同期の御曹司様は浮気がお嫌い
6
「本当に私と住むつもり?」
「そうだよ」
当たり前という顔で私を見返す。
「俺明日休みだから買っとくね。必要なものあったら言って」
優磨くんは本気で同居するつもりだ。私は一泊で帰ろうと思っていたのに。
「明日車で会社に送っていこうか?」
「いいよ! 大丈夫!」
優磨くんにそこまでしてもらうわけにはいかないから慌ててしまう。
「そう……。俺部屋を片付けて寝るから、安西さんは自由にお風呂入ってね。ベッドは前の住人が持って行ったから、今あるのは俺が買ったものだから。知らない人が使ってたものじゃないから安心して」
「ありがとう……」
そうだとしても優磨くんのベッドを使うのは気を遣う。
カップを流しに置いた優磨くんは「おやすみ」と言って廊下の向こうの部屋に行ってしまった。
リビングに残された私は部屋を見回す。
私の部屋の総面積よりも広いリビングは落ち着かない。バルコニーに続く窓は大きくて夜景がきれいだ。
寝室のベッドは優磨くんの一人暮らしにしては大きいから以前の住人というのはもしかしたら女性で、優磨くんの彼女だったのではないかと思う。この部屋は彼女と同棲していて、別れたから一人なのかもしれない。
そう思うとベッドで寝るのも躊躇われる。
優磨くんはもうリビングに戻ってきそうにないし、今夜はソファーで寝ることにした。
お風呂もいいや。明日の朝早くアパートに戻ってシャワー浴びてから出勤しよう。
きっと優磨くんも今夜は同情心で泊めてくれたんだろうけど、気が変わったら私を追い出すだろうし。
次の日の朝早くに小さめに設定したアラームの音で目を覚ます。優磨くんは起きている気配がしないのを確認すると静かに荷物を持って部屋の外に出た。
アパートに帰ってシャワーを浴び、身支度を整え外に出る。優磨くんのマンションはオートロックだから大丈夫だと思うけど、部屋の鍵をかけられなかったお詫びをLINEする。
会社に行かなければと思うとお腹痛いかも……。
胃のあたりがキリキリ痛む。駅が見えてきたところでめまいを感じて立ち止まった。
気持ち悪い……吐きそう。
少し休もうとベンチを探して辺りを見回すと優磨くんが走ってくるのが見えた。
「え? 何で?」
近づいてくる優磨くんは怒っている。
鍵かけないで出たこと怒ってるのかな……。
「安西さん!」
足の力が抜けて倒れると思ったとき体を優磨くんに支えられる。
「なんで無理するんだ! どうして勝手にいなくなるんだよ!」
怒っている優磨くんとは対照的に私は優磨くんに怒られるなんて新鮮だな、なんて思ってしまった。
「あはは……」
もう笑えてくる。御曹司に怒られたことに。恋人に浮気されていたことに。会社が怖い自分に。弱いところを見せても追いかけてきてくれる優磨くんに甘えてしまう自分に。
「やっぱ体調悪いでしょ……顔がやばいから」
「顔がやばいのは27年間ずっと自覚してるから」
綺麗な顔の優磨くんに罵られても今はあんまり傷つかない。これ以上私の心は傷つきようがない。
「顔色がだよ! いいから来て!」
優磨くんに手を引かれ道路に停められた車に乗せられる。今度は運転手がいないので、優磨くんが自分で運転してきたようだ。
そのまま再びマンションに連れ戻され、車は地下へと通じるスロープを徐行して下りていく。空いたスペースに停めると優磨くんは車から降りて助手席に回るとドアを開けてくれた。
「部屋に戻って」
「戻れないよ。甘えられない」
「安西さんて意外と強情だね」
そう言うと私にキーケースを押し付けた。
「ちょっと持ってて」
どういうことだと見上げた瞬間、優磨くんの腕が私の膝の下と背中にもぐりも込み体を持ち上げられた。
「ちょっと!」
初めてのお姫様抱っこに驚いて怒るけれど、優磨くんは「車の鍵」と私の持つキーケースを顎でしゃくる。
「鍵かけて。そのボタン押して」
私は言われるままキーケースの中の車のリモコンを押した。背後でロックがかかる音がする。抱きかかえられたままエレベーターに乗り、強く言われるままボタンを押す。
「恥ずかしいから下ろして……」
「下ろしたら逃げるでしょ」
その通りで逃げるつもりだった私は何も言い返せない。細身の優磨くんに軽々と抱えられるほど私の体は軽くないのに、重そうな顔を一切見せない。
「鍵開けて」
私が戸惑いながらも部屋のカギを開けると抱えたまま器用にドアを開けた優磨くんは私を寝室まで連れていく。
ベッドに優しく下ろすと靴を脱がされ布団をかけられた。
「ここまでしなくて大丈夫だって……」
私は体を起こしてベッドから下りようとすると優磨くんに止められる。
「今日は会社休みなよ。というかもう行かなくていい」
「え?」
「あんな会社辞めていい」
驚いて目を見開く。
「無理だよ……すぐに転職なんてできないし、貯金もないし」
「なら俺が養う」
「はい?」
「安西さんは俺が支える。だからもう会社辞めていい」
「……ふっ」
優磨くんの言葉に笑ってしまう。
「初めて聞いたよ……優磨くんもそんな冗談言えるんだね」
笑う私を優磨くんは真剣な表情で見下ろす。
「俺は本気だよ」
「え……」
「ボロボロな君を見てらんない」
その言葉に優磨くんの姿が霞む。目から涙が溢れて瞬きと共に頬に流れる。
「が……頑張ってるの……ボロボロでも……私……」
まだできる。まだ私は大丈夫。
「なら頑張る場所を変えて。まずは俺のそばで心を回復してほしい」
力強い言葉に思わず優磨くんと目を合わせる。
「ここの家賃はいらない。生活費は全部俺が出すから、安西さんには家事をお願いしたい。慣れてきたら新しい仕事を探して、そうしたら生活費は折半していこう」
思わぬ提案に私は言葉を失う。
「無責任なこと言わないで……仕事はそんな簡単に辞められない……」
「責任は俺がとる。絶対に苦労させない」
「………」
まさかこんな話になるなんて思わなかった。
「どうして優磨くんはそこまでしてくれるの?」
私の質問に優磨くんは寂しそうな顔をする。
「この部屋の前の住人、俺の友達なんだけど、安西さんと同じなんだ」
「同じ?」
「結婚しようって時に婚約者に浮気されて破談になったの。そっからボロボロになって荒れたんだ。その人を見てるから安西さんを放っておけない」
「その人って女の人?」
「ううん、男。俺の学生時代の家庭教師してくれた人」
では元カノじゃないんだ。今私が寝かされているベッドで優磨くんの彼女が寝ていたわけじゃない。
「今はその人も別の人と結婚して幸せだけどね」
「私てっきり優磨くんの元カノかと思ってた。一緒に住んでたのかなって」
「違うよ。俺は女をこの部屋に入れたことない」
「そう……」
優磨くんが私に構う理由は分かった。女性を入れたことのない部屋に私を入れてくれたのも優しさだって理解した。
「だから安心してここに居ていい」
優磨くんの笑顔にまた涙が溢れる。
甘えてもいいんだろうか。こんな優しい人に寄生した生活をしても……。
「言っとくけど、この家の家事は大変だからね」
「え?」
「俺マジで家事できないから、他の部屋汚いよ」
「そうなんだ……」
「安西さんはダメなところを見せちゃってごめんって言ったけど、俺だって完璧じゃないから。安西さんには俺の全部を知ってほしい」
「うん……」
今まで知らなかった優磨くんをたくさん見た。優しくて頼りになるだけじゃない。強引なところもあって、家事が苦手な普通の男の人だ。
「これから覚悟してね」
ドキッとするくらい色っぽい顔で微笑むから私は思わず顔を赤くして頷いた。
会社に休むと連絡して、優磨くんが隠していた他の部屋のドアを開ける。
「おお……」
廊下の左右にある洋室はそれぞれ怯むほど衣類や物が散乱している。
呆れてドアの前で固まる私の後ろで「ほらね」と優磨くんは呑気な声を出す。
「実家にいたころは家政婦さんがいたからよかったんだけど、一人暮らしって大変なんだね」
御曹司と私の生活環境の違いに驚いたのは何度目だろう。
「やりがいがありますね」
私は足元の衣類をまとめて畳むところから始めた。
会社に行かなくてもいいと思うと気が楽になってきた。どんどん笑顔が増えてくる私に優磨くんも安心した顔を見せた。
「そうやって俺のそばでは笑っていてね」
「え?」
「安西さんには笑顔が似合う」
「あ……ありがとう……」
そんなことを言われると照れてしまう。
赤くなった顔を見られないよう優磨くんに背を向けて、床の服を無心で畳んだ。
「そうだよ」
当たり前という顔で私を見返す。
「俺明日休みだから買っとくね。必要なものあったら言って」
優磨くんは本気で同居するつもりだ。私は一泊で帰ろうと思っていたのに。
「明日車で会社に送っていこうか?」
「いいよ! 大丈夫!」
優磨くんにそこまでしてもらうわけにはいかないから慌ててしまう。
「そう……。俺部屋を片付けて寝るから、安西さんは自由にお風呂入ってね。ベッドは前の住人が持って行ったから、今あるのは俺が買ったものだから。知らない人が使ってたものじゃないから安心して」
「ありがとう……」
そうだとしても優磨くんのベッドを使うのは気を遣う。
カップを流しに置いた優磨くんは「おやすみ」と言って廊下の向こうの部屋に行ってしまった。
リビングに残された私は部屋を見回す。
私の部屋の総面積よりも広いリビングは落ち着かない。バルコニーに続く窓は大きくて夜景がきれいだ。
寝室のベッドは優磨くんの一人暮らしにしては大きいから以前の住人というのはもしかしたら女性で、優磨くんの彼女だったのではないかと思う。この部屋は彼女と同棲していて、別れたから一人なのかもしれない。
そう思うとベッドで寝るのも躊躇われる。
優磨くんはもうリビングに戻ってきそうにないし、今夜はソファーで寝ることにした。
お風呂もいいや。明日の朝早くアパートに戻ってシャワー浴びてから出勤しよう。
きっと優磨くんも今夜は同情心で泊めてくれたんだろうけど、気が変わったら私を追い出すだろうし。
次の日の朝早くに小さめに設定したアラームの音で目を覚ます。優磨くんは起きている気配がしないのを確認すると静かに荷物を持って部屋の外に出た。
アパートに帰ってシャワーを浴び、身支度を整え外に出る。優磨くんのマンションはオートロックだから大丈夫だと思うけど、部屋の鍵をかけられなかったお詫びをLINEする。
会社に行かなければと思うとお腹痛いかも……。
胃のあたりがキリキリ痛む。駅が見えてきたところでめまいを感じて立ち止まった。
気持ち悪い……吐きそう。
少し休もうとベンチを探して辺りを見回すと優磨くんが走ってくるのが見えた。
「え? 何で?」
近づいてくる優磨くんは怒っている。
鍵かけないで出たこと怒ってるのかな……。
「安西さん!」
足の力が抜けて倒れると思ったとき体を優磨くんに支えられる。
「なんで無理するんだ! どうして勝手にいなくなるんだよ!」
怒っている優磨くんとは対照的に私は優磨くんに怒られるなんて新鮮だな、なんて思ってしまった。
「あはは……」
もう笑えてくる。御曹司に怒られたことに。恋人に浮気されていたことに。会社が怖い自分に。弱いところを見せても追いかけてきてくれる優磨くんに甘えてしまう自分に。
「やっぱ体調悪いでしょ……顔がやばいから」
「顔がやばいのは27年間ずっと自覚してるから」
綺麗な顔の優磨くんに罵られても今はあんまり傷つかない。これ以上私の心は傷つきようがない。
「顔色がだよ! いいから来て!」
優磨くんに手を引かれ道路に停められた車に乗せられる。今度は運転手がいないので、優磨くんが自分で運転してきたようだ。
そのまま再びマンションに連れ戻され、車は地下へと通じるスロープを徐行して下りていく。空いたスペースに停めると優磨くんは車から降りて助手席に回るとドアを開けてくれた。
「部屋に戻って」
「戻れないよ。甘えられない」
「安西さんて意外と強情だね」
そう言うと私にキーケースを押し付けた。
「ちょっと持ってて」
どういうことだと見上げた瞬間、優磨くんの腕が私の膝の下と背中にもぐりも込み体を持ち上げられた。
「ちょっと!」
初めてのお姫様抱っこに驚いて怒るけれど、優磨くんは「車の鍵」と私の持つキーケースを顎でしゃくる。
「鍵かけて。そのボタン押して」
私は言われるままキーケースの中の車のリモコンを押した。背後でロックがかかる音がする。抱きかかえられたままエレベーターに乗り、強く言われるままボタンを押す。
「恥ずかしいから下ろして……」
「下ろしたら逃げるでしょ」
その通りで逃げるつもりだった私は何も言い返せない。細身の優磨くんに軽々と抱えられるほど私の体は軽くないのに、重そうな顔を一切見せない。
「鍵開けて」
私が戸惑いながらも部屋のカギを開けると抱えたまま器用にドアを開けた優磨くんは私を寝室まで連れていく。
ベッドに優しく下ろすと靴を脱がされ布団をかけられた。
「ここまでしなくて大丈夫だって……」
私は体を起こしてベッドから下りようとすると優磨くんに止められる。
「今日は会社休みなよ。というかもう行かなくていい」
「え?」
「あんな会社辞めていい」
驚いて目を見開く。
「無理だよ……すぐに転職なんてできないし、貯金もないし」
「なら俺が養う」
「はい?」
「安西さんは俺が支える。だからもう会社辞めていい」
「……ふっ」
優磨くんの言葉に笑ってしまう。
「初めて聞いたよ……優磨くんもそんな冗談言えるんだね」
笑う私を優磨くんは真剣な表情で見下ろす。
「俺は本気だよ」
「え……」
「ボロボロな君を見てらんない」
その言葉に優磨くんの姿が霞む。目から涙が溢れて瞬きと共に頬に流れる。
「が……頑張ってるの……ボロボロでも……私……」
まだできる。まだ私は大丈夫。
「なら頑張る場所を変えて。まずは俺のそばで心を回復してほしい」
力強い言葉に思わず優磨くんと目を合わせる。
「ここの家賃はいらない。生活費は全部俺が出すから、安西さんには家事をお願いしたい。慣れてきたら新しい仕事を探して、そうしたら生活費は折半していこう」
思わぬ提案に私は言葉を失う。
「無責任なこと言わないで……仕事はそんな簡単に辞められない……」
「責任は俺がとる。絶対に苦労させない」
「………」
まさかこんな話になるなんて思わなかった。
「どうして優磨くんはそこまでしてくれるの?」
私の質問に優磨くんは寂しそうな顔をする。
「この部屋の前の住人、俺の友達なんだけど、安西さんと同じなんだ」
「同じ?」
「結婚しようって時に婚約者に浮気されて破談になったの。そっからボロボロになって荒れたんだ。その人を見てるから安西さんを放っておけない」
「その人って女の人?」
「ううん、男。俺の学生時代の家庭教師してくれた人」
では元カノじゃないんだ。今私が寝かされているベッドで優磨くんの彼女が寝ていたわけじゃない。
「今はその人も別の人と結婚して幸せだけどね」
「私てっきり優磨くんの元カノかと思ってた。一緒に住んでたのかなって」
「違うよ。俺は女をこの部屋に入れたことない」
「そう……」
優磨くんが私に構う理由は分かった。女性を入れたことのない部屋に私を入れてくれたのも優しさだって理解した。
「だから安心してここに居ていい」
優磨くんの笑顔にまた涙が溢れる。
甘えてもいいんだろうか。こんな優しい人に寄生した生活をしても……。
「言っとくけど、この家の家事は大変だからね」
「え?」
「俺マジで家事できないから、他の部屋汚いよ」
「そうなんだ……」
「安西さんはダメなところを見せちゃってごめんって言ったけど、俺だって完璧じゃないから。安西さんには俺の全部を知ってほしい」
「うん……」
今まで知らなかった優磨くんをたくさん見た。優しくて頼りになるだけじゃない。強引なところもあって、家事が苦手な普通の男の人だ。
「これから覚悟してね」
ドキッとするくらい色っぽい顔で微笑むから私は思わず顔を赤くして頷いた。
会社に休むと連絡して、優磨くんが隠していた他の部屋のドアを開ける。
「おお……」
廊下の左右にある洋室はそれぞれ怯むほど衣類や物が散乱している。
呆れてドアの前で固まる私の後ろで「ほらね」と優磨くんは呑気な声を出す。
「実家にいたころは家政婦さんがいたからよかったんだけど、一人暮らしって大変なんだね」
御曹司と私の生活環境の違いに驚いたのは何度目だろう。
「やりがいがありますね」
私は足元の衣類をまとめて畳むところから始めた。
会社に行かなくてもいいと思うと気が楽になってきた。どんどん笑顔が増えてくる私に優磨くんも安心した顔を見せた。
「そうやって俺のそばでは笑っていてね」
「え?」
「安西さんには笑顔が似合う」
「あ……ありがとう……」
そんなことを言われると照れてしまう。
赤くなった顔を見られないよう優磨くんに背を向けて、床の服を無心で畳んだ。
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