同期の御曹司様は浮気がお嫌い
2
「金は?」
「持ってきてない」
「は?」
「優磨くんと別れたから会社に言っても意味ないよ」
「へー、優磨が波瑠を手放したんだ」
下田くんは面白そうな顔をしてハンバーグを頬張る。
「だからもう下田くんとも会わない。今日はそれを面と向かって言いに来た」
私の言葉に驚いた顔で口をぽかんと開ける。
「私、下田くんのせいでボロボロなの。優磨くんに誤解されて傷つけちゃった。下田くんのことを一生許さないよ。もう二度と私に連絡しないで」
「ちょっ……いいのかよ? 俺はこれからもずっと波瑠の行く先々で不倫の過去を言いふらすよ」
「いいわけないだろ」
突然割って入ってきた声に私も下田くんも固まった。
「優磨くん!?」
テーブルの横にいつの間にか優磨くんが立っていた。その後ろには泉さんが控えている。
「元気そうだね下田」
「優磨……」
下田くんの顔が引きつる。
優磨くんは冷たい目をして下田くんを見下ろしている。この間見たボロボロの姿ではなくて、きちんと髪を整えていつものように隙のない姿に戻っている。
「お前……何でここに?」
「下田のことを調べたからだよ」
「は?」
優磨くんは「失礼するよ」と言って下田くんの横に座り、まるで逃がさないとでもいうように壁に追いやった。そうして向かいに座る私と目が合い複雑そうな顔をしたけれど、すぐに横の下田くんを睨む。
「さて、まず下田はこれを見て。泉さん」
「はい」
泉さんは優磨くんにファイルを渡した。それは紙が何枚もまとめられて厚みがある。
「下田のこと、全部知ってるよ」
優磨くんがテーブルに置いたファイルを下田くんは慌てて開いた。そうして顔色が変わった。
「俺がビールをかけたスーツのお詫びにその何倍も金を渡したのに、まだ波瑠からむしり取ってたなんて本当にゴミカスのような人だね。調べさせてもらったけどそんなに金が必要だとは思えないよね」
ニコッと笑う優磨くんの目だけは笑っていない。横にいる下田くんは増々顔色が悪くなる。
「いや……それは……」
「そうまでして波瑠を縛るとは呆れを通り越して怖いほどだね。このことを知ったら奥さんはどう思うかな?」
私は訳が分からなくてずっと優磨くんと下田くんの顔を交互に見る。
「奥さんの驚く顔が見れないのは残念だよ。今頃家の近くの郵便局まで届いてるんじゃないかな」
「どういう意味だよ?」
「下田の家にこれと同じものを送ったんだよ」
今度は顔面蒼白になった下田くんは言葉も出ないのか口をパクパクさせる。
「奥さんのお父さんも下田が波瑠に手を出してるなんて知らないんだよね。奥さんの両親に逆らえなくて入籍しちゃったんだから、誠心誠意尽くさないと。子供共々不自由な生活をさせないって誓ったんだから、金を脅し取るんじゃなくてしっかり働かないと」
「そこまで調べたのか……?」
「下田、これは知ってた? 奥さんのお父さんの会社、城藤と取引があるってこと。お父さんの会社にはまだこれ送ってないけど、問題のある人物が身内にいるとなると城藤も取引を考え直さないとね」
「てめぇ……俺を脅すのか?」
優磨くんはクスリと笑った。
「下田がそれを言う? 波瑠にしたことがブーメランだから。波瑠を脅すってことは俺を脅したようなものなんだよ。俺は脅されたら黙ってるほど大人しくない」
優磨くんが下田くんの耳元に顔を寄せた。
「俺の恋人に手を出して無事でいられるとでも? 波瑠に触れていい男は俺だけなんだよ。その体に下田が傷をつけたと思うと殴るだけじゃ済まなそうで、今自分を抑えるのに精一杯だよ」
優磨くんの囁く言葉に下田くんはどんどん壁まで追い込まれる。額には脂汗が浮かんでいる。
「いつまでも未練たらたらで体調を崩すほど追い詰めて、それで波瑠が手に入ると思った?」
突然下田くんがテーブルの下に潜って横から這い出た。その手にはフォークが握られている。
「お前……ふざけたこと言うと刺すぞ」
「やっと度胸がついた? これって立派な犯罪だよ。波瑠を脅したこともね」
下田くんは尋常じゃないほどの汗をかいている。私は手元のフォークを警戒した。
「ストーカーになるなんて堕ちたもんだね。調子のいいやつだとは思ってたけど、ここまで波瑠に執着するなんて驚いてるよ」
「うるせーよ……」
「そもそも、浮気なんてしなければ波瑠はずっと下田のそばにいてくれたのにね」
「黙れ……」
「まあ下田の考えたことは大体わかるよ。波瑠にかっこつけた姿だけ見せて自分のダメなところに幻滅されるのが怖くて、他の女に八つ当たりのように甘えたんだろ?」
「黙れって……」
「でも波瑠は欠点だってちゃんと受け入れてくれる女性だよ。下田はそれをわかってなかった」
「黙れって言ってんだろ!!」
下田くんは店中に響くほど大きな声で優磨くんに怒鳴る。
「昔からお前のそういうカッコつけたとこが大嫌いだったんだよ!」
フォークを優磨くんに向けた瞬間、前後と横のテーブルに座ったお客さんが一斉に立ち上がった。そうして同時に全員が下田くんの回りに立って囲った。
「なん……何なんだよ……」
「この頼もしいお兄さんたちは城藤グループの警備会社の人たちだよ。今回ご協力いただいたんだ」
「はあ!?」
「言い忘れてたけど、今この店貸し切りにしてあるから。叫ぼうと暴れようと構わないよ」
下田くんと私は警備会社の社員さんたちの迫力に言葉を失う。全員格闘技の経験がありそうなほど体格がいい。
「俺も多少武道の心得があるし下田が襲ってきても大丈夫って思ったんだけど、泉さんが手配してくれたんだ。結果正解だったね。フォークとはいえ武器を持たれてるし。さすがです泉さん」
「恐れ入ります」
優磨くんのそばに立つ泉さんは微笑んだ。
「なっ……」
下田くんは何人もの男性に囲まれて完全に怯えている。
「二度と波瑠に関わるな。この先また下田が波瑠を苦しめたら、俺の持ってる力の全てを使って人生を潰す」
下田くんは小さく震えている。私までも鳥肌が立った。優磨くんは本気だ。
「波瑠から脅し取った金はきちんと全額返してね。あとで口座連絡するから」
慌てて何度も頷く。このままでは下田くんの首が痛くなってしまうんじゃないかと心配になるほどに。
「最後に、波瑠に何か言うことがあるんじゃないの?」
顔を真っ赤にして私と向き合った下田くんは「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
私は返事をすることもなく言葉を失う。体調を崩すほどに苦しめられた相手がこんなにあっさりと私に謝罪したことに戸惑う。
「波瑠に……離れられるのが怖くて……俺、まだ波瑠のこと……」
「下田、潰されたいの?」
優磨くんは低い声で下田くんを制した。
「っ……」
「もう関わらないって自分の口できちんと言って」
優磨くんの言葉に震えながら「二度と関わりません」と口に出す。
「波瑠」
名を呼ばれて優磨くんを見た。
「これでいいかな?」
「え?」
「下田をどうしたい? 警察に連れていく?」
そう言われて不安そうに私を見つめる下田くんと目が合う。
この人を許せない。だけどもうこの件は終わりにしたい。
「二度と関わらないと言ってくれたから、それでいい」
優磨くんは優しい目をして「わかった」と言った。
「下田はもう行っていいよ。奥さんが郵便物を見る前に回収したいでしょ?」
大袈裟なほど頭を前後に振って頷くと、慌てて警備会社の社員を押しのけて店の外に走っていった。
「皆様ありがとうございました」
立ち上がった優磨くんは警備会社の社員さんにお礼を言うと、屈強な社員さんたちは優磨くんに頭を下げて店を出て行く。
「泉さん、この店の店長さんにもお礼を。もう開けて構いません。運営会社には後で俺からもお礼の電話を入れます」
「かしこまりました」
「しばらく波瑠と話をします」
「はい」
泉さんが店の奥に行ってしまうと優磨くんは呆然としている私の前に再び座った。
「優磨くん……」
「ごめんなさい」
優磨くんはテーブルに額が付きそうなほど頭を下げた。
「波瑠の言葉を信じなかったこと、本当に反省してる」
「あの……これってどういう状況? 何で優磨くんがここに? あの警備会社の人たちずっとここに居たの?」
疑問ばかりが口をつく。
優磨くんは顔を上げて私を真っ直ぐ見る。
「これを」
そう言ってテーブルに置かれたままのファイルを私に差し出す。そのファイルを開いて驚いた。中表紙のコピー紙には大きく『下田浩二 調査報告書』と印字されている。
「持ってきてない」
「は?」
「優磨くんと別れたから会社に言っても意味ないよ」
「へー、優磨が波瑠を手放したんだ」
下田くんは面白そうな顔をしてハンバーグを頬張る。
「だからもう下田くんとも会わない。今日はそれを面と向かって言いに来た」
私の言葉に驚いた顔で口をぽかんと開ける。
「私、下田くんのせいでボロボロなの。優磨くんに誤解されて傷つけちゃった。下田くんのことを一生許さないよ。もう二度と私に連絡しないで」
「ちょっ……いいのかよ? 俺はこれからもずっと波瑠の行く先々で不倫の過去を言いふらすよ」
「いいわけないだろ」
突然割って入ってきた声に私も下田くんも固まった。
「優磨くん!?」
テーブルの横にいつの間にか優磨くんが立っていた。その後ろには泉さんが控えている。
「元気そうだね下田」
「優磨……」
下田くんの顔が引きつる。
優磨くんは冷たい目をして下田くんを見下ろしている。この間見たボロボロの姿ではなくて、きちんと髪を整えていつものように隙のない姿に戻っている。
「お前……何でここに?」
「下田のことを調べたからだよ」
「は?」
優磨くんは「失礼するよ」と言って下田くんの横に座り、まるで逃がさないとでもいうように壁に追いやった。そうして向かいに座る私と目が合い複雑そうな顔をしたけれど、すぐに横の下田くんを睨む。
「さて、まず下田はこれを見て。泉さん」
「はい」
泉さんは優磨くんにファイルを渡した。それは紙が何枚もまとめられて厚みがある。
「下田のこと、全部知ってるよ」
優磨くんがテーブルに置いたファイルを下田くんは慌てて開いた。そうして顔色が変わった。
「俺がビールをかけたスーツのお詫びにその何倍も金を渡したのに、まだ波瑠からむしり取ってたなんて本当にゴミカスのような人だね。調べさせてもらったけどそんなに金が必要だとは思えないよね」
ニコッと笑う優磨くんの目だけは笑っていない。横にいる下田くんは増々顔色が悪くなる。
「いや……それは……」
「そうまでして波瑠を縛るとは呆れを通り越して怖いほどだね。このことを知ったら奥さんはどう思うかな?」
私は訳が分からなくてずっと優磨くんと下田くんの顔を交互に見る。
「奥さんの驚く顔が見れないのは残念だよ。今頃家の近くの郵便局まで届いてるんじゃないかな」
「どういう意味だよ?」
「下田の家にこれと同じものを送ったんだよ」
今度は顔面蒼白になった下田くんは言葉も出ないのか口をパクパクさせる。
「奥さんのお父さんも下田が波瑠に手を出してるなんて知らないんだよね。奥さんの両親に逆らえなくて入籍しちゃったんだから、誠心誠意尽くさないと。子供共々不自由な生活をさせないって誓ったんだから、金を脅し取るんじゃなくてしっかり働かないと」
「そこまで調べたのか……?」
「下田、これは知ってた? 奥さんのお父さんの会社、城藤と取引があるってこと。お父さんの会社にはまだこれ送ってないけど、問題のある人物が身内にいるとなると城藤も取引を考え直さないとね」
「てめぇ……俺を脅すのか?」
優磨くんはクスリと笑った。
「下田がそれを言う? 波瑠にしたことがブーメランだから。波瑠を脅すってことは俺を脅したようなものなんだよ。俺は脅されたら黙ってるほど大人しくない」
優磨くんが下田くんの耳元に顔を寄せた。
「俺の恋人に手を出して無事でいられるとでも? 波瑠に触れていい男は俺だけなんだよ。その体に下田が傷をつけたと思うと殴るだけじゃ済まなそうで、今自分を抑えるのに精一杯だよ」
優磨くんの囁く言葉に下田くんはどんどん壁まで追い込まれる。額には脂汗が浮かんでいる。
「いつまでも未練たらたらで体調を崩すほど追い詰めて、それで波瑠が手に入ると思った?」
突然下田くんがテーブルの下に潜って横から這い出た。その手にはフォークが握られている。
「お前……ふざけたこと言うと刺すぞ」
「やっと度胸がついた? これって立派な犯罪だよ。波瑠を脅したこともね」
下田くんは尋常じゃないほどの汗をかいている。私は手元のフォークを警戒した。
「ストーカーになるなんて堕ちたもんだね。調子のいいやつだとは思ってたけど、ここまで波瑠に執着するなんて驚いてるよ」
「うるせーよ……」
「そもそも、浮気なんてしなければ波瑠はずっと下田のそばにいてくれたのにね」
「黙れ……」
「まあ下田の考えたことは大体わかるよ。波瑠にかっこつけた姿だけ見せて自分のダメなところに幻滅されるのが怖くて、他の女に八つ当たりのように甘えたんだろ?」
「黙れって……」
「でも波瑠は欠点だってちゃんと受け入れてくれる女性だよ。下田はそれをわかってなかった」
「黙れって言ってんだろ!!」
下田くんは店中に響くほど大きな声で優磨くんに怒鳴る。
「昔からお前のそういうカッコつけたとこが大嫌いだったんだよ!」
フォークを優磨くんに向けた瞬間、前後と横のテーブルに座ったお客さんが一斉に立ち上がった。そうして同時に全員が下田くんの回りに立って囲った。
「なん……何なんだよ……」
「この頼もしいお兄さんたちは城藤グループの警備会社の人たちだよ。今回ご協力いただいたんだ」
「はあ!?」
「言い忘れてたけど、今この店貸し切りにしてあるから。叫ぼうと暴れようと構わないよ」
下田くんと私は警備会社の社員さんたちの迫力に言葉を失う。全員格闘技の経験がありそうなほど体格がいい。
「俺も多少武道の心得があるし下田が襲ってきても大丈夫って思ったんだけど、泉さんが手配してくれたんだ。結果正解だったね。フォークとはいえ武器を持たれてるし。さすがです泉さん」
「恐れ入ります」
優磨くんのそばに立つ泉さんは微笑んだ。
「なっ……」
下田くんは何人もの男性に囲まれて完全に怯えている。
「二度と波瑠に関わるな。この先また下田が波瑠を苦しめたら、俺の持ってる力の全てを使って人生を潰す」
下田くんは小さく震えている。私までも鳥肌が立った。優磨くんは本気だ。
「波瑠から脅し取った金はきちんと全額返してね。あとで口座連絡するから」
慌てて何度も頷く。このままでは下田くんの首が痛くなってしまうんじゃないかと心配になるほどに。
「最後に、波瑠に何か言うことがあるんじゃないの?」
顔を真っ赤にして私と向き合った下田くんは「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
私は返事をすることもなく言葉を失う。体調を崩すほどに苦しめられた相手がこんなにあっさりと私に謝罪したことに戸惑う。
「波瑠に……離れられるのが怖くて……俺、まだ波瑠のこと……」
「下田、潰されたいの?」
優磨くんは低い声で下田くんを制した。
「っ……」
「もう関わらないって自分の口できちんと言って」
優磨くんの言葉に震えながら「二度と関わりません」と口に出す。
「波瑠」
名を呼ばれて優磨くんを見た。
「これでいいかな?」
「え?」
「下田をどうしたい? 警察に連れていく?」
そう言われて不安そうに私を見つめる下田くんと目が合う。
この人を許せない。だけどもうこの件は終わりにしたい。
「二度と関わらないと言ってくれたから、それでいい」
優磨くんは優しい目をして「わかった」と言った。
「下田はもう行っていいよ。奥さんが郵便物を見る前に回収したいでしょ?」
大袈裟なほど頭を前後に振って頷くと、慌てて警備会社の社員を押しのけて店の外に走っていった。
「皆様ありがとうございました」
立ち上がった優磨くんは警備会社の社員さんにお礼を言うと、屈強な社員さんたちは優磨くんに頭を下げて店を出て行く。
「泉さん、この店の店長さんにもお礼を。もう開けて構いません。運営会社には後で俺からもお礼の電話を入れます」
「かしこまりました」
「しばらく波瑠と話をします」
「はい」
泉さんが店の奥に行ってしまうと優磨くんは呆然としている私の前に再び座った。
「優磨くん……」
「ごめんなさい」
優磨くんはテーブルに額が付きそうなほど頭を下げた。
「波瑠の言葉を信じなかったこと、本当に反省してる」
「あの……これってどういう状況? 何で優磨くんがここに? あの警備会社の人たちずっとここに居たの?」
疑問ばかりが口をつく。
優磨くんは顔を上げて私を真っ直ぐ見る。
「これを」
そう言ってテーブルに置かれたままのファイルを私に差し出す。そのファイルを開いて驚いた。中表紙のコピー紙には大きく『下田浩二 調査報告書』と印字されている。
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