《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!
9-4.都市に迫る災厄
(ここか……)
と、エイブラハングは足を止めた。
言われていたように、たしかに近くに行くだけで、判別がついた。
明かりがコボれているのだ。
「ふぅ」
と、エイブラハングは安堵の吐息をもらした。
暗闇のなかにいると不安を覚えてしまう。大きな明かりがあることによって、救われたような安心感をおぼえたのである。
虫が《輝光石》に吸い寄せられるかのように、エイブラハングもその明かりに誘われた。
教会入口のトビラは鉄鋼樹脂でできており、両開きの設計になっていた。勝手に開けて良いものかと迷った。意を決して押し開けようとした。が、エイブラハングがトビラを開ける前に、内側からそのトビラが開いた。
「ようこそ、歓迎いたします」
と、言ったのは、白い法衣のようなものをまとった少女だった。
「君は?」
と、問いかけたのだが、薄々それが何者なのか気づいていた。
白銀の髪に、白銀の目。
それは魔術師の証だ。
「私はオルフェス最後の魔術師であるプロメテと申します」
「君が、そうか」
魔神を召喚した魔術師だ。
「どのような御用でしょうか? 礼拝ですか?」
プロメテは上目使いをおくるように、そう尋ねてきた。
「いや……その……」
暗闇症候群を治してもらいに来た。そう切り出そうとしたのだが、あまりに厚かましい頼みかとも思った。
切り出すのを躊躇っていると、プロメテのほうから促してきた。
「暗闇症候群の治療でしょうか」
「出来るか?」
「もちろん。魔神さまは偉大な御方です。どうか失礼のないように」
「ああ」
プロメテが教会のトビラを大きく開けて、エイブラハングのことを中へといざなった。
中に足を踏み入れたとたんに、カラダが蕩けるような心地となった。
凍てついた外の空気とは一変して、心地の良い温もりに満ちていたのだ。
石造りの部屋のなかには、長椅子が並べられていた。その長椅子に腰かけている者たちが大勢いた。
どうやら――。
(私だけが、ここを頼ってきたわけではないようだな)
と、すこし安心した。
上座。石段が置かれていた。その石段の上には、薪が置かれていた。薪の上には、炎が鎮座ましましていた。さきほど黒狩人組合で見たものよりも、大きく明かりの強い炎だった。
その炎を見たとき、エイブラハングは威圧感をおぼえた。
災厄級のクロイと対峙したときの威圧感とは、また違った類のものだった。偉大なチカラに包まれているような気がした。
「こ、これが――」
「魔神さまです」
と、プロメテがエイブラハングの言葉を継いだ。
アラストルだ。
その火はそう名乗った。
ただの火ではない。魔神なのだ。しゃべるのだ。
まるで地の底から響きあがるようなその声に威厳を感じた。
「わ、私の症状を見てもらいたいのだが、治せるだろうか?」
エイブラハングは黒いコートのスソをはらって、診てもらうことにした。
気のせいかもしれないが、すでに黒い斑点のようなシミが広がっているように思えた。
「なんだよ。この程度。魔神さまにかかれば、アッという間だぜ」
と、口をはさんでくる者がいた。
「何者だ?」
「私はレイア。《紅蓮教》の一員さ」
「《紅蓮教》?」
「魔神アラストルさまを崇める教えのことだよ。ここにいる連中は、みんなそうだ」
教会の長椅子に座っている連中のことだろう。
不意に――。
ひときわ温かい空気が、エイブラハングの右足に吹き付けられた。
魔神の息吹がかかったのだとわかった。
コビりついていたものが剥がれるかのように、そのシミが消えていった。
「な、治った!」
暗闇症候群に侵されていたはずの右足をさすってみたが、どこにも病の名残は見られなかった。
「魔神さまに感謝することだな」
「も、もちろん」
と、エイブラハングはその場にひれ伏した。
なんというチカラ。
それになんという温もりか――。
ここにいれば暗闇に怖れることはないのだ。
エイブラハングは、この教会を出て、ふたたび暗闇に身を浸せる自信がなかった。
カーン、カーン、カーン。
エイブラハングの安堵に水を差すかのように、急に都市内に鐘の音が鳴りひびきはじめた。
「なんだ。この音?」
と、レイアが首をかしげていた。
「なんでしょう」
と、プロメテも知らないようだった。
鐘の音を受けて、エイブラハングは教会の外に出てみた。
都市内は騒がしくなっていた。
どうやらこの鐘の音は、都市内に危険が迫ったときの合図なのだそうだ。
エイブラハングは近くにあった鐘楼の上に跳び乗った。超人的な運動神経をほこるエイブラハングは、これぐらい容易くこなせるのだった。
「あ、あれは」
と、鐘楼の上にのぼったエイブラハングンは、城壁の向こうを見渡すことができた。
丘陵のなか。闇を進む巨体の輪郭を、かすかに見て取ることが出来た。まるで山が動いているかのようだった。
「ヤツだ」
森で見たクロイだ。災厄級。
エイブラハングが森にいたヤツを刺激して、都市シェークスへと逃げてきたことによって、追いかけてきたのであろうか?
ならば。
(私のせいか?)
と、罪悪感をおぼえる。
すでに都市内は騒ぎになっており、クロイから逃げ惑う人の悲鳴が聞こえてきた。
「おいおい、マジかよ。カンベンしてくれよ。なんだあの大きさは」
気づくと、エイブラハングのとなりにはレイアがいた。レイアは愕然とした表情で、クロイのことを見つめていた。
「なッ、いったいいつの間に、上ってきたのだ?」
この鐘楼を上がって来れる者が、他にいるとは思わなかったので、エイブラハングは、酷く驚かされた。
「こう見えても、いちおうもともと盗賊なんでね。今は《紅蓮教》として足を洗っているんだけどよ。もとは《紅蓮党》って名の知れた盗賊だったんだぜ」
「《紅蓮党》……」
聞いたことぐらいある。
貴族連中が独占している《輝光石》を奪ったり、ときには国の食糧庫を襲撃して、貧民に分け与えたりしていた大盗賊だ。一部では義賊などと呼ばれていた。
「それでは貴様が、その《紅蓮党》の頭なのか?」
思っていたよりも若い。
「よせよ。もう盗賊稼業をするつもりはねェんだ。いまは魔神さまの信徒だよ」
「そうか」
「今は私の昔話なんかしてる場合でもないしな」 と、レイアは、丘陵を進むクロイのほうに、アゴをしゃくって見せた。
「そうだな」
「ッたくよ。カラダが震えてきやがるぜ」
と、レイアは歯をカチカチと鳴らしていた。
レイアはついさきほど、エイブラハングの暗闇症候群の症状を見て、「この程度」と侮っていた。
強がっていてもやはりクロイが怖いのだ。そう思うと、エイブラハングも自分の臆病が決して責められるようなことではないと安心できた。
(逃げなくては)
あのクロイを相手に戦っては、またしても暗闇症候群にかかってしまうかもしれない。
S級の誇りは今やなく、エイブラハングのなかには逃げることしか頭になかった。
と、エイブラハングは足を止めた。
言われていたように、たしかに近くに行くだけで、判別がついた。
明かりがコボれているのだ。
「ふぅ」
と、エイブラハングは安堵の吐息をもらした。
暗闇のなかにいると不安を覚えてしまう。大きな明かりがあることによって、救われたような安心感をおぼえたのである。
虫が《輝光石》に吸い寄せられるかのように、エイブラハングもその明かりに誘われた。
教会入口のトビラは鉄鋼樹脂でできており、両開きの設計になっていた。勝手に開けて良いものかと迷った。意を決して押し開けようとした。が、エイブラハングがトビラを開ける前に、内側からそのトビラが開いた。
「ようこそ、歓迎いたします」
と、言ったのは、白い法衣のようなものをまとった少女だった。
「君は?」
と、問いかけたのだが、薄々それが何者なのか気づいていた。
白銀の髪に、白銀の目。
それは魔術師の証だ。
「私はオルフェス最後の魔術師であるプロメテと申します」
「君が、そうか」
魔神を召喚した魔術師だ。
「どのような御用でしょうか? 礼拝ですか?」
プロメテは上目使いをおくるように、そう尋ねてきた。
「いや……その……」
暗闇症候群を治してもらいに来た。そう切り出そうとしたのだが、あまりに厚かましい頼みかとも思った。
切り出すのを躊躇っていると、プロメテのほうから促してきた。
「暗闇症候群の治療でしょうか」
「出来るか?」
「もちろん。魔神さまは偉大な御方です。どうか失礼のないように」
「ああ」
プロメテが教会のトビラを大きく開けて、エイブラハングのことを中へといざなった。
中に足を踏み入れたとたんに、カラダが蕩けるような心地となった。
凍てついた外の空気とは一変して、心地の良い温もりに満ちていたのだ。
石造りの部屋のなかには、長椅子が並べられていた。その長椅子に腰かけている者たちが大勢いた。
どうやら――。
(私だけが、ここを頼ってきたわけではないようだな)
と、すこし安心した。
上座。石段が置かれていた。その石段の上には、薪が置かれていた。薪の上には、炎が鎮座ましましていた。さきほど黒狩人組合で見たものよりも、大きく明かりの強い炎だった。
その炎を見たとき、エイブラハングは威圧感をおぼえた。
災厄級のクロイと対峙したときの威圧感とは、また違った類のものだった。偉大なチカラに包まれているような気がした。
「こ、これが――」
「魔神さまです」
と、プロメテがエイブラハングの言葉を継いだ。
アラストルだ。
その火はそう名乗った。
ただの火ではない。魔神なのだ。しゃべるのだ。
まるで地の底から響きあがるようなその声に威厳を感じた。
「わ、私の症状を見てもらいたいのだが、治せるだろうか?」
エイブラハングは黒いコートのスソをはらって、診てもらうことにした。
気のせいかもしれないが、すでに黒い斑点のようなシミが広がっているように思えた。
「なんだよ。この程度。魔神さまにかかれば、アッという間だぜ」
と、口をはさんでくる者がいた。
「何者だ?」
「私はレイア。《紅蓮教》の一員さ」
「《紅蓮教》?」
「魔神アラストルさまを崇める教えのことだよ。ここにいる連中は、みんなそうだ」
教会の長椅子に座っている連中のことだろう。
不意に――。
ひときわ温かい空気が、エイブラハングの右足に吹き付けられた。
魔神の息吹がかかったのだとわかった。
コビりついていたものが剥がれるかのように、そのシミが消えていった。
「な、治った!」
暗闇症候群に侵されていたはずの右足をさすってみたが、どこにも病の名残は見られなかった。
「魔神さまに感謝することだな」
「も、もちろん」
と、エイブラハングはその場にひれ伏した。
なんというチカラ。
それになんという温もりか――。
ここにいれば暗闇に怖れることはないのだ。
エイブラハングは、この教会を出て、ふたたび暗闇に身を浸せる自信がなかった。
カーン、カーン、カーン。
エイブラハングの安堵に水を差すかのように、急に都市内に鐘の音が鳴りひびきはじめた。
「なんだ。この音?」
と、レイアが首をかしげていた。
「なんでしょう」
と、プロメテも知らないようだった。
鐘の音を受けて、エイブラハングは教会の外に出てみた。
都市内は騒がしくなっていた。
どうやらこの鐘の音は、都市内に危険が迫ったときの合図なのだそうだ。
エイブラハングは近くにあった鐘楼の上に跳び乗った。超人的な運動神経をほこるエイブラハングは、これぐらい容易くこなせるのだった。
「あ、あれは」
と、鐘楼の上にのぼったエイブラハングンは、城壁の向こうを見渡すことができた。
丘陵のなか。闇を進む巨体の輪郭を、かすかに見て取ることが出来た。まるで山が動いているかのようだった。
「ヤツだ」
森で見たクロイだ。災厄級。
エイブラハングが森にいたヤツを刺激して、都市シェークスへと逃げてきたことによって、追いかけてきたのであろうか?
ならば。
(私のせいか?)
と、罪悪感をおぼえる。
すでに都市内は騒ぎになっており、クロイから逃げ惑う人の悲鳴が聞こえてきた。
「おいおい、マジかよ。カンベンしてくれよ。なんだあの大きさは」
気づくと、エイブラハングのとなりにはレイアがいた。レイアは愕然とした表情で、クロイのことを見つめていた。
「なッ、いったいいつの間に、上ってきたのだ?」
この鐘楼を上がって来れる者が、他にいるとは思わなかったので、エイブラハングは、酷く驚かされた。
「こう見えても、いちおうもともと盗賊なんでね。今は《紅蓮教》として足を洗っているんだけどよ。もとは《紅蓮党》って名の知れた盗賊だったんだぜ」
「《紅蓮党》……」
聞いたことぐらいある。
貴族連中が独占している《輝光石》を奪ったり、ときには国の食糧庫を襲撃して、貧民に分け与えたりしていた大盗賊だ。一部では義賊などと呼ばれていた。
「それでは貴様が、その《紅蓮党》の頭なのか?」
思っていたよりも若い。
「よせよ。もう盗賊稼業をするつもりはねェんだ。いまは魔神さまの信徒だよ」
「そうか」
「今は私の昔話なんかしてる場合でもないしな」 と、レイアは、丘陵を進むクロイのほうに、アゴをしゃくって見せた。
「そうだな」
「ッたくよ。カラダが震えてきやがるぜ」
と、レイアは歯をカチカチと鳴らしていた。
レイアはついさきほど、エイブラハングの暗闇症候群の症状を見て、「この程度」と侮っていた。
強がっていてもやはりクロイが怖いのだ。そう思うと、エイブラハングも自分の臆病が決して責められるようなことではないと安心できた。
(逃げなくては)
あのクロイを相手に戦っては、またしても暗闇症候群にかかってしまうかもしれない。
S級の誇りは今やなく、エイブラハングのなかには逃げることしか頭になかった。
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