《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!

執筆用bot E-021番 

13-5.荒療治

「岩陰にでも隠れてな。ジャリンコ。ここは私たちが引きうける」


「は、はいっ」


 言われたように、すぐ近くにあった岩陰まで、ヴァルは這いずって逃げた。


 緋色の法衣をまとった者たちがなだれ込んできて、《聖白騎士団》と衝突していた。


 岩陰からヴァルは、レイアとデイゴンの戦いを見た。


 魅入った。


 デイゴンの剣はいたって単純な、帝国式剣術だった。構えがあり、型があり、定石がある。そういう剣の使い方をしていた。デイゴンは小隊長だと言っていたから、それなりに剣も出来るのだろう。


 一方――。
 レイアの剣術は、
(なんだあれは?)


 首を狙うのかと思いきや、足元を狙う。フイウチに足技。無為に剣を握っているだけのようにも見えて、振るうときには激しい気迫がともなう。


 我流なのだろう。


 まるで踊っているかのように見えたし、そんな奇怪なレイアの剣を前に、デイゴンはあきらかに圧されていた。


 それに。
(剣術だけじゃない)
 剣そのものにも、違いがあった。


 デイゴンの使っている剣は、刀身がうすい緑色になっている。一方レイアの使っている剣は、刀身が白銀に輝いているのだった。


(あれは、いや、まさか……)


 鉄ではないか?
 と、ヴァルは自分の目を疑った。暗がりの中だから良くは見えない。


「獲ったァ」


 レイアは、己の身を回転させて、その剣を大きくなぎ払った。
 そのなぎ払いは、デイゴンの持っていた刀身を叩き折って、その首なかばにまでめり込んでいた。


 血が吹き上がる。


 デイゴンの首がダラリと垂れていた。レイアが剣を引っ込めると、デイゴンはその場に倒れ伏した。


 デイゴンが死んだことによって、《聖白騎士団》は瓦解したようだ。ここに入り込んでいた部隊は、鎮圧されていた。


「おい。ジャリンコ。生きてるか?」
 と、レイアは頬にかかった返り血を、その非色の法衣の袖で拭い取っていた。拭われた血が、レイアの頬を赤くにじませた。


「は、はい!」


「ケガは?」


「足に矢が」


「どれ、見せてみろ」


 ヴァルは這いずっていたため、うつ伏せの状態だった。そんなヴァルの尻にレイアはまたがった。


「な、なにを?」


「傷を見てやってんだろ。チョット大人しくしとけ」


「は、はい」


 レイアのやわらかい尻の感触にドギマギしてしまった。


「戦いに出てくるときは、せめて布の鎧クロス・アーマーぐらいは着ておけよな」


「戦いになるとは思ってなかったんです」


「ふぅん」


「あ、あの。オレのケガの具合はどうでしょうか? オレ、死んじゃいますかね?」


「バカ言うな。この程度で死んだりしねェって。クロスボウで撃たれたにしちゃ、深くはねェ。舌を噛まないようにしておけよ」


「え、ちょ、まさか抜くんじゃ……」


「安心しろ。すぐ抜けるから」


「いや、でも」


「ピーピー言ってんじゃねェよ。ンなもん、引っこ抜いたらしまいだろうが」


 逃げようとしたのだが、ヴァルの上にレイアが乗っているので、逃れることが出来なかった。


 ヴァルのふくらはぎに刺さっている矢に、レイアが手をかける気配があった。


「いや、ちょっと! ダメですって、マジで!」


「大人しくしろって」


(こうなったら、覚悟を決めるしかない)


 せめて舌を噛まないようにだけは気を付けようと、自分の服の袖を噛んでおくことにした。こういうときはせめて木の板とかを噛ませるもんじゃないのかと思ったのだが、レイアは容赦なかった。


「おらっ」
 と、レイアの声とともに、ヴァルは自分の足から矢が抜けるのを感じた。


 気が遠くなるような痛みだった。


「うううっ」


 引っこ抜けた矢を、レイアは得意気に持っていた。が赤く染まっているのは、ヴァルの血によるものだろう。


「なんだよ。情けねェ。ドワーフって言うと、もっと強靭な連中を想像してたんだがな」


 そう言いながら、ヴァルのフトモモの付け根あたりを、布でキツク縛ってくれた。


 弱虫だと言われているようで、ヴァルは悲しくなった。


 荒療治をしておいて良く言う。
 だが、言い返す気にはならなかった。


 痛みで、言い返すどころではなかった――というのもあるが、レイアになら言われても仕方がないと思ったのだ。


(この人は――)


 ヴァルの命を守ってくれた恩人であり、果敢にもデイゴンを討ち取った戦士なのだから。


 デイゴンの凶剣から守ってくれた背中が、ヴァルの脳裏に鮮明に焼き付いていた。


「あの……。ヘラは?」


「ヘラ?」


「オレの友人なんです。そのあたりにドワーフがもう1人いませんでしたか?」


「ああ。ジャリンコより、むしろそっちのほうが重傷だ。すぐに手当しなくちゃならねェが、どこに連れて行けば良い?」


「里のほうに案内します」


 立ち上がろうとした。が、足の痛みが酷くて、自力で立ち上がることも出来なかった。


「おい、無茶すんな。背負ってやるよ」
 と、レイアはヴァルのことを担ぎ上げてくれた。


(スパルタなんだか、優しいんだか良くわかんない人だな)
 と、思った。


 ただ背負われたその背中は温かくて、そして女性にしてはゴツゴツとした筋肉の盛り上がりを感じさせられたのだった。それにチョット良い匂いがした。


「レイアさんは、どうして《製鉄工場アイアン・ファクチュア》のほうに来たんですか?」


 レイアに背負われたヴァルは、なにげなくそう尋ねた。


「さっきも言ったと思うけど、私は都市シェークスの領主のディーネってヤツの命令で来てるんだよ」


 癪だがな、と付け加えた。


「援軍ってことですか?」


「援軍って言うか、私は本隊じゃねェけどな。小隊を連れて、先にドワーフの里に入ってたんだよ。斥候もかねてな」


「じゃあ、ディーネさんは援軍を出してくれたんですか?」


「ああ。ソマ帝国に挨拶してやるんだって息巻いてる。ンで、ここの様子を先に見て来いって言われたから、こうしてやって来たわけ」


 ヴァルはディーネのことを見たことがない。


 けれど父のヴェンドは、ディーネのことを評価していた。油断ならへん人やけど、味方になると頼りになる。そう言っていた。


「《紅蓮教》の司教とか言ってましたけど、司教さま――なんですか?」


 レイアからは、宗教的な匂いがしない。何かを信奉するような人には見えなかったのだ。デイゴンを倒したときの動きは、宗教などというものに庇護されている者が得るものではなかった。


 自分のカラダひとつで、泥のなかを這いずって生きてきて、死にもの狂いで生きてきて、そうやってようやく体得した剣技。


 そういうふうに見えた。


 だからこそ。
(ゴツイ)
 と、ヴァルは思わせられたのだ。


 むろん。
 ヴァルにはそういう風に見えた――というだけの話なので、その印象を口に出すことはなかった。


「私は魔神アラストルさまを信奉してるのさ。私の神だ」


「魔神アラストル……」


「火だ」


「え?」


「オルフェス最後の魔術師が召喚した、炎の魔神さまだ。ディーネってヤツは、魔神さまに良くしてくれてる。だから私も、あの青ヒゲ伯爵の言うことには従うつもりだ。……って、ジャリンコに言っても仕方ねェか」


「ジャリンコ――って」


「ちっちゃいだろ、お前」


「そうですけど……ドワーフは基本的に小さいですから、オレだけ特別ってわけじゃないですよ」


 ジャリンコという呼称は、ヴァルにとっては罵倒以外の何者でもない。なのに、レイアに言われても不思議と腹立たしいと感じない。


(なんでだろ)
 と、ヴァルは自分の気持ちが不思議だった。


 怒りどころか、レイアにジャリンコと呼ばれると、むしろなぜか幸せな気持ちになるのだった。


「ここはどっちに行けば良い」
 と、レイアが尋ねてきた。


「真っ直ぐ行けば聖火台が見えてきますから、そこを真っ直ぐ行けば、里につきます」


「急ぐぞ」


「はい」


 ヴァルを背負っているにも関わらず、レイアの足は速かった。

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