《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!

執筆用bot E-021番 

2-4.健気なガラス玉

「治してあげてくださいませ。魔神さま」
 声がした。


 どうやらオレの明かりを頼りにして、プロメテが追いかけてきたようだ。白い法衣がずいぶんと汚れてしまっていた。
 レイアは依然、顔をおさえてうずくまっている。


「でもこの女は、オレのことを盗む気だぜ。プロメテはオレが必要なんだろ?」


「そうですが、でも放ってはおけませんから」


 プロメテがそう言うのならば、従おうと決めた。べつに何かしらの因縁があって、レイアの治療を嫌ったわけではない。


 プロメテが、治してくれ、と言うのならば、拒否する理由など、オレにはなかった。


「治すって言っても、どうすりゃ良いんだ?」


「感染している部位に、魔神さまが息を吹きかけてあげれば、それだけで治るはずです」


「わかった」


 屈んでいるレイアに顔を向けるように言った。


 レイアは苦悶の表情で、オレのほうを向いた。奇妙な病である。黒く染まったレイアの左半分の顔からは、黒い手が生えてきて、どんどんとレイアの顔を黒く侵食しているのだ。


「ふーっ」
 と、オレは言われたように、息を吹きかけた。


 オレの風貌は炎なのだが、いちおう息を吐きだすことは出来た。


 熱風と思われる風が吹き出た。


 それがレイアの顔をナでたようだ。
 濡れたレイアの髪がふわりとやわらかく舞い上がった。


 黒ずんでいた左顔の闇が、霧散していった。細かな粒子となって、大気中に散っていくかのようだった。


「おっ、おおっ、痛みが引いた。顔はどうなってる? 私の顔はどうなってる?」
 と、レイアは自身の顔を、ナでまわしていた。


「治ったみたいだ」


「さすがだぜ。これが魔神の火か。ホントウに治しやがるなんて」


「女盗賊さん。申し訳ありませんが、魔神さまは私にとって必要な存在です。どうかお返しくださいませ」
 と、プロメテはそう言うと、その場にひざまずいた。雨で濡れた石畳の上に、頭をすりつけているのだった。


 白銀の髪が、扇のように地面に広がっていた。


「よせよ。私なんて、頭を下げられるような人間じゃねェんだ」


「しかし、魔神さまを返してもらうために、私はこうするしかありませんので」


「わかった。わかったよ。とりあえず今回のところは返してやるよ。助けられた身だしな」
 レイアは根負けしたようだ。


 名残惜しそうにオレのことを見ていたが、カンテラをプロメテに押し付けるように返していた。「油断してたら、また盗むからな」と言い残すと、レイアは暗闇のなかに消えて行った。


「御無事でしたか。魔神さま」
 と、プロメテは葉っぱの傘をさして言った。


「オレは無事だが、そっちは?」


「私は大丈夫です」


「髪が濡れちまってる」


 オレはレイアにやったように、息を吹きつけた。
 オレから発せられた熱風が、一瞬にしてプロメテの髪を乾かした。火力で乾かしたというよりも、何か特殊なチカラで乾いたように見えた。


「ありがとうございます。魔神さま」


「この程度なら、いくらでもやってやるよ」
 と、オレは何度も息を吹きつけた。


 プロメテはくすぐったそうに、カラダを揺らして笑っていた。


「あの盗賊さんも、そんなに悪い人ではなさそうでしたね」


「そうなのか? 盗賊という時点で、すでに悪い人だと思うが」


「ですが、魔神さまのことを返してくれましたから」


「いちおう恩義は感じたんじゃないかな。暗闇症候群とやらを、治してやったわけだし」


「悪い人ではありませんよ。きっと」
 と、プロメテは確信あるかのように、そう言ったのだった。
 オレもべつに危害を加えられたわけではない。


 けれど――。
「プロメテは、すこしお人よしがすぎるんじゃないかな」
 と、オレは言った。


 差し出がましいことかもしれないけれど、忠告のつもりだった。


『あの娘は、ここの連中に蹴られたり、殴られたりしていたんだ。それなのに火を、この都市に授けようとしてるなんて、健気を通り越して、バカだよ』というレイアのセリフが、強く印象に残っていたのだ。


「変――でしょうか?」
 と、プロメテは首をかしげた。


「変というか、心配になるよ」


「私のことを心配してくださっているのなら、ありがとうなのですよ。でも、大丈夫なのです。私は魔神さまの火を、こちらの聖火台に灯すことによって、許されるのです。魔術師の犯した罪は、きっと許してもらえるはずです」


「そっか」


 プロメテの心は清らかで、決して汚れることはないのかもしれない。でも、それは非情に脆弱なものである気もした。


 たとえるなら、それはとても薄いガラス玉のようだ。何かのヒョウシに、プロメテの心は壊れてしまうかもしれない。


 プロメテに召喚されてから、まだ数時間という付き合いである。プロメテの考えていることが完全にわかるわけでもないし、オレの勝手な思い込みかもしれない。


「お城に戻りましょう。きっと騎士の方々が心配しているのですよ」


「ああ」


 プロメテは城のほうへと歩みを進めた。

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