同期の御曹司様は浮気がお嫌い
3
「俺のことだけじゃなくて、波瑠の好きなものを買っていいんだ」
冷蔵庫を閉めると立ち上がった優磨くんは財布を私に押し付ける。
「渡しておくから」
「優磨くんのお金を気軽に使えないよ」
私は財布を押し返した。
「いいんだよ。城藤財閥の金だと思って気にしないで」
「優磨くんのでしょ」
私は首を傾げる。何で城藤財閥が関係するのだろうか。
「実家がお金持ちだとしても、今の生活は優磨くんが働いて稼いでくれたもので、城藤財閥のお金じゃないでしょ?」
優磨くんは目を見開く。
「でもこの部屋は俺のじゃないんだよ。親が買ったものだし」
「そうかもしれないけど、今現在の生活は優磨くん自身が働いたものだよね」
どうして自分の生きている環境を否定するのだろう。
「城藤の金に興味ないの?」
「あるわけないじゃん。私と生活レベルが違いすぎて困るし。優磨くんのお金が目的でここに居るわけじゃないんだから」
もしかして私がお金目当てでここに居ると思っているのだろうか。
「私、そこまで厚かましくないつもりだけど……」
自然と眉間にしわが寄る。優磨くんに勘違いされたくない。
「そうは思ってないよ! 大丈夫! ごめん……」
焦りだす優磨くんに私までも不安になる。確かにこの部屋に住んで優磨くんといると金銭感覚が狂いそうにはなるけれど、どうしたら誤解されないでいられるだろう。
「気を悪くしたなら本当にごめん……周りには俺を利用するやつばっかりだったからさ」
「優磨くんはそういうの嫌でしょ? 今も仕送りしてもらってるわけでもないんだし、自立してる人に寄り掛かれないよ」
「今までそんなこと言ってもらえたことなかったよ……」
「お父様の会社に就職することもできたのに、うちの会社に来たのも親に依存しないで自分でやっていこうと思ったからなのかなって」
だから尚更この人の生活を乱したくない。
「入社してからずっと優磨くんを見てきたけど、誰よりも努力してたじゃん。残業はさせてもらえないからって退勤後もこっそり営業回りしてたでしょ? 気づかれないようにしてたのかもしれないけどバレてるよ。いつも顧客リサーチも万全で計画書も完璧だし」
握った手を口に当てた優磨くんは照れるようにそっぽを向く。
「何で知ってるの……」
「同期は仲間であってライバルだから。常にチェックしてるよ」
ずっと尊敬していた。仕事ができるのに鼻にかけないし、努力しているところを見せない。優しくて気が利いて周りをさり気なくフォローしてくれた。
「だから迷惑かけたくない。優磨くんのお金は申し訳なくて使えないよ」
「そんなふうに思わなくていいって……」
「ううん、感謝してる」
本当に優磨くんの存在に助けられた。
「波瑠といると、俺も頑張れるから……感謝してる」
真っ直ぐ目を見つめられる。
「自分がまともな人間でいられる気がする」
「優磨くんはすごくちゃんとしてると思うけど。仕事決まったら生活費を折半しようって言ってくれたのも、私に気を遣わせないようにでしょ? ありがとう。嬉しかった。だから早く次を見つけて出てい……」
突然優磨くんに抱きしめられた。
「行かないで……」
耳元で切なそうな声を出す。
「優磨くん?」
「波瑠は俺のそばにいて」
「あの……」
「迷惑かけてもいい。無理に働かなくてもいい。波瑠の弱いところも受け止める。だから離れないで」
予想外の言葉に動揺を隠せない。優磨くんに抱かれた体は今にも震えてしまいそうだし、心臓の鼓動が優磨くんの胸にも伝わってしまいそうだ。
「波瑠がいてくれたら俺は強い人間でいられる……波瑠を守りたい……」
「だめ……だよ……」
甘やかされたら私はどんどんダメになる。優磨くんから離れられなくなったら、これ以上弱くなってしまったら呆れられちゃう。惨めな私を気にかけないでいいのに。
「同情しなくて大丈夫だから……」
「同情じゃないよ」
低い声が胸に突き刺さるようだ。
「俺は同情して波瑠をここに呼んだわけじゃない」
「優磨くん優しいから私を助けてくれるんだよね……本当に申し訳ないです……」
「波瑠ってここまで鈍感だったの?」
この言葉に涙が出そうになって優磨くんの胸に顔を押し付ける。
「鈍感で悪かったね……そりゃあ優磨くんと比べたら私なんてアホだよ。だから浮気されるんだもんね……」
名門大学の出身で頭の良い優磨くんから見たら私なんて鈍感で間抜けだ。彼氏の浮気にも気づかなかったほどに。
「そうじゃなくて、マジで……気付いてよ」
必死な声に増々優磨くんから顔を隠すように伏せる。
とっくに気付いている。私に向けてくれる優しさや笑顔の意味も。だけど意識しないようにしていた。自覚してしまったら怖くなる。優磨くんのような素敵な人は私じゃなくても相応しい女性がたくさんいる。
傷つくのが怖い。裏切られたら悲しい。もしもこの先優磨くんが他の人に気持ちがいってしまったら私はまたボロボロになる。
「ここに連れてきたのは、下心があるからだよ」
「でも、あの……」
「波瑠」
優磨くんの手が私の顎の下に滑り込み、強く上を向かされた。ほんのわずかの時間見つめ合うと、唇を塞がれた。
「ん!」
離れようとすると頭の後ろに手を当てて抑えられ逃げられない。
徐々に目が潤んでくる。逃げられないのに優磨くんのキスは触れるだけの優しいキスだった。唇を軽く啄まれてもそれ以上は強く来ない。まるで怯えているようだ。
「いや……」
唇がわずかに離れた瞬間に言葉で抵抗した。すると優磨くんの手がピクリと震え、唇が離れる。
「優磨くん……」
名前を呼ぶと焦って私の体を解放する。
「今のは忘れて……」
「え?」
「波瑠は俺のこと全然意識してないのにごめん……」
苦しそうに声を出すと優磨くんは私の横を抜け書斎に入ってしまった。
「待って! 優磨くん!」
ドアの外から優磨くんを呼んでも返事がない。
「優磨くん……」
部屋の向こうからは気配が感じられない。涙を堪えてドアから離れた。
忘れてって言われても忘れられるわけがない。
指で唇を撫でる。強引なのに優しいキスをされたら、嫌でも意識してしまう。
弱っている私を支えてくれたら惹かれないわけがない。意識しちゃダメなのに、好きだって気持ちは日々大きくなっていた。
それなのに忘れてなんて、まるであれは気の迷いみたいじゃないか。
言われた通り忘れよう。そうしたらもう傷つくことはないのだから。
◇◇◇◇◇
いつもより早く起きて優磨くんの朝食の準備をする。
ラップをかけて温めるだけでいいようにキッチンのカウンターに置いておく。
髪をまとめてスーツに着替える。リクルートスーツを着るのは4年ぶりだけど、体のサイズが変わっていなくてほっとする。
面接に行く企業の場所をもう一度確認してカバンを持つと、優磨くんの部屋の様子を外から窺う。まだ起きていないようなので何も言わずに出ることにした。
体調を崩して会社を辞めるのに、すぐに転職活動をする私にいい気はしていないのだろう。心配してくれる気持ちは嬉しいけど、私は自分が自立するために動くのだ。
電車で1時間かかる企業の面接を無事に終え、再び1時間かけて優磨くんのマンションに戻ってきた。
もうさすがに起きているだろうし、どんな顔して帰ればいいのか迷っている。
「いつもは入れてくれるじゃん!」
マンションの前で大声を出している女性がいる。その女性と向かい合って優磨くんが立っていることに驚いて足を止めた。
「だから今は無理なんだって!」
女性と同じくらい大声で優磨くんも怒っている。その様子に離れた私までが緊張する。
「いいじゃん! いつもはすぐに入れてくれるのにー!」
「もう無理なんだって言ってるだろ! 察しろよ!」
マンションに入ろうとする女性を優磨くんは必死で阻止しようとしている。
冷蔵庫を閉めると立ち上がった優磨くんは財布を私に押し付ける。
「渡しておくから」
「優磨くんのお金を気軽に使えないよ」
私は財布を押し返した。
「いいんだよ。城藤財閥の金だと思って気にしないで」
「優磨くんのでしょ」
私は首を傾げる。何で城藤財閥が関係するのだろうか。
「実家がお金持ちだとしても、今の生活は優磨くんが働いて稼いでくれたもので、城藤財閥のお金じゃないでしょ?」
優磨くんは目を見開く。
「でもこの部屋は俺のじゃないんだよ。親が買ったものだし」
「そうかもしれないけど、今現在の生活は優磨くん自身が働いたものだよね」
どうして自分の生きている環境を否定するのだろう。
「城藤の金に興味ないの?」
「あるわけないじゃん。私と生活レベルが違いすぎて困るし。優磨くんのお金が目的でここに居るわけじゃないんだから」
もしかして私がお金目当てでここに居ると思っているのだろうか。
「私、そこまで厚かましくないつもりだけど……」
自然と眉間にしわが寄る。優磨くんに勘違いされたくない。
「そうは思ってないよ! 大丈夫! ごめん……」
焦りだす優磨くんに私までも不安になる。確かにこの部屋に住んで優磨くんといると金銭感覚が狂いそうにはなるけれど、どうしたら誤解されないでいられるだろう。
「気を悪くしたなら本当にごめん……周りには俺を利用するやつばっかりだったからさ」
「優磨くんはそういうの嫌でしょ? 今も仕送りしてもらってるわけでもないんだし、自立してる人に寄り掛かれないよ」
「今までそんなこと言ってもらえたことなかったよ……」
「お父様の会社に就職することもできたのに、うちの会社に来たのも親に依存しないで自分でやっていこうと思ったからなのかなって」
だから尚更この人の生活を乱したくない。
「入社してからずっと優磨くんを見てきたけど、誰よりも努力してたじゃん。残業はさせてもらえないからって退勤後もこっそり営業回りしてたでしょ? 気づかれないようにしてたのかもしれないけどバレてるよ。いつも顧客リサーチも万全で計画書も完璧だし」
握った手を口に当てた優磨くんは照れるようにそっぽを向く。
「何で知ってるの……」
「同期は仲間であってライバルだから。常にチェックしてるよ」
ずっと尊敬していた。仕事ができるのに鼻にかけないし、努力しているところを見せない。優しくて気が利いて周りをさり気なくフォローしてくれた。
「だから迷惑かけたくない。優磨くんのお金は申し訳なくて使えないよ」
「そんなふうに思わなくていいって……」
「ううん、感謝してる」
本当に優磨くんの存在に助けられた。
「波瑠といると、俺も頑張れるから……感謝してる」
真っ直ぐ目を見つめられる。
「自分がまともな人間でいられる気がする」
「優磨くんはすごくちゃんとしてると思うけど。仕事決まったら生活費を折半しようって言ってくれたのも、私に気を遣わせないようにでしょ? ありがとう。嬉しかった。だから早く次を見つけて出てい……」
突然優磨くんに抱きしめられた。
「行かないで……」
耳元で切なそうな声を出す。
「優磨くん?」
「波瑠は俺のそばにいて」
「あの……」
「迷惑かけてもいい。無理に働かなくてもいい。波瑠の弱いところも受け止める。だから離れないで」
予想外の言葉に動揺を隠せない。優磨くんに抱かれた体は今にも震えてしまいそうだし、心臓の鼓動が優磨くんの胸にも伝わってしまいそうだ。
「波瑠がいてくれたら俺は強い人間でいられる……波瑠を守りたい……」
「だめ……だよ……」
甘やかされたら私はどんどんダメになる。優磨くんから離れられなくなったら、これ以上弱くなってしまったら呆れられちゃう。惨めな私を気にかけないでいいのに。
「同情しなくて大丈夫だから……」
「同情じゃないよ」
低い声が胸に突き刺さるようだ。
「俺は同情して波瑠をここに呼んだわけじゃない」
「優磨くん優しいから私を助けてくれるんだよね……本当に申し訳ないです……」
「波瑠ってここまで鈍感だったの?」
この言葉に涙が出そうになって優磨くんの胸に顔を押し付ける。
「鈍感で悪かったね……そりゃあ優磨くんと比べたら私なんてアホだよ。だから浮気されるんだもんね……」
名門大学の出身で頭の良い優磨くんから見たら私なんて鈍感で間抜けだ。彼氏の浮気にも気づかなかったほどに。
「そうじゃなくて、マジで……気付いてよ」
必死な声に増々優磨くんから顔を隠すように伏せる。
とっくに気付いている。私に向けてくれる優しさや笑顔の意味も。だけど意識しないようにしていた。自覚してしまったら怖くなる。優磨くんのような素敵な人は私じゃなくても相応しい女性がたくさんいる。
傷つくのが怖い。裏切られたら悲しい。もしもこの先優磨くんが他の人に気持ちがいってしまったら私はまたボロボロになる。
「ここに連れてきたのは、下心があるからだよ」
「でも、あの……」
「波瑠」
優磨くんの手が私の顎の下に滑り込み、強く上を向かされた。ほんのわずかの時間見つめ合うと、唇を塞がれた。
「ん!」
離れようとすると頭の後ろに手を当てて抑えられ逃げられない。
徐々に目が潤んでくる。逃げられないのに優磨くんのキスは触れるだけの優しいキスだった。唇を軽く啄まれてもそれ以上は強く来ない。まるで怯えているようだ。
「いや……」
唇がわずかに離れた瞬間に言葉で抵抗した。すると優磨くんの手がピクリと震え、唇が離れる。
「優磨くん……」
名前を呼ぶと焦って私の体を解放する。
「今のは忘れて……」
「え?」
「波瑠は俺のこと全然意識してないのにごめん……」
苦しそうに声を出すと優磨くんは私の横を抜け書斎に入ってしまった。
「待って! 優磨くん!」
ドアの外から優磨くんを呼んでも返事がない。
「優磨くん……」
部屋の向こうからは気配が感じられない。涙を堪えてドアから離れた。
忘れてって言われても忘れられるわけがない。
指で唇を撫でる。強引なのに優しいキスをされたら、嫌でも意識してしまう。
弱っている私を支えてくれたら惹かれないわけがない。意識しちゃダメなのに、好きだって気持ちは日々大きくなっていた。
それなのに忘れてなんて、まるであれは気の迷いみたいじゃないか。
言われた通り忘れよう。そうしたらもう傷つくことはないのだから。
◇◇◇◇◇
いつもより早く起きて優磨くんの朝食の準備をする。
ラップをかけて温めるだけでいいようにキッチンのカウンターに置いておく。
髪をまとめてスーツに着替える。リクルートスーツを着るのは4年ぶりだけど、体のサイズが変わっていなくてほっとする。
面接に行く企業の場所をもう一度確認してカバンを持つと、優磨くんの部屋の様子を外から窺う。まだ起きていないようなので何も言わずに出ることにした。
体調を崩して会社を辞めるのに、すぐに転職活動をする私にいい気はしていないのだろう。心配してくれる気持ちは嬉しいけど、私は自分が自立するために動くのだ。
電車で1時間かかる企業の面接を無事に終え、再び1時間かけて優磨くんのマンションに戻ってきた。
もうさすがに起きているだろうし、どんな顔して帰ればいいのか迷っている。
「いつもは入れてくれるじゃん!」
マンションの前で大声を出している女性がいる。その女性と向かい合って優磨くんが立っていることに驚いて足を止めた。
「だから今は無理なんだって!」
女性と同じくらい大声で優磨くんも怒っている。その様子に離れた私までが緊張する。
「いいじゃん! いつもはすぐに入れてくれるのにー!」
「もう無理なんだって言ってるだろ! 察しろよ!」
マンションに入ろうとする女性を優磨くんは必死で阻止しようとしている。
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