同期の御曹司様は浮気がお嫌い
8
「はい……」
「それと、優磨さんに謝罪を」
「え?」
「美麗さんに強引に連れてこられたからで、私が波瑠様を連れてきたわけじゃないとお伝えいただけると助かります」
「はい。わかりました」
思わず笑みが漏れる。泉さんはお父様の秘書だけど優磨くんに怒られるのも恐れているのか。
「美麗は優磨を大事に思ってるからこそ波瑠ちゃんを連れてきたの!」
車内で怒る美麗さんに泉さんは溜め息をつく。
「泉さんは優磨くんにも美麗さんにも気を遣って大変ですね……」
美麗さんに聞かれないように小声になる。
「いずれ私は優磨さんの秘書になりますから」
ああそうか、優磨くんが将来社長になれば泉さんはそのまま秘書ということになるのだろう。
「封筒、よろしくお願いします」
「はい。ありがとうございました」
車を見送って正面玄関から会社に入った。
受付の女性が私に向かって頭を下げる。
「あの、城藤さんに書類を届けに来たのですが……」
「何課の城藤でしょうか?」
「えっと……何課……?」
「弊社には城藤が複数名おりますので……」
それもそうだ、ここは『城藤不動産』なのだから。城藤は他にもいるはずということを失念していた。ここには優磨くんのお父様もいるかもしれないのに。所属を聞いていなかったことが悔やまれる。
「城藤優磨さんです……」
「かしこまりました。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「安西と申します」
「かしこまりました。お待ちくださいませ」
受付の女性は受話器を取ると内線をかけ始める。
「一階受付です。城藤部長宛に安西様が下でお待ちです……はい……」
優磨くんって部長だったの? それってすごくない?
全く知らない優磨くんの肩書に驚く。彼は仕事のことは私に何も言わないのだ。
「……かしこまりました。失礼いたします」
受話器を置いた女性は再び私に顔を向けた。
「エレベーターで25階に上がり、目の前のドアを開けていただくと部内の者がご案内致します」
「はい。ありがとうございます」
私は受付を通り過ぎエレベーターに乗った。
25階に行くと、言われた通り目の前の曇りガラスのドアを開けた。
「失礼します……」
「はい」
すぐ近くの女性がデスクから立ち上がり私のそばに寄る。
「安西と申します。城藤優磨さんにお届け物があるのですが……」
女性は驚いた顔をして「こちらにどうぞ」と奥の応接室に通される。
今は定時を過ぎているはずなのにフロアには社員が残っていて、男女問わず訪ねてきた私に視線を向ける。
「こちらでお待ちください」とガラスで仕切られた部屋に座るよう促された。
女性が退室してもガラスの向こうの社員は私を盗み見る。それがとても居心地が悪い。
数分待っていると先ほどの女性がお茶を持ってきた。
「ありがとうございます」
テーブルにお茶を置くときも女性は至近距離で私の顔を見る。
「失礼いたしました」
女性が出て行くと私は緊張がピークだ。封筒を届けるだけなのにどうしてこんなに辛いの……。
更に数分待つとフロアのドアが開き、優磨くんが数名の社員と共に入ってきた。その顔は普段見ることのない機嫌の悪そうな顔をしている。ガラスで仕切られた応接室に私がいることに気付いていないようだ。
フロアの声は私には聞こえないけれど、どうやら優磨くんはそばにいる社員と言い争っているようだ。
タイミングの悪い時に来てしまったかもしれない……。
怖い顔をしている優磨くんに先ほどの女性が近寄り声をかけると、優磨くんは私の方に視線を向けた。そして驚いたように目を見開く。それを見て手を振りそうになったのを堪える。
優磨くんは社員をフロアに残して早足で私のいる部屋に近づいてきて、ドアを開けて入った途端に勢いよく閉める。
「何で波瑠が!?」
「えっと……」
どうしよう、美麗さんに連れてこられたって言っていいのかな……?
その時スマートフォンにLINEのメッセージがきたことを知らせる着信音が鳴る。見ると美麗さんから『優磨驚いた?』と可愛らしいスタンプ付きでメッセージがきた。
私は困惑している優磨くんに思わずそのメッセージを見せた。
「はぁ……」
優磨くんは状況を理解したのか溜め息をつく。
「あのね……泉さんは悪くないの……」
でも美麗さんが悪いとも言い切れずにいると優磨くんは「わかってる。姉さんが勝手なことをしたんだろ」と目を伏せる。
「波瑠を姉さんに近づけたくなかったのに……」
優磨くんは本当に困ったように顔を歪めた。
「これ……」
ずっと抱えたままだった封筒を渡すと「ありがとう」と打って変わって微笑んでくれる。
「波瑠に会えて嬉しい」
「毎日会ってるのに?」
「ここでは気が抜けないからね」
その言葉にガラスの向こうのフロアを見るとほとんどの社員が私たちを興味深そうに見ていた。それに気づいた優磨くんはガラスに近づきブラインドを閉める。
「ごめんなさい……私、来ない方がよかったよね……」
「いいんだ。会えてほっとしてる」
優磨くんはフロアの向こうが見えないのをいいことに私を抱きしめた。
「ちょっと! 優磨くん?」
「少しだけ。波瑠で息抜き」
いつも以上に疲れていそうな優磨くんを労わるように私も腰に手を回した。
「お疲れ様。いつもありがとう」
「うん……波瑠が俺の原動力だよ」
私の肩に頭をつける優磨くんの背中を撫でた。
職場ではきっと私の知らない苦労があるのだろう。それを見せないこの人が少しでも落ち着けるのなら、いつだって肩を貸す。
「泉さんはもう行っちゃった? 波瑠はどうやって帰るの?」
「えっと……電車かな」
「それはだめ」
優磨くんは心配そうな顔をする。
「もう遅い時間だし一緒に帰ろう」
そこまで遅い時間でもないのに心配そうにする優磨くんに戸惑う。
「大丈夫。今から帰っても遅くはならないよ」
「波瑠に満員電車に乗ってほしくないの。もう少し待っててくれたら帰れるから」
「わかった」
過保護にされて悪い気はしない。優磨くんの負担にならないかは心配だけど。
「会社の前にカフェがあるからそこで待ってて。閉店までには行くから」
「はい」
微笑むと優磨くんは私にキスをする。ガラス一枚挟んだ向こうに他の社員がいるのに優磨くんの大胆さに驚く。
「下まで送る」
体を離すと部屋のドアを開けた。
社員が見つめる中フロアを抜けてエレベーターに乗る。扉が閉まるまで私はフロアの社員さんに頭を下げた。
「緊張した?」
優磨くんの質問に正直に頷く。みんなが私たちを監視しているようだった。
「ごめん。もう少しだから待ってて」
優磨くんに見送られて会社の前のカフェに入る。
カフェラテを飲んで待っていると優磨くんの会社から出てきた数人の女性社員がカフェに入ってくる。そうして私の席の後ろのテーブルに座った。
「ねえ、さっき城藤部長宛に女が来たらしいよ」
「マジ? 彼女かな?」
「そうっぽいって営業の子が言ってた」
城藤部長って……優磨くんのこと?
私の話題だと理解した瞬間再び緊張する。
「えー残念! 部長彼女いるの? 羨ましいんだけど」
「もし結婚になったら玉の輿じゃん」
「どんな手使って近づいたんだろ?」
「やっぱどっかの社長令嬢でしょ。御曹司の相手には令嬢じゃなきゃ社長が納得しないよ」
「でも意外と地味系だって言ってたよ」
「えー……そうなの? 大人しそうなのがタイプなのかな?」
「今まで気合入れてアピールしてきたのに無駄だったわけね」
優磨くんはやっぱりモテるのだと知ってグラスを持つ手が小刻みに震える。
落ち着いて、私が話題の人物だってあの人たちにはバレてないんだから。
「それと、優磨さんに謝罪を」
「え?」
「美麗さんに強引に連れてこられたからで、私が波瑠様を連れてきたわけじゃないとお伝えいただけると助かります」
「はい。わかりました」
思わず笑みが漏れる。泉さんはお父様の秘書だけど優磨くんに怒られるのも恐れているのか。
「美麗は優磨を大事に思ってるからこそ波瑠ちゃんを連れてきたの!」
車内で怒る美麗さんに泉さんは溜め息をつく。
「泉さんは優磨くんにも美麗さんにも気を遣って大変ですね……」
美麗さんに聞かれないように小声になる。
「いずれ私は優磨さんの秘書になりますから」
ああそうか、優磨くんが将来社長になれば泉さんはそのまま秘書ということになるのだろう。
「封筒、よろしくお願いします」
「はい。ありがとうございました」
車を見送って正面玄関から会社に入った。
受付の女性が私に向かって頭を下げる。
「あの、城藤さんに書類を届けに来たのですが……」
「何課の城藤でしょうか?」
「えっと……何課……?」
「弊社には城藤が複数名おりますので……」
それもそうだ、ここは『城藤不動産』なのだから。城藤は他にもいるはずということを失念していた。ここには優磨くんのお父様もいるかもしれないのに。所属を聞いていなかったことが悔やまれる。
「城藤優磨さんです……」
「かしこまりました。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「安西と申します」
「かしこまりました。お待ちくださいませ」
受付の女性は受話器を取ると内線をかけ始める。
「一階受付です。城藤部長宛に安西様が下でお待ちです……はい……」
優磨くんって部長だったの? それってすごくない?
全く知らない優磨くんの肩書に驚く。彼は仕事のことは私に何も言わないのだ。
「……かしこまりました。失礼いたします」
受話器を置いた女性は再び私に顔を向けた。
「エレベーターで25階に上がり、目の前のドアを開けていただくと部内の者がご案内致します」
「はい。ありがとうございます」
私は受付を通り過ぎエレベーターに乗った。
25階に行くと、言われた通り目の前の曇りガラスのドアを開けた。
「失礼します……」
「はい」
すぐ近くの女性がデスクから立ち上がり私のそばに寄る。
「安西と申します。城藤優磨さんにお届け物があるのですが……」
女性は驚いた顔をして「こちらにどうぞ」と奥の応接室に通される。
今は定時を過ぎているはずなのにフロアには社員が残っていて、男女問わず訪ねてきた私に視線を向ける。
「こちらでお待ちください」とガラスで仕切られた部屋に座るよう促された。
女性が退室してもガラスの向こうの社員は私を盗み見る。それがとても居心地が悪い。
数分待っていると先ほどの女性がお茶を持ってきた。
「ありがとうございます」
テーブルにお茶を置くときも女性は至近距離で私の顔を見る。
「失礼いたしました」
女性が出て行くと私は緊張がピークだ。封筒を届けるだけなのにどうしてこんなに辛いの……。
更に数分待つとフロアのドアが開き、優磨くんが数名の社員と共に入ってきた。その顔は普段見ることのない機嫌の悪そうな顔をしている。ガラスで仕切られた応接室に私がいることに気付いていないようだ。
フロアの声は私には聞こえないけれど、どうやら優磨くんはそばにいる社員と言い争っているようだ。
タイミングの悪い時に来てしまったかもしれない……。
怖い顔をしている優磨くんに先ほどの女性が近寄り声をかけると、優磨くんは私の方に視線を向けた。そして驚いたように目を見開く。それを見て手を振りそうになったのを堪える。
優磨くんは社員をフロアに残して早足で私のいる部屋に近づいてきて、ドアを開けて入った途端に勢いよく閉める。
「何で波瑠が!?」
「えっと……」
どうしよう、美麗さんに連れてこられたって言っていいのかな……?
その時スマートフォンにLINEのメッセージがきたことを知らせる着信音が鳴る。見ると美麗さんから『優磨驚いた?』と可愛らしいスタンプ付きでメッセージがきた。
私は困惑している優磨くんに思わずそのメッセージを見せた。
「はぁ……」
優磨くんは状況を理解したのか溜め息をつく。
「あのね……泉さんは悪くないの……」
でも美麗さんが悪いとも言い切れずにいると優磨くんは「わかってる。姉さんが勝手なことをしたんだろ」と目を伏せる。
「波瑠を姉さんに近づけたくなかったのに……」
優磨くんは本当に困ったように顔を歪めた。
「これ……」
ずっと抱えたままだった封筒を渡すと「ありがとう」と打って変わって微笑んでくれる。
「波瑠に会えて嬉しい」
「毎日会ってるのに?」
「ここでは気が抜けないからね」
その言葉にガラスの向こうのフロアを見るとほとんどの社員が私たちを興味深そうに見ていた。それに気づいた優磨くんはガラスに近づきブラインドを閉める。
「ごめんなさい……私、来ない方がよかったよね……」
「いいんだ。会えてほっとしてる」
優磨くんはフロアの向こうが見えないのをいいことに私を抱きしめた。
「ちょっと! 優磨くん?」
「少しだけ。波瑠で息抜き」
いつも以上に疲れていそうな優磨くんを労わるように私も腰に手を回した。
「お疲れ様。いつもありがとう」
「うん……波瑠が俺の原動力だよ」
私の肩に頭をつける優磨くんの背中を撫でた。
職場ではきっと私の知らない苦労があるのだろう。それを見せないこの人が少しでも落ち着けるのなら、いつだって肩を貸す。
「泉さんはもう行っちゃった? 波瑠はどうやって帰るの?」
「えっと……電車かな」
「それはだめ」
優磨くんは心配そうな顔をする。
「もう遅い時間だし一緒に帰ろう」
そこまで遅い時間でもないのに心配そうにする優磨くんに戸惑う。
「大丈夫。今から帰っても遅くはならないよ」
「波瑠に満員電車に乗ってほしくないの。もう少し待っててくれたら帰れるから」
「わかった」
過保護にされて悪い気はしない。優磨くんの負担にならないかは心配だけど。
「会社の前にカフェがあるからそこで待ってて。閉店までには行くから」
「はい」
微笑むと優磨くんは私にキスをする。ガラス一枚挟んだ向こうに他の社員がいるのに優磨くんの大胆さに驚く。
「下まで送る」
体を離すと部屋のドアを開けた。
社員が見つめる中フロアを抜けてエレベーターに乗る。扉が閉まるまで私はフロアの社員さんに頭を下げた。
「緊張した?」
優磨くんの質問に正直に頷く。みんなが私たちを監視しているようだった。
「ごめん。もう少しだから待ってて」
優磨くんに見送られて会社の前のカフェに入る。
カフェラテを飲んで待っていると優磨くんの会社から出てきた数人の女性社員がカフェに入ってくる。そうして私の席の後ろのテーブルに座った。
「ねえ、さっき城藤部長宛に女が来たらしいよ」
「マジ? 彼女かな?」
「そうっぽいって営業の子が言ってた」
城藤部長って……優磨くんのこと?
私の話題だと理解した瞬間再び緊張する。
「えー残念! 部長彼女いるの? 羨ましいんだけど」
「もし結婚になったら玉の輿じゃん」
「どんな手使って近づいたんだろ?」
「やっぱどっかの社長令嬢でしょ。御曹司の相手には令嬢じゃなきゃ社長が納得しないよ」
「でも意外と地味系だって言ってたよ」
「えー……そうなの? 大人しそうなのがタイプなのかな?」
「今まで気合入れてアピールしてきたのに無駄だったわけね」
優磨くんはやっぱりモテるのだと知ってグラスを持つ手が小刻みに震える。
落ち着いて、私が話題の人物だってあの人たちにはバレてないんだから。
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