《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!
8-1.人のみにあらず
「すこし都市を見て周ってもよろしいでしょうか? さっそく暗闇症候群の患者さんたちを治療しにかかります」
と、プロメテは言った。
魔神さまも、よろしいでしょうか――と、シッカリとオレの確認を取ることも忘れていない。
「ええ。それでは、何かあったときのため、警護の者を付けましょう」
と、ディーネが言ってくれたのだが、
「要らねェよ。私が付いてる」
と、レイアがそれを跳ねのけた。
護衛の兵を付けるか否かという問題で、問答があったけれど、結局はレイアが断りきってしまった。
ディーネもそれで承知してくれたが、
「ただし、難民街のほうへは立ち入らないように気を付けてください。あそこは治安があまりよろしくないので」
と、忠告してきた。
そういうヤリトリを経て、オレたちは城を出て、都市を見回ってみることになった。
ロードリ公爵の治めていた都市と、造りはそう変わらなかった。
石造りと思われる建物が並んでおり、傘を差した者たちが通りを行き交っていた。みんなカラダのどこかしらに《輝光石》を装着していたために、それが星屑のようにきらめいていた。
そしてやはりオレの存在が珍しいようで、行き交う人は瞠目して、オレのほうを見ていた。
「どうして護衛を断ったんだ?」
と、オレは同行していたレイアにそう尋ねた。
べつにムリに断ることはなかっただろう。むしろプロメテの身の安全を思うならば、護衛を付けてもらったほうが良かった。
「まだあのディーネって領主を信用しきれねェからな。護衛と言っても、私たちの行動を見張るためのものかもしれんだろう」
「そうか? 接してみた感じ、悪い印象は受けなかったが。レイアだって、さっきまで上機嫌に酒を飲んでいたじゃないか」
「ま、まぁ、たしかに酒は美味かったな」
と、レイアは照れ臭そうに頬をカいていた。
さっきまで酔っていたはずなのに、もう表情は凛然としたものを取り戻していた。
「猪肉も振る舞ってくれたしな」
美味しかったのです――とプロメテが言う。
「だけど、ここはロードリ公爵のいた土地と同じく、セパタ王国領なんだ。あの青ヒゲ伯爵だって、根っこはロードリと同じだぜ。まだまだ信用できねェ」
それによ、とレイアは言う。
何か言葉がつづくかと思って黙っていたのだが、レイアはなかなか口を開かない。
「それで、どうした?」
と、促した。
「私は、ああいういかにも育ちの良さそうなヤツが嫌いなんだよ。苦労してなさそうな。金持ちの、お嬢さまって感じの」
個人的に嫌いな人柄なのかもしれない。個人的な好き嫌いだとわかっているからか、レイアの歯切れも悪かった。
「妬んでるのか?」
「かもね」
と、レイアは肩をすくめた。
レイアは父親が若くして死んだために、《紅蓮党》という盗賊を継いだと言っていた。盗賊をやっていたことからもうかがえるように、あまり良い暮らしはしていなかったのだろう。
「そこまでお嬢さまって感はなかったと思うがな」
「付けヒゲをしてるようなヤツなんか、信用できねェよ」
「たしかにあの付けヒゲは似合ってなかったな」
もしかして、女性が付けヒゲをするのは、このオルフェスという世界独特の文化なのかとも思った。
レイアの口ぶりでは、そういうわけでもないようだ。
ただのディーネの趣向なのだろう。
「まぁ、とにかく――だ。私の嗅覚は、まだ信用しちゃダメだと言ってるわけだ。だから護衛を断った。それに私が付いてるんだから心配ねェよ」
「まあな」
レイアはたしかに頼りになる。
同行しているのはレイアだけではない。すこし後ろからはガリアンも付いて来ている。他にも2人、《紅蓮教団》の手の者が来てくれているということだ。さすが盗賊というべきか、気配を殺すのが上手い。
「じゃあ、難民街とやらに行ってみようぜ」
「行くなと言われただろ」
「行くなと言われたからこそ行くんだよ。そういう場所にこそ、ディーネってヤツの本性が見え隠れしたりするもんだ」
「そういうもんか」
「安心してくれよ。治安の悪い連中のあつかいなら慣れてる」
プロメテはどう思う?
オレは尋ねた。
「行っちゃダメだと言われたので、行ってはいけないと思うのですよ。ディーネさんも、悪いことをしようと考えてはいないと。私は、そう思うのでありますが」
プロメテは、ディーネからヌイグルミみたいに可愛がられていた。
オルフェス最後の魔術師にたいして、あんな接し方をする人物は珍しいのだろう。
「そうかい。まぁ、魔術師のお嬢ちゃんがそう言うのなら仕方ねぇ」
と、レイアは折れた。
こう見えてもレイアは、オレだけでなく、プロメテのことを尊重しているようだった。
「こちらの都市には、暗闇症候群の患者さんが多いと言っていましたが、今のところは見当たりませんね」
プロメテが当たりを見渡してそう言った。
「まぁ、都市の中にはいねェんじゃねェかね」
と、レイアはその雨に濡らされた赤い髪をかきあげて言った。
プロメテは葉っぱの傘をしているのにたいして、レイアは濡れるに任せている。プロメテも自身が濡れないためというよりかは、オレを雨にさらさないために傘をさしてくれているようだった。
気を使うことはないんだぞ、と言ったのだが、 大丈夫なのですよ、と返してきた。
「都市のなかに、暗闇症候群のヤツはいないのか?」
「暗闇症候群って、症状が進行しちまうと理性を失って、人を襲うようになっちまう。そうなっちまった者のことを《崇夜者》って呼ぶんだけどよ。魔神さまに治してもらった、私の仲間にもそうなってたヤツがいたろ」
「ああ」
たしかに全身がクロイのようになっていた者たちがいた記憶がある。
《崇夜者》
夜を崇める者という意味だろうか。
「《崇夜者》になっちまったら、もう拘束しておかねェと、見境なく人を襲うようになっちまう。だから基本的に、暗闇症候群を患ってる者は、都市には……入れねェ……と思うんだが」
「どうかしたか?」
「いや、言ってるそばから、暗闇症候群の患者を見つけちまったかもしれねェ」
「どこだ?」
「あそこ」
と、レイアがアゴをしゃくった。
ジッとこちらを見ているふたつの人影があった。プロメテとそう変わらない小さな人影だった。
ふたりともフードを目深にかぶっていたために、その顔を見ることは出来なかった。だが、その強烈な視線だけは感じ取ることができた。
「暗闇症候群にかかってるって、どうしてわかるんだ?」
「ふたりいるだろ」
と、レイアが声をひそめてそう言う。
「ああ。同じぐらいの背の少女――かな。少年かもしれんが」
「私たちから見て右側にいる娘。さっきからカラダが震えてやがる。それに手の先が黒くなってる。ありゃ相当、症状が進行してる。すぐに騎士に殺されてもオカシクないぐらいだ」
「よく見てるな」
オレがそう言うと、レイアは得意気でありながらも自嘲するような笑みを浮かべた。
「私だって、もともと患ってたんだ。すぐにわかったさ」
トツジョ――。
寒風が吹き抜けた。
その風を受けて、2人の少女のフードが抜けた。
「あれは……」
ふたりの少女は、すぐにフードをかぶりなおした。一瞬だったが2人の面立ちを見てとることが出来た。
ひとりはブロンドの髪にアサギ色の目をした少女だった。なにより特徴的なのは耳がツンと尖っていたことだ。
「エルフだな」
と、レイアが言った。
どうやらこの世界、エルフもいるようである。すこし気分があがった。異世界と言えば、エルフである。
問題は、もうひとりの少女のほうだった。顔のほとんどが黒く覆われていた。目は充血しきって、血のように赤く染まり、オレたちのほうを睨み据えていた。
レイアの睨んだ通り、暗闇症候群におかされているらしかった。もともとはエルフだったのかもしれないが、もはや原形がわからなかった。
「あれは、ずいぶんと症状が進行しております。すぐに治療しなくてはなりません。魔神さま、やっていただけますでしょうか?」
「ああ。オレに異存はない」
「お願いしますね」
プロメテがその少女たちに歩み寄ろうとしたときだった。
少女たちはあわてたように、その場から走り去ってしまった。
「あ、待ってください、なのです」
と、プロメテはあわてて追いかける。
と、プロメテは言った。
魔神さまも、よろしいでしょうか――と、シッカリとオレの確認を取ることも忘れていない。
「ええ。それでは、何かあったときのため、警護の者を付けましょう」
と、ディーネが言ってくれたのだが、
「要らねェよ。私が付いてる」
と、レイアがそれを跳ねのけた。
護衛の兵を付けるか否かという問題で、問答があったけれど、結局はレイアが断りきってしまった。
ディーネもそれで承知してくれたが、
「ただし、難民街のほうへは立ち入らないように気を付けてください。あそこは治安があまりよろしくないので」
と、忠告してきた。
そういうヤリトリを経て、オレたちは城を出て、都市を見回ってみることになった。
ロードリ公爵の治めていた都市と、造りはそう変わらなかった。
石造りと思われる建物が並んでおり、傘を差した者たちが通りを行き交っていた。みんなカラダのどこかしらに《輝光石》を装着していたために、それが星屑のようにきらめいていた。
そしてやはりオレの存在が珍しいようで、行き交う人は瞠目して、オレのほうを見ていた。
「どうして護衛を断ったんだ?」
と、オレは同行していたレイアにそう尋ねた。
べつにムリに断ることはなかっただろう。むしろプロメテの身の安全を思うならば、護衛を付けてもらったほうが良かった。
「まだあのディーネって領主を信用しきれねェからな。護衛と言っても、私たちの行動を見張るためのものかもしれんだろう」
「そうか? 接してみた感じ、悪い印象は受けなかったが。レイアだって、さっきまで上機嫌に酒を飲んでいたじゃないか」
「ま、まぁ、たしかに酒は美味かったな」
と、レイアは照れ臭そうに頬をカいていた。
さっきまで酔っていたはずなのに、もう表情は凛然としたものを取り戻していた。
「猪肉も振る舞ってくれたしな」
美味しかったのです――とプロメテが言う。
「だけど、ここはロードリ公爵のいた土地と同じく、セパタ王国領なんだ。あの青ヒゲ伯爵だって、根っこはロードリと同じだぜ。まだまだ信用できねェ」
それによ、とレイアは言う。
何か言葉がつづくかと思って黙っていたのだが、レイアはなかなか口を開かない。
「それで、どうした?」
と、促した。
「私は、ああいういかにも育ちの良さそうなヤツが嫌いなんだよ。苦労してなさそうな。金持ちの、お嬢さまって感じの」
個人的に嫌いな人柄なのかもしれない。個人的な好き嫌いだとわかっているからか、レイアの歯切れも悪かった。
「妬んでるのか?」
「かもね」
と、レイアは肩をすくめた。
レイアは父親が若くして死んだために、《紅蓮党》という盗賊を継いだと言っていた。盗賊をやっていたことからもうかがえるように、あまり良い暮らしはしていなかったのだろう。
「そこまでお嬢さまって感はなかったと思うがな」
「付けヒゲをしてるようなヤツなんか、信用できねェよ」
「たしかにあの付けヒゲは似合ってなかったな」
もしかして、女性が付けヒゲをするのは、このオルフェスという世界独特の文化なのかとも思った。
レイアの口ぶりでは、そういうわけでもないようだ。
ただのディーネの趣向なのだろう。
「まぁ、とにかく――だ。私の嗅覚は、まだ信用しちゃダメだと言ってるわけだ。だから護衛を断った。それに私が付いてるんだから心配ねェよ」
「まあな」
レイアはたしかに頼りになる。
同行しているのはレイアだけではない。すこし後ろからはガリアンも付いて来ている。他にも2人、《紅蓮教団》の手の者が来てくれているということだ。さすが盗賊というべきか、気配を殺すのが上手い。
「じゃあ、難民街とやらに行ってみようぜ」
「行くなと言われただろ」
「行くなと言われたからこそ行くんだよ。そういう場所にこそ、ディーネってヤツの本性が見え隠れしたりするもんだ」
「そういうもんか」
「安心してくれよ。治安の悪い連中のあつかいなら慣れてる」
プロメテはどう思う?
オレは尋ねた。
「行っちゃダメだと言われたので、行ってはいけないと思うのですよ。ディーネさんも、悪いことをしようと考えてはいないと。私は、そう思うのでありますが」
プロメテは、ディーネからヌイグルミみたいに可愛がられていた。
オルフェス最後の魔術師にたいして、あんな接し方をする人物は珍しいのだろう。
「そうかい。まぁ、魔術師のお嬢ちゃんがそう言うのなら仕方ねぇ」
と、レイアは折れた。
こう見えてもレイアは、オレだけでなく、プロメテのことを尊重しているようだった。
「こちらの都市には、暗闇症候群の患者さんが多いと言っていましたが、今のところは見当たりませんね」
プロメテが当たりを見渡してそう言った。
「まぁ、都市の中にはいねェんじゃねェかね」
と、レイアはその雨に濡らされた赤い髪をかきあげて言った。
プロメテは葉っぱの傘をしているのにたいして、レイアは濡れるに任せている。プロメテも自身が濡れないためというよりかは、オレを雨にさらさないために傘をさしてくれているようだった。
気を使うことはないんだぞ、と言ったのだが、 大丈夫なのですよ、と返してきた。
「都市のなかに、暗闇症候群のヤツはいないのか?」
「暗闇症候群って、症状が進行しちまうと理性を失って、人を襲うようになっちまう。そうなっちまった者のことを《崇夜者》って呼ぶんだけどよ。魔神さまに治してもらった、私の仲間にもそうなってたヤツがいたろ」
「ああ」
たしかに全身がクロイのようになっていた者たちがいた記憶がある。
《崇夜者》
夜を崇める者という意味だろうか。
「《崇夜者》になっちまったら、もう拘束しておかねェと、見境なく人を襲うようになっちまう。だから基本的に、暗闇症候群を患ってる者は、都市には……入れねェ……と思うんだが」
「どうかしたか?」
「いや、言ってるそばから、暗闇症候群の患者を見つけちまったかもしれねェ」
「どこだ?」
「あそこ」
と、レイアがアゴをしゃくった。
ジッとこちらを見ているふたつの人影があった。プロメテとそう変わらない小さな人影だった。
ふたりともフードを目深にかぶっていたために、その顔を見ることは出来なかった。だが、その強烈な視線だけは感じ取ることができた。
「暗闇症候群にかかってるって、どうしてわかるんだ?」
「ふたりいるだろ」
と、レイアが声をひそめてそう言う。
「ああ。同じぐらいの背の少女――かな。少年かもしれんが」
「私たちから見て右側にいる娘。さっきからカラダが震えてやがる。それに手の先が黒くなってる。ありゃ相当、症状が進行してる。すぐに騎士に殺されてもオカシクないぐらいだ」
「よく見てるな」
オレがそう言うと、レイアは得意気でありながらも自嘲するような笑みを浮かべた。
「私だって、もともと患ってたんだ。すぐにわかったさ」
トツジョ――。
寒風が吹き抜けた。
その風を受けて、2人の少女のフードが抜けた。
「あれは……」
ふたりの少女は、すぐにフードをかぶりなおした。一瞬だったが2人の面立ちを見てとることが出来た。
ひとりはブロンドの髪にアサギ色の目をした少女だった。なにより特徴的なのは耳がツンと尖っていたことだ。
「エルフだな」
と、レイアが言った。
どうやらこの世界、エルフもいるようである。すこし気分があがった。異世界と言えば、エルフである。
問題は、もうひとりの少女のほうだった。顔のほとんどが黒く覆われていた。目は充血しきって、血のように赤く染まり、オレたちのほうを睨み据えていた。
レイアの睨んだ通り、暗闇症候群におかされているらしかった。もともとはエルフだったのかもしれないが、もはや原形がわからなかった。
「あれは、ずいぶんと症状が進行しております。すぐに治療しなくてはなりません。魔神さま、やっていただけますでしょうか?」
「ああ。オレに異存はない」
「お願いしますね」
プロメテがその少女たちに歩み寄ろうとしたときだった。
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