヴェルは目を逸らす。
表情に出る訳では無いが、少し気恥しいのだ。
「へー、そんなに俺のことが………」
お返しと言わんばかりに揶揄う。
「重い女、いや?」
キラキラとした眼で、まっすぐに見つめてくる。
「どうでもいい」
照れ隠しが止まらない。
「はっきりしなよー」
「男らしくないぜ?」
「人前で言うのってはばかられないか?」
「人前だからこそいいんじゃん。愛してるゲームでもやれば?」
と、その瞬間に片隅にいた1人の少女がスマホを取り出してテーブルの上に置く。
「はい。私録音しておきます。こんな濃密なクロオルを供給していただきありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございます」
と五体投地しそうな勢いで立ち上がるので、クラスメイト達が身を呈して止める。
「ごめんねー、アガっちゃったみたい」
「根っからのオタク気質で」
件の2人は苦笑いして。
「いいんだよ。ちゃんと録音しな?」
「ありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございます」
念仏のように言う彼女の意識は既に何処かへ行ってしまっているようだ。
「じゃあ俺から_____」


結局クローヴェルが勝った。

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