《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!
2-4.健気なガラス玉
「治してあげてくださいませ。魔神さま」
声がした。
どうやらオレの明かりを頼りにして、プロメテが追いかけてきたようだ。白い法衣がずいぶんと汚れてしまっていた。
レイアは依然、顔をおさえてうずくまっている。
「でもこの女は、オレのことを盗む気だぜ。プロメテはオレが必要なんだろ?」
「そうですが、でも放ってはおけませんから」
プロメテがそう言うのならば、従おうと決めた。べつに何かしらの因縁があって、レイアの治療を嫌ったわけではない。
プロメテが、治してくれ、と言うのならば、拒否する理由など、オレにはなかった。
「治すって言っても、どうすりゃ良いんだ?」
「感染している部位に、魔神さまが息を吹きかけてあげれば、それだけで治るはずです」
「わかった」
屈んでいるレイアに顔を向けるように言った。
レイアは苦悶の表情で、オレのほうを向いた。奇妙な病である。黒く染まったレイアの左半分の顔からは、黒い手が生えてきて、どんどんとレイアの顔を黒く侵食しているのだ。
「ふーっ」
と、オレは言われたように、息を吹きかけた。
オレの風貌は炎なのだが、いちおう息を吐きだすことは出来た。
熱風と思われる風が吹き出た。
それがレイアの顔をナでたようだ。
濡れたレイアの髪がふわりとやわらかく舞い上がった。
黒ずんでいた左顔の闇が、霧散していった。細かな粒子となって、大気中に散っていくかのようだった。
「おっ、おおっ、痛みが引いた。顔はどうなってる? 私の顔はどうなってる?」
と、レイアは自身の顔を、ナでまわしていた。
「治ったみたいだ」
「さすがだぜ。これが魔神の火か。ホントウに治しやがるなんて」
「女盗賊さん。申し訳ありませんが、魔神さまは私にとって必要な存在です。どうかお返しくださいませ」
と、プロメテはそう言うと、その場にひざまずいた。雨で濡れた石畳の上に、頭をすりつけているのだった。
白銀の髪が、扇のように地面に広がっていた。
「よせよ。私なんて、頭を下げられるような人間じゃねェんだ」
「しかし、魔神さまを返してもらうために、私はこうするしかありませんので」
「わかった。わかったよ。とりあえず今回のところは返してやるよ。助けられた身だしな」
レイアは根負けしたようだ。
名残惜しそうにオレのことを見ていたが、カンテラをプロメテに押し付けるように返していた。「油断してたら、また盗むからな」と言い残すと、レイアは暗闇のなかに消えて行った。
「御無事でしたか。魔神さま」
と、プロメテは葉っぱの傘をさして言った。
「オレは無事だが、そっちは?」
「私は大丈夫です」
「髪が濡れちまってる」
オレはレイアにやったように、息を吹きつけた。
オレから発せられた熱風が、一瞬にしてプロメテの髪を乾かした。火力で乾かしたというよりも、何か特殊なチカラで乾いたように見えた。
「ありがとうございます。魔神さま」
「この程度なら、いくらでもやってやるよ」
と、オレは何度も息を吹きつけた。
プロメテはくすぐったそうに、カラダを揺らして笑っていた。
「あの盗賊さんも、そんなに悪い人ではなさそうでしたね」
「そうなのか? 盗賊という時点で、すでに悪い人だと思うが」
「ですが、魔神さまのことを返してくれましたから」
「いちおう恩義は感じたんじゃないかな。暗闇症候群とやらを、治してやったわけだし」
「悪い人ではありませんよ。きっと」
と、プロメテは確信あるかのように、そう言ったのだった。
オレもべつに危害を加えられたわけではない。
けれど――。
「プロメテは、すこしお人よしがすぎるんじゃないかな」
と、オレは言った。
差し出がましいことかもしれないけれど、忠告のつもりだった。
『あの娘は、ここの連中に蹴られたり、殴られたりしていたんだ。それなのに火を、この都市に授けようとしてるなんて、健気を通り越して、バカだよ』というレイアのセリフが、強く印象に残っていたのだ。
「変――でしょうか?」
と、プロメテは首をかしげた。
「変というか、心配になるよ」
「私のことを心配してくださっているのなら、ありがとうなのですよ。でも、大丈夫なのです。私は魔神さまの火を、こちらの聖火台に灯すことによって、許されるのです。魔術師の犯した罪は、きっと許してもらえるはずです」
「そっか」
プロメテの心は清らかで、決して汚れることはないのかもしれない。でも、それは非情に脆弱なものである気もした。
たとえるなら、それはとても薄いガラス玉のようだ。何かのヒョウシに、プロメテの心は壊れてしまうかもしれない。
プロメテに召喚されてから、まだ数時間という付き合いである。プロメテの考えていることが完全にわかるわけでもないし、オレの勝手な思い込みかもしれない。
「お城に戻りましょう。きっと騎士の方々が心配しているのですよ」
「ああ」
プロメテは城のほうへと歩みを進めた。
声がした。
どうやらオレの明かりを頼りにして、プロメテが追いかけてきたようだ。白い法衣がずいぶんと汚れてしまっていた。
レイアは依然、顔をおさえてうずくまっている。
「でもこの女は、オレのことを盗む気だぜ。プロメテはオレが必要なんだろ?」
「そうですが、でも放ってはおけませんから」
プロメテがそう言うのならば、従おうと決めた。べつに何かしらの因縁があって、レイアの治療を嫌ったわけではない。
プロメテが、治してくれ、と言うのならば、拒否する理由など、オレにはなかった。
「治すって言っても、どうすりゃ良いんだ?」
「感染している部位に、魔神さまが息を吹きかけてあげれば、それだけで治るはずです」
「わかった」
屈んでいるレイアに顔を向けるように言った。
レイアは苦悶の表情で、オレのほうを向いた。奇妙な病である。黒く染まったレイアの左半分の顔からは、黒い手が生えてきて、どんどんとレイアの顔を黒く侵食しているのだ。
「ふーっ」
と、オレは言われたように、息を吹きかけた。
オレの風貌は炎なのだが、いちおう息を吐きだすことは出来た。
熱風と思われる風が吹き出た。
それがレイアの顔をナでたようだ。
濡れたレイアの髪がふわりとやわらかく舞い上がった。
黒ずんでいた左顔の闇が、霧散していった。細かな粒子となって、大気中に散っていくかのようだった。
「おっ、おおっ、痛みが引いた。顔はどうなってる? 私の顔はどうなってる?」
と、レイアは自身の顔を、ナでまわしていた。
「治ったみたいだ」
「さすがだぜ。これが魔神の火か。ホントウに治しやがるなんて」
「女盗賊さん。申し訳ありませんが、魔神さまは私にとって必要な存在です。どうかお返しくださいませ」
と、プロメテはそう言うと、その場にひざまずいた。雨で濡れた石畳の上に、頭をすりつけているのだった。
白銀の髪が、扇のように地面に広がっていた。
「よせよ。私なんて、頭を下げられるような人間じゃねェんだ」
「しかし、魔神さまを返してもらうために、私はこうするしかありませんので」
「わかった。わかったよ。とりあえず今回のところは返してやるよ。助けられた身だしな」
レイアは根負けしたようだ。
名残惜しそうにオレのことを見ていたが、カンテラをプロメテに押し付けるように返していた。「油断してたら、また盗むからな」と言い残すと、レイアは暗闇のなかに消えて行った。
「御無事でしたか。魔神さま」
と、プロメテは葉っぱの傘をさして言った。
「オレは無事だが、そっちは?」
「私は大丈夫です」
「髪が濡れちまってる」
オレはレイアにやったように、息を吹きつけた。
オレから発せられた熱風が、一瞬にしてプロメテの髪を乾かした。火力で乾かしたというよりも、何か特殊なチカラで乾いたように見えた。
「ありがとうございます。魔神さま」
「この程度なら、いくらでもやってやるよ」
と、オレは何度も息を吹きつけた。
プロメテはくすぐったそうに、カラダを揺らして笑っていた。
「あの盗賊さんも、そんなに悪い人ではなさそうでしたね」
「そうなのか? 盗賊という時点で、すでに悪い人だと思うが」
「ですが、魔神さまのことを返してくれましたから」
「いちおう恩義は感じたんじゃないかな。暗闇症候群とやらを、治してやったわけだし」
「悪い人ではありませんよ。きっと」
と、プロメテは確信あるかのように、そう言ったのだった。
オレもべつに危害を加えられたわけではない。
けれど――。
「プロメテは、すこしお人よしがすぎるんじゃないかな」
と、オレは言った。
差し出がましいことかもしれないけれど、忠告のつもりだった。
『あの娘は、ここの連中に蹴られたり、殴られたりしていたんだ。それなのに火を、この都市に授けようとしてるなんて、健気を通り越して、バカだよ』というレイアのセリフが、強く印象に残っていたのだ。
「変――でしょうか?」
と、プロメテは首をかしげた。
「変というか、心配になるよ」
「私のことを心配してくださっているのなら、ありがとうなのですよ。でも、大丈夫なのです。私は魔神さまの火を、こちらの聖火台に灯すことによって、許されるのです。魔術師の犯した罪は、きっと許してもらえるはずです」
「そっか」
プロメテの心は清らかで、決して汚れることはないのかもしれない。でも、それは非情に脆弱なものである気もした。
たとえるなら、それはとても薄いガラス玉のようだ。何かのヒョウシに、プロメテの心は壊れてしまうかもしれない。
プロメテに召喚されてから、まだ数時間という付き合いである。プロメテの考えていることが完全にわかるわけでもないし、オレの勝手な思い込みかもしれない。
「お城に戻りましょう。きっと騎士の方々が心配しているのですよ」
「ああ」
プロメテは城のほうへと歩みを進めた。
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