《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!
2-3.暗闇症候群
「もーらいっ」
不意にプロメテにブツかってきた女性がいた。その女性はプロメテを押し倒すと、カンテラを奪い取ってしまった。
「あっ」
と、プロメテはよろめいていた。
「悪いな。魔術師の嬢ちゃん。こいつはもらっていくぜ」
女はオレのことを引ったくると雨のなかへと逃げた。
プロメテは追いかけようとしていたが、つまずいて転んでしまった。うつ伏せに倒れたプロメテは、親を見失った迷子のような顔で、こちらを見つめていた。
その顔がどんどん遠ざかって行った。
「おい、どういうつもりだ」
と、カンテラの中から、オレは呼びかけた。
「おっと。大人しくしていてくれよ。魔神さま。私にはあんたが必要なんだよ」
「必要かは知らんが、強引すぎるだろう」
「当たり前だろう。私は盗賊だぜ。強引でなにが悪い」
そう言えばオレたちのことを先導してくれた騎士が言っていた、窃盗事件が多発している――と。
「ここまで来れば、大丈夫だろう」
と、女盗賊は裏路地と思われる、細い道に身をひそませた。
「オレは――盗まれたのか?」
「そうだよ。魔神さま。あんたは私に盗まれたんだ。これからよろしく頼むぜ」
と、女盗賊はニンマリと笑った。
その左半分の顔が包帯でかくれていた。髪が赤いのはオレの明かりを受けて、そう見えているだけかと思ったのだが、どうやら、地毛らしい。
「バカ言うな。プロメテのもとに帰してもらおうか」
オレとプロメテは、プロメテはオレの召喚主だし、離れるのは得策でない気がする。
それに――。
あの娘は、贖罪だと言っていた。
ようやくみんなから許してもらえる――と、笑っていたのだ。
まだ数時間ていどの付き合いだし、肩入れするには早すぎるかもしれない。それでもオレは、プロメテのチカラになってやりたいと感じていた。
オレを奪われたときの、プロメテの寄る辺のなさそうな表情を思い出すと、切なくなる。
「へえ。そう言うってことは、自分じゃ動けないのか」
「さあな」
自分でも、まだこのカラダのことを把握していない。今のところ、自分で動ける気配はなかった。
「それにしても、これが魔神アラストルさまかぁ。すげぇ明るいな。それに温ったけぇ。さすが魔神さまだぜ」
裏路地には木箱が置かれていた。そこにカンテラを置くと、女盗賊は両手をオレに向けた。
寒いのだろう。
吐息が白くけぶっていた。
いまは雨を遮るものがないので、オレのもとにも容赦なく雨粒が落ちてくる。水滴の感触はあったが、火力が衰える気配はなかった。むしろ降り注ぐ水滴を蒸発させているほどだ。
「必要なら、プロメテと話せば良いだろ。わざわざ奪うことないだろう」
「こりゃ癖になるなぁ。温ったけぇ。もう離せねェよ」
と、女盗賊は蕩けるような表情をしていた。包帯で覆われていない右目が、たらんと垂れている。
「おい。聞いてるのか?」
「聞いてるって。あんな娘と話なんかしていたら、こっちまで変な目で見られるだろうが」
「変な目?」
「あの娘は、嫌われ者だからな」
「あぁ……そういうことか」
たしかにここの連中は、プロメテにたいして悪感情を抱いているようだった。
「愚かな娘だよ」
「プロメテのことを悪く言ったら怒るぞ。オレの召喚主なんだからな」
オレはみずからの炎をふくらませた。熱かったのか、女盗賊はあわてて上体をそらした。だが、またすぐに手をかざしてきた。
「魔神召喚に成功したのなら、独占しちまえば良かったのにさ。わざわざ都市に持ってくるなんて。だから、私みたいなのに盗まれるんだよ」
「いい娘なんだろ」
「いいや。愚かなのさ」
「言い切るじゃないか。盗賊」
私はレイアだ、と盗賊は名乗った。
「あの娘は、オルフェス最後の魔術師だ。魔術師がどういう目で見られてるか知ってるのか?」
「ああ。だいたい」
「なら、わかるだろ。あの娘は、ここの連中に蹴られたり、殴られたりしていたんだ。それなのに火を、この都市に授けようとしてるなんて、健気を通り越して、バカだよ」
「それはまぁ」
プロメテのカラダにあった、いくつもの打撲痕や、切傷が思い出された。
お人よしというのだろうか。
オレがプロメテの立場なら、都市の連中に火を分け与えようとは思わない。むしろ、復讐してやろうとすら思うかもしれない。
「あの娘も愚かだけど、騎士の連中もバカだよなぁ。セッカクの火なんだから、もっと厳重に警護するべきだろうに」
と、レイアはかぶりを振った。
どうやら頭に付着した雨粒を払ったようだ。水滴が盛大にはじけ飛んでいた。
「バカは君もだろ。オレを盗んでも、逃げられやしない。なにせオレは目立つ」
ゆいいつの明かりである。
こうして裏路地に逃げ込んでも、どこにいるのか一目瞭然だろう。この世界で、オレが重要な存在ならば、じきに騎士たちが取り返しに来るはずだ。
「セッカク盗んだんだし、さっさとやること、やっちまうか。魔神さまのチカラを試させてもらうぜ」
レイアはそう言うと、左半分を隠していた包帯をほどいた。
レイアの顔。右半分は端正と言っても良い。が、包帯で隠れていた左半分は、黒く爛れていた。いや。爛れているというよりも、まるで溶けているかのようだ。
「なんだ、それは?」
「知らないのかい? 暗闇症候群だよ」
と、レイアはその黒く溶けた左半分の顔を指差して言った。
「病気――なのか」
「クロイってバケモノを知ってるかい?」
「ああ」
影より生まれしバケモノだと、プロメテが教えてくれた。何度か襲われそうにもなっている。
「あれに襲われると、闇が感染しちまうんだよ。そして症状が進行すると、いずれ感染者もクロイになっちまう」
「じゃあ君も――」
「私ももう長くはねェ。じきにクロイになっちまう。そこで魔神さまの出番ってわけだ」
と、レイアは人差し指を、オレのほうに向けてきた。
「オレ?」
「クロイは光に弱い。ただの光じゃないぜ。火の光に弱いんだ。それにこの暗黒症候群も、火のチカラで治せるはずだ」
「治したら、オレをプロメテのもとに帰してくれるのか?」
「それは厭だ。こんな良い物、返すわけねェ」
「だったら、治してやれない」
「そう言うなよ。魔神さま。私はじきにクロイになっちまうんだぜ。カワイソウだとは思わないのかよ」
と、レイアはカンテラを揺すった。
「そりゃ――」
助けられる人を、見捨てるというのは後味が悪い。けれど、このまま持ちさられるのも、オレは困る。
プロメテを放ってはおけない。
「ちっ。うずいてきやがった」
と、レイアは顔をおさえていた。
「痛むのか?」
「まあまあな」
レイアの黒く溶けた部分から、小さな人間の腕のようなものが生えていた。それがすこしずつ、レイアの正常な部分も、黒く染め上げているのだった。
ううっ……と顔をおさえて、レイアはうずくまってしまった。
不意にプロメテにブツかってきた女性がいた。その女性はプロメテを押し倒すと、カンテラを奪い取ってしまった。
「あっ」
と、プロメテはよろめいていた。
「悪いな。魔術師の嬢ちゃん。こいつはもらっていくぜ」
女はオレのことを引ったくると雨のなかへと逃げた。
プロメテは追いかけようとしていたが、つまずいて転んでしまった。うつ伏せに倒れたプロメテは、親を見失った迷子のような顔で、こちらを見つめていた。
その顔がどんどん遠ざかって行った。
「おい、どういうつもりだ」
と、カンテラの中から、オレは呼びかけた。
「おっと。大人しくしていてくれよ。魔神さま。私にはあんたが必要なんだよ」
「必要かは知らんが、強引すぎるだろう」
「当たり前だろう。私は盗賊だぜ。強引でなにが悪い」
そう言えばオレたちのことを先導してくれた騎士が言っていた、窃盗事件が多発している――と。
「ここまで来れば、大丈夫だろう」
と、女盗賊は裏路地と思われる、細い道に身をひそませた。
「オレは――盗まれたのか?」
「そうだよ。魔神さま。あんたは私に盗まれたんだ。これからよろしく頼むぜ」
と、女盗賊はニンマリと笑った。
その左半分の顔が包帯でかくれていた。髪が赤いのはオレの明かりを受けて、そう見えているだけかと思ったのだが、どうやら、地毛らしい。
「バカ言うな。プロメテのもとに帰してもらおうか」
オレとプロメテは、プロメテはオレの召喚主だし、離れるのは得策でない気がする。
それに――。
あの娘は、贖罪だと言っていた。
ようやくみんなから許してもらえる――と、笑っていたのだ。
まだ数時間ていどの付き合いだし、肩入れするには早すぎるかもしれない。それでもオレは、プロメテのチカラになってやりたいと感じていた。
オレを奪われたときの、プロメテの寄る辺のなさそうな表情を思い出すと、切なくなる。
「へえ。そう言うってことは、自分じゃ動けないのか」
「さあな」
自分でも、まだこのカラダのことを把握していない。今のところ、自分で動ける気配はなかった。
「それにしても、これが魔神アラストルさまかぁ。すげぇ明るいな。それに温ったけぇ。さすが魔神さまだぜ」
裏路地には木箱が置かれていた。そこにカンテラを置くと、女盗賊は両手をオレに向けた。
寒いのだろう。
吐息が白くけぶっていた。
いまは雨を遮るものがないので、オレのもとにも容赦なく雨粒が落ちてくる。水滴の感触はあったが、火力が衰える気配はなかった。むしろ降り注ぐ水滴を蒸発させているほどだ。
「必要なら、プロメテと話せば良いだろ。わざわざ奪うことないだろう」
「こりゃ癖になるなぁ。温ったけぇ。もう離せねェよ」
と、女盗賊は蕩けるような表情をしていた。包帯で覆われていない右目が、たらんと垂れている。
「おい。聞いてるのか?」
「聞いてるって。あんな娘と話なんかしていたら、こっちまで変な目で見られるだろうが」
「変な目?」
「あの娘は、嫌われ者だからな」
「あぁ……そういうことか」
たしかにここの連中は、プロメテにたいして悪感情を抱いているようだった。
「愚かな娘だよ」
「プロメテのことを悪く言ったら怒るぞ。オレの召喚主なんだからな」
オレはみずからの炎をふくらませた。熱かったのか、女盗賊はあわてて上体をそらした。だが、またすぐに手をかざしてきた。
「魔神召喚に成功したのなら、独占しちまえば良かったのにさ。わざわざ都市に持ってくるなんて。だから、私みたいなのに盗まれるんだよ」
「いい娘なんだろ」
「いいや。愚かなのさ」
「言い切るじゃないか。盗賊」
私はレイアだ、と盗賊は名乗った。
「あの娘は、オルフェス最後の魔術師だ。魔術師がどういう目で見られてるか知ってるのか?」
「ああ。だいたい」
「なら、わかるだろ。あの娘は、ここの連中に蹴られたり、殴られたりしていたんだ。それなのに火を、この都市に授けようとしてるなんて、健気を通り越して、バカだよ」
「それはまぁ」
プロメテのカラダにあった、いくつもの打撲痕や、切傷が思い出された。
お人よしというのだろうか。
オレがプロメテの立場なら、都市の連中に火を分け与えようとは思わない。むしろ、復讐してやろうとすら思うかもしれない。
「あの娘も愚かだけど、騎士の連中もバカだよなぁ。セッカクの火なんだから、もっと厳重に警護するべきだろうに」
と、レイアはかぶりを振った。
どうやら頭に付着した雨粒を払ったようだ。水滴が盛大にはじけ飛んでいた。
「バカは君もだろ。オレを盗んでも、逃げられやしない。なにせオレは目立つ」
ゆいいつの明かりである。
こうして裏路地に逃げ込んでも、どこにいるのか一目瞭然だろう。この世界で、オレが重要な存在ならば、じきに騎士たちが取り返しに来るはずだ。
「セッカク盗んだんだし、さっさとやること、やっちまうか。魔神さまのチカラを試させてもらうぜ」
レイアはそう言うと、左半分を隠していた包帯をほどいた。
レイアの顔。右半分は端正と言っても良い。が、包帯で隠れていた左半分は、黒く爛れていた。いや。爛れているというよりも、まるで溶けているかのようだ。
「なんだ、それは?」
「知らないのかい? 暗闇症候群だよ」
と、レイアはその黒く溶けた左半分の顔を指差して言った。
「病気――なのか」
「クロイってバケモノを知ってるかい?」
「ああ」
影より生まれしバケモノだと、プロメテが教えてくれた。何度か襲われそうにもなっている。
「あれに襲われると、闇が感染しちまうんだよ。そして症状が進行すると、いずれ感染者もクロイになっちまう」
「じゃあ君も――」
「私ももう長くはねェ。じきにクロイになっちまう。そこで魔神さまの出番ってわけだ」
と、レイアは人差し指を、オレのほうに向けてきた。
「オレ?」
「クロイは光に弱い。ただの光じゃないぜ。火の光に弱いんだ。それにこの暗黒症候群も、火のチカラで治せるはずだ」
「治したら、オレをプロメテのもとに帰してくれるのか?」
「それは厭だ。こんな良い物、返すわけねェ」
「だったら、治してやれない」
「そう言うなよ。魔神さま。私はじきにクロイになっちまうんだぜ。カワイソウだとは思わないのかよ」
と、レイアはカンテラを揺すった。
「そりゃ――」
助けられる人を、見捨てるというのは後味が悪い。けれど、このまま持ちさられるのも、オレは困る。
プロメテを放ってはおけない。
「ちっ。うずいてきやがった」
と、レイアは顔をおさえていた。
「痛むのか?」
「まあまあな」
レイアの黒く溶けた部分から、小さな人間の腕のようなものが生えていた。それがすこしずつ、レイアの正常な部分も、黒く染め上げているのだった。
ううっ……と顔をおさえて、レイアはうずくまってしまった。
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