同期の御曹司様は浮気がお嫌い
2
「だと思った。あいつ、前から波瑠を狙ってたもんな」
下田くんは眉間にしわを寄せる。何も言っていないのに優磨くんと付き合っていると察している。私自身気づいていなかったのに下田くんは優磨くんの気持ちを知っていたのだろうか。
「波瑠が変わったのって優磨のせいでしょ?」
まるで優磨くんが私を悪くしたような言い方だ。
「私は何も変わってないよ」
「変わったよ。見た目も話し方も何もかも。俺の言うことには何でも同意してくれたじゃん」
下田くんは改めて頭の上から靴まで私の全身を見つめる。
「全部優磨の趣味かよ……」
その言葉に優磨くんに対する憎しみを感じる。
「変わったのは下田くんだよ。下田くんの行動が全ての原因なんだから」
私たちが傷つけ合うことになったのは下田くんのせいだ。
「優磨と居れば働かなくてもいいもんな。羨ましいよ」
この人は私が好きで無職でいると思っているのだろうか。
「私、ずっと無職でいるつもりないんだけど」
「もし城藤家に嫁いだら専業主婦だろ? どうせそれを狙って優磨に取り入ったんじゃないの?」
怒りで顔が赤くなる。
「何も知らないくせに……」
私がどれだけ苦しんだと思っているのだ。誰のせいで退職にまで追い込まれたかって知っているのに。
「そんな高そうな時計して、俺のこと蔑んでるのは波瑠だろ。こっちは副業しないと生活できないってのに、子供が産まれるから大変だろうって嫌みかよ」
「なっ……」
それを下田くんが言うのか。嫌みを言われても文句を言えないことをしたというのに。
私たちの様子に周りの人が好奇の目を向けてくる。
警備員と不穏な会話をしている私は怪しいと思われていることだろう。
「帰る。もう会うこともないだろうからお元気で。奥さん大事にね」
そう言うと私は早足で下田くんから離れた。
最悪最悪最悪……。あんな人と4年も付き合ってきた私って本当にアホだった……。
「波瑠?」
「え?」
「大丈夫?」
フォークを持ったままぼーっとする私に優磨くんは心配そうな顔を向ける。
「体調悪い?」
「ううん! 大丈夫!」
本当は気分が悪い。下田くんに会って心に靄がかかったように不快だ。
「何かあったらすぐ言うんだよ」
「うん。大丈夫」
優磨くんには下田くんに会ったなんて言えない。また嫌な気持ちを思い出したくないし、それを優磨くんとも共有したくない。
「明日の休み、行きたいところがあるんだけど付き合ってくれる?」
「うんいいよ。どこ行くの?」
「友人が新店舗をオープンするからお祝いに行きたいんだ」
「そうなんだ。楽しみだね」
優磨くんは自分のことのように喜んで笑う。優磨くんが嬉しそうだと私も嬉しい。
この人と出会えてよかった。私は恵まれている。
◇◇◇◇◇
「その方は学生の時の友人?」
カーナビで行き先を設定する優磨くんに話しかける。
「ううん、家庭教師だった人」
「ああ、部屋の前の住人の方かな?」
「そうだよ。その人今は実家のパン屋を継いでるんだけど、今日4店舗目がオープンするんだ。それでお祝いに行きたくて」
「そうなんだ。経営も順調なんてすごい。優磨くんの家庭教師だったってことは優秀なんだね」
「まあその人を追って俺も同じ大学に行ったしね」
ということはかなりの高学歴だ。私のような凡人がついて行っても大丈夫なのだろうか。
車で2時間近くかけて行きついたのは郊外のショッピングモールだった。
「あそこかな?」
「そうかも。取材の人もいるしね」
離れたところからも分かるほどに目的の店は行列ができている。カメラで撮影している作業腕章をつけた人もいる。
「すごいね、優磨くんのお友達。家族経営で大きくするなんて」
「そうだ、言い忘れてたんだけど……」
優磨くんは店に近づく前に立ち止まった。
「今から会う友人には姉さんの話は禁句ね」
「え? どうして?」
「ちょっと色々あって……。姉さんを思い出させることは友人のご家族にも言いたくないんだ」
「わかった……」
事情はよく分からないけれど優磨くんにとって不都合ならわざわざ言ったりはしない。
私たちは行列の最後尾に行こうとしたけれど、「優磨」と呼び止められた。振り返ると呼び止めた人物は優磨くんと私に向かって手招きしている。
「慶太さん!」
優磨くんが手を振りその人に向かっていくから私は一歩後ろからついていく。
「久しぶりだね」
「未来ちゃんが産まれて少し経ったぐらいに会ったきりですから」
慶太さんと呼ばれたこの方がご友人なのだろう。三十代前半といったところだろうか。銀フレームの眼鏡をかけた長身のイケメンだ。優磨くんの横に並ぶと二人は絵になるほどかっこいい。
「この度は新店舗オープンおめでとうございます」
「わざわざありがとう。花も贈ってくれて悪いね」
店の前を見ると開店祝いの生花がずらりと並ぶ中の一つに優磨くんの名前を見つけた。
胡蝶蘭につけられた札に『株式会社城藤不動産 城藤優磨』と刻印されている。その他にも名のある会社が花を贈呈しているようだ。
「優磨、こちらはもしかして?」
慶太さんは後ろに控えた私に視線を向ける。
「俺の恋人の波瑠です」
私は優磨くんの横に並んで「安西波瑠と申します」と頭を下げた。
「あの部屋で今一緒に住んでます」
優磨くんの言葉に慶太さんは微笑んだ。
「そう……あそこは十分すぎるほど広いしね」
優磨くんとはタイプが違うけれど慶太さんも笑うと色気がある。
「置きっぱなしにしてる本、そのうち取りに行くよ」
「いつでもいいですよ。そのまま置いといてもいいですし」
「もうあそこは優磨の家なんだから。波瑠さんと住んでるなら余計なものは残さないよ」
慶太さんは嬉しそうに笑っている。
「せっかく優磨の会社とコーヒー豆の契約をしたのに転職したんだって?」
「はい。父の会社に移りました」
「そう……優磨もついに城藤で上に行くのか」
「まあそんな感じです」
優磨くんは複雑な顔をする。
「今日美紗さんは?」
「今はチラシ配りに出てるよ。二人はゆっくりしていって。向こうに一席確保してるから」
慶太さんはテラス席を指さした。
「いや、他のお客さんに悪いので並びますよ」
「あそこは今日客席として開放していない特別席だから大丈夫。城藤の御曹司を並ばせるわけにはいかないしね」
「では社長のご厚意に甘えまして失礼します」
慶太さんに案内されてモールのオシャレな店舗や花壇が見える開放的な席に案内された。
「パンは自由に取ってね。飲み物は従業員に頼んで」
「ありがとうございます」
優磨くんとケースに並んだパンを選びながらワクワクしていた。定番からオリジナルまでたくさんのパンがある。
「パンの考案は慶太さんのお父さんと妹さんなんだ。経営に関わることは慶太さんがやってる。慶太さんの奥さんが事務をやってるんだ。5店舗目の話も進んでるらしいよ。来月か再来月オープンだって」
「本当にすごい……」
優磨くんの家庭教師をしていたというのも納得。若いのにすごい経営手腕だ。
食事が終わると店の事務所に案内される。慶太さんが従業員と話し終わると、私と優磨くんにイスに座るように促す。
「さてと、波瑠さん」
「はい」
「率直にこの店をどう思いましたか?」
「え? えっと……」
突然の質問に驚いたけれど素直に思ったことを伝えた。パンの感想、店舗の雰囲気、内装、従業員さんの接客まで。どれも文句のないほど素敵で楽しい時間だった。
「そうですか……ありがとうございます」
「いえ……」
下田くんは眉間にしわを寄せる。何も言っていないのに優磨くんと付き合っていると察している。私自身気づいていなかったのに下田くんは優磨くんの気持ちを知っていたのだろうか。
「波瑠が変わったのって優磨のせいでしょ?」
まるで優磨くんが私を悪くしたような言い方だ。
「私は何も変わってないよ」
「変わったよ。見た目も話し方も何もかも。俺の言うことには何でも同意してくれたじゃん」
下田くんは改めて頭の上から靴まで私の全身を見つめる。
「全部優磨の趣味かよ……」
その言葉に優磨くんに対する憎しみを感じる。
「変わったのは下田くんだよ。下田くんの行動が全ての原因なんだから」
私たちが傷つけ合うことになったのは下田くんのせいだ。
「優磨と居れば働かなくてもいいもんな。羨ましいよ」
この人は私が好きで無職でいると思っているのだろうか。
「私、ずっと無職でいるつもりないんだけど」
「もし城藤家に嫁いだら専業主婦だろ? どうせそれを狙って優磨に取り入ったんじゃないの?」
怒りで顔が赤くなる。
「何も知らないくせに……」
私がどれだけ苦しんだと思っているのだ。誰のせいで退職にまで追い込まれたかって知っているのに。
「そんな高そうな時計して、俺のこと蔑んでるのは波瑠だろ。こっちは副業しないと生活できないってのに、子供が産まれるから大変だろうって嫌みかよ」
「なっ……」
それを下田くんが言うのか。嫌みを言われても文句を言えないことをしたというのに。
私たちの様子に周りの人が好奇の目を向けてくる。
警備員と不穏な会話をしている私は怪しいと思われていることだろう。
「帰る。もう会うこともないだろうからお元気で。奥さん大事にね」
そう言うと私は早足で下田くんから離れた。
最悪最悪最悪……。あんな人と4年も付き合ってきた私って本当にアホだった……。
「波瑠?」
「え?」
「大丈夫?」
フォークを持ったままぼーっとする私に優磨くんは心配そうな顔を向ける。
「体調悪い?」
「ううん! 大丈夫!」
本当は気分が悪い。下田くんに会って心に靄がかかったように不快だ。
「何かあったらすぐ言うんだよ」
「うん。大丈夫」
優磨くんには下田くんに会ったなんて言えない。また嫌な気持ちを思い出したくないし、それを優磨くんとも共有したくない。
「明日の休み、行きたいところがあるんだけど付き合ってくれる?」
「うんいいよ。どこ行くの?」
「友人が新店舗をオープンするからお祝いに行きたいんだ」
「そうなんだ。楽しみだね」
優磨くんは自分のことのように喜んで笑う。優磨くんが嬉しそうだと私も嬉しい。
この人と出会えてよかった。私は恵まれている。
◇◇◇◇◇
「その方は学生の時の友人?」
カーナビで行き先を設定する優磨くんに話しかける。
「ううん、家庭教師だった人」
「ああ、部屋の前の住人の方かな?」
「そうだよ。その人今は実家のパン屋を継いでるんだけど、今日4店舗目がオープンするんだ。それでお祝いに行きたくて」
「そうなんだ。経営も順調なんてすごい。優磨くんの家庭教師だったってことは優秀なんだね」
「まあその人を追って俺も同じ大学に行ったしね」
ということはかなりの高学歴だ。私のような凡人がついて行っても大丈夫なのだろうか。
車で2時間近くかけて行きついたのは郊外のショッピングモールだった。
「あそこかな?」
「そうかも。取材の人もいるしね」
離れたところからも分かるほどに目的の店は行列ができている。カメラで撮影している作業腕章をつけた人もいる。
「すごいね、優磨くんのお友達。家族経営で大きくするなんて」
「そうだ、言い忘れてたんだけど……」
優磨くんは店に近づく前に立ち止まった。
「今から会う友人には姉さんの話は禁句ね」
「え? どうして?」
「ちょっと色々あって……。姉さんを思い出させることは友人のご家族にも言いたくないんだ」
「わかった……」
事情はよく分からないけれど優磨くんにとって不都合ならわざわざ言ったりはしない。
私たちは行列の最後尾に行こうとしたけれど、「優磨」と呼び止められた。振り返ると呼び止めた人物は優磨くんと私に向かって手招きしている。
「慶太さん!」
優磨くんが手を振りその人に向かっていくから私は一歩後ろからついていく。
「久しぶりだね」
「未来ちゃんが産まれて少し経ったぐらいに会ったきりですから」
慶太さんと呼ばれたこの方がご友人なのだろう。三十代前半といったところだろうか。銀フレームの眼鏡をかけた長身のイケメンだ。優磨くんの横に並ぶと二人は絵になるほどかっこいい。
「この度は新店舗オープンおめでとうございます」
「わざわざありがとう。花も贈ってくれて悪いね」
店の前を見ると開店祝いの生花がずらりと並ぶ中の一つに優磨くんの名前を見つけた。
胡蝶蘭につけられた札に『株式会社城藤不動産 城藤優磨』と刻印されている。その他にも名のある会社が花を贈呈しているようだ。
「優磨、こちらはもしかして?」
慶太さんは後ろに控えた私に視線を向ける。
「俺の恋人の波瑠です」
私は優磨くんの横に並んで「安西波瑠と申します」と頭を下げた。
「あの部屋で今一緒に住んでます」
優磨くんの言葉に慶太さんは微笑んだ。
「そう……あそこは十分すぎるほど広いしね」
優磨くんとはタイプが違うけれど慶太さんも笑うと色気がある。
「置きっぱなしにしてる本、そのうち取りに行くよ」
「いつでもいいですよ。そのまま置いといてもいいですし」
「もうあそこは優磨の家なんだから。波瑠さんと住んでるなら余計なものは残さないよ」
慶太さんは嬉しそうに笑っている。
「せっかく優磨の会社とコーヒー豆の契約をしたのに転職したんだって?」
「はい。父の会社に移りました」
「そう……優磨もついに城藤で上に行くのか」
「まあそんな感じです」
優磨くんは複雑な顔をする。
「今日美紗さんは?」
「今はチラシ配りに出てるよ。二人はゆっくりしていって。向こうに一席確保してるから」
慶太さんはテラス席を指さした。
「いや、他のお客さんに悪いので並びますよ」
「あそこは今日客席として開放していない特別席だから大丈夫。城藤の御曹司を並ばせるわけにはいかないしね」
「では社長のご厚意に甘えまして失礼します」
慶太さんに案内されてモールのオシャレな店舗や花壇が見える開放的な席に案内された。
「パンは自由に取ってね。飲み物は従業員に頼んで」
「ありがとうございます」
優磨くんとケースに並んだパンを選びながらワクワクしていた。定番からオリジナルまでたくさんのパンがある。
「パンの考案は慶太さんのお父さんと妹さんなんだ。経営に関わることは慶太さんがやってる。慶太さんの奥さんが事務をやってるんだ。5店舗目の話も進んでるらしいよ。来月か再来月オープンだって」
「本当にすごい……」
優磨くんの家庭教師をしていたというのも納得。若いのにすごい経営手腕だ。
食事が終わると店の事務所に案内される。慶太さんが従業員と話し終わると、私と優磨くんにイスに座るように促す。
「さてと、波瑠さん」
「はい」
「率直にこの店をどう思いましたか?」
「え? えっと……」
突然の質問に驚いたけれど素直に思ったことを伝えた。パンの感想、店舗の雰囲気、内装、従業員さんの接客まで。どれも文句のないほど素敵で楽しい時間だった。
「そうですか……ありがとうございます」
「いえ……」
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