《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!

執筆用bot E-021番 

19-3.チロ子爵から見た魔神

「これでオレも伯爵だ! 伯爵だーッ」
 と、チロ子爵は期待に胸を躍らせていた。


 前方に見据えるのは、《紅蓮教》の修道院である。


 修道院は都市の城壁に寄り添うように出来ている。城壁を増設して、修道院を囲んでいるのだ。もはや都市のなかにある要塞といった態である。


《紅蓮教》の修道士たちは思いのほか強く、そう易々と攻め落とせるものではない。


 が――。
(時間をかければ良い)
 と、チロ子爵は考えている。


 どれだけ堅牢な要塞に立てこもろうとも、いずれ食糧は底を尽きる。


 すでにディーネの身柄は王都へ送られている。処刑は予定通り行われる。時間をかければかけるほど、チロ子爵にとって都合が良い展開になるのだ。


 ディーネが処刑されたとなると、この都市をおさめる者がいなくなる。


 その後釜はどうなるのか……。
(オレの手に入るのではないか?)
 と、チロ子爵は期待しているのだ。


 そして今回の働きによって、伯爵の肩書きを授与できるのではないか、という期待もある。
 転瞬。

 ボン――ッ

 チロ子爵の背後から、爆発音とともに赤々とした明かりが閃いた。


 それはあまりにトウトツだった。


《紅蓮教》の修道士たちは中に立てこもって、争いは一段落を迎えていた。


 チロ子爵の手勢も攻撃の手をゆるめて、小休憩をとっていたところだった。


 雨の匂い満ちた幽暗のなかには、静寂すら訪れていたのだ。


 すでに修道院の鐘楼や、都市の各地に魔神の炎が散見される。そのため場は完全な暗闇ではなかった。
 が――。
 その程度の燭光など問題にならぬような、めくるめくばかりに明るい紅蓮が、勃然とあたりを包み込んだのだった。


「な、何事だ!」


 振り向いた。
 眼前――。


 巨人の輪郭を体現した、容貌魁偉なる炎がそこにあった。容貌魁偉などという言葉ではまだ足りぬ。


 紅蓮の炎の体現者――。
「ま、まさか……」


 魔神アラストルである。


 魔神の姿に怖れをなした、チロ子爵の手勢たちは、一目散に潰走をはじめていた。


「あ、あわわわっ」
 と、チロ子爵は腰を抜かすことになった。


 雨で地面が濡れていた。そのせいで尻が酷く濡れることになったが、そんなこと気にしている余裕はなかった。


(深く掘った穴に落としていたはずだ)


 しかし、魔神はここにいる。
 詰めが甘かったことを実感した。もっと入念に処理しておけば良かったと後悔することになった。


 やりようはあった。
 たとえば落とし穴に、あらかじめ水を張っておくとか、水を人為的に注ぎ込むとか――仕留める方法はあったのだ。


 それをしなかったのは、チロ子爵の思慮が足りなかったわけではない。


(怖かった)
 のである。


 仮にも相手は神である。邪教の魔神とはいえ、神は神だ。それをこの手で仕留めることによって、何か災いが起きるような気がしたのだ。


 それを怖れたチロ子爵は、
(雨に任せよう)
 と、決めたのだ。


 この雨は《光神教》の神が降らせているものだ。ならば、神が神を仕留めることになるので、都合が良いと思ったのだ。


 しかしその選択が、誤りであったと言わざるを得ない。こうして魔神アラストルは、あの落とし穴から出てきてしまったのだから。


 魔神アラストル。
 災厄級のクロイを倒したとか、3大神を倒したとか、そういったウワサはもちろん耳にしていた。


 が――。
 はじめて魔神を目にしたときは、
(こんなヤツが?)
 と、疑問に思っていた。


 少女のカンテラに入れられているようなチッポケな炎だったのだ。


 しかしその考えが、いかに浅慮だったかを思い知らされることになった。


(これほどまでに……)
 圧倒的である。


 世界を覆う暗闇をはらいのけ、炎の魔神はそこに顕現している。そのカラダから発せられる炎はまさしく烈火。凄愴なる戦気そのものであった。


 呼吸するたび、その熱気がチロ子爵の肺腑に抉りこんでくる。五臓六腑が焼け焦げるような思いであった。


「ま、待て。話し合おうじゃないか。話し合えば、きっとわかりあえるはずだ」


 魔神のカラダが、さらに一回りふくらんだように見えた。
 息を大きく吸い込んだのだ。
 そして魔神は息を吹き出した。
 その息吹には炎が乗せられていた。


「あ、熱っ……」


 その意識を最期に、チロ子爵は紅蓮のなかに吹き消えた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品