《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!

執筆用bot E-021番 

4-2.聖火台 其の壱

「よし、外には出れたぜ」


 レイアはプロメテのことを背負って、歩廊アリュールを走っていた。外は相変わらず雨だった。


 外に出てからが問題だった。
 オレは、目立つのだ。
 闇夜のなかで、オレの存在は赤々と輝いていた。


『見つけたぞ!』
『魔術師も一緒だ』
『連中を逃がすな!』


 中庭にいた騎士たちが、オレたちの存在に気づいたようだ。駆け寄ってくるのが見えていた。


 駆け寄ってくるだけではない。矢まで射かけてきた。


 レイアは携えていた剣で、ふりかかる矢を叩き斬っていた。


「ッたく、しつこい連中だぜ。まぁ、魔神さまの明かりを欲しいって気持ちは、わからなくもないが」


 レイアは歩廊アリュールから跳び下りて、城の外に出た。


 都市のなかにまぎれ込めれば、すこしは逃げやすくなるかもしれない。


 石畳の上を、レイアは駆けて行く。


 プロメテのことを背負っているとは思えないほど足取りは軽かった。


 通りを行き交っていた人たちが、驚いたようにレイアのことを見ていた。その表情を、ちくいち汲みとる暇もないほど、レイアは迅速に闇のなかを駆けていた。


 裏路地に入り込んだ。


 ネズミやネコが一斉に逃げ出して行った。火の明かりか、あるいはレイアの存在に驚いたのかもしれない。


「あの……」


「どうした、魔術師の嬢ちゃん。辛いかもしれんが、もう少しで都市を出られる。都市さえ出れば、どうにでもなる」


「いえ。やはりここは私を置いて逃げてください」


「はぁ? ここまで来て、何を言ってやがる」


「このまま、みんな捕まってしまったら本末転倒です。私だけ置いて逃げれば、レイアさんの足なら逃げ切れます」


「だったら魔神さまは、どうするんだい」


「私の代わりに、この世界にある5つの聖火台に火を灯してくれませんか? そうしていただければ、私の存在はもう必要ありませんから」


「はぁ?」
 と、レイアは逃げる足を止めた。


 裏路地だ。
 騎士たちが追いかけて来ている気配はないから、今のところうまく撒けているのかもしれない。


「私は、魔神さまを召喚することで、その大役を成し遂げました。これより先、私の存在は必要ありません。聖火台に火を灯すこと。それは魔神さまさえ居てくれれば、私がいなくても成し遂げられることです。ですから――」


 プロメテはたどたどしい口調で、そう説明した。


「うるせェ。存在してることに、理由なんかいらねェだろ。私はあんたらに暗闇症候群を治してもらった。だから、借りを返すには、嬢ちゃんだって助けなくちゃならねェ」


「ですが、このままではッ」
 と、プロメテが鋭い声を発した。
 そんな声も出せるのだ。はじめて知った。


「そもそも、聖火台に火を灯すなんざ、私はやりたくないね。そんなの自分ですれば良いだろ」


「それは……」
 と、プロメテが困ったような顔をしていた。


「余計な心配することはねェよ。逃げきれば良いんだろ、逃げ切ればさ」


 でしたら――と、プロメテが言う。


「逃げる前に、この都市の聖火台に、火を灯したいのですが」


「こうまでなっても、ここの連中に火をくれてやるつもりかよ」
 と、レイアはなかば呆れたように言った。


「きっと、火があると、ここの人たちは、助かると思うのですよ」


「そりゃ助かるだろうがな。だからって、嬢ちゃんに感謝してはくれないだろうさ」


「承知しております」
 と、プロメテは決然とした表情で言った。


 レイアはプロメテのことを背負っている。そのため、プロメテの表情は見えなかっただろうが、オレからはよく見えた。


 その意見だけは、ゼッタイに曲げないだろう。そう思わせらる表情だった。


「しゃーねぇな」
 と、レイアはそう言うと、ふたたび駆けた。


「なんだかんだ言って、気前がいいじゃないか」 と、オレは口をはさんだ。


「なんだかんだってなんだよ。私はもともと器が大きいのさ」


「器の大きいヤツが、オレのことを引ったくって盗むとは思わないがな」


「口の減らない魔神さまだぜ」


 聖火台。
 それは都市の広場にあった。石造りの巨大な皿のようなものが置かれていた。その皿には鍋のフタのようなものが、かぶせられていた。


 プロメテはレイアの背中から降りると、そのフタを「うんしょ」とどけた。皿の上には、木の枝がいくつも置かれていた。フタを開けた瞬間から、その木の枝が雨に濡らされてゆく。


「これが聖火台なのか」
 と、オレが尋ねた。


 今からここに、オレが火を灯すのだ。


「はい。世界が暗闇に閉ざされる前、かつてこの聖火台には、火が燃え盛っていたと聞いています」


「世界に5つあるんだよな」


「はい。すべて消えてしまっておりますが……。私はその5つの聖火台に、火を戻したいのです」


「たとえ誰からも感謝されなくても?」


 ここの都市の様子だと、魔術師というのは相当に嫌われている様子だった。ほかの都市でも、プロメテを迎合しない者は多いかもしれない。


 プロメテは困ったように笑った。


「誰からも感謝されなくても、それで助かる人がいるのならば。父や母。そして魔術師が背負ってきた汚名を、私がここで拭えるのならば、それで構わないのですよ」


「贖罪――だからか?」


「それもありますが、私はワガママなのです」


「ワガママ?」


「いつか、今じゃなくても――世界が私のことを受け入れてくれる時が来ると信じているのですよ」


 偽善。人によっては、そう見えるかもしれない。自己犠牲。意味なき献身。プロメテを非難すること人もいるかもしれない。


 けれど、プロメテの決意は固い。決意なくして、どうして魔神たるオレを召喚できるというのか。


 周囲から非難されても、足を止めないのは、それだけの理由があるのだ。


「具体的には、どうやって火を灯せば良い?」


「魔神さまの火を、すこし分けていただきたいのです。それで」


「わかった」


 プロメテは皿の上に置かれていた木の枝を手にとって、オレに差し出した。


 オレは鳥籠のなかから、その木の枝を燃やして見せた。自分で言うのもなんだが、魔神の火は、やはり尋常ではない。濡れた木の枝さえも、勢いよく発火させることが出来た。


 燃えた木の枝を、皿のなかに投げ入れた。すると皿のなかに、火が――。

 
 ゴッ


 猛火が燃えあがった。


 暗雲よりもたらされる《火禁雨》をものともせず、炎は猛々しく燃え上がっていた。


 その猛るさまをなんと名状しようか――。悪魔の舌が、闇をナめまわしているようにも見えた。ドラゴンの尻尾が空に向かって揺れているようにも見えた。


「なるほど。これが魔神さまのチカラってわけかい。なるほど。たしかに魔神と呼ばれるわけだぜ」
 と、レイアは唖然としたように、その火を見つめていた。


「魔神さまは、偉大なのですよ」
 と、プロメテも満足そうに微笑んでいた。


 聖火台にともされた炎が、そんな2人の表情を赤々と照らしていた。

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