同期の御曹司様は浮気がお嫌い
4
◇◇◇◇◇
仕事に行く優磨くんを見送り掃除も一段落したころに電話が鳴る。スマートフォンに『下田浩二』と表示され目を見開いた。
この間会って完全に関係を切ったと思ったのに、いったい彼はどうしたいというのだろう。もう着信拒否してアドレスを消してしまおう。
数秒待つと着信音は止んだ。そのまま画面を操作して下田くんの連絡先を消そうとするとまた着信がある。
今日は本当にしつこいな……。
戸惑ったけれど私はもう連絡をしないでと言うために画面をタップした。また公衆電話からかけてこられても困ってしまうから。
「もしもし……」
「波瑠、突然悪いんだけど今から出てこれる?」
「え?」
「今から会いたい」
「………」
そんなことを言われると思っていなくて言葉が出ない。
「来ないと後悔するよ?」
「なにそれ……どういう意味?」
「とにかく来て」
「嫌……もう会わない。連絡もしないで……」
「優磨のためを思うなら来て」
「え……優磨くんは何も関係ない……」
「それはどうだろう。優磨にとってはそうじゃないかもしれない」
「このまま電話じゃ済まないの?」
「直接会いたい。じゃないと俺は優磨を困らせるよ」
「……わかった」
そこまで言われては警戒しつつも行くことにした。優磨くんの名前を出してきた下田くんに逆らわない方がいいような気がした。
呼び出されたのはカラオケボックスだった。
薄暗い部屋のドアを開けると中にはジャージ姿でボサボサ頭の下田くんがソファーに座っていた。
「呼び出して悪いね」
「要件は何?」
私は下田くんと距離を取ってドアの近くに立った。
「まあ座りなよ。長くなるから」
そう言われ、警戒しつつも仕方なくソファーに座った。
「優磨とは順調に付き合ってんの?」
「そんなこと知ってどうするの?」
「元カノの近況を聞いたっていいだろ」
「順調ですけど」
ぶっきらぼうに答える。今更下田くんがそれを知ってどうするというのだ。
「城藤の御曹司なんだから、さぞいい暮らしをしてるんだろうな。でっかい屋敷か、タワーマンションか。車も良いやつ乗ってるんだろ? スーツも高級なの着てさ。波瑠も贅沢な暮らしさせてもらってるみたいだし」
否定も肯定もせず黙って下田くんの言葉を聞いていた。私からは何も答えるつもりはない。
「俺にもその恩恵に与らせてよ」
「え?」
「元同期なんだからいいだろ? 俺も良い生活がしたいんだよ」
「何を……言ってるの?」
「金が要るんだよ」
この言葉に青ざめる。
「は……?」
「城藤財閥の人間が不倫してた女と付き合ってるなんて知れたら一大事なんじゃないの?」
怒りで肩が震えてきた。
「どういう意味? 私は不倫してたつもりはないんだけど……」
「周りはそう思ってないから俺たち減給処分食らったんだろ? 波瑠の過去が優磨の会社にバレたらやばいんじゃないの? あいつの親だって波瑠のことを認めない」
「なにを……」
「優磨の会社に黙っててやるから金ちょうだいよ」
私は勢いよく立ち上がって下田くんに近づき頬を叩いた。パンッと乾いた音が部屋に響く。頬を押さえた下田くんは笑いだす。
「くくっ……暴力を振るってるってのもマズいよなぁ。優磨の立場がやばくなるんじゃないの?」
手が震える。怒りで自分を抑えられなかったことが悔しい。目の前の男がとにかく恐ろしい。
どうしてこうなったの? 私の何がいけなかった? どうしたら優磨くんを守れる?
「そう怯えないでよ……金さえもらえれば黙ってるって言ってるの」
「いくら……いくらが望みなの?」
「百万」
「え……」
「百万円ちょうだい」
「無理……そんな大金用意できない」
「なら優磨に言えよ。城藤ならそんな金ぽんと出せるだろ?」
「できない……優磨くんには迷惑かけられない……」
「できる。波瑠が可愛く甘えれば出すよ。親に認められないと優磨も嫌だろうし」
「そんな……」
下田くんは意地悪く笑う。見下ろしているのは私なのに、圧倒的に立場が弱いのは私だった。
「まあ波瑠は優磨にそんなこと言えないだろうなと思ったよ。なら波瑠が用意して。優磨の立場が悪くなると波瑠も困るでしょ?」
「どうやってそんな大金……」
「分割でもいいから。波瑠が払えなくても優磨の口座から少しずつ抜いていけばいい」
目が潤んできた。悔しくて悲しくて怖い。私はどうしてこんな男と関わっていたのだろう。
「お断りです!」
私は勢いよく部屋を飛び出した。
下田くんも自暴自棄なんだ。私と同じで会社での立場が悪くなったから八つ当たりしているんだ。
そうだよ、そうに決まってる。きっと今のことは本気じゃないはず……。
あれから相変わらず下田くんから連絡が来る。
今までは数日おきだったのが毎日電話がかかってくるようになった。
『金はいつになる?』とLINEも送ってきて、まるで借金取りに脅されているような気持になる。
着信拒否しようと思っても優磨くんの会社に何を言われるか不安でいちいち応答してしまう。その度にお金の要求に応えるのは無理だと言い返すことを繰り返している。
お風呂に入っている間にも電話がかかってきていたらしく、優磨くんに「電話があったみたいだよ」と言われると慌ててカバンに入れたままのスマートフォンを確認する。
着信画面を優磨くんに見られてしまっただろうか。カバンから出すようなことをしないと思うけど、下田くんから連絡があったことを知られたくない。
「どうしたの?」
「ううん! なんでもない!」
着信履歴には下田くんの名前がある。LINEで『いい加減無視するなよ』とメッセージが来ている。
このまま無視していたら下田くんはもっと怒るだろう。優磨くんの会社に変なことを言われたら仕事に影響が出てしまう。私のせいで……。
吐き気を感じて洗面所に引き返す。
「うっ……おえっ」
胃液が逆流してくる気がする。
「波瑠?」
驚いたのだろう優磨くんは洗面台にもたれる私の背中を摩る。胃が不快なだけで実際には吐かなかった。
「大丈夫?」
「ごめっ……ごめんなさい……大丈夫……」
「体調悪い?」
「ううん、大丈夫。何か変なもの食べたのかも……」
「俺も波瑠と同じの食べたけど」
「じゃあお昼ご飯かな……はは……」
何とか誤魔化したけれど優磨くんはまだ不安そうな顔をしている。
しっかりしなきゃ。優磨くんに心配かけないようにしなければ。
でも下田くんは自暴自棄なんかじゃない。本気で私を脅している。一体これにどう対処しろというの?
慶太さんの会社で雇用契約を交わすために新店舗となるテナントに行った帰り、またも下田くんから電話がかかってきた。
「金を渡す気になった?」
開口一番そう言い放った下田くんに私は怒鳴った。
「どこまで最低なの!?」
「怒鳴るなって。俺も困ってるんだし、助けてよ」
「お願い……もうやめて……」
「なら金をちょうだい。マジで生活きついんだよ。嫁は妊娠中で働けないし、嫁の実家にも援助は期待できないし」
「副業してるでしょ?」
「俺、実はちょこっと借金があるんだよね。嫁も奨学金返してるとこだし。その大変さは波瑠もわかるだろ?」
確かに私も奨学金を返している最中だ。けれどその私にお金を要求するなんてクズ過ぎる。
「波瑠はもう返し終わってるだろ?」
「まだ終わってないの!」
「あれ? 優磨が返してくれないの?」
「私は優磨くんに甘えてないから!」
代わりに返すと言ってくれたけど断った。今でも少ない退職金を切り崩して毎月返している。
「ふーん……とにかく早く用意してね」
「っ……」
悪夢を見ているようだ。私はどれだけ下田くんに苦しめられなければいけないの。
「無理……」
ポロポロと涙が落ちる。
「私に何の恨みがあるの? 裏切って仕事も奪って、その上お金?」
「………」
「どうしてここまで私を嫌うの?」
「嫌ってないよ」
「なら何で?」
「………」
下田くんは私の質問に答えてくれない。
私が下田くんを避けていたのが気に障ったのだろうか。それとも浮気がバレて減給処分になった逆恨みか。
「じゃあ、なる早で用意よろしく」
下田くんとの通話は突然切れた。
「うっ……」
怖くて涙が止まらない。もう絶望しかない。気持ち悪くて吐きそう……。
下田くんのことを優磨くんに言うべきだろうか。でも心配をかけたくない。愛しているから、知られたくない、傷つけたくない。
今の下田くんは正気じゃない。まともに相手をしてはだめだ。そう思うけれど、本当に優磨くんの会社に私との過去をバラしてしまいそうな気もして身動きが取れないでいた。
仕事に行く優磨くんを見送り掃除も一段落したころに電話が鳴る。スマートフォンに『下田浩二』と表示され目を見開いた。
この間会って完全に関係を切ったと思ったのに、いったい彼はどうしたいというのだろう。もう着信拒否してアドレスを消してしまおう。
数秒待つと着信音は止んだ。そのまま画面を操作して下田くんの連絡先を消そうとするとまた着信がある。
今日は本当にしつこいな……。
戸惑ったけれど私はもう連絡をしないでと言うために画面をタップした。また公衆電話からかけてこられても困ってしまうから。
「もしもし……」
「波瑠、突然悪いんだけど今から出てこれる?」
「え?」
「今から会いたい」
「………」
そんなことを言われると思っていなくて言葉が出ない。
「来ないと後悔するよ?」
「なにそれ……どういう意味?」
「とにかく来て」
「嫌……もう会わない。連絡もしないで……」
「優磨のためを思うなら来て」
「え……優磨くんは何も関係ない……」
「それはどうだろう。優磨にとってはそうじゃないかもしれない」
「このまま電話じゃ済まないの?」
「直接会いたい。じゃないと俺は優磨を困らせるよ」
「……わかった」
そこまで言われては警戒しつつも行くことにした。優磨くんの名前を出してきた下田くんに逆らわない方がいいような気がした。
呼び出されたのはカラオケボックスだった。
薄暗い部屋のドアを開けると中にはジャージ姿でボサボサ頭の下田くんがソファーに座っていた。
「呼び出して悪いね」
「要件は何?」
私は下田くんと距離を取ってドアの近くに立った。
「まあ座りなよ。長くなるから」
そう言われ、警戒しつつも仕方なくソファーに座った。
「優磨とは順調に付き合ってんの?」
「そんなこと知ってどうするの?」
「元カノの近況を聞いたっていいだろ」
「順調ですけど」
ぶっきらぼうに答える。今更下田くんがそれを知ってどうするというのだ。
「城藤の御曹司なんだから、さぞいい暮らしをしてるんだろうな。でっかい屋敷か、タワーマンションか。車も良いやつ乗ってるんだろ? スーツも高級なの着てさ。波瑠も贅沢な暮らしさせてもらってるみたいだし」
否定も肯定もせず黙って下田くんの言葉を聞いていた。私からは何も答えるつもりはない。
「俺にもその恩恵に与らせてよ」
「え?」
「元同期なんだからいいだろ? 俺も良い生活がしたいんだよ」
「何を……言ってるの?」
「金が要るんだよ」
この言葉に青ざめる。
「は……?」
「城藤財閥の人間が不倫してた女と付き合ってるなんて知れたら一大事なんじゃないの?」
怒りで肩が震えてきた。
「どういう意味? 私は不倫してたつもりはないんだけど……」
「周りはそう思ってないから俺たち減給処分食らったんだろ? 波瑠の過去が優磨の会社にバレたらやばいんじゃないの? あいつの親だって波瑠のことを認めない」
「なにを……」
「優磨の会社に黙っててやるから金ちょうだいよ」
私は勢いよく立ち上がって下田くんに近づき頬を叩いた。パンッと乾いた音が部屋に響く。頬を押さえた下田くんは笑いだす。
「くくっ……暴力を振るってるってのもマズいよなぁ。優磨の立場がやばくなるんじゃないの?」
手が震える。怒りで自分を抑えられなかったことが悔しい。目の前の男がとにかく恐ろしい。
どうしてこうなったの? 私の何がいけなかった? どうしたら優磨くんを守れる?
「そう怯えないでよ……金さえもらえれば黙ってるって言ってるの」
「いくら……いくらが望みなの?」
「百万」
「え……」
「百万円ちょうだい」
「無理……そんな大金用意できない」
「なら優磨に言えよ。城藤ならそんな金ぽんと出せるだろ?」
「できない……優磨くんには迷惑かけられない……」
「できる。波瑠が可愛く甘えれば出すよ。親に認められないと優磨も嫌だろうし」
「そんな……」
下田くんは意地悪く笑う。見下ろしているのは私なのに、圧倒的に立場が弱いのは私だった。
「まあ波瑠は優磨にそんなこと言えないだろうなと思ったよ。なら波瑠が用意して。優磨の立場が悪くなると波瑠も困るでしょ?」
「どうやってそんな大金……」
「分割でもいいから。波瑠が払えなくても優磨の口座から少しずつ抜いていけばいい」
目が潤んできた。悔しくて悲しくて怖い。私はどうしてこんな男と関わっていたのだろう。
「お断りです!」
私は勢いよく部屋を飛び出した。
下田くんも自暴自棄なんだ。私と同じで会社での立場が悪くなったから八つ当たりしているんだ。
そうだよ、そうに決まってる。きっと今のことは本気じゃないはず……。
あれから相変わらず下田くんから連絡が来る。
今までは数日おきだったのが毎日電話がかかってくるようになった。
『金はいつになる?』とLINEも送ってきて、まるで借金取りに脅されているような気持になる。
着信拒否しようと思っても優磨くんの会社に何を言われるか不安でいちいち応答してしまう。その度にお金の要求に応えるのは無理だと言い返すことを繰り返している。
お風呂に入っている間にも電話がかかってきていたらしく、優磨くんに「電話があったみたいだよ」と言われると慌ててカバンに入れたままのスマートフォンを確認する。
着信画面を優磨くんに見られてしまっただろうか。カバンから出すようなことをしないと思うけど、下田くんから連絡があったことを知られたくない。
「どうしたの?」
「ううん! なんでもない!」
着信履歴には下田くんの名前がある。LINEで『いい加減無視するなよ』とメッセージが来ている。
このまま無視していたら下田くんはもっと怒るだろう。優磨くんの会社に変なことを言われたら仕事に影響が出てしまう。私のせいで……。
吐き気を感じて洗面所に引き返す。
「うっ……おえっ」
胃液が逆流してくる気がする。
「波瑠?」
驚いたのだろう優磨くんは洗面台にもたれる私の背中を摩る。胃が不快なだけで実際には吐かなかった。
「大丈夫?」
「ごめっ……ごめんなさい……大丈夫……」
「体調悪い?」
「ううん、大丈夫。何か変なもの食べたのかも……」
「俺も波瑠と同じの食べたけど」
「じゃあお昼ご飯かな……はは……」
何とか誤魔化したけれど優磨くんはまだ不安そうな顔をしている。
しっかりしなきゃ。優磨くんに心配かけないようにしなければ。
でも下田くんは自暴自棄なんかじゃない。本気で私を脅している。一体これにどう対処しろというの?
慶太さんの会社で雇用契約を交わすために新店舗となるテナントに行った帰り、またも下田くんから電話がかかってきた。
「金を渡す気になった?」
開口一番そう言い放った下田くんに私は怒鳴った。
「どこまで最低なの!?」
「怒鳴るなって。俺も困ってるんだし、助けてよ」
「お願い……もうやめて……」
「なら金をちょうだい。マジで生活きついんだよ。嫁は妊娠中で働けないし、嫁の実家にも援助は期待できないし」
「副業してるでしょ?」
「俺、実はちょこっと借金があるんだよね。嫁も奨学金返してるとこだし。その大変さは波瑠もわかるだろ?」
確かに私も奨学金を返している最中だ。けれどその私にお金を要求するなんてクズ過ぎる。
「波瑠はもう返し終わってるだろ?」
「まだ終わってないの!」
「あれ? 優磨が返してくれないの?」
「私は優磨くんに甘えてないから!」
代わりに返すと言ってくれたけど断った。今でも少ない退職金を切り崩して毎月返している。
「ふーん……とにかく早く用意してね」
「っ……」
悪夢を見ているようだ。私はどれだけ下田くんに苦しめられなければいけないの。
「無理……」
ポロポロと涙が落ちる。
「私に何の恨みがあるの? 裏切って仕事も奪って、その上お金?」
「………」
「どうしてここまで私を嫌うの?」
「嫌ってないよ」
「なら何で?」
「………」
下田くんは私の質問に答えてくれない。
私が下田くんを避けていたのが気に障ったのだろうか。それとも浮気がバレて減給処分になった逆恨みか。
「じゃあ、なる早で用意よろしく」
下田くんとの通話は突然切れた。
「うっ……」
怖くて涙が止まらない。もう絶望しかない。気持ち悪くて吐きそう……。
下田くんのことを優磨くんに言うべきだろうか。でも心配をかけたくない。愛しているから、知られたくない、傷つけたくない。
今の下田くんは正気じゃない。まともに相手をしてはだめだ。そう思うけれど、本当に優磨くんの会社に私との過去をバラしてしまいそうな気もして身動きが取れないでいた。
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