《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!

執筆用bot E-021番 

9-1.災厄級

(で、でかいッ)
 と、エイブラハングは、そのクロイの大きさに圧倒された。


 森の木々を押しのけて、クロイは山のようにたたずんでいた。まるでそのクロイは世界をヘイゲイしているかのようだった。


 エイブラハングは、そのクロイを愕然と見上げていた。


 黒狩人という職業がある。クロイを倒すことを生業としている者たちだ。


 クロイの討伐数に応じて、そのランクが定められる。エイブラハングはそのなかでも最高ランクの、S級の称号を与えられし戦士だった。


 森にクロイが出たとのことで、その討伐にやって来たのだ。


 しかし――。


(勝てるか?)


 クロイを相手にすれば百戦錬磨のエイブラハングも、そのクロイの大きさには気圧されるものがあった。


 クロイは3種類に大別される。


 獣級、怪物級、災厄級。


 後になるほど強力なクロイとなる。そして眼前にいるクロイはまさにその災厄級と言える。これほどの大きさのクロイは、エイブラハングも今まで見たことはなかった。


(来るッ)


 クロイはエイブラハングの気配を察したようで、その手を伸ばしてきた。


 手と言っても、人のように明確な輪郭を持つわけではない。クロイは変幻自在にその姿を変える。


 クロイの伸ばしてきた手を、エイブラハングは跳びあがってかわした。


 巨腕に飛び乗る。


 その腕に槍の穂先を突き刺した。ただの槍ではない。穂先には《輝光石》を研いだものを使っていた。クロイが光に弱いという性質を突いたものだ。


 穂先を突き刺したまま、その腕を駆けあがった。


「ヴォォォ――ッ」
 と、クロイは奇怪な声をあげた。


 苦悶にもだえるクロイから跳び下りて、木の枝の上にエイブラハングは着地した。


(よし)


 手ごたえはある。


 しかし仕留めきれてはいない。クロイを仕留めるには、その核にダメージを与える必要がある。影をまとう核。人で言うならば、脳にあたる部位があるはずなのだ。それを探し出す必要がある。


(しかし、この大きさでは……)


 それを探し出すのも一苦労だ。獣級ならば、適当にダメージを与えれば核に届くということもある。
 この大きさで、ラッキーヒットを叩きだすのは非情にむずかしい。経験則を生かして、核を見出すしかない。


「そこッ」
 狙った場所に《輝光石》を研いだものを投げた。《輝光石》はクロイのカラダに突き刺さったものの、すぐに抜け落ちてしまった。


 仕留めたかと期待したのだが、どうやら核ではなかったらしい。


「ちッ」


 腰に引っかけてある、装備を確認した。


 クロイを怯ませるための閃光の実が2粒。そして《輝光石》を鋭利に研ぎあげたものが3つ。そして槍が1本。


(これでは仕留めきれんか……)


 槍を持つ手がかじかんでいる。足は麻痺したように感覚がない。そして身体は酷く汗ばんでいた。
 この雨に濡らされたのではない。撥水性の良い黒い服を着ているため、服が濡れることはない。


「はっ、はっ、はっ」


 呼気が乱れる。
 怖い――のである。


(この弱虫めッ)
 と、恐怖を感じている自分を罵った。


 エイブラハングはS級の黒狩人である。S級と呼ばれる域に到達したのは、このオルフェスでは3人しかいない。
 そんな自分が、クロイにたいして恐怖を感じていることが、認められないのであった。


 S級でもあり、クロイを相手にしてきて百戦錬磨のエイブラハングは、通常のクロイを相手にして臆することは、まずない。


 今回は特別である。
 なにせ、大きい。


 その巨大な闇の図体が、エイブラハングに威圧感をあたえる。そして、勝てないかもしれない、という不安。


「ヴォォォ――ッ」
 と、闇を震わせるような声音を発して、クロイの腕が伸びてきた。


 跳びあがろうとした。が、恐怖に麻痺した足は思ったように動いてはくれなかった。


「ちッ」
 かわしそこねた。


 右足をクロイに殴りつけられた。エイブラハングは濡れてぬかるんだ泥地に、転がり落ちることになった。


 口のなかに泥が入った。ツバとともに吐き出した。右足が酷く痛む。《輝光石》の明かりで、己の右足を確認する。


「……やられた」


 愕然。
 エイブラハングの右足には、黒い斑点模様の染みができていた。まぎれもなく暗闇症候群の初期症状である。


(まさか……自分が……)


 厭だ。
 こんなこと、ありえない。


 生まれたころから、エイブラハングは神の子と称されていた。超人的な運動神経を誇っていたのだ。


 しかし「神の子」と称することが、《光神教》を国教とするソマ帝国には気に食わなかったようで、エイブラハングの故郷はソマ帝国に蹂躙されることになった。
 食い扶持を求めて、エイブラハングは黒狩人となった。そしてS級にまで上り詰めたのだ。


 そんな自分が――。
(こんな終わり方をするはずがない)
 という悲憤に駆られた。


「ヴォォォォッ」
 と、クロイが盛大に吠えている。


 怖い。
 ずっと抑え込んでいたその思いが、何よりも勝ってしまった。


「ひっ」
 と、エイブラハングは短い悲鳴をあげて、その場からあわてて逃げ出した。

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